軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

077 立ち回りと秘策

――ジュリアンとの戦いが始まって、早くも30秒が経過していた。

「はぁぁぁぁぁっ!」

「――――!」

魔力弾、羽ばたき、羽の射出、はたまたシンプルな両手による殴打と薙ぎ払い。

次々と襲い掛かってくる攻撃の数々を、俺は紙一重で対処し続けていた。

全身の神経を研ぎ澄まし、敵の動きを読み取って最小限の動作で躱していく。

白熱する攻防の中、自身の攻撃が一向に命中しない事実に、ジュリアンは苛立ちを隠せない様子だった。

「なるほど、すばしっこさだけは大したものですね――なら、これはどうでしょう!?」

「――――!」

漆黒の翼から、一斉に10本以上の羽が射出される。

先ほどまでの攻撃とは明らかに異なり、その全てが禍々しい暗黒のオーラを纏っていた。

魔力を注ぎ込むことで貫通力と速度を引き上げているのが一目で分かる。

(――全てを躱すのは無理だな)

面で迫ってくる羽の群れを全て回避するのに、俺のステータスでは足りない。

このままでは最低でも2本が俺の体を貫くことになりそうだ。

かといって、先ほどのように防壁一枚で弾くこともできない。

貫通力が上がっている以上、通常の防御は意味を成さないからだ。

なら、万事休す?

――否。

「【プロテクト】」

俺は複数枚の防壁を同時に展開し、それぞれに僅かな角度を付けていく。

すると、2本の羽は防壁を貫通するたびにわずかに方向を変え、3枚目も突破した後には、まるで自分から俺を避けるかのように後方へと飛んでいった。

「なっ!?」

想定外の結果に、ジュリアンが目を見開く。

そんな奴の姿に、俺はにっと笑みを深めた。

今の戦術は、先日【英知の書架迷宮】でグリモアの魔法を弾き、グランドオウルに誘導した時の応用だ。

完全に防ぎ切ることはできなくとも、敵の攻撃を凌ぐ手段は存在する。

それだけ【プロテクト】の熟練度を上げてきた自信が、俺にはあった。

(――これまで、何度気絶してきたと思ってる)

この一か月間の壮絶な特訓の記憶を思い返しつつ、畳み掛けるように俺は告げる。

「ほら、言った通りの結果になっただろ? お前の攻撃は俺に通用しない」

「っ、貴様……!」

ジュリアンは明らかに冷静さを欠いた様子で、攻撃を放ってくるのだった――

◇◆◇

一方、後方で態勢を整えるリリアナたち3人は、驚愕の表情を浮かべながら両者の攻防を見つめていた。

「なんだ、アイツの動きは……」

特に衝撃を受けているのは、アレンからの厳しい叱責から我に返った後、意外にも素直にHP回復のポーションを飲んでいるユーリだった。

彼女の知るアレンはアルバートとの模擬戦で見せた姿のみであり、これほどの実力を有しているとは、夢にも思っていなかったのだろう。

しかし、そんなユーリを無知と 揶揄(やゆ) することはできない。

なにせリリアナにとっても、今の状況は想定外のものだったからだ。

(これまでに何度もダンジョン攻略を共にし、アレンさんの実力は知っているつもりでしたが……さらに動きが洗練されているように見えます。特に速さに磨きがかかっている気が……仮にこの数日でレベルを上げたとしても、納得できない上昇幅です)

いったい何が起きているのかと、困惑の色を隠せないリリアナ。

そんな彼女の横では、最後の一人、グレイがどこか訝しむような視線でアレンを見つめていた。

「 こ(・) れ(・) って、もしかして……」

三者三様の驚愕に包まれる前で、アレンとジュリアンの戦闘に、新たな展開が生まれようとしていた――

◇◆◇

「ええい、面倒な!」

全ての攻撃を俺に凌がれ続けたジュリアンが、突如として声を荒げる。

かと思えば、先ほどまでのユーリに対するときのように、全ての守りを放棄してこちらに駆け寄ってきた。

俺がここまで回避に徹していたことで、反撃手段はないと考えたのだろう。

「逃げるしか能がない存在など恐れるに足らず! 貴方に現実を教えて差し上げましょう!」

ゴウッと、高いステータスに物を言わせた突進。

暗黒の魔力が渦を巻き、大気が軋むような音を立てるが――それを見た俺は、ニッと口の端を上げた。

「――この瞬間を待っていた」

「なっ!?」

ここで俺は初めて、回避ではなく前進を選択。

ジュリアンを迎え撃つだけではなく、こちらからも全力で接近した。

奴は驚きに目を見開きながら、素早く両翼で自身の体を隠う。

暗黒の加護によって黒く染まった翼は、まるで鉄壁のように頑丈だ。

だが、甘い。

「今さら何をしようが無駄です! 貴方の攻撃ごとき、私には通用――」

「それはどうかな」

俺は右手に持つ漆黒の短剣を前に突き出す。

すると刃は、暗黒の加護に守られているはずの翼を、まるで紙を切り裂くかのように深く貫いた。

「な……がぁぁぁあああああ!」

これまでとは比べ物にならないであろう痛みに、ジュリアンは悶え苦しむような叫び声を上げる。

その左翼からは黒い血のようなものが滴り落ち、今日初めてとなる大ダメージを受けたことを如実に物語っていた。

「き、さま……!」

血走った目で俺を睨みつけるジュリアン。

その表情には、自分より明らかに劣るはずの存在から傷つけられた事実への困惑が浮かんでいた。

俺は意識的に得意げな笑みを浮かべると、煽るように口を開く。

「まさか、こんなに簡単に騙されてくれるとは思ってなかったよ。攻撃手段もないまま、一対一で対峙するわけないだろ?」

「くぅっ……ですがいったい、どうやって『暗黒の加護』を――」

「純粋な力量の差だ」

「――――ッ!」

俺の冷徹な言葉に、ジュリアンの表情が一瞬で凍り付く。

狙い通り、奴の尊厳を深く傷つけることに成功したみたいだ。

そんな奴の様子を窺いつつ、俺は内心で今の言葉を振り返る。

(純粋な力量の差と言ったけど――もちろん、 そ(・) れ(・) は(・) 嘘(・) だ(・) )

