軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話 謎解きは紐付けが肝心ってね

書庫の奥の間で、三人の学者が頭を抱えていた。

わたくしがそれに気づいたのは、見黒様の本をお探ししていたときのことだった。書庫の奥は普段あまり人が立ち入らない場所で、古い写本や未整理の文書が積まれている。そこに、天文学者のハインツ殿、数学者のライゼン殿、歴史家のオットー殿の三人が、机を囲んでいた。

机の上には、石板の拓本が広げられていた。

聞けば、北方の古い遺跡から出土した石板だという。三面に異なる記号が刻まれており、何かの記録であることは間違いないが、その意味がわからない。三人の学者が、それぞれの専門分野から取り組んでいた。

ハインツ殿は一面目を担当していた。

「この面には星の配置が刻まれている。季節ごとの星の位置だ。それは解読できた。しかし、なぜこの星の並びだけが選ばれているのかがわからない」

ライゼン殿は二面目を担当していた。

「この面には数列がある。一定の法則で増えていく数だ。法則自体は読み取れた。しかし、何を数えているのかがわからない」

オットー殿は三面目を担当していた。

「この面には年号と思われる記号がある。古い暦に対応させることはできた。しかし、何の年号なのかがわからない」

三人はそれぞれ自分の面を解読していたが、互いの成果を突き合わせることはしていなかった。天文学と数学と歴史学は、別の学問だからだ。

わたくしは本を探しながら、その様子を横目で見ていた。

見黒様が書庫にいらしたのは、午後のことだった。

いつも通り、本をお探しになっていた。わたくしが奥の間に学者たちがいることをお伝えすると、見黒様は興味を持たれたようだった。

「何をしているの?」

「北方の遺跡から出た石板の解読を、もう三年も続けておられるのです」

「三年!」

見黒様の目が輝いた。あの目だった。面白いものを見つけたときの目だ。

「わたしも見ていいかしら?」

わたくしがお通しすると、三人の学者は恐縮した。見黒様が書庫の奥までいらっしゃることは滅多にない。

「ど、どうぞ。お目汚しですが」

見黒様は机の前に立たれた。三枚の拓本を見下ろされた。

学者たちがそれぞれの成果を説明した。星の配置。数列の法則。年号の対応。三人とも自分の分野においては見事な解読をしていた。

見黒様は黙って聞いておられた。

三人の説明が終わった。見黒様が三枚の拓本を順番に見ておられた。一面目、二面目、三面目。それから、また一面目に戻った。

しばらくして、見黒様が小さく首を傾げられた。

「……ねぇ。この三つ、別々のものだと思っている?」

学者たちが顔を見合わせた。

「別々の……と申しますと?」

「だって、同じ石板の三面でしょう? 三つの面に分けて刻んだということは、三つで一つの話を語っているんじゃないかしら」

沈黙が落ちた。

ハインツ殿が口を開いた。

「しかし、星の配置と数列に関連があるとは……」

「あるでしょう? この星の並び、選ばれた季節が等間隔じゃない。でもライゼン殿の数列を星と星の間隔に当てはめたら、合うんじゃないかしら」

ライゼン殿が拓本を引き寄せた。数列と星の配置を照らし合わせ始めた。手が震えていた。

「……合う。合います。この数列は、星と星の間の日数だ……!」

「じゃあ、オットー殿の年号は?」

見黒様がオットー殿を見られた。

「この年号が示す年に、この星の配置で、この日数の間隔で——何か起きたんじゃないかしら。記録したかった何かが」

オット殿が立ち上がった。椅子が倒れた。

「日蝕だ……! この年号、この星の並び、この間隔……古い記録にある連続日蝕の年と一致する……!」

三人の学者が、一斉に拓本に覆いかぶさった。

声が重なった。計算が始まった。指が記号を辿り、数字が書き殴られた。

見黒様は一歩下がって、その様子を見ておられた。静かに、穏やかに。

半刻後、三人の学者は泣いていた。

「三年。三年間、わたしたちはそれぞれ自分の面だけを見ていた」

「同じ石板なのに。同じ石板の、三つの面なのに」

「見黒様が一目で……三つが一つだと……」

見黒様は学者たちの肩を叩くこともなく、ただ微笑んでおられた。

「あなたたちの解読が正確だったから、繋がったのよ。三人の仕事がなければ、わたしには何も見えなかったわ」

学者たちが深々と頭を下げた。

わたくしは日誌に書いた。

「本日、見黒様が書庫にて三人の学者の成果を一つに束ねられた。天文の知、数理の知、歴史の知。それぞれは正しかった。しかし、それらが同じ物語の一部であることに気づかれたのは、見黒様だけだった。見黒様はあらゆる学問を横断して見通す目をお持ちだ。これこそが、あらゆる本をお読みになってきた見黒様の真の力なのだと、わたくしは確信した」

