軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第101話

「はいはい! 試験終了まで残り15分! あとちょっとだよ、ファイトだよ!」

ミナが二人の尻でも持ち上げるかのように声を出し、先頭を後ろ歩きで進んでいた。

ここまでのほとんどの道のりをテンジとチェウォンの二人で登ってきたので、チェウォンはすでに汗だくになっていた。妙に艶めかしく首筋に汗を流し、ハァハァと息を荒げているので、テンジはチェウォンの方をできるだけ見ないようにしていた。

そんな中、一人涼しそうな顔してミナは『運び屋』の支給品である地図を見つめている。

ミナは正確な距離を明言しないので、チェウォンが痺れを切らす。

「あとちょっとって……どれくらいなのさ」

「うーん、ゴール地点よりも100メートルくらい離れた場所に運べばいいらしいんだよね。だから、本当にもうすぐ見えてくるはずだよ」

「そ、そう……なら本当にあと少しね。テンジはまだ大丈夫?」

「うん、僕は途中からの参戦だったからね。まだまだいけるよ」

テンジは爽やかに笑って答える。

テンジもかなりの重労働を強いられているはずなのだが、どこか涼しげな顔をしていた。

そのことがどうにも気になって仕方ないチェウォンであったが、今はただ一生懸命にこれを運ぶことだけに注力を注ぐ。

チェウォンが心の中で悲鳴を上げながら黒繭を運んでいる――その時だった。

「あっ! あれっぽい! チェウォン、たぶんあそこに黒繭を置けばいいんだよ!」

ミナが宝箱でも見つけたように嬉しそうな声を上げたのだ。

彼女が指し示す方向には、機械的な黒繭を乗せる台があった。

機械の周囲には木々の姿はなく、円形広場のように開けた場所だ。その広場の中央に、メカニカルな台座が悠々と鎮座している。

台座には黒繭の三分の一をすっぽりと覆えそうな窪みがあり、そこに置くのが正解なのだろうとすぐにわかった。

ミナは二人を置き去りにして、はしゃぐ子供のようにその場所へと駆けていった。

一応警戒をしていたのか、台座の傍に近づくと二人に向かって大きく両手を広げ、円の図形を表す仕草をした。

「どうやらこの辺りには誰もいないようだね。ミナは昔から気配には敏感な子だったから、ミナが大丈夫と言うなら大丈夫」

「へぇ、そうなんだね。昔から知り合いなの?」

「腐れ縁というか……幼馴染に近いのかな? たぶんそんな感じの友達よ」

チェウォンは少し恥ずかしいのか、頬をほんのりと朱色に染めていた。

ここに来るまで短い間であったが、チェウォンは恥ずかしくなるとすぐに頬や耳が赤くなってしまうことがわかった。わかりやすいと言えばわかりやすいのだが、ちょっとわかりやす過ぎる。

