軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44 療養と近況

盲腸から始まった入院生活は六日で終わった。

抜糸してヒヨリに付き添われ奥多摩に帰った俺を迎えたのは、ご立腹の火蜥蜴たちだった。

どうやら足りなくなった餌を探して家の棚という棚、押し入れという押し入れをひっくり返したらしい。工房の炉と土間の釜戸の灰は全部掻き出され辺り一面に散乱し、家の中はぐっちゃぐちゃ。やりたい放題だ。倉庫のシャッターを炎で溶かして侵入し中をうろついた痕跡まであった。

ヒヨリに世話を任せられれば良かったのだが、懐かれていないから世話をしようとしても逆効果になった可能性が高い。

土間の炭籠の中で膨れた腹を剥き出しにしてスヤスヤ寝ていた三匹の火蜥蜴は、俺を見るとミーミー鳴いて怒り、指をちょっと強めに噛んできた。

いきなりほったらかしにしてすまーん!

でも俺も大変だったんだって! 許せ。

しばらく口から火の粉を漏らして怒っていた火蜥蜴たちだったが、俺が歯ブラシを取り出し灰と埃と乾いた泥で汚れ切った体を磨いてやり始めると尻尾を振って機嫌を直した。

よしよし、可愛い奴らめ。病み上がりでごっちゃごちゃの家の片付けをするハメになったのは頭痛の種だが、火蜥蜴はまだ一歳にもなっていないバブちゃん達である。怒る気にもなれない。

むしろ帰ったら家が全焼していた、という最悪の想像が現実にならなくて良かった。

医者から一カ月は激しい運動を避け無理をしないようにと言われていたので、俺は当面の間ヒヨリと大日向教授の訪問をお断りした。面会謝絶です。

友達と遊ぶのは楽しいが、疲れるんだよな。一人でいるのが一番楽。

二人の方も心得たもので、連絡は目玉の使い魔やフクロスズメ(ヒヨリは結局二羽飼い始めた)でしてくれた。

ダラダラ家の片付けをしたり、種籾の選別や育苗をしている間にも色々と物事は進んでいく。俺は二人からマメに送られてくる手紙を新聞代わりに暇を潰しながら、杖製造業もいったんお休みにして、初春の間をゆったりと療養にあてた。

新年から始まった新通貨の流通は順調に行っているそうだ。

配給券と新通貨の両替に長蛇の列ができたり、散々広報されたのに旧通貨を使おうとする人が後を絶たなかったりと多少の問題はあるものの、だいたい上手く行っている。蜘蛛の魔女やゾンビの魔女、さざれ石の魔女といった外との交流の少ない魔女の管理地区でも貨幣経済は受け入れられ、東北狩猟組合と北海道魔獣農場を含めて経済圏ができあがった。

東北狩猟組合はダイダラボッチ討伐によって開通した陸路を、交易隊商が魔法使いの護衛をつけて行き来している。草木の侵食やひび割れが酷くなった幹線道路の整備が着手され、いつか線路に貨物車を通そうという話が持ち上がっているとか。

東北狩猟組合はその名の通り狩猟が盛んで、解体技術を修めている市民が多いため、魔物をただ倒すだけでなくその素材の剥ぎ取りや利用も東京とは段違いに進んでいる。交易によって東京もその恩恵に与れるようになった。

牛タンやずんだ餅、ブランド米「ひとめぼれ」などの前時代から辛うじて生き延びた名産品も少量ながら輸入され、両地域の間で物資も人も交流が増え、貨幣はその交流の潤滑剤としておおいに活用されている。

北海道魔獣農場はクラーケンが消えた事により太平洋側沿岸航路が開通し、水生魔獣の船舶牽引によって北海道―仙台―東京の交易ルートが活性化している。

船を牽引できる水生魔獣はまだまだ数が少なく貴重なため、交易頻度はそう多くない。悪天候や水生の甲類魔物出没で船が止まる事も多い。

北海道の名産は言わずもがな家畜化された魔物、魔獣だ。魔獣そのものはもとより、魔獣の乳で作られたチーズやヨーグルト(食べすぎると腹を壊す)も高値で取引されている。

鮭とばやホタテの乾燥貝柱、昆布など、前時代から引き続き生産が続けられている食材も少なくない。

北海道からの輸入品で石狩炭田の石炭が安く売られているという話だったので、俺は次の貿易船で100kg送ってもらうよう発注しておいた。二万円(旧貨幣で二十万円相当)もしたが、俺は稼いでいるから特に懐は痛まない。火蜥蜴たちに良い餌食わせてやらないとな。