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書庫の奥で学者さんたちが唸っていた。

エルに聞いたら、北の遺跡から出てきた石板を三年も解読しているらしい。三年。すごい根気だ。

(三年! 前世の連載漫画の考察スレでも三年かけて伏線追ってる人いたけど、あれと同じ情熱を感じる)

面白そうだったので見に行った。

三人の学者さんがそれぞれ説明してくれた。

天文学の人が一面目。星の配置。季節ごとの星の位置だけど、選ばれた季節が偏っている。なぜこの季節だけなのかわからない。

数学の人が二面目。数列。一定の法則で増えていく数。法則はわかったけど、何を数えているかわからない。

歴史の人が三面目。年号らしき記号。古い暦と対応させたけど、何の年号かわからない。

(ふむふむふむ…………)

三人とも、自分の担当面はきっちり解読できている。仕事が丁寧だ。前世の考察勢で言えば、キャラの心理を完璧に分析するタイプと、時系列を正確に整理するタイプと、設定資料集を隅まで読み込むタイプ。全員優秀。

でも。

(この人たち、お互いの成果を照らし合わせてないのかも?)

三枚の拓本を順番に見た。一面目、二面目、三面目。もう一回、一面目。

(……あっ)

前世で何百回とやった作業だ。

漫画の考察。バラバラのエピソードを並べて、「ここ繋がってない?」と見つけるやつ。一巻の伏線が十巻で回収されるのを見抜くやつ。別々の話だと思っていたものが実は同じテーマだったと気づくやつ。

(これ、全部同じ話なんじゃ?)

星の配置が等間隔じゃないのは、数列が間隔を示しているからだ。そして年号は、その現象が起きた年を記録している。三面で一つの出来事を、三つの角度から記録しているのだ。

(漫画で言うところの「視点変更で同じ事件を描く」構成じゃん。この作者、やるな)

「……ねぇ。この三つ、別々のものだと思っている?」

学者さんたちがきょとんとした。

「だって、同じ石板の三面でしょう? 三つの面に分けて刻んだということは、三つで一つの話を語っているんじゃないかしら」

ここからは学者さんたちの仕事だった。

数列を星の間隔に当てはめる作業。年号と星の配置を照合する作業。わたしには計算はできない。でも「繋がってるんじゃない?」と言うことはできる。

結果、日蝕の記録だったことがわかった。連続日蝕の年に、星の配置と日数の間隔を記録した、古代の天文記録。

学者さんたちが泣いていた。三年間の研究が一つになった瞬間だった。

(いい考察回だった。前世の漫画考察スレで「全部繋がった!」って書き込むときの快感と同じだ)

「あなたたちの解読が正確だったから、繋がったのよ。三人の仕事がなければ、わたしには何も見えなかったわ」

本当のことだし。わたしは繋げただけ。計算も年代特定も星の同定も、全部この人たちがやった。わたしにできるのは「ここ繋がってない?」って言うことだけ。前世でもそうだった。

(考察スレで伏線を見つけるのは得意だけど、設定資料を正確に読み込むのはまた別の才能だし、新しい仮説持ってくるのもひらめきみたいなもんだしね〜)

部屋に戻った。エルがお茶を淹れてくれた。

「見黒様。本日のこと、学者たちが大変感激しておりました」

「そう? 面白かったわ」

「三つの学問を一つに束ねるなど、常人にはできないことです」

いやいや、言い過ぎよエル。漫画の考察と同じだって。ジャンルが違うだけで、やってることは伏線の回収よ。

「エル。あの学者さんたち、自分の分野では本当にすごかったわ。わたしには星の計算も数列の法則も詳しくないもの。あの人たちの三年間がなければ、わたしが行っても何も起きなかった」

「……見黒様は、他の方の仕事を、いつもそのように見ておられますね」

「そう?」

「はい。庭師の花も、料理長の料理も、楽師の演奏も。……見黒様はいつも、作った人の仕事を認めてくださいます」

だって実際すごいんだもの。わたしには花も育てられないし料理もできないし楽器も弾けない。できる人はすごい。オタクとして当然のリスペクトってやつよ。

「当たり前のことよ。わたし、エルみたいに日誌をつけることだってできないんだから」

エルが照れたように、少し笑った。