軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

70.束縛の自覚

「…………」

朝、思ったよりもスッキリと目を覚ましたシャイナは、いつもよりちゃんと顔を洗って寝巻きから普段のローブに着替え、こちらもいつもよりきちんと髪を梳かした。

普段はしない鏡での点検もした後に、硬い動きで寝室を出るとそろりとダイニングへと顔を出す。

「おはよぅ、ございます……」

朝の挨拶は尻すぼみになってしまった。

今朝は『あいしていますう』と告白をしてから初めて人型でエスカリオットと対面する朝だ。

告白した当日である昨日は人型に戻ることが出来ないくらいに恥ずかしく、狼のまま甘えてしまっている。今日はきちんと人の姿で向き合わなくては、と思っていたのだがやっぱり気恥ずかしい。

一体どんな顔すればいいのか分からなくて緊張するシャイナ。

エスカリオットは既に起きていてコーヒー用の湯を沸かしていた。

「おはよう、シャイナ」

エスカリオットが優しい笑顔で言って、シャイナの側まで来ると朝のハグをする。朝のハグは習慣化されていてすっかり慣れっこのはずだったのだが、シャイナの体はかちんと固まった。

「ちゃんと寝れたか?」

「は、はい」

「そうか。今夜から一緒に寝てもいいか?」

「はい…………はっ?」

とても自然に続けられたエスカリオットの問いに何となく返事をしてしまってから、シャイナはびっくりした。

(えっ、今なんて聞かれた?『コンヤカライッショニネテモイイカ?』じゃなかったか? えっ? イッショニ? 一緒に? ええっ?)

シャイナにだって一緒に寝るの意味くらいは分かる。

「言質が取れてしまったな」

狼狽えるシャイナにエスカリオットがくっくっと笑う。

「い、いいい一緒はまだダメです」

「……ほう?」

エスカリオットの声が甘くなってその手がシャイナの耳をくすぐった。

「ひやあっ」

「シャイナは耳が弱いな」

「よわっ、な、なんて事を」

シャイナはあっという間に顔を真っ赤にした。こういうやつの免疫はゼロなのだ。

「エ、エスカリオットさん! こういうのは困ります!」

「こういうのとは?」

「……距離が近いやつです」

“耳を触る”と言うのは恥ずかしくて、シャイナはやんわりとぼかして伝えた。

「想いあっている恋人同士なのにか? シャイナは昨日、俺を好きだと」

「ぐうっ……そうですが」

「今夜から一緒にも寝るのだろう?」

「ええっ!?」

「先ほど了承が取れた」

「いや、あれは……うっかりというか、え? ほんとに? 一緒に?」

シャイナは慌てた。

「はい、と聞こえたが? ウェアウルフは嘘をつく種族なのか?」

「つきません。つきませんけど、えっ、でも一緒は……」

ますます慌てるシャイナ。

(だって一緒に寝るって添い寝じゃないよね?)

エスカリオットを見上げるとその顔は色気に満ちている。

(絶対に添い寝じゃない……)

シャイナにはそこまでの覚悟はまだない。しかし確かに了承はしてしまっている。

シャイナの目に涙の膜が張る。

「あう……エスカリオットさん」

小さな声で呼びかけると再び優しく笑われてそっと頬をつねられた。

「冗談だ。今のはかなりそそられたが、早急に進めなくてもいい。 ま(・) だ(・) とも言ってもらえたし」

「冗談……」

「ああ、しかし恥ずかしいのは分かるが、今朝のように構えられるのは少々傷付く。虐めたくもなる。昨日の狐も可愛かったが寂しかった」

「…………」

シャイナの顔はどんどん赤く染まった。

エスカリオットに『寂しい』とまで言われてなぜかすごく恥ずかしい。

『寂しい』と言ったのはエスカリオットで、言った本人は顔色ひとつ変えてないのだが、シャイナが照れてしまう。

(エスカリオットさんが『寂しい』なんて、ムズムズする)

