軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

69.エスカリオットの店番

「好きですう……」

愛らしい狐が顔を真っ赤に染めて、きゅうきゅうと鳴くようにそう言った。

そうしてエスカリオットの口元を舐める。

(これはキス、という事でいいのだろうか)

エスカリオットはそう考えてから、いや、違うなとそれを打ち消した。

狐の姿でされると色気も何もないし、狐のシャイナもキスだとは思っていないだろう。

シャイナはエスカリオットの首に顔を擦り付けて「あいしていますう」と呟く。

驚きに目を見張る、とか、体を貫く嬉しさが込み上げる、というような事はなかった。

シャイナがエスカリオットをどういう対象として見ているのかは早い段階で知っていたからだ。

だがやっと自覚してくれたのは嬉しい。白い狐は緊張でぷるぷると震え、耳も後ろへ倒れていて、その必死な様子に愛しさが募った。

「知っている。俺もだ」

そう言って小さな体を優しく抱き締める。シャイナは一瞬びくりとなった後、体を預けてきた。

エスカリオットとしては、このまま人のシャイナも愛でたかったのだが、告白で恥ずかしさの許容量を越えたシャイナは家に着いても人に戻らなかった。

薬草店の二階の自宅で、シャイナをそっと床に降ろしたが所在なさげにウロウロしている。

「戻らないのか?」

「き、今日は狼の気分なんです」

「店はどうするんだ、午後から開けるんだろう?」

「このまま開けますう」

目を反らしながらシャイナは言う。

エスカリオットは思わず笑みをこぼしながらシャイナを抱き上げた。

「照れているのか?」

甘い手つきで背中を撫でてやると、肉球の付いた小さな手で顔を覆って真っ赤になっている。

こちらが悶えてしまいそうになるほど愛らしい。

「その姿で店番は不自由だろう。一緒に出てやろうか?」

どうにも甘やかしたくて優しく聞くと、顔を覆ったままシャイナはこくこくと頷いた。

そうしてエスカリオットは午後から薬草店のカウンターに立った。やって来る客達は入ってすぐにカウンター奥のエスカリオットを認めて「うわ」と声をあげ、エスカリオットの前にぴしりとお座りしている白い狐を怪訝そうに見る。

職人街の片隅のシャイナの薬草店の客は常連の冒険者や傭兵、業者が多い。彼らはシャイナがラシーン出身でウェアウルフの一族である事も知っているのでエスカリオットと狐を見比べた後に、「ひょっとして、シャイナか?」「もしかして、いつもの店主の嬢ちゃんか」などと狐のシャイナに聞く。

「そうです。こんな格好ですみません。ちょっと事情がありまして、本日はエスカリオットさんがご用をお聞きしますよ」

シャイナがきりっと答えると客達のほとんどは、少し頬を緩めてシャイナを見る。

「かわいい……」そのように呟く者もいて、そういう奴はエスカリオットが軽く威嚇してやるとさっと口をつぐんだ。

「エスカリオットさん?もっと愛想よくしてください」

何人目かの客で、エスカリオットの威嚇に気付いたのかシャイナの指導が入った。

「これでもしている」

「出来てませんよ。“いらっしゃいませ”からの輝く笑顔、これが客商売の基本です、さ、笑顔です」

自分が恥ずかしくて狐のままでいるくせに、シャイナが口煩い。店に出て使命感に燃えているようだ。

まあ、口煩くとも、愛らしさは変わらないが。

「さあっ、笑顔ですよ、エスカリオットさん!」

「…………」

「エスカリオットさん!」

「店主、いいよ、いいよ。死神エスカリオットの笑顔とか逆に怖いからな、いつものポーションくれよ」

シャイナの指導を遮って客がポーションを所望する。

シャイナの肉球付きの前足ではポーションを包む事も、金のやり取りをする事もままならない。

エスカリオットはシャイナに変わってポーションや薬瓶を包み、金をもらってやった。

ポーションの小瓶を紙で包むのは慣れるまでは難しかったが、すぐに何とかなった。

金の勘定くらいは出来る。細かい銅貨の単位はシャイナに教えてもらった。

レジの打ち方は全く分からなかったが、これは肉球付きの前足でも打てるのでシャイナがせっせと打つ。客はそんなシャイナをにこにこと見守る。いくらシャイナだと分かっていても、見た目は完全に芸をする狐だからその気持ちは分かる。

そんな感じで店番をしていると、閉店間際の時間に入って来たのは見知った金髪の冒険者だった。

「あ?何でお前が店番だよ、シャイナは?」

金髪の冒険者ステファンはまずはエスカリオットを見つけて睨んできた。

エスカリオットはカウンター上のシャイナにさっと腕を回した。

牽制するほどの相手でもないが、この男はシャイナを憎からず想っている。魅了を中毒のレベルでかけられた状態でも、一瞬正気に戻るくらいには想っているのだ。面白くはない。

