作品タイトル不明
第三十一話 そりゃもう成果があるんだもの
催しが四度目を迎える頃には、城下の風景が変わり始めていた。
遠方からの来場者が増えたのだ。近隣の五つの町だけでなく、さらに遠い地方から人が来るようになった。催しの前日に着いて、翌日帰る。その人々を泊める宿が必要になった。食事を出す店が必要になった。
城下の商人たちが動いた。催しの前後に合わせて宿を増やし、屋台を出し、馬車の便を整えた。催しが終わっても、その仕組みは残った。次の催しを待つ人が、また来るからだ。
街道沿いに宿場が増えた。馬車の乗り合いが整った。遠方の町と城下を結ぶ定期便が生まれた。
グレン殿が報告した。
「催しを起点として、交通と宿泊の基盤が自然発生的に整いつつあります。これは意図された政策ではなく、人の流れが作った結果です」
陛下が頷かれた。
「人が集まれば、道ができる。道ができれば、人が増える。アカリ殿の催しが、そのきっかけになったか」
*
変化は、それだけではなかった。
地方の町から、使者が来るようになった。
「わたしたちの町でも、催しを開きたい」
最初に申し出たのは、南の港町だった。続いて、北の山間の町、西の農業地帯の中心地。催しの噂を聞いた地方の有力者たちが、自分たちの土地でも同じことをしたいと言い始めた。
見黒様に報告が上がった。
「見黒様。地方から、催しの開催を望む声が上がっております。いかがいたしましょう」
見黒様は少し考えてから、仰った。
「いいじゃない。やりたい人がいるなら、やればいいわ」
「しかし、催しの運営には知見が必要です。城下の催しはクラリッサ嬢が仕切っているからこそ成功しておりますが、地方にはそのような人材が——」
見黒様が、ぽんと手を打たれた。
「クラリッサに手引書をまとめてもらいましょう。催しの開き方。準備の手順、区画の割り方、当日の回し方、気をつけること。全部まとめて、地方に配る」
わたくしは驚いた。手引書。催しの運営方法を文書にまとめて共有する。それは——催しそのものを、この国の文化として定着させるということだった。
*
クラリッサ嬢に話が伝えられた。
クラリッサ嬢は、目を丸くした。
「わたくしが……手引書を?」
見黒様が頷かれた。
「ええ。あなたが一番わかっているでしょう。四回の催しで積み上げたことを、全部書いて」
「……見黒様。それは、大変な仕事ですわ」
見黒様が微笑まれた。
「大変な仕事を任せられる人が、あなたしかいないの」
クラリッサ嬢の頬が赤くなった。それから、背筋がすっと伸びた。
「お任せくださいませ」
クラリッサ嬢が手引書をまとめるのに、二ヶ月かかった。
しかし、出来上がったものは見事だった。催しの目的から始まり、会場の選定、参加者の募集方法、区画の割り方、当日の導線、飲食の手配、天候が崩れた場合の対処、露骨な表現物の区画分けの方法、終了後の片付けまで。あらゆることが、具体的に、丁寧に書かれていた。
グレン殿が読んで、唸った。
「……これは、催しの手引書にとどまらない。人を集め、場を作り、動かすための総合的な手引です。軍の行軍計画に匹敵する精度がある」
手引書は写本されて、地方の町に配られた。
翌年、南の港町で最初の地方催しが開かれた。続いて北の山間の町、西の農業地帯。どの催しも、手引書に沿って運営され、成功を収めた。
各地で催しが開かれるたびに、人が集まった。人が集まるたびに、周囲が発展した。宿場が増え、道が整い、店ができた。特産品だけでなく、物語や絵巻や詩が、地方と城下を行き来した。
*
ある日、陛下がグレン殿を伴って見黒様のお部屋にいらした。
いつものお茶の時間だった。しかし、陛下の表情にはいつもと違うものがあった。
「アカリ殿。一つ、相談がある」
見黒様がお茶の杯を置かれた。
「何かしら」
「クラリッサ嬢に、正式な役職を与えたいと考えている」
見黒様が少し目を開かれた。
「役職?」
「催事を統括する大臣だ。この国の催しは、もはや一つの政策と言っていい。地方への展開、手引書の改訂、新たな催しの認可。それを束ねる人間が必要だ」
グレン殿が補足した。
「クラリッサ嬢の手腕は、すでに宮廷中が認めるところです。南方の名家の出身でもあり、家柄にも問題はございません」