ムズムズするけれどここで逃げてはいけないと思う。ここで逃げては女がすたると言うものだ。しかもシャイナは狼の女なのだ。押して押して押しまくらねば。

「き、気をつけます。あの、す、好きです」

拳を握りしめてそう告げると、つねられた頬をむにむにされた。

「ひょっと! へふかりほっとはん!」

むにむにに抗議すると、エスカリオットが輝く笑顔になる。

「そうしてくれ、朝食にしよう」

笑顔で告げられて、シャイナの頬が解放された。

それからはいつも通りにシャイナが卵を焼いてパンを温め、エスカリオットがコーヒーを淹れて二人で食卓についた。

もぐもぐとパン食べながらシャイナはもう逃げないぞ、と誓う。

そもそも恥ずかしがっている場合ではないのだ。

ウェアウルフは基本的に好きになると一途で、好きになった相手を生涯の伴侶として一生を添い遂げたいと願う。

そこからはひたすらに相手にアピールして、想いを伝える。通常であれば給餌し毛繕いをしてスキンシップを図り、お近づきになれれば体力に腕力、生活力を誇示して相手を振り向かせたりするのだけれど、エスカリオットは既にシャイナを好いてくれているのでその必要はない。

ならばシャイナが次にすべき事は囲い込みである。

エスカリオットがシャイナから離れないように物理的に精神的に囲うのだ。

(まずは巣に連れ込まなくては……)

そう考えてからシャイナは、向かいで優雅に朝食を食べるエスカリオットが既に自分の巣に住んでいる事に気付いた。

(…………あれ?)

もう連れ込んでいた。

(なら次は離れないように、完全に私のものにしないと。生活を依存させるのはなんか違うから胃袋を掴めばいいのかな……)

だがここでシャイナは、胃袋については自分の方がエスカリオットに掴まれている事に気付く。

元々、コーヒーやフレンチトーストを美味しく仕上げていたエスカリオットは、エイダの店に料理の修行に行くようになってからその腕を格段に上げた。

更にラシーンから帰って以降はシャイナの母エイミの料理をそっくり再現出来るようになっていて、いまやシャイナの胃袋はすっかりエスカリオットの虜だ。

(困ったな。ここからエスカリオットさんの胃袋を掴むのは難しいかも、どうしよう…………ん? 待てよ)

シャイナはエスカリオットのシャツからちらりと覗くミスリルのチェーンに目を留めた。

それは奴隷の首輪を変形させたものである。シャイナがエスカリオットを所有している証の首輪。

(あ、もう私のものだった)

既に契約的にも社会的にもエスカリオットはシャイナのものであった。

(ふむ……そうすると、後は重たくない程度に行動を把握して、万が一にも離れていかないようにしなくては……)

とここで、シャイナはエスカリオットの左腕の義手の機能について思い出す。その義手にはシャイナの髪の毛が組み込まれており、シャイナはざっくりだがエスカリオットの居場所と状態を把握出来るのだ。

(もうしてた。あ、じゃあ家族に紹介して牽制しないと…………)

紹介なら既にしている。

そして家族も知り合いも皆、エスカリオットの事をシャイナの恋人だと認識していた。つまり牽制も既になされている。

(………………あれ?これって)

さあっと青ざめるシャイナ。

シャイナは愕然として、涼しい顔で食事をしている愛しい黒豹を見た。

なんという事だ。かなり初期からシャイナはエスカリオットを自分に縛り付けていたのではないだろうか。

おまけに付き合ってもいなかったのに、家族や一族にまで紹介もしてしまっている。

そんな事をされているのに美しい黒豹はなぜこんなに平然としていられるのだろう?

