軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

086 アレンとリオン

「これで今度こそ、俺の勝ちです―― 師匠(せんせい) 」

俺の宣言を聞き、リオンが目を見張る。

漆黒の双眸には戸惑いの色が浮かび、見開かれたまま固まっていた。

呪印がなくなったことで、彼女の髪が白色に戻っていくのが視界に映る。

リオンをジオラスターの影響下から解放するには、魔族化が行われるこの一瞬しかチャンスがなかった。

半分は賭けだったが、なんとか成功したようだと安堵の息を漏らす。

「アレン・クロード……」

一方、困惑したままのリオン。

呪印の影響がなくなったことは本人も把握しているようだが、まだどこか信じられない様子だった。

「まさか君は、初めからこれを狙って……本当に、何から何まで、理解しがたいな……」

言いながらもリオンは、たった今まで左腕が存在していた場所に視線を落とす。

「……だけどおかげで、契約は無効となった。奴の支配はもちろん……あの子の“生きろ”という言葉も」

そのまま彼女は、どこか仄暗い笑みを浮かべる。

その表情には解放感よりも、むしろ解放されてしまったことに対する困惑の方が大きく見えた。

「君のおかげで、私はようやく終われるのだろうか」

過去への後悔、現在への絶望、そして未来への諦観。

それらが全て入り混じったリオンの言葉に――しかし、俺は迷わず答えた。

「いえ、それは駄目です」

「……は?」

一瞬、何を言われたのかと言わんばかりに目を瞬くリオン。

反応を確認しつつ、俺はそのまま続けた。

「呪印が消え、ジオラスターの支配がなくなった今、先生を縛るものは何もありません……これからは思うがまま生きることだって選べるはずです」

「しかし、それは……っ!」

納得できないとばかりに起き上がろうとするリオンだが、激痛に悶えるように動きを止める。

それでもなお、意志の籠った視線だけを真っ直ぐ俺に向けてきた。

「君もあの子と……シルクと同じように、私に生きろというのか!? 後悔と罪の意識に苛まれながらも、立ち止まるの許さないと!」

「…………」

彼女の感情の奔流を前に、俺は無言のまま聞き続ける。

「そうだ、それに君の知識と力ならば、そもそも私の魔族化を待たずして殺すこともできたはず。こんな面倒なことをする必要はなかった! なのになぜ、そうまでして私を生かそうと――」

「それは……きっと、俺が こ(・) の(・) 先(・) を見たいからです」

「――この先、だと……?」

「はい」

予想していなかった答えだと言わんばかりに、リオンは目を見開く。

そんな彼女の視線を受ける中、俺は改めてこの世界に来てからの自分の行動理念を振り返り始めた。

死にゲーと称された『ダンジョン・アカデミア』の世界では、多くの絶望が襲い掛かってくる。

たとえトゥルーエンドに辿り着いたとしても、それまでに失われる命は数え切れないほどあった。

それは、決して変えることのできない運命そのもの。

メインエピソードⅣで退場するリオンもまた、そのうちの一人だと言えるだろう。

だけど今、ここはゲームではなく本物の世界になった。

辿り着ける結末は既に、俺たちの手に委ねられている。

だからこそ俺は思った。

数多く分岐する 物語(シナリオ) の中で、たった一つくらいは全員が幸せになれる世界があってもいいんじゃないかって。

(思えば……初めからそうだったのかもな)

俺がアレンに転生した初日、 悪魔(バフォール) に襲われるリリアナとローズを見た。

原作通りにストーリーを進行させるなら俺が助けに入る必要はなかった。いや、入ってはいけなかった。

それでも、これから二人に訪れるであろう悲惨な末路と、ゲームで見たリリアナの悲し気な表情を思い出した俺は迷うことなく足を踏み出した。

正直あの時はまだ、そんな大それたことを考えていた訳じゃない。

ただ、目の前に現れた前世から大好きだったキャラクターたちが悲しむ姿を見たくなかっただけだ。

だけど、それからもアレンとして過ごす中で分かってきたことがあった。

この世界にいるのはただのキャラクターなんかじゃなく、一人一人がちゃんと意志を持って生きている人間であること。

だからこそ、そんな彼女たちと触れ合うたびに“この想い”は強くなっていた。

ユイナ、リリアナ、ローズ、エリーゼ、グレイ、ユーリ――ルクシアに、それからリオンだって。

ゲームでどのような結末を迎えるかに関係なく、彼女たち全員が幸せになれる世界があるのなら、俺はそれが見たい。

俺が強くなる理由は既に、俺が生き残りたいからだけではなくなっていた。

(――だけど、俺はもう知ってしまっている)

この世界が、ただ決意一つで全てが解決するような優しい場所じゃないことを。

俺がゲーム知識を駆使して最強になったところで、何体かのボスを倒すにはグレイの力が必須だし、その先を目指すならばなおさら。

初めから選択肢次第では生き残れるアレンとは違い、死が運命に定められた相手を救うにはそれだけじゃ足りない。

全てが、今回のように上手くいくとは限らないのだ。

「この過酷な世界で、自分の周りにいる全員が笑って過ごせるような未来――」

それでも、そんな未来を実現するためにはどうするべきか?

