軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45 奥多摩防衛担当大臣

一年と少し前、俺は花の魔女の次女の助産師を務めた。

両手で持てるぐらいの大きさの小さくて柔いプニプニの赤ん坊だった子株は、ほんの短い間に小学生ぐらいまで育っていた。

急成長しているが顔が花の魔女によく似ていて、確かな血の繋がりが見えた。

「おじさん、ずーっとさがしてたんだからね。あいたかったんだから♡」

子株はするする近づいてくると両手を腰のあたりに回して俺をホールドし、更に蔦と根で足をぐるぐる巻きにした。

スーッと血の気が引いた。花の魔女は人を喰うという話が頭を過ぎる。親が親なら、子も子だ。

「お、え、あっ……く、喰わないでください……!」

「えっ? あ、ごめんなさい……!」

命乞いを絞り出すと、子株は慌てて拘束を解いて少し離れてくれた。拘束を解いてからも細い蔦の先端で俺の手をさわさわ触ってくるが、締め付けるような感じはしない。

というか、ホールドする力強さも絞め殺してやろうというほどではなかった。

そっ、そうだよな?

命の恩人を絞め上げてぶっ殺して吸い尽くしてやろうなんて、そんな恐ろしい事は考えてないよな?

そう思っていいんだよな?

「ミー……!」

「ミッ……!」

「ミミミ……!」

火蜥蜴たちも俺の怯えが伝染して怖がってしまっていて、セキタンとモクタンは両手の中で丸くなり、ツバキは俺の足の後ろに精一杯体を小さくして隠れた。

しまった、頼れる護衛達が委縮してしまった。俺がボスらしく堂々としていないばっかりに……!

「あ、あのー、確かに花の魔女には『たまには顔を出しなさい』って言われてましたけど。そのぅ、悪気はなくてですね、蔑ろにしようとかそういう意図もなくて、ただ、あの、出不精なもので。出頭命令には従いますんで、ど、どどどどうかお手柔らかに……」

花の魔女とその子株が俺に何か接触してくる理由があるとすれば、それしかない。

俺が超振動人間シェイカーになってセキタンとモクタンをガタガタ揺らしながらへりくだると、子株はキョトンとして首を傾げた。

「??? よくわかんない。そうだ! あのねあのね、おかあさまのおてがみあるよ。おじさんにあげるね」

子株は花びらのスカートの中をまさぐり、一通の手紙を俺に差し出してきた。

俺はガタガタ震えながら両手の火蜥蜴を地面に降ろし、震えすぎて何度も受け取り損ねながら、なんとかガタガタ手紙を受け取りガタガタ震えながらガタガタ読んだ。

この手紙けっこう長いな。しかも文字がガタガタしてない? いや俺がガタガタしてるせいか。

「 私の愛娘たちの恩人へ

お久しぶりです。花の魔女です。

貴方の名前も聞きそびれたまま一年と少しが経ち、季節は巡り春になりました。

貴方の事は時々未来視の魔法使いに視させていました。もっと早く娘を行かせたかったのですが、青の魔女に邪魔される未来しか視えなかったものですから。理由はどうあれ、このような突然の訪問になってしまった事をお詫びします。

貴方に手紙を渡した娘は名前をフヨウと言います。花の 芙蓉(フヨウ) から名を取りました。美しく、上品で、富に恵まれ幸せに暮らせる子になってくれればと願いを込めています。

さて。

今回、フヨウが貴方の元を訪ねたのには二つ理由があります。

一つはフヨウが貴方に会いたがったからです。

子株の成長は早いもので、すぐに言葉を覚え、情緒も豊かになり、人間とお話ができるようになりました。母として目を見張る毎日です。私の種族の子供は人間とかなり違った早さで大きくなるようですね。

フヨウは自分を取り上げた貴方の優しく温かな手の感触をぼんやりと覚えていて、私が時折貴方の事を褒めたせいもあってか、会いたい、会いたいと可愛い我がままをよく言いました。