だってこれはまるで、あれではないか。完全に……。

❋❋❋

「エイダさん、どうしよう。私は重たくて束縛のきつい女だったみたいです」

昼前の準備中のエイダの店、ダイズバーのカウンターにてシャイナは落ち込んでいた。

朝食時にいろいろな事に気付いたシャイナは開店前のダイズバーの扉を叩き、エイダに一切合切を話したところだ。

「あらあら」

「エスカリオットさん本人の希望とはいえ、奴隷にしているだけでなく義手を通して監視が出来るなんてドン引きのレベルではないでしょうか? あ、ジュバクレイの布の魔法陣をシャツに縫いつける計画もしてたんだ……」

新たなショックがシャイナを襲う。

シャイナはぺちんと額を叩いた。

「ジュバクレイ? よく分からないけどそれも縛る系なのね」

優しく話を聞いてくれていたエイダが聞いてくる。

「本人の意思に関係なく自分の巣に呼び寄せるやつです」

「まあ……」

「最低ですよね。思えば、結局奴隷から解放していないのも根っこには私に縛っておきたいという願望があるような気がします。それに気付いた今も解放に踏み切れないという浅ましさ……このままじゃ、エスカリオットさんが他の女性と話すのとかも禁止してしまいそうです。うあああ、新婚当初のヘイブンさんがララさんに禁止しててあんな風にはならないぞと思ってたのに」

「ヘイブンさん?」

「ウェアウルフの知り合いです。異種族の奥様を娶ったんですよ。伴侶への執着は異種族だと大きくなるんです。ヘイブンさんはララさんが妊娠してから落ち着きましたけど」

「あら、エスカリオットさんは妊娠しないわね。困ったわねえ」

「そうなんです……大丈夫かな、その内に女性と目を合わすなとか言い出さないかな」

シャイナは未来の自分が心配になってきた。

「うーん……」

そんなシャイナをエイダは困った笑顔で見つめ、しばらく迷ってからこう切り出した。

「シャイナちゃん。言いにくいんだけどエスカリオットさんは既にそういうのに気付いてて注意してると思うのよねえ」

「えっ、どういう事ですか?」

「エスカリオットさんがうちに料理を習いに来だした初日にね、エスカリオットさんに私のエプロンを貸したのよ。それで半日過ごして家に帰ると、帰った途端にシャイナちゃんの機嫌がすごく悪くなったみたいなの。エスカリオットさんが言うにはエプロンから私の匂いとかが移ったのをシャイナちゃんが敏感に感じ取ったんじゃないかって……」

「…………」

「それでね、次からはマッドのエプロンを貸すようになったの。そうするとシャイナちゃんの機嫌は悪くならなかったみたいなのよねえ」

申し訳なさそうなエイダの告白にシャイナは顔を引きつらせた。

エスカリオットがエイダの店に通い出した当初にそんな風に不機嫌になった覚えはない。覚えはないのだがしかし、シャイナは無自覚にエスカリオットを束縛していたのだ。潜在意識的にエイダの存在を感じ取ってピリピリした可能性はある。

「なんて事だ」

シャイナは頭を抱えた。

「完全にヤバい女じゃないですか」

「そんなに落ち込まないで。なぜかヤバくはなかったわよ。やってる事のわりには可愛らしかったわ」

「やってる事のわりに……」

何気ない一言にグサリと傷付くシャイナ。

「ね、マッド」

エイダが厨房で作業中の内縁の夫マッドを振り返ると、顔に傷痕のある強面のイケメンはシャイナを見て微苦笑した。肯定してくれているようだ。

「エスカリオットさんも負担には感じてないようだったわよ。束縛してるのはシャイナちゃんなんだけど、手のひらで転がしていたのはエスカリオットさんの方じゃないかしらね」

「手のひらで転がす……転がされていたんですね」

転がされていたとなると、それはそれでプライドが傷付く。

「エスカリオットさんの方がずっと年上だし仕方ないわよ」

エイダが優しく言ってくれて、マッドが小さな焼き菓子をシャイナの前に置いてくれた。シャイナは焼き菓子をさくさく食べた。こういう時は甘いものに限る。

「だからシャイナちゃんはそのまま自然体でいいと思うの。ほら、エスカリオットさんって特殊な青春送ってるし、重たい愛くらいの方がいいんじゃないかしら」

「そうでしょうか?」

確かにエスカリオットは奴隷から解放されるのを何度か拒んでいる。

(愛に飢えている、とか?)

「…………」

ちょっと違う気もする。

大体、“愛”と“執着”は違うものだ。

シャイナはとりあえずいつも通りは心がけつつ、これ以上は重たくならないように気をつけようと思った。