軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不惑の男はいまだに惑う2

ディアさんと出会う前の俺は、一所に留まらず各地を気ままに転々として過ごしていた。

面倒事が起きればすぐに移り住めばいいだけだから気楽だった。

たまに定住してもいいかなあって思うような良い土地もあったが、いい奴らに囲まれているとむず痒くなってきて、やっぱり嫌になってまた違う土地に行きたくなってしまう。

腰を据えてぬるま湯の暮らしを送るのは性に合わねえ。そうやってずっと流れ者として生きてきた。

あの町で仕事を探していた時、とある家で警備と用心棒の求人が出ていた。募集要項には『女性』を希望と書いてあったが、女の用心棒がこんな小さな町に来るわけがない。しかも賃金が低すぎるし、これで応募してくる奴なんぞいないだろう。

多分、年ごろの娘が家にいて、間違いがあるといけないから女を希望しているのだろうと予想して、だから試しに自分を売り込みに行ってみた。

俺は戦争で負傷したから、もう『男』ではないと深刻そうに告白してみたらあっさり採用された。

まあ、身分札を持たない流れ者だからってただでさえ安い賃金をさらに値切られたのを、それでもいいと言ったからだろう。

雇い主の男は、常に人を上か下で見る嫌らしい目をした奴だなと第一印象で思った。

まあ、いい雇い主とは言えなそうだが、ひとまず住むところと仕事にありつければそれでいい。嫌になったらまた移り住めばいいだけだ。

仕事も大して忙しくもない。基本、家の警護と、時々町外へ出る雇い主の用心棒として付き添う程度だ。

住み込みの仕事だから、屋敷の一部屋を提供してくれるのかと思いきや、庭の隅にある物置をやるからそこに住めと言われた。それに多少腹は立ったが、だったらその分好きにさせてもらおうと、俺は勝手気ままにほとんど仕事をさぼってのんびりと暮らしていた。

働き始めて、この家はやべぇなとすぐに分かった。

見栄っ張りなのか、家の中は無駄に高そうな絵画や壺が統一感なくごちゃごちゃと飾っている。そういうところには金をかけるのに、使用人は最低限しか雇わないで、低賃金のくせこき使う。

たまに給金の支払いも滞るくせに、雇い主は趣味の悪い服と装飾品をゴテゴテ身に着けた奥方と、可愛い見た目に反して下品な服を着た娘をいつも引き連れて、しょっちゅう買い物や外食に出かけていた。

まあ、典型的な成金だな。

仕事も非合法すれすれの行為をしているのか、人の恨みを買うことが多いようで、だからケチなくせに用心棒を雇ったのだ。

実際、何度か追剥とも闇討ちともつかない輩に襲われたこともある。でも自警団には報告しなくていいと言うので、探られたら困るような事がこの雇い主には山ほどあるのだろう。

そういえば、娘はあの下品な小娘だけかと思っていたら、他の使用人に聞くと娘がもう一人いると教えてもらった。

その子はいつも地味で同じような服装をしていて、朝から出かけて夜遅くに帰ってくるような生活をしていたので、最初見かけたときは、通いの家庭教師かなにかと思っていた。

能天気で頭も尻も軽そうな妹とは全然似ていない。使用人たちが言うには、親が妹ばかりを可愛がり、姉はいつも虐げられ使用人以下の生活をしているらしい。

(まあ、よくある話だ)

兄弟姉妹で差をつけられるなんて珍しいことじゃない。

使用人たちは『ひどい親だ』と憤っていたけれど、言うだけで別になにかするわけでもない。しょせんは他人事だからな。

ひどいひどいと言うくせに、雇い主に注意する奴はいない。使用人だからと言えばそれまでだが、そこまであの姉に親身になってやろうとは思わないのだろう。妹に比べて確かに姉のほうは不愛想で可愛げがない。誰かに話しかけられてもにこりともしない。だからはっきりとは言わないが、皆ちょっと『あれじゃあ可愛がられなくてもしょうがない』と思っているのが言葉の端々から感じられた。

結局のところ皆、虐待うんぬんの話も刺激的な話題のひとつとして楽しんでいるだけだ。誰も親身になって心配しているわけじゃあない。

ある時、朝早く家を出て行く例の娘を見かけた。

まだ他の家族は寝ているような時間に、音を立てないように気遣いながら出て行った。嫁ぎ先予定の店に毎日仕事で通っているらしいが、朝から晩までホント、ご苦労なこった……。