一方で、経済圏から外れている残る二つの大規模生存者コミュニティ、琵琶湖協定と荒瀧組は不穏な動きを見せている。

琵琶湖協定はキノコパンデミックをきっかけに政変が起き、内部でごたついていた。

しかし年明け頃に九州に本拠地を置く荒瀧組が電撃的に琵琶湖協定を襲撃、制圧。

琵琶湖協定は荒瀧組に併呑され、消滅した。

竜の魔女が東京魔女集会の使節として二月頃に琵琶湖を訪ねた時には表向きは歓迎されたものの、「なんか探り入れられた気がするの。ヤバそうな臭いがしたの」という話だ。

不穏である。

が、竜の魔女は性格がアレなので、情報源としてイマイチ信頼できない。

話をまた聞きしてる限りだと、荒瀧組って反社っぽいんだよな。もっといえばヤクザ。

グレムリン災害で崩壊したこの世界は、何しろ暴力がモノを言う。日本人の衝突を避けがちな国民性ゆえか、いろいろ事件はあったものの東京魔女集会は緩くまとまり、法と秩序がある。東北も北海道も同じだ。

しかし荒瀧組は悪い意味で終末世界らしく暴力性剥き出しだ。

他の生存者コミュニティを襲撃して制圧って。怖いよ。

もっとも、情報源が一つしかない上に信頼性に欠けるので、どこまで話通りかは分からない。

襲撃制圧とか言ってたけど、実際は琵琶湖協定の目に余る内輪モメに仕方なく介入し、内紛のせいで苦境に喘いでいる市民を助けました! みたいな話かも知れないし。ヤクザはヤクザでも、せめて任侠ヤクザであれ。

魔女集会としても遠く交流の薄い地域で起きた問題より、我が身に起きている問題の方が重要だ。

例えばつい先週、4月4日からとうとう再開された学校教育は雑多な問題を山ほど生んでいる。

ひとまず6年制の小学校教育を義務教育として復活させたのだが、例えばグレムリン災害時点で新小学一年生(6歳)だった子供は、ちゃんとした教育を受けないまま11歳になってしまっている。

まさか年齢的に六年生だから六年生からスタート! というわけにもいかない。

かといって11歳の子供を6歳の子供に混ぜ一緒に新一年生扱いするわけにもいかない。体も知能も全然発達段階が違う。

ここは学区によって扱いが違い、教員の数が足りないので年齢の全然違う子を無理やり一緒にしている区もあれば、1歳差までを一緒にしている区、年齢通りの学年に配置しつつ補習授業を厚くする事で間に合わせようとしている区など、千差万別だ。

しかしそうなると今度は「なんで××ちゃんはコレコレこうなのに、僕は違うの?」といった不満の声が噴出するわけで。

学年問題だけでも厄介なのに、通学途中で魔物に襲われただの、集団下校していた子供たちがまるごと迷子になっただの、子供が心配で学校まで迎えに来る親で大混雑が起きただの、学校で魔法をぶっ放して怪我人を出した大喧嘩事件だの、あれやこれやと問題につぐ問題。

もうね、手紙に書かれたオブラートに包まれたエピソードを読んだだけでダルい。

果てしなく面倒臭い。

これでも大きな問題は潰してから教育再開に踏み切っているというのだから恐ろしい。

授業科目を国語、算数、理科、道徳(保健含む)の四科目に絞ってもまだ教員数はギリギリだ。国語に社会の内容を混ぜ込んだり、理科に図工の内容を入れたりと、涙ぐましい努力が窺える。

逆にグレムリン災害前の日本の教育がどれだけ恵まれていたのかよく分かる。モンスターペアレントとか、不審者の侵入とか、平和な問題しか起きなかったもんな。今はガチモンスターがいるから、治安悪めの地区だとモンペどころか人食いモンスターが校庭に現れたりする。洒落にならん。

俺は平和な時代に教育を全て終わらせられた世代で本当によかった。

他人事として聞いてるだけでも大変そうなんだから、当事者たちはそりゃあもうてんやわんやだろう。南無~。

教育問題だけでなく、魔物問題もここ数カ月で魔女集会を悩ませている厄介なトピックスだ。

昨年末頃のダイダラボッチ討伐はまだ記憶に新しい。

そのダイダラボッチが持っていた謎の黒グレムリンが、甲類魔物と一部の乙類魔物の間で散見されるようになってきたのである。

ダイダラボッチ討伐に前後して、強力な魔物が更に強力になる事例が起き始めた。

主に甲類魔物が時間加速魔法を使うようになったのである。

時間加速魔法を使う魔物の死体からは、必ず時間経過で塵になって消える謎の黒グレムリンが採取された。

甲類魔物はただでさえ強力だ。魔女か魔法使いにしか倒せない。

その甲類魔物が厄介な新能力を獲得し始めたというのは極めて深刻である。

現状、黒グレムリン持ちの甲類魔物は全体の1/5程度で、使ってくる時間加速の持続時間も数秒程度。魔女たちはまだ魔物に対応できている。

だが、黒グレムリン持ち魔物の出現頻度は徐々に上がっている。

戦闘慣れした魔女が突然加速した魔物に不意をうたれ、負傷する事態も数件起きた。

これから更に黒グレムリン持ち魔物が増え、新能力に目覚めていけばどうなってしまうか分からない。最悪、魔女や魔術師たちの対応力が飽和し、強力な魔物の群れに東京が踏み荒らされる事すら有り得ないとは言い切れない。