見黒様がしばらく黙っておられた。
それから、小さく笑われた。
「陛下。それはわたしに相談することではないわ。クラリッサに直接お聞きになって」
陛下が少し驚いた顔をされた。
「しかし、クラリッサ嬢はアカリ殿の——」
「わたしのものではないわ。あの子はあの子よ。あの子の才能を見つけたのはわたしかもしれないけれど、あの子が努力したのはあの子自身でしょう」
陛下が頷かれた。
「……そうだな。では、直接伝えよう」
*
クラリッサ嬢が催事大臣に任じられた日、宮廷は祝賀の空気に包まれた。
南方の名家の令嬢が、陛下への片想いで宮廷に来て、見黒様と対立しかけて、見黒様に取り込まれて、催しを仕切り、手引書を書き、地方に催しの文化を広め——ついに大臣になった。
誰もが驚いた。しかし、誰もが納得していた。
任命の式の後、クラリッサ嬢が見黒様の部屋に来た。
目が赤かった。
「見黒様」
見黒様が立ち上がられた。
「おめでとう、クラリッサ」
「……わたくしは、あなたに突っかかっていた女ですわ」
見黒様が笑われた。
「知っているわ。懐かしいわね」
「それが……大臣に……」
クラリッサ嬢の声が震えた。無理もない。女性でありながら大臣に陛下から直接任命されることは、前例のない名誉に満ちたことだ。
「あのとき、廊下でわたくしが道を譲らなかったとき。見黒様は、『綺麗ね』と仰いましたわ」
「言ったわね」
クラリッサ嬢の声が、かすれた。
「あの一言がなかったら、わたくしは今ここにいませんわ」
見黒様がお茶を差し出された。
「お茶を飲みましょう。大臣になっても、ここではいつも通りよ」
クラリッサ嬢がお茶を受け取った。手が震えていた。
「……おいしいですわね」
「でしょう?」
わたくしは日誌に書いた。
「クラリッサ嬢が催事大臣に任じられた。かつて見黒様に敵意を向けていた令嬢が、この国の文化を束ねる大臣となった。見黒様は任命の場で『あの子はあの子よ』と仰った。クラリッサ嬢の才能を見出したのは見黒様だ。しかし、その才能を磨いたのはクラリッサ嬢自身だ。見黒様はいつもそうだ。種を蒔かれる。しかし、育つのは種自身の力だと、いつも仰る」
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催しが四回目を終えた頃、エルが報告してきた。
「見黒様。催しの影響で、城下の宿場と交通が発展しているそうです」
(あ、やっぱり)
前世のコミケもそうだった。ビッグサイト周辺のホテルがコミケ期間だけ満室になる。りんかい線の乗降客数が爆発する。周辺のコンビニが在庫を倍にする。人が集まる場所は、インフラが整う。っていうか整えざるを得ない。
地方からも「うちでもやりたい」って声が来てるらしい。
(お、横展開だ。前世のコミケだけじゃなくて、全国各地で即売会が開かれるようになった流れと同じ。コミティアとか文学フリマとか、地方開催もあったよね)
「いいじゃない。やりたい人がいるなら、やればいいわ」
手を挙げた人が運営となる。前世からある前提だ。ただ、運営のノウハウがないと失敗する。前世でも、初めてのイベントが運営崩壊して炎上した事例は山ほどあった。
マニュアル。運営の知見をまとめて共有する。前世のイベント運営にも細かなマニュアルがあった。あれがあるから、初めての人でもある程度の催しが開ける。
「クラリッサに手引書をまとめてもらいましょう」
クラリッサさんに話したら、目を丸くしていた。
「わたくしが……手引書を?」
「ええ。あなたが一番わかっているでしょう」
クラリッサさんが少し考え込んだ。
「……見黒様。それは、大変な仕事ですわ」
(大変だよね。でもね)
「大変な仕事を任せられる人が、あなたしかいないの」
本当にそう思ってる。この子の運営能力は本物だ。四回の催しで証明された。マニュアルを書けるのは、実際にやった人だけ。
クラリッサさんの頬が赤くなった。背筋がすっと伸びた。
「お任せくださいませ」
(この「お任せくださいませ」が聞けるの、好きだわ〜)
*
二ヶ月後、手引書が出来上がった。
(……すごい。これ、前世のイベント運営マニュアルに匹敵する完成度じゃない?)