小さい内はお外は危ないからと止めていたのですが、体も大きくなり、ある程度流暢に喋れるようになり、最低限の判断力もついたので、こうして旅をさせる許可を出しました。

私の管理区から奥多摩までの道のりで、フヨウは誰にも会わず、安全な遠足を楽しんだはずです。未来視の魔法使いが嘘をついていないなら、ですが。

フヨウは貴方に会えて喜んでいるでしょう。貴方はあまり喜んでいないようですが。フヨウは貴方を好いています。優しくしてあげてください。せめて冷たくはしないで。あまり冷たくするようなら、いくら恩人でも私は怒ります。

フヨウが貴方を訪ねた理由の二つ目は、根を張る場所にするためです。

私たちの種族は、大地に広く根を広げ、縄張りにします。しかし荒川区から台東区にかけての私の管理地にはもう私が根を広げてしまっていて、娘が根を張る余地がありません。

フヨウは最近動き回らずじっとする事が増え、歩くのが下手になってきました。寝ている間に根付きかける事も増えました。早急にこれから根を張り一生を過ごすのに相応しい、良質な縄張り候補地に移動する必要がありました。

貴方が住んでいる奥多摩は、フヨウの縄張りに相応しい。

充分な広さがありますし、理由は分かりませんが弱い魔物しか出没しない。まだまだ小さなフヨウが対処できないような強力な魔物に襲われる事はありません。安全に健やかに育つ事ができます。綺麗な水があり、土も肥えています。

フヨウを手元に置いておきたい、近くの地区に根付かせたい、そんな母心もあります。しかし私の近くの土地は他の魔女の管理区になっているか、そうでないなら強力な魔物が出没し、幼いフヨウには危険です。

フヨウにとって一番良い土地は、間違いなく奥多摩です。貴方には是非娘の移住を受け入れてもらいたい。

とはいえ。

ただお願いしても貴方が断るのは分かっています。そこで貴方にとって良い条件を揃えました。

まず、貴方を慕う可愛い可愛い私のフヨウと一緒にいられます。毎日会い、話し、抱きしめる事ができます。貴方はそうするつもりが無いでしょうけど。これは間違いなく最大のメリットです。否定は許しません。

次に護衛です。フヨウには有用な魔法をいくつか教え込みました。奥多摩に今張られている迷いの霧の魔法はもちろん、目玉の使い魔の魔法も、豊穣の魔法も使えます。夜の魔法や継火の魔法も覚えています。フヨウは覚えた魔法をいつでも貴方のために喜んで振るうでしょう。精油を振り撒いて畑の害虫駆除もできます。

フヨウは発音不可音を発音できますから、できれば新しい魔法をどんどん覚えさせてあげて下さい。芸は身を助けると言いますし。娘が強く賢く美しく育ってくれると私は嬉しいです。

最後のメリットは杖素材の提供です。私たちの種族は、様々な性質の木材を作り出す事ができます。一年前、私が木桶を作るのを見たでしょう? フヨウも同じ事ができます。堅さもしなやかさも重さも思うがまま。まだ少しおぼつかないところもありますが、成長すれば貴方の仕事に欠かせない伴侶になるでしょう。

さあ、心は決まりましたね?

ここからは娘の教育について、貴方への4つのお願いです。

①化学肥料はどんなに欲しがっても三日に一度、1袋までにして下さい。化学肥料は体に悪いです。

②身の回りの雑草は面倒くさがらずにちゃんと抜く事。貴方が抜いてくれても良いですが、できれば自分で抜かせるようにして下さい。

③水浴びは夕方か朝にするように! これはしつこく言って聞かせて下さい。昼間に水を浴びると水玉がレンズになって葉っぱを火傷したり、夏の猛暑日はお湯になって根っこが茹で上がったりします。

④目玉の使い魔に手紙を持たせ、毎日私にお手紙を送るように言って下さい。恐らく、最初の一カ月を過ぎた頃からお手紙をサボりはじめると思うので。筆記具はフヨウが自分で作り出すので大丈夫です。