グレムリン災害から五年。

なぜ、今さらになって魔物が新能力を獲得し始めたのか? それも共通した厄介な能力を。

今年度はその謎を探るため、大学の魔物学科の研究予算が増やされたそうだ。

戦闘学科でも募集人員が増やされ、グレムリン学科では鋭利なグレムリンを利用した対甲類魔物用グレムリン榴弾が研究されているとか。

奥多摩は最大でも丙1類魔物までしか出ない平和な地域だし、迷いの霧が常に張ってある。東京屈指の安全地帯ではあるものの、話を聞いていると油断ならない。魔物のレベル上昇は百害あって一利なしだ。

さて。

色々怪しいニュースを手紙で読みつつ療養していた俺だが、5月も近づき田植えが迫る。安静にしていないといけない期間も過ぎたので、俺は火蜥蜴たちをお供につれて体の慣らしがてら散歩に出かけた。

田植えは重労働だ。田植えまでには鈍った体を戻しておかないといけない。

しっかり群れの序列を理解している火蜥蜴たちは、散歩していると決して俺の前を歩かない。後ろをちょこちょこついて来る。

一番態度がデカいツバキはバッタを追いかけて前脚で捕まえているし、好奇心旺盛なモクタンはチョウチョを追ったりタンポポの綿毛に火を吹いてみたりと忙しない。のんびり屋のセキタンは遅れがちなので、たびたびツバキに尻尾をつつかれ急かされていた。

迷いの霧は奥多摩全域に広がっているので、10m先は見えず景色を楽しむわけにはいかない。だが歩き慣れた道を散歩するのは良い気分転換になった。

体の調子もいい。小走りでちょっと走ってもみたが、腹が痛む事もなかった。完全に復調したと思って良さそうだ。

復活! 大利賢師、復活ッ!

奥多摩の端まで歩いた俺は踵を返して気分よく帰ろうとしたのだが、霧の向こうから何か声が聞こえた気がして足を止めた。

耳を澄ませると、確かに声がする。

「……さーん…………じさーん……」

人の声だ。

それも幼い女の子のものだった。

困惑する。このあたりに人は近づかないはずだが?

いや待てそうだ。

生まれて初めて登下校をする子供たちがたびたび迷子になっているというニュースが手紙にあったな。

ははあん。分かったぞ。きっと線路沿いにガキんちょがこんなところまで来てしまったのだ。

あり得る。

なにしろ俺も小学生の頃に徒歩で隣の市まで迷い込んだ事がある。なんかまっすぐ歩いたら知ってる景色の場所に行ける気がしたんだよなぁ。あの時は親の通報で探しに来た警察のお世話になった。

迷子の子供とはいえ、相手は人だ。好き好んで会いたくはない。

が、迷いの霧は魔法の霧。この霧の中に足を踏み入れると、最悪餓死するまで迷わされ死ぬ事になる。

「おじさーん! おじさーん! おじさああああん! ……どこー? おじさーん!」

女の子の声は心細そうに叔父を呼んでいた。

う、うーん。聞かなかったフリをして帰りたい。

でも、ここで知らんぷりしたらたぶん迷い続けて死ぬんだよな。

流石にか。

ヒヨリを呼んで対処してもらおうとも思ったが、いくらなんでもこんなクソしょーもない事では呼べない。ドラゴンが出たとか、病気になったとか、そういうのとは話の次元が違う。

俺はたっぷり数分かけて知らん人に会うための勇気を振り絞り、念のためにモクタンとセキタンを火炎放射器代わりに両手に持ち、声のする方へ向かった。

迷子の子供は青梅線の線路まで案内してやり、都心部に続く方向を教えてやれば十分だろう。自宅に辿り着けるかまでは知らん。そこまで責任は持てない。

霧の中から現れたのは、声の通りの幼い女の子だった。

身長は小学校低学年ぐらい。幼く可愛らしい顔立ちで、緑色の長い髪に上品な赤い花飾りをつけている。不安そうに霧の中で辺りを見回す女の子の方からは、嗅いだことのあるような無いような感じの優しい花の芳香がする。

俺が声をかけようと近づくと、女の子は振り返って俺に気付いた。

そして俺も気付いた。

この子が下半身に着てるやつ、スカートじゃない。

葉っぱと花弁だ。

この子、上半身は人間なのに下半身が植物になってる!

「あーっ! おじさんだー! やっとみつけた!」

女の子は不安そうな表情から一変、パッと顔を輝かせ嬉しそうに駆け寄ってくる。

俺は腰を抜かすほど驚いた。

あれぇええええええええええ!?

お前、花の魔女のとこの子株じゃん!?

どうしてここに!?