俺は右手に握る、漆黒の短剣に視線を落とした。

――――――――――――――――――――

【ナイトブリンガー】

攻撃力:+90

効果:敵の防御力を100%貫通する一撃を与えることができ、代償として敵に闇属性が付与される。ただし人間や魔族、一部の魔物に闇属性が付与されることはない(貫通効果は適用される)。

――――――――――――――――――――

今の攻撃は、あくまでナイトブリンガーの貫通効果によって、初撃のみ暗黒属性の耐性を突破できただけ。

2撃目以降は貫通効果が減少していくという特徴があるため、同じようにダメージを与え続けることは不可能だろう。

だが、今はそれでいい。

ジュリアンは自分よりステータスの劣る俺からダメージを受けた原因が分からず、勝手に警戒を強めてくれるはずだ。

それこそが、今の俺に必要な状況。

(……この状況なら)

俺は肩越しに、後ろにいるユーリに視線を向ける。

「戻ってこい、ユーリ! お前がやるべきことはもう分かってるな!?」

「っ! ……貴様はさっきから、私のことをなんだと……!」

不満を露わにしながらも、俺の指示に従う気になってくれたらしいユーリが前線に復帰してくる。

いつまでもナイトブリンガーによる詐欺は通用しないだろうし、ここで彼女が戻ってきてくれるのは大きい。

将来、【聖騎士】へとランクアップし、守りにおいて並ぶ者がいない存在となるであろう彼女の真価を発揮してもらうとしよう。

(よし、あとは――)

ユーリと共にジュリアンを食い止める傍ら、俺はちらりとリリアナに視線を向ける。

彼女はその意図にすぐ気付いたのか、こくりと頷き――

『――これで合っていますか?』

――俺の脳内に、直接そう語りかけてきた。

これは俺、リリアナ、ローズが【英知の書架迷宮】を攻略する中でドロップしたスキルオーブのうち、リリアナが2つ目に獲得した【思念共有】というスキルだ。

ゲームではキャラクター同士の連携攻撃の成功率を上げる程度の効果しかなかったが、現実となった今、こうして限られた者だけでの会話ができるという便利な代物へと変化していた。

脳内に直接響く声は、レベルアップやスキル獲得時のシステム音に近い感覚だ。

不思議と違和感は少なく、むしろ自分の考えと地続きのように感じられる。

ジュリアンにバレないように作戦を伝えるためには、これ以上ない手段だった。

『これからジュリアンを倒すための秘策を伝える。グレイにも繋げてもらえるか?』

『分かりました……ちなみにユーリさんは?』

『今はジュリアンとのやり取りに集中させたいから省いてくれ』

『……それもそうですね』

納得したように頷くリリアナ。

その直後――

『っ、これって……』

グレイの困惑に満ちた声が響く。

これで俺、リリアナ、グレイの三人での意思疎通が可能になった。

簡単に【思念共有】の効果をグレイに伝えた後、俺は続ける。

『MPは回復したか?』

『完全にではありませんが、9割以上は』

『僕も同じだけど、いったい何を……』

『ならいい。そして、ここからが本題だ』

俺は簡潔に、二人に対して作戦を伝える。

すると魔力越しであるにもかかわらず、二人が同時に『っ』と息を呑むのが手に取るように分かった。

驚くのも無理はない。

なにせ、この作戦にはかなりのリスクが伴う。

それでも数秒の間も置かず、リリアナが同意の声を上げた。

『分かりました。私はアレンさんを信じます』

しかし一方で、グレイは明らかに逡巡している様子だった。

『でも、 僕(・) は(・) ま(・) だ(・) ……』

グレイが不安を抱く理由は分かっている。

なにせ俺がグレイに求めているのは、彼がこの一か月間特訓を行い、それでも成し遂げられなかったことだから。

だが、俺はここで方針を撤回するつもりはなかった。

ゆえに、告げる。

『それでも―― お(・) 前(・) が(・) や(・) る(・) ん(・) だ(・) 、 グ(・) レ(・) イ(・) 。 俺(・) た(・) ち(・) 全(・) 員(・) が(・) 生(・) き(・) 残(・) る(・) た(・) め(・) に(・) 』

『――――!』

10秒ほどの無言。

俺はただじっと、彼の返答を待つ。

『……分かった、やってみせる』

すると、ようやく覚悟を決めたように力強くグレイは頷いた。

その言葉を聞いた俺は小さく笑った後、最後の言葉を告げる。

『タイミングは俺が指示する――頼んだぞ、2人とも』

『はい』

『うん』

2人の頼もしい返事を聞き、俺はジュリアンとの戦いに意識を戻す。

会話中はほとんどユーリに任せてしまったが、何とか凌いでくれているみたいだ。

立ち回りが先ほどまでと比べ、明らかに洗練されているのが分かる。

(さあ――ここからが、ジュリアン戦の正念場だ)

俺はちらりと、結界の先に広がる青空を見上げるのだった。