以上4点。

くれぐれもよろしくお願いします。

娘の話ばかりしましたが、個人的に私も貴方を好ましく思っています。訪問はいつでも歓迎します。これからも永く良い付き合いをしていきたいものですね。

花の魔女 」

読み終える頃には全身の震えは止まっていた。

手紙から顔を上げると、フヨウは短い根っこをうねらせ、俺の後ろに隠れながら威嚇する火蜥蜴たちに威嚇を返していた。

「なまいきーっ! わたしよりちっちゃいクセに!」

「ミーッ!」

「むーっ! わたしのほうがおねぇさんなんだからーっ!」

「ミー!」

「まいったして! ほらっ、ひっくりかえってまいったしなさい!」

「ミミミ!」

俺の靴で半身を隠し、舌をベーッと出して挑発的に笑うツバキに、フヨウは悔しそうに蔦でばんばんアスファルトを叩いた。アスファルトにちょっとヒビが入ってビビる。

いや強いよ。お前ほんとに1歳児? 成長早過ぎだろ。生まれた時はあんなにヤワヤワで、少し力を入れただけで潰れてしまいそうだったのに。

「なに? お前こいつらの言葉分かんの?」

「え? わかんない! けど、わたしのことそんけーしてないのはわかるもん。おねぇさんだぞー!」

「ミー! ミミッ、ミミミ!」

「こらツバキ、あんまり威張るんじゃない。格付けは後にしろ」

「ミ……」

俺を挟んで火炎放射と蔓の鞭の応酬に発展すると困るので、いったん大人しくさせておく。

未来視で行動を見透かされるのってあんまりいい気分じゃない。

フヨウの扶養は確かに良い条件だけどさあ。要するに奥多摩の守りが硬くなって、杖の良質素材が手に入るんだろ? 流石にメリットでかいよな。

まあ移住には頷くんだけど、頷く前提でつらつら書いてあるとなんだかなーとは思う。

俺はポケットから青白い目玉の使い魔を出し、ぺしぺし叩いてコールしてから話しかけた。

「もしもしヒヨリ? 今、奥多摩の入口あたりに花の魔女の子株が来ててさあ。移住許可出す事にしたから。面通しに来てくれ」

「……はっ? 何を言っている? 花の魔女がなんだって?」

「詳しくはこっちで話そう。じゃ」

「おいこら、お前っ」

何か言っている目玉の使い魔をポケットに押し込み、俺は精一杯蔦と根っこを広げて火蜥蜴たちを威嚇しているフヨウに言った。

「お前のお母さんの手紙は全部読んだ。奥多摩に住んでいいぞ」

「えっ、ほんとー!? やったー! おじさんだいすきー♡」

威嚇を止めて喜びも露わに抱き着いてこようとするフヨウを一歩下がって避ける。

挫けずハグしてこようとする子株の頭を手で突っ張って拒否しながら、俺は移住条件を提示した。

「ただし。家と畑の周りには近づくな。あと水車がある川辺にも。今言った場所には根を張るな、蔦も伸ばすな。顔を見せるな。縄張りにしていいのは奥多摩の中でも俺の生活圏の外側だけだ」

「…………? え、もういっかいいって?」

「俺ん家の周りに近づくな。それが守れるなら奥多摩に住んでいい」

「? わかった!」

「絶対分かってないやつだ……まあ後で色々案内しながら教えてやる」

「ひろいナワバリーっ! おじさんといっしょーっ♡」

フヨウは嬉しそうに蔦と根を躍らせている。

こいつほぼ初対面なのにやたら好感度たけーな。

……高いんだよな? これは。花の魔女の手紙にもフヨウは俺が好きって書いてあったし。

わっかんねぇなあ。命を救われ恩に着るのはわかるけど、それで好きになるもんかね?

