軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

081 【黒堕ちる鴉】

――――泥水をすするような生涯を送ってきた。

この手は既に汚れ、もう引き返すことはできない。

立ち止まりたいと思った回数など、枚挙にいとまがない。

それでも前に突き進むのは、あの子と交わしたたった一つの 契約(やくそく) のためだ。

「……ここまでか」

彼(・) 女(・) の(・) 視線の先で、ジュリアンの体が淡い光となって消滅していく。

驚くべきことに、彼らは魔族化したジュリアンの脅威を振り払うことに成功したらしい。

どう考えても、今の彼らが倒せるようなレベルの敵ではなかったはず。

しかし、彼らは奇跡を成し遂げた。一人一人が最善を尽くし、限界を超えた力を発揮することで、不可能を可能に変えてみせたのだ。

特に驚くべきは、その指揮を執った 彼(・) の的確な振る舞いだろうか――

「――っ」

その時、ズキンと左腕に鋭い痛みが走る。

分かっている。ジュリアンが敗れた以上、次は自分の番だということくらい。

その契約に抗う術を、自分は持っていないのだから。

ゆっくりと、精いっぱいの時間を使いながら森の中を歩いていく。

その足取りは、まるで そ(・) の(・) 時(・) が来るのを遅らせようとしているかのようで……いや、実際にそうなのかもしれない。

今回、自分とジュリアンに与えられた任務はリリアナ・フォン・アイスフェルトの暗殺。

それでも、まさか自分の番が来るだなんて思ってもいなかった。

長かった潜伏の時はとうとう終わりを迎えるようで、一抹の寂寥感に苛まれる。

もっとも、それが自分の抱いていい感情ではないことは分かっているため、小さく頭を振って忘れ、これからのことに意識を向けた。

作戦そのものに対する不安は一切ない。

彼らはジュリアンとの死闘で全ての力を使い果たし、抵抗するための余力はもはや残っていないはず。

そもそも彼らが万全の状態だったとしても、本当は自分一人で事足りたのだ。

与えられたばかりの力に舞い上がっていたジュリアンと自分とでは、積み上げてきた努力の量も、潜り抜けてきた修羅場の数も違うのだから。

加えて、彼らはさらなる襲撃があるなどと考えてもいないはず。

自分が作戦を成功させるのは確定した未来であり、そこに疑う余地はなく――

「……お前は」

――そう考えていたからこそ、彼女は目の前の光景に言葉を失った。

そこにいたのはステラアカデミーの制服に身を包んだ、黒髪の少年。

腰には一振りの短剣が携えられ、その手には少し欠けたような刀身が特徴的な漆黒の長剣が握られていた。

その剣を見た瞬間、言いようも知れぬ違和感が胸中に湧き上がる――が、そちらへの興味は一瞬で消え失せた。

それ以上の衝撃が今、目の前に存在していたから。

彼女は見開いた目を細めた後、小さく口の端を上げて告げる。

「驚いたぞ。まさか、お前がここで立ちはだかるとはな―― ア(・) レ(・) ン(・) ・ ク(・) ロ(・) ー(・) ド(・) 」

そう。

彼女―― リ(・) オ(・) ン(・) ・ コ(・) ル(・) ニ(・) ク(・) ス(・) の視線の先にいたのは外でもない、たった今ジュリアンとの戦闘を終えたはずの彼女の愛弟子――アレン・クロードだった。

◇◆◇

「驚いたぞ。まさか、お前がここで立ちはだかるとはな――アレン・クロード」

俺――アレン・クロードの前に立つリオンは、一瞬だけ驚いた素振りを見せた後、緩やかに不敵な表情を浮かべる。

その漆黒の双眸からは、なぜ俺が自分の前に現れたのかという疑問と、僅かな敵意という二つの感情が垣間見えた。

リオンは既に、俺がここにいる理由を悟っているはずだ。

それでも、まるで普段通りを取り繕うようにゆっくりと口を開く。

「なぜ、ここに来た?」

「当然、止めるためです。ジュリアンと同じ目的を持つ貴女を」

「――ほう」

感心したような声を上げながらも、予想していた返答だったのか驚きの色はない。

「それはまた面白い答えだな。私はただ、試験中に襲撃があったと聞き救援に来ただけで――」

「そんな言い訳が通用しないことくらい、リオン先生が一番よく分かっているはずです。 先(・) 生(・) が(・) 展(・) 開(・) し(・) た(・) 結(・) 界(・) は、今もそこにあり続けていますから」

結界が存在する以上、外部の人間がダンジョン内に侵入することはできない。

そのため、結界が張られた瞬間からリオンが中にいたのは自明であり、学生の救援を目的とするならジュリアンが討伐される前に姿を現していなければおかしい。

それはリオン自身も分かっていたのだろう。

彼女は弁解を諦めた様子でふぅと息を吐き、鋭い目つきへと表情を変える。

その瞬間、周囲の空気が一変した。

「まさか、そこまで見抜かれていたとはな。先ほどの戦いにおける的確な立ち回りといい、まるで未来が見えているかのような的確さだ」

「…………」

「答える気はないか……まあいいだろう。いずれにせよ、私から伝えるべきことはたった一つだけだ。私を止めると言ったが―― 認(・) 識(・) が(・) 甘(・) す(・) ぎ(・) る(・) 」