会場選定から片付けまで、全部書いてある。区画の割り方、導線設計、天候対策、ゾーニングの方法まで。
(クラリッサさん、かつて陛下のスケジュールを三日で完全把握した女よ。その情報収集力と整理力が、全部こっちに向いたんだ。すごいに決まってる)
手引書が地方に配られた。南の港町で最初の地方催しが開かれた。成功した。
(横展開、成功。これで文化がこの国全体に広がる。城下だけじゃない。地方の人も、自分の町で物語を売り買いできる。自分の町から作家が生まれる)
人が集まるたびに、その周辺が発展していった。宿場、道、店。文化が経済を引っ張っている。
(前世で言うところの「コンテンツツーリズム」ね。聖地巡礼で地方が潤うやつ。あれがこの世界でも起きてるってわけね。上手くいってよかった〜!)
*
ある日、陛下がお茶の時間に来て言った。
「クラリッサ嬢に、催事大臣の役職を与えたい」
(……!)
催事大臣。あの子が。大臣に。あの廊下で道を譲らなかった金髪巻き毛の子が。わたしに突っかかってきた悪役令嬢ポジの子が。大臣……!やばいめちゃくちゃ嬉しい。
「陛下。それはわたしに相談することではないわ。クラリッサに直接お聞きになって」
だってそうでしょ。あの子の実力で勝ち取ったポジションだもの。わたしが「いいですよ」って言うものじゃない。あの子自身が受け止めて、その上で決めることよ。
「わたしのものではないわ。あの子はあの子よ。あの子の才能を見つけたのはわたしかもしれないけれど、あの子が努力したのはあの子自身でしょう」
前世の推し作家にも同じことを思ってた。「あの人を見つけたのは自分」って言う古参ファンいるけど、違うのよ。作品を作ったのは作者自身。ファンは見つけただけ。才能を育てたのは本人の努力。ブクマ一号とかファンクラブ一号はね、自分の中にある誇らしいものであって人に見せびらかしたり自分の栄誉にするのは違うってやつよ。
*
クラリッサさんが催事大臣になった日、部屋に来た。
目が真っ赤だった。嬉しさと驚きに満ちていて、星が煌めいてるみたいだ。
「見黒様」
立ち上がった。
「おめでとう、クラリッサ」
「……わたくしは、あなたに突っかかっていた女ですわ」
(懐かしい。あの廊下。道を譲らなかった碧い目。今は同じ目が、泣きそうになってる)
「知っているわ。懐かしいわね」
「あのとき、廊下でわたくしが道を譲らなかったとき。見黒様は、『綺麗ね』と仰いましたわ」
「言ったわね」
(言った。だって本当に綺麗だったんだもの)
「あの一言がなかったら、わたくしは今ここにいませんわ」
お茶を差し出した。
「お茶を飲みましょう。大臣になっても、ここではいつも通りよ」
クラリッサさんがお茶を受け取った。手が震えていた。
「……おいしいですわね」
「でしょう?」
最初のお茶のときと同じ台詞。あのとき菓子を食べて「おいしいですわね」って言ったクラリッサさんを思い出す。あのときの「おいしいですわね」と今の「おいしいですわね」は、同じ言葉だけど、全然違う。
(……よかった。「悪役令嬢が自分の力で大臣になるルート」。前世のどの漫画にもなかった展開だわ。でも、一番好きかもしれない)
心の中でガッツポーズを決めた。
もしタイトルをつけるなら、「陛下にビッグラブなので右腕になってお支えします!」とかかな。あ、でも最近は陛下めちゃ好きって感じは薄くなってきてるけど……そういうルートがあってもいいよね〜!