軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不惑の男はいまだに惑う3

俺は御者として一緒に行けば結婚式で酒が飲めるかと期待したんだが、こんな小汚い馬丁では我が家の品位が……とかなんとか妻のほうが言って、結局俺は置いていかれた。

なんか知らんが小奇麗な男をこの日だけ雇って、そいつまで正装させて奴らは出かけて行った。

つーかもともと俺ァ馬丁じゃねえのによ。賃金がもったいねえとかって御者から馬の世話まで全部やらせてたくせによく言うわ。

今日が結婚式なら、今日からもうあの子はここに帰ってこないのか。まあまあ目の保養だったのに、今日から見られないのが残念だ。

ともかく今日は一家が不在だから、まだまだ仕事をさぼれるなとのんびり昼寝をしていたのに、急に外が騒がしくなった。

何事かと思って一応門の前まで顔を出すと、雇い主一家が大慌てでぐったりした末娘を家に運び込んでいた。

「どういうこった……?」

結婚式の最中じゃねえのか?妹が具合悪くなったから式すっぽかして帰ってきたとかか?

家にいた他の使用人たちも何事かと集まってきて騒ぎになっていたら、今日の御者として雇われた奴が事の詳細を教えてくれた。

式の準備中に、新婦の妹が新郎の子を妊娠していると大暴露して、結婚式が中止になったそうだ。

婚約者の妹を孕ますとか……アホか。

呆れて物も言えない。

御者の男は、騒動の一部始終を語り終えると、馬車をそのまま置いてさっさと帰って行った。

使用人連中はまだ騒動の話でワイワイ騒いでいたが、別に聞いていても仕方がないので俺は馬の手入れがあるからとその場を離れた。

その後、使用人たちが『ディアお嬢さんがいないんだけど……』と言って騒いで、俺のところにまで何か知らないかと聞きに来た。

どうやらあの後、新郎とその両親もこちらに到着したらしいのだが、花嫁である姉のほうが帰ってきていないらしい。

皆、心配そうな素振りをしていたが、どこかわくわくした表情をしていたので、張本人である姉の話を聞きたくてしょうがないように見えた。

ともかく俺は何も知らんしあまり興味もないというと、使用人の奴らはなんとなく当てが外れたような顔ですぐに離れて行った。

馬にブラシをかけながら、俺はうんざりした気分で今後のことを考え始めていた。

……この家は終わりだな。いくら羽振りが良くても、こういう倫理観の狂った騒動を起こすところは近いうちにダメになる。面倒ごとに巻き込まれる前に、早いとこ逃げ出そう。

面倒事は避けて、また流れ者として気楽に生きていく。その繰り返しだ。俺はそうやって適当に暮らしていくのが性に合っている。

この先もそれは変わることはないと思っていたから、まさかあんなことを言い出すなんて俺自身も思っていなかった。

***

「それでね、もうなにもかもイヤになって…………ねえ聞いてる?今ちょっと寝てなかった?ねえ、あなたが訊いたんでしょ?!最後まで聞いてよ!だーかーらー!寝ちゃダメだってばあ!」

「あーハイハイ聞いてる聞いてる。すげー聞いてますよーえーっと、なんだっけ?」

ホットワインごときでグダグダに酔ったあの子が、俺の首をつかんでガクガク振り回している。酔っぱらいすぎだろ。ていうかなんか色々あったせいか、完全に振り切れてる。絡み酒かよ。まったく、なんでこんなことになったんだか。

なんとなく、寝付くことができなくて夜中になってもまだ俺は酒をちびちび飲んで時間をつぶしていた。

あの姉がどうなったかと気になって、無駄に家の周囲を何度も巡回したりしていたら、なんとその張本人と鉢合わせしてしまった。

長い髪を振り乱して泣いている女が、真っ暗なとこから飛び出してきたもんだから死ぬほど驚いた。イヤ、驚くわあんなん……。お化けとか苦手なんだよ俺ァ……。

明らかに面倒事だとは思ったが、今にも死にそうな顔をしているし、さすがに放っておけなかった。まあ結婚式当日に婚約者と妹が浮気していたんだから、落ち込んで当然だ……と柄にもなくお節介を焼く気になった。