その理屈だと俺は盲腸の手術してくれたお医者さんにゾッコンLOVEじゃないとおかしいぞ。意味わかんないだろ。

数分の間、人の感情と恩義の関連性について哲学的熟考をしていると、道路の向こうからキュアノスを握りしめたヒヨリが爆速で走ってきた。

俺とフヨウの間に飛び込んで急停止し突風を吹き散らし、フヨウにキュアノスの先端をビタリと向けたところで鬼気迫る迫力は萎んだ。

「お前は……なんだ? 花の魔女じゃない……?」

「言ったろ。娘だ」

「わあ、きれーなつえ……あっ! アオのまじょにもおてがみあるよ。はい、どーぞっ!」

「あ、ああ。ありがとう?」

ヒヨリはキュアノスをフヨウに向けたまま困惑しながら手紙を受け取った。

手紙を片手で開いて読んだヒヨリは無言で握り潰し、ポケットに突っ込んだ。

「なんて書いてあったんだ?」

「……ああいや、大した事じゃない。奥多摩の護りが堅くなれば、慧ちゃんの護衛についている時に大利を心配しなくて済むという話だ」

「それな。いいだろ?」

「そもそもこの子が信用できるかという話だが」

ヒヨリは疑り深くフヨウをじろじろ見た。視線に気付いたフヨウは青の魔女様にしっかり向き直り、花びらのスカートをちょこんと持って 挨拶(カーテシー) をする。

「アオのまじょ。わたしのなまえはフヨウ! 1さいです。いいこですっ」

「……ああ、うん。青の魔女です。自己紹介できて偉いね」

「えへ」

褒められたフヨウは嬉しそうに微笑んだ。

ヒヨリの身体から警戒の緊張が抜けていき、キュアノスが下げられる。

警戒解くの早くね? いやいいけど。俺もだいたい安全とは思うし。

「いいのか?」

「花の魔女は馬鹿じゃないし、娘を策略に利用する事は絶対にありえない。娘のために策略を巡らせる事はあるだろうが」

「確かにそれはそうだ」

キノコパンデミックの時も、数百万の命と娘の命を天秤にかけて、余裕で娘をとってたからな。本当に短い付き合いだが、娘を利用して俺をどうこうする事は無さそうだと俺ですら分かる。

むしろ俺がフヨウを意図せず傷つけて花の魔女をキレさせる心配をした方が良さそうだ。

俺はそーっと手に伸びてきていた蔦を振り払い、火蜥蜴たちに合図して自宅へ向かった。なにはともあれ、警備担当と話はついたし、移住するなら家に案内しない事には始まらない。畑と家を見せて、近づかないように言い聞かせないとな。

俺とヒヨリが並んで先頭を歩き、その後ろから火蜥蜴とフヨウがわちゃわちゃしながらついてくる。

特に話す事もないのでぼんやり歩いていたのだが、ポケットの中の手紙をガサガサいわせていたヒヨリが咳払いをして話しかけてきた。

「なあ、大利」

「ん?」

「今年の夏なんだが、一緒に海に行かないか?」

「行かない」

「だよな。なら川はどうだ? 奥多摩の川で一緒に釣りとか、水遊びとか」

「おー、いいね。じゃあどっちがデッカいスッポン捕まえられるか競争しようぜ! ミシシッピアカミミガメはノーカウントな」

「分かった。じゃあ、約束だ。水着を用意しておけよ。私も用意しておく」

「え、短パンで良くね? ああいやお前は良くないのか。悪い、失言だった。分かった、俺もなんか用意しとくわ。高校の時の水泳ゴーグルまだ捨ててなかったかな……」

俺は心なしか機嫌を良くしたヒヨリを連れ、ぞろぞろ魔物たちを引きつれて我が家へ向かった。

華の一人暮らしのはずが気付けば随分賑やかになってきたな。グレムリン災害前の俺にこうなるって言っても信じ無さそう。なんなら今の俺も時々首を傾げているぐらいだ。

でもまあ、悪くない。悪くない生活だ。

それで充分だろう。

何しろ世界終焉危機を乗り越えた崩壊世界で生きているんだから。