初めてちゃんと姿を見たが、ちょっと暗い顔をしているが、あの親から生まれたにしては随分な美人だ。

だけど痩せすぎだな。ちゃんと食ってんのかね。でもおっぱいはでかい。こういうのは好みが別れるとこだが、ああいう不幸気質の危うそうな女を好きな男って多いんだよなあ。この先、変な男に引っかかって身持ちを崩すとかありそうだ。

でも、あれでにっこり笑ったら男なんぞイチコロだろうに。

美人だしおっぱいはでかいし、噂に聞くと仕事もできるらしい。愛想がよけりゃ人生楽勝だろうになあ。

でも世の中上手くいかないもんで、彼女は婚約者から一方的に嫌われていると聞いた。

その相手の男をチラッと見たことがあったが、見るからに生意気そうで挫折を知らないお坊ちゃんといった感じのいけ好かないガキだった。実際評判もすこぶる悪かった。周りにいる奴らも、友人というより取り巻きといった様子で、傍若無人に振る舞うお坊ちゃんを諫めもしないで、その尻馬に乗るろくでもない奴らばかりだった。まァ、類は友を呼ぶってヤツだ。

給金が入った日に、久々に酒場で飲もうと飲み屋通りを夜歩いていた時、例のお坊ちゃんを見かけたことがあった。

不遜な態度で女にちょっかいをかけていて、口説きながら尻を揉んでいる。それだけでもどうかと思ったが、その後しけこみ宿のあるほうへ女と連れ立っていった。

……おいおいおい、やりたい放題かよ。

結婚前の火遊びってとこか知らんが、節操のない奴だな。あの姉と結婚して上手くいくんかねえ?

まあ……どうせ政略結婚だ。お互い恋愛感情で結婚するわけじゃないと分かっているからこそ、今のうちに羽目を外したいとかあるんだろ。

それからも時々、酒場に行くとその婚約者が女連れでいるのを何度も見かけた。周囲も今日は誰が一番に女をお持ち帰りするかで勝負なんぞしていて、見ていて気分が悪くなったのでそのうち酒場へ足が向かなくなった。

この町に来て、まだ一年ちょっとしか経っていないが、俺は早くも嫌気がさしていた。

そんな頃、町でデカい祭りがあるから、その日は酒が使用人にも振る舞われると使用人の仲間が教えてくれた。

収穫祭が行われる日に、雇い主の末娘は踊り子の衣装でキレイに着飾って両親と一緒に意気揚々と出かけて行った。

姉のほうは、いつもの地味な服で、大きな荷物を持って朝早くからすでに出かけて行っていた。

裏方仕事でもやるんかね。あの子も未婚の娘だろうに。あの踊り子の衣装を着たらきっと似合うと思うのに、勿体ない。

日が暮れて祭りが終わった頃に末娘と両親は帰ってきた。祭りの日だからといつもはしわい雇い主から酒が振る舞われたので、多めにくすねてさっさと小屋へ引っ込んだ。

……姉のほうは帰って来ねえなァ。

家の中は祭りの余韻で未だに楽しそうな笑い声が聞こえる。

俺は庭の丸太に座って一人酒盛りをしていた。

酒が回ってウトウトしていた時、人が歩く気配を感じてパッと目を覚ました。

裏口から入ろうとしている人影が見えたので、声をかけてみると、それはようやく帰ってきた姉のほうだった。

あの子の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。本人は自分が泣いていることに気付いていなかったようで、俺が指摘するとすごく驚いていた。

(泣いていることに気付かないほど、ショックなことがあったってことだよなァ……)

なんで一人の時に泣くのかねえ。誰かに泣いてすがればちったあ楽になんのによ。まあそれができりゃ苦労しねえか。全部自分で抱えて一人で泣く癖がついちまってんだろうな。

何があったのか気になったが、なにかしてやるつもりもないのだからあえて訊ねなかった。

酒でも飲んで寝てしまえば、あの泣き顔も明日には忘れる。とは思ったが、どうにもモヤモヤしていたたまれなくなってきた。

(この町もそろそろ潮時か……)

誰かが気に掛かるようになったら、その土地を離れる頃合いだ。愛着がわく前にそこから離れないと、面倒くさいことになるからな。

そんな風に仕事を辞める算段を立てていた頃、ついにあの姉の結婚式の日を迎えた。