よくある浮気話かと軽く考えていたが、よくよく聞いてみると、不幸の詰め合わせみたいな話が出るわ出るわ。婚約者もクソだが、家族もクソ。結婚式で新郎が尻丸出しで妹とサカっていたってとこで話が終わるのかと思いきや、人生さかのぼって家族から受けた仕打ちを事細かに語りだした。

この子も話し始めたら止められなくなったようで、一生分の愚痴を吐き出す勢いで喋っている。

物心ついた時から現在に至るまで、一通りの不幸話を語り終えたので、ようやく終わりかと思ったが、そこからまた幼少期の話に戻って語り始めた。

彼女の人生年代記を五回聞いたあたりで、俺もいい加減眠くなってきた。だんだん相槌が適当になってくるとすかさず頭をポコポコ叩かれるので、寝落ちもできない。

まあ、酷い話だとは思うよ?でもなァ……言っちゃなんだがよくある話なんだよなァ。親から虐待されてとか男に裏切られたとか、場末の娼館にでも行けば嫌というほど出てくる話だ。珍しい話じゃあない。

そういう奴らの大半が、どれだけ時間が過ぎてもずっと過去の恨みを昨日のことのように語って呪いの言葉を吐いている。恨みが深すぎて、一生言い続けるんだろうなと思いながら、俺はいつもそういう奴らの愚痴を聞き流してきた。

まあこの子も相当な目に遭っているし、受けた仕打ちは一生忘れられなくて恨みを抱えて生きることになるんだろう。

人を恨み続けて生きると、なんでか人は緩やかに狂っていく。だったらパーッと燃やしちまったほうがまだ正気でいられるし、スッキリしていい気がするけどな。でもさすがに付け火は足がつくか。

復讐するなら捕まらない程度に手伝ってやってもいい。ケツ丸出し男を成敗するなんて、ちょっと面白そうだ。

そんなことを考えていたが、この子は全く予想外のことを言い出した。

「私、家を出ようと思います」

あの二人を見ていたくないから、物理的に離れるためにこの町から出て行くというのだ。

全てに絶望するくらい酷い目に遭わされたのに、なんの仕返しもせずこの子はあっさりとここを出て行く選択をした。

自暴自棄になって言っているのかと思い、少し呆れつつ『行くアテでもあるのか?』と嫌味を言ってみた。

でも彼女はそれを嫌味とはとらなかったようで、何てことなさそうに『なんとかなるわ』と言って笑った。

(ここで笑うのかよ……)

その顔にはもう昨日のような恨みつらみが微塵もなかった。

明るいほうの未来を見ている顔をしていた。

この子は自棄を起こして逃げ出すんじゃない。悪感情で人を傷つけたくないから、ここを離れると本心から言っているのだ。そんなこと、なかなか言えるもんじゃない。あれだけのことをされて、どうしてそんな風に思えるのか、俺には理解できない。

この子は、くだらない嫉妬や妬みで人の道を踏み外した俺と正反対の人間なんだな。

生まれとか境遇とか、自分ではどうしようもないことで貧乏くじ引いちまったら、諦めるしかないと思っていた。そういう風に生まれちまったんだから、俺がこんな人間になっちまったのも仕方がないと決めつけていたが、この子のようになれていたら、違う選択ができたんじゃないだろうか。

この時、彼女にすごく興味がわいた。

だからつい、『一緒に行かないかい?』などと言ってしまったのだ。

ろくでもない人生を送った母親を見てきたから、結婚になんの希望も憧れもなかったし、一生家族なんて作らないと思って好き勝手して今まで過ごしてきた。

それを寂しいと思うことはなかったが、年を取るにつれ、時々猛烈にむなしさを覚えるようになった。そんな時にディアさんに会ってしまって、うっかり身の上話なんか聞いてしまったから、魔がさしてしまった。

この子ならちょうどいいと思ったのだ。彼女だって今は頼る人が欲しいだろうし、俺は可愛い女の子がそばに居たら楽しい。

(家族も婚約者もこの子を要らないって切り捨てたんだから、俺がもらったっていいだろ)

そんないい加減な気持ちで、ディアさんの今後も考えず自分の欲のために彼女を利用した。