テンジとチェウォンが最後の力を振り絞って、重たい黒繭を拓いた広場にある台座の上に「せーのっ」と乗せた。

チェウォンはもう限界が近かったのか、その場に尻もちを着くようにドテンと倒れ込み、全身の汗を拭い始めた。

と、その時だった。

ミナが不思議なものでも見ているかのように、首をこてりと傾げた。

「あれ? なんか大きくなってない?」

「何が?」

「何がって……この黒繭だよ」

まさか、と思いつつテンジとチェウォンは黒繭をジッと観察する。

「「あっ」」

一級探索師相当の氷系能力で凍らされていたはずの黒繭が徐々に熱を帯び始め、纏っていた冷気すら蒸発させ始めていた。

そのままドクドクと心臓が鼓動を始めるように、黒繭の周りに赤い毛細血管のような線が生まれ、ほんのわずかだが胎動している。

その現象は、黒繭が孵化する兆候そのものであった。

三人は動画でしか見たことのない光景であったのだが、すぐにその事実に行きついた。

「嘘でしょ!?」

チェウォンの驚きの言葉と同時に、三人は咄嗟に黒繭から距離を取って武器を構える。

テンジはアイアンソードを、ミナはバトルアックスを、チェウォンは魔法系ロッドを、それぞれが臨戦態勢をとった。

三人は静かに黒繭の観察を続け、考えを巡らせる。

「ねぇ……もしかして、これを倒すのも試験の内なの?」

ミナがおそるおそる疑問を口に出す。

その問いに、チェウォンが食い気味に答える。

「そうなんだろうね、マジョルカらしいと言えばらしいんだけど。そもそもあの台座が噂に聞く黒繭孵化装置なんて誰が予想できるのよ。世界にも二つしかない代物よ」

「あっ、やっぱりあれが黒繭孵化装置だったんだ」

テンジは、チェウォンの言葉でようやくこの状況を理解できた。

黒繭は冷凍すると、孵化までの時間を年単位で引き延ばすことができる。

その冷凍された黒繭を意図的に早期孵化させるには、特殊な熱を発生させる黒繭発生装置が必須になる。

(確かイギリスとアメリカに一台ずつあったはずだけど……ここにあるってことはそう言うことなんだろうね。さすがは零級探索師と言うべきか、わがままの規模が違う)

高額の金銭を支払って、今日このために借りてきたのだろうと推測していた。

この試験にどれだけのお金を使ったのか、思わず眩暈を起こしそうになるテンジであった。

「でも、どんなインスタントモンスターが出てくるのかな?」

「さあね。そもそも黒繭の中身を調べるなんて、協会にある精密な分析装置でも引っ張ってこない限り肉眼では不可能だよ」

「やっぱりそうだよね。テンジ……すごく、すごーく貴重な黒繭の中身を瞬時に判断できる能力とかないよね?」

「ないね、剣士だし」

「「だよね~」」

こんな時でも、二人はどこか楽観的に物事を見ているようであった。

黒繭と言っても、将来の一級探索師である彼女らが苦戦するようなモンスターは早々出てこないだろう。

すでに彼女らのステータスも初級の二級探索師相当まで成長しており、一等級モンスターでも出てこない限りこの場は混乱しないはずだ。

「ねぇ、チェウォン。どうせなら何等級が出てくるか賭けない?」

「いいよ。私が当てたら明日から一週間はミナがご飯担当ね」

「ふふっ、言ったね? じゃあ私が当てたら明日からの一週間は全部外食で、全部チェウォンの奢りね」

「えっ? 私が推しに寄付するお金はどうすればいいの?」

「負けなければいいの」

「……ちょっと嫌だけど、仕方ない」

二人は少しの間考えるように黙り込んだ。おそらく何等級のモンスターが出てくるのか本気で考えているのだろう。

最初に答えたのは、チェウォンだった。

「私は三等級に賭けるよ。一年生ならこれくらいが妥当じゃない?」

「ふふふっ、じゃあ私は半三等級に賭けるね。黒繭を持ち出してくる学校だよ? それくらい出してこないとつまらないじゃん」

どうやら二人の掛札は決まったらしい。

チェウォンは三等級モンスターが黒繭から出てくると予想し、ミナは半三等級モンスター、つまり三等級以上二等級以下のモンスターであると予想したのだ。

(……二人とも呑気だなぁ。まぁ、僕は二人の戦いをただ外で見守るだけになりそうだけどね)

そう思いつつも、二人の会話にテンジも介入する。

「あんまり時間を掛けないでね? 終わりまでもう10分もないんだからさ」

「誰に言ってるの? 剣士くん」

「そうよ、私たちは韓国の次世代エースよ? あまく見ないでほしいな」

チェウォンは鼻で笑うように自信満々に答え、ミナはふんぞり返るようにほとんどない胸を前面に押し出してふんぬと鼻息を鳴らす。

その様子を見て苦笑いしながらも、まあ大丈夫か、と心のどこかで落ち着きを取り戻すテンジであった。

さらにドクドクと黒繭が胎動を始めた。

薄っすらとしか見えていなかった血管が、気が付いた時には淡く輝くほどまでにはっきりと見えるようになっていた。大きさも目に見えて大きくなり、すでに二メートルを超える大きさに成長していた。

(こんなにはっきりと目の前で黒繭の孵化を見るなんて初めてだな)

その状況にテンジは少し感動を覚えていた。

一応、動画配信サイトで黒繭孵化の瞬間という動画を何度か見たことはあるのだが、実際にその瞬間を目の前にしてみるとどこかおどろおどろしさが滲み出ている。

そして――。

「見つけたぞ! イエロー剣士!」

黒繭とは明後日の方向から、ジョージの声が聞こえてきた。