作品タイトル不明
第102話
明後日の方向から聞こえてきたジョージの声に、ミナが咄嗟に反応してテンジとジョージの斜線を切るように立ち塞がった。
それを見て、チェウォンはテンジと黒繭の斜線を切るように立ち塞がる。
(さすがはミナとチェウォンだ。判断が早いな……女の子に守られてるって状況は少し居たたまれないけどね)
状況判断と行動の速さに、テンジは舌を巻く。
「ちっ、女に守られて恥ずかしくねぇのかよ」
「女ってひどいね。今の時代、男女差別をするなんて……頭がお堅いこと」
「なっ!? 女の分際で……」
チェウォンの挑発に、ジョージはこめかみに血管を浮かび上がらせる。
彼女はよくジョージという生徒の性格を理解している。自信、傲慢、支配的思想、そんな性格だからこそジョージには単調な挑発でも効くと判断したのだろう。
怒りに顔を歪曲させたジョージが、指先をわしゃわしゃとこれ見よがしに動かし、覚悟しろとでもいいたげな黒い笑みを浮かべる。
「ちょっと戦うのはあとにしてくれない? そこにある黒繭見えてないの?」
「あ? こんな黒繭破壊すればいいだろう。――『グリッド・スパイラル』ッ」
ジョージは視線をこちらに向けながら、二十メートルほどよこにある黒繭に向かって拳を振りぬこうとした。
(ちょっ!? 孵化装置が壊れる!)
咄嗟にテンジは弁償額という文字が脳裏に浮かんでくる。
もしこれを弁償しようとなると、いくらになるのか予想がつかない。それこそ眩暈を起こしそうな金額だろう。
そんな危機を感じた、刹那の出来事だった。
「――は?」
ジョージが突然地面に接吻をする形で倒れたのだ。
いや、正確には足を払われて転ばされたような倒れ方だった。
彼は突然視界がくるりと回ったことに驚きの声を上げ、目を点にする。
その上には――。
「ようやく隙を見せたね、ジョージ」
パインが背中に乗っかり、片手をがっちりと抑え込んでいたのだ。
少しでもジョージが抜け出そうともがくと、きつく片腕をひねり肩を外そうとして牽制をしている。
お互いに一等級天職を持つ純粋な戦闘役のため、力量はほとんど同じだ。
「くそっ……いつからだ?」
「いつから付けてたのって? ……たぶん30分前くらいかな?」
「そうか……さすがのハイドだな。パイン、良かったらその手を放してくれないか? 俺はイエロー剣士を捕獲すれば点数が稼げる」
ジョージは抜け出すのを諦め、冷静な口調でパインに話を持ち掛けた。
しかしパインはただ不敵な笑みを浮かべるだけで、一向に頭を振ろうとはしなかった。
(あぁ……たぶんパイン怒ってる)
テンジはその顔がパインの怒り顔なのだと知っていた。
何がパインの逆鱗に触れたのかはわからないが、ジョージは完全にパインの尻尾を踏んでしまったようだ。
「頼む、パイン」
「テンジには指一本触れさせないし……今、ジョージを叩けば私が1位になる可能性が高いの。だから、その話には乗れない」
パインは冷淡に答えると、有無を言わせずに手に持っていた細剣をジョージの右太ももに突き刺した。ビリリ、と細剣の刃が光る。
痛みのあまり、ジョージは目玉が飛び出そうなほどに瞼を開いた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」
悲痛の叫びが、森の中に木霊していく。
それでもパインは攻撃を止めることなく、ジョージの左ももに細剣を突き立てる。
「ごめんね、痛いよね。私もその痛みを知ってるよ。だけど、すぐに試験官が治癒してくれるから、今だけ我慢してほしいの」
そう耳元で囁きながら、細剣をすぅっと筋肉質なジョージの太ももに突き刺した。
どうやらパインは正確に要所の腱を切断しているようで、すぐにジョージの足は動かない木偶の棒に変わる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!? や、止めてくれっ! パイン! グ……グリッド……」
ジョージの切実な願いは、次の手で掻き消される。
次に細剣が突き立てられたのは、右腕の腱だった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
この場には、ジョージの叫び声だけが淡々と鳴り響く。
その様子を、テンジら三人は傍から見守るだけしかできなかった。
そもそもジョージから仕掛けてきたわけだし、逆にジョージが今どうなろうと知ったことではないのだ。どうせすぐに世界最高峰の治癒系探索師が駆け付けて、何事もなかったように治療してくれるのだから。
パインもそれを知っているからこそ、後遺症を残すような場所は傷つけてはいない。
そうしてすぐにジョージはその場から動けない木偶の棒にされてしまい、むくりとパインが立ち上がった。
彼女の目線の先には、一番仲のいい友達であるテンジの姿があった。
「幻滅した?」
その言葉は、彼女が心の奥底から紡ぎ出した疑問であった。
しかし、テンジはそれを否定することはない。
「するわけないよ。ジョージは僕を戦闘不能にしようと動いていた。それを止めたのは僕の大事な友達のパインだよ、ありがとう」
「良かった」
パインは太陽のように眩しい笑みを浮かべる。
――その瞬間だった。
黒繭の胎動が最高潮に達し、青と緑が混ざり合ったような眩しい光を放ち始めた。
思わず目を覆ってしまうほどの眩しい光。
その光は青と緑の絵の具を大雑把に混ぜたような色合いで、その色を見れば何等級のインスタントモンスターが生まれるのかわかる。
「やった! ミナの勝ちだね!」
ミナが賭けていたのは半三等級モンスターの孵化であり、青と緑の二色はそれを示していたのだ。
「まぁ、仕方ないか」
チェウォンの観念したような声が聞こえてくる。
そこでようやく眩しい光が収まり、黒繭から生まれてきたインスタントモンスターをここにいる全員が視界に捉えた。
八個あるうちの四つの目が青で、もう四つの目が緑の半三等級モンスター。
大きさは牛ほどには大きく、八本の足がわらわらと地面を這う。薄っすらと白い体毛が全身を覆い、口元には得物を捕食する鋭い牙があった。
その姿は――。
「蜘蛛型モンスター……生理的に無理なんだけど」
「うぅ……私も戦いたくなぁい」
蜘蛛型モンスターであったのだ。
しかし、その姿からモンスターの名前や特徴をすぐに言葉に出せる生徒はここにはおらず、知識不足を嘆く四人であった。
「これ、どこの国の種類?」
「セネガルでは聞いたことないよ」
「韓国でも中国でも、こんな種類は聞いたことない」
「うん、日本でも見たことない種類だな」
「もしかして新種の可能性も?」
「あるかもね。まぁ、半三等級だしチェウォンとミナなら余裕だよ。頑張って」
テンジは二人に向かってグッドサインを向け、優しく笑いかけた。
男の子に任される気持ちは、女子としては少し複雑なものではあったけど、信頼されていることだけはその笑顔を見てわかった。
「じゃあ、ミナが先に…………って。え!? 嘘……」
ミナが意気揚々とバトルアックスを担ぎ上げ、一歩前に出た。
その瞬間に思わぬ状況に変化したことをいち早く察知し、ミナは大きくバックステップを踏むことになった。
その後に他の三人もその変化に気が付き、慌ててバックステップを踏み距離を取る。
四人の生徒が首筋に冷や汗を掻き、逃げた理由は――。
「グロォォォォォォォォォォォォオッ」
蜘蛛型モンスターの殻を破るように、中から三つの首を持つ漆黒のモンスターが現れた。