俺一人が強くなったところで足りないのなら、解決策は一つしかない。

つまり――

「俺が目指すそんな未来のためには、先生の力も必要なんです」

「……君は」

――ゲームでは失われるはずだった 戦力(あいて) を含めて、自分の味方にする。

そうでもなければ、運命を覆すことはできない。そんな確信があった。

前世のゲーム知識があるからといって、俺は別にリオンの全てを知っているわけじゃない。

大切な妹を人質にされジオラスターの配下になっていたことと、彼女の言葉が呪いとしてリオンを生かしていたこと。

知っているのは、原作での決戦中に彼女の口から語られた、それらの断片的な情報だけだ。

そこにどれだけの強い意志が、絶望があったのかなども分からない。

だからこそ、俺から伝えられるのは個人的な気持ちだけ。これがリオンにとって望んでいないことである可能性は高いだろう。

ハッピーエンドが見たいと願うのも、結局のところ俺のエゴでしかない。

……だけど。

そうだとしても、俺がこの選択を 躊躇(ためら) うことはない。

「正直な話、俺は先生の事情を全て知っているわけじゃありません。心の内なんてなおさらです。俺が目指す場所が、先生にとってはそうじゃない可能性だって高いかもしれません……だからこれはあくまで、個人的な願望です」

俺はリオンを押さえつけていた手を離すと、立ち上がり、そのまま右手を差し出す。

「これからはどうか、生きて……俺に力を貸してください、先生」

「……アレン・クロード」

リオンの黒い双眸と視線がぶつかる。

その瞳が小さく震えているのが見えた。

先ほどまでの死を望んでいた姿とは少し変わって、迷いが浮かんでいるようにも思う。

(っと、そうだ)

ここで俺はより個人的な……だからこそ、より重要なことを思い出した。

小さく笑みを浮かべながら、戸惑うリオンに向けて伝える。

「それから、もう一つだけ」

「……?」

「先生にはちゃんと、俺が最強になるところを見届けてもらわないと困りますから」

「――――」

昨日、最後の指導で俺が誓った言葉。

リオンは大きく目を見開いた後、小さく笑い声を漏らす。

その姿はこれまでの自嘲気味なそれとは少し違って見え――――

パリン

「「――――――」」

その時、突如として辺り一帯に甲高い音が響き渡った。

見上げると、たった今まで展開されていた結界が粉々に割れ、鮮やかな青空が姿を見せている。

(結界の制限時間が来たのか? ……いや、この圧倒的な魔力は――)

「……学園長か」

俺と同じ答えに到達したらしいリオンが小さくそう呟く。

やはり、学園長が魔法で結界を破壊したようだ。

(原作じゃ、学園長がこんなに早く到着することはなかったはずだけど……同じ不在であっても、一年と二年の時では状況が違うってことか)

そう納得した俺は、ここで一度リオンに視線を戻す。

恐らく、すぐにでも学園長はこの場所に来るはず。

事情聴取を含めて、後のことはひとまず彼女に任せてしまっていいだろう。

俺も残っていた方がいいかもしれないけど……正直、今は体力的に限界に近い。

これ以上、面倒事に巻き込まれる前にこの場は退散させてもらおう。

(それにリオンの事情と 学園長(あの人) の理念からして、そう悪い結果にはならないはずだ)

そう考えながら腰を上げた俺は、リオンに向けて告げる。

「最後にどう判断するかは先生次第ですが……少なくとも俺はそれを願ってます」

「………………」

リオンから返事はなかったが、逆に言えば拒絶もされていないこと。

彼女の決断がどのようなものになるか期待しつつ、俺はその場を離れることにした。

「……はあ、疲れた」

疲労困憊の体を引きずるようにして歩く。

エクリプスとリジェネヴェールによってHPは10%まで減少し、MPに至っては完全に枯渇したのだ。

過去の 経験(慣れ) から辛うじて意識を保てているが、今すぐ気絶してもおかしくない。

影骸の守護者(シャドウセンチネル) 戦から始まり、ジュリアンやリオンといった格上相手の連戦はさすがに荷が重すぎたようだ。

「時間が経ってるからもうポーションで回復できるとはいえ、疲労だけはどうしようもない。これ以上の連戦はさすがに不可能だな」

まあ、そんなこと起こり得ないのは分かっているが。

メインエピソードⅣ最終パートは、正真正銘リオン戦がラストとなっている。

これ以上、俺が戦う必要はないのだ。

そんな風に考えながら、俺はダンジョンの外に向かって歩を進め――――

「アレン」

――――静かで透き通るような、だけど重みのある力強い声が俺の鼓膜を震わせた。

俺は反射的に、地面に向けていた視線を上げ――そして見つける。

晴れた青空から差す光を受けて輝くピンク色の髪に、空をそのまま映し出したかのような鮮やかな青色の瞳。

そして、普段の太陽のような明るい笑みからは印象が真逆の、落ち着いた真剣な表情を浮かべる少女――――

ルクシア・フォトンが、そこにいた。