「――――!」

リオンの纏うオーラが変わる。

それはジュリアンのように魔力を放っているわけではなく、ただ戦闘に意識を切り替えただけ。

しかし、その圧は奴以上の重みを持って俺の全身に突き刺さっていく。

目の前の存在が、今まで見せていた姿とは全く異なる“何か”であることを痛感させられた。

そのままリオンは続ける。

「この一カ月、お前に剣を教えたのが誰か忘れたわけではあるまいな。アレン・クロード、お前では何があっても私には敵わない。悪いことは言わん。無駄に命を散らす前に、潔く私に道を譲れ」

そう語るリオンの声には、揺るぎない確信があった。

(……彼女の言う通りだ)

そんなリオンの言葉を受け、俺は 原作(ゲーム) におけるリオンのことを思い返す。

『ダンアカ』ではジュリアンを討伐した直後に現れ、メインエピソードⅣのラスボスとして立ちはだかるリオン。

彼女のレベルは75とジュリアン(65レベル)を優に超え、戦闘技術についてはさらに群を抜いていた。

耐久力だけなら暗黒属性のジュリアンに分があるが、総合力では比べるべくもない。

ジュリアン一人に総出でかかってようやく勝利したのが俺たちであり、その中から俺一人が来たところで勝てないと考えるのも当然だろう。

けれど――

俺は一切の迷いなく、リオンに向き直る。

風が吹き、俺たちの間に散った木の葉が舞い落ちる。

「一か月間の鍛錬で、相手の実力を理解しているのはこちらも同じです……その上で俺は、戦うと決めた」

「……なぜだ? 敗北すると分かっていてなぜ抗う?」

ここに来て、リオンは心から理解できないといった様子で眉をひそめる。

俺の瞳に宿る覚悟が、彼女の予想を超えていたのかもしれない。

そんな彼女に向け、俺は改めて告げる。

「先ほども言ったはずです。俺は貴女の――いや、 ジ(・) オ(・) ラ(・) ス(・) タ(・) ー(・) の(・) 思(・) い(・) 通(・) り(・) に(・) さ(・) せ(・) る(・) 気(・) は(・) な(・) い(・) 」

「――ッ!? お前、なぜその名を……!」

これまでで一番の驚愕を見せるリオン。

その反応は当然だった。

禁忌の大魔術師ジオラスター。

それはかつて、 五(・) 大(・) 賢(・) 者(・) の一人として人々に崇められた天才。

しかし、この時代に彼の名を知る者はほとんどいない。

それもそのはず。ジオラスターは500年前、人類を裏切り魔王軍側についた。

それ以来、彼の存在は歴史から抹消され、残された四人の賢者たちのみが後世に語り継がれることとなったからだ。

しかし、ジオラスターは表舞台にこそ姿を現さなくなったものの、大賢者ヴァールハイトと同様に未だ健在であり、その脅威もまた色濃く残っている。

『ダンジョン・アカデミア』では、黒幕として君臨する最強の敵でもあるのだ。

そしてリオンは、そんなジオラスターの配下の一人としてステラアカデミーに潜り込んだ内通者。

かつて【新星の迷宮】で発生したワーライガー襲撃も、全てはジオラスターの指示のもと彼女が手引きしたからこそ起きた出来事だった。

そんな一介の学生なら知るはずもない情報を俺が口にしたからか、リオンからの警戒は一気に最高潮へと達する。

彼女は右手で自身の左腕を押さえながら、必死の形相で俺を睨んだ。

「アレン・クロード、お前はいったい……」

俺たちがジュリアンを倒したことや、リオンの狙いを知って立ちはだかった時とは比べ物にならない困惑具合が手に取るように分かる。

しかし、彼女はすぐにハッとした様子で首を横に振った。

「いや、いずれにせよ私のやることは変わらない。私に敵わないと理解してなお立ちはだかるのは、リリアナ・フォン・アイスフェルトたちが回復するまでの時間稼ぎでも目論んでいるだろう……だが、だとしても結果は同じだ。ジュリアンごときに苦戦するお前たちが徒党を組んだところで、私に勝てる可能性は一切ない」

「いいえ。申し訳ないですが、前提から違います。俺は時間稼ぎのためでも、ましてや敗北を覚悟してここにいるわけじゃない」

「……なんだと? なら、いったい何のために――」

なぜ俺が、ここに一人で来たのか。

そしてジュリアン戦でグレイやリリアナ、ルクシアといった圧倒的な戦力に力を使い果たさせてでも、 自(・) 身(・) の(・) H(・) P(・) と(・) M(・) P(・) を(・) 節(・) 約(・) す(・) る(・) こ(・) と(・) を(・) 選(・) ん(・) だ(・) の(・) か(・) 。

「決まっている」

俺はまっすぐとリオンを見据え、そして続ける。

グレイやリリアナ――ましてや、封印状態で力の大半を封じられているルクシアでもない。

俺が今、ここにいる理由はたった一つ。

「 今(・) 、 こ(・) の(・) 結(・) 界(・) 内(・) で(・) ―――― お(・) 前(・) に(・) 勝(・) て(・) る(・) の(・) が(・) 俺(・) だ(・) け(・) だ(・) か(・) ら(・) だ(・) 」

「――――!?」

俺の宣言を受け、リオンが目を見開くのが分かった。

明確な敵対の意志を告げた後、俺は手に持つ漆黒の長剣を構える。

相対するは、純白の長髪を靡かせる彼女――リオン・ コルニクス(鴉) 。

かくして、『メインエピソードⅣ 【黒堕ちる鴉】』の最終戦。

長い長い一日に、終わりを告げる最後の戦いが幕を開けた。