「ここにいる」

「エスカリオットさん?別に抱っこしなくてもいいですよ」

「うおっ」

ステファンは狐のシャイナを認めると、さっと後ずさって距離を取った。以前にギルドで狐火で攻撃された事を思い出したようだ。

「シャ、シャイナ、落ち着けよ!俺だぞ!何もしてないからな!」

一人で慌てるステファンにシャイナは白い目を向けた。

「ステファンさん、狼の私は見境なく攻撃するとかじゃありませんよ。あれはステファンさんがいきなり攻撃してきたのが悪かったでしょ」

「そ、そうか。なら…………」

そーっと近付いてくるステファン。エスカリオットの腕の中のシャイナをじいっと見つめて、そろりと手を伸ばす。

エスカリオットはもちろんシャイナを遠ざけた。

「触るな」

「な、何だよ、少しくらいいいじゃん」

「ダメだ。これは既に俺のだ」

「わーーーーーっ」

エスカリオットの言葉に真っ赤になったシャイナが大声をあげたが、ステファンにはばっちり聞こえたようだ。そしてシャイナの反応が怒っているのではなく、恥じらっている様子な事からステファンはいろいろ察したらしい。

「…………くっそ!何だよ!おめでとうかよ!おめでたいな!はんっ、べ、別に俺はもう吹っ切れて次行くつもりだったし?何なら普通にモテるし?ぜ、全然平気だからな!」

察したステファンがこちらも顔を赤くしながら必死にいい募る。心なしか目が潤んでいるようにも見える。

「くそう、見せつけかよ……」

「ステファンさん?」

「よかったな!今度こそあばよシャイナ!お幸せにな!」

そしてそう言い捨てると、ステファンはすごい勢いで店を出ていった。

「……ステファンさん、何かを買いにきたんじゃなかったんですかね」

腕の中のシャイナは心底不思議そうだ。あれが自分に懸想しているなどとは夢にも思っていない。

気持ちに気付いていないのは、シャイナが鈍いからもあるが、ステファンにも原因はあるだろう。そしてエスカリオットにはそれを教えてやる義理はない、メリットもない。

「急用だろう。次に行くらしいしな」

そうエスカリオットが言ってやると「あ、次に行くってそういう事か」とシャイナは簡単に納得していた。

そうして日も沈んできたので店を閉めた。

「シャイナ、夕飯はもうエイダの店で何か買おう」

店を閉め、片付けをしてからエスカリオットはそう提案した。

これから夕飯を作り出すのは遅くなるし、慣れない店番でいささか疲れていた。

「そうですね。そうしましょう」

シャイナが同意したので、エスカリオットは片手でシャイナを抱き上げて、もう片方の手で鍋を持ちエイダの店を目指した。

開店したてのエイダの店、ダイズバーはまだ客も少なかった。

「あらあら、シャイナちゃんにエスカリオットさん、いらっしゃい。シャイナちゃんたら狼じゃない、どうしたの?」

「恥ずかしいらしい」

「あっ、ちょっと、エスカリオットさん」

エスカリオットの説明に慌てる白い狐。

「恥ずかしい?」

「俺の事を好きで、愛しても」

「わーーっ、わーーっ」

エスカリオットの腕の中でバタバタする白い狐。

「んん、なになに?」

「シャイナは俺を愛していると」

「わーーーーーっ」

シャイナの慌てぶりにエイダは目を丸くした後、「ふーん、そういう事ね」とくすくす笑う。

「因みに俺もシャイナを愛している」

「わーーーーーっ」

「あら、両思いじゃない。うふふ、それで照れてるのね」

「そのようだ」

「よかったわね、シャイナちゃん。それで鍋持参という事は今日は食べていってはくれないのかしら?」

エイダは、耳を伏せ小さな両手で顔を覆って恥ずかしさに震えるシャイナを見ながら聞いてきた。

「これではな。俺と二人だと口数も少なくなる」

今日、店に客がいない時はシャイナはもじもじとしてほとんど喋らなかったのだ。

これでは、シャイナが人型に戻ってもしばらくは愛でられないな、とエスカリオットは思う。手を出そうとした途端に逃げられそうだ。まあいい、ゆっくり進めよう。

「適当に柔らかい煮込みとパンとつまみをくれ」

エスカリオットが鍋を渡すとエイダは「わかったわ」と厨房へ引っ込み、豚肉と大根を葱と生姜で柔らかく煮たものを鍋に入れ、野菜の酢漬けとパンを手提げに入れて持ってきてくれた。

礼を言って代金を払い、家へと戻る。

食卓の準備をして手ずからシャイナに食べさせてやると、無言でもじもじしながらも素直に食べた。

これをその内に人のシャイナでもやってみたいものだ。

食べ終わって風呂にも入り、後は寝るだけになった所でとことことシャイナはエスカリオットの足元へとやって来た。

「今日は、いろいろありがとうございました。明日からはちゃんとしますね」

足元のシャイナが目を伏せながら言う。

「ああ、お休み、シャイナ」

エスカリオットはしゃがんでするりとシャイナの頭を撫でてから、額にキスをしてやった。

「お、おおおおおお休みなさい」

真っ赤になった白い狐はダッシュで自室へと帰っていった。