軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

151 寄り道日和

ルーシ王国へ一直線だったはずの旅の道のりは、なんだかんだと寄り道を繰り返している。

到着まで急ぐ必要が無いのは大きい。ルーシ王国で起きている異変の解決のためには魔法杖職人0933の唯一無二空前絶後の器用さが必要である一方、今日明日にどうにかなるほど急を要する案件でもない。

ルーシ王国の女王がヒヨリと交わした契約によれば、あと一年半以内に到着して、仕事に取り掛かればそれでいい。

寄り道の余裕はたっぷりある。

今回のルート変更もそういった余裕から来るものだ。

ツバキは魔法杖店のオバちゃんに貰った「チータギー」と呼ばれる油を気に入り、チータギーの産地が自分の縄張りに相応しいか見極めたいと言い出した。

大河沿いにまっすぐ西へ進むルートから南方に舵を切り、インド東方の地方都市インパールに向かう。

インパールは数十年前にインドに併呑された国の旧都で、インドに点在する虎魔物の産地の一つだ。

チータギーは雌の 虎魔物(ドゥン) から絞ったミルクを精製して作ったバターから更に水分とタンパク質を除去した精製油である。

独特の香ばしさや高い栄養、揚げ物に使っても劣化しにくく長期保存が効く点が好まれ、インドでは珍重されている。お値段もけっこうする。

俺もスプーン一口ぶんだけツバキに分けて貰ったが、油なのに乳製品の風味があってあんまり好きじゃなかった。油が乳臭いのって変な感じだ。好きな人は好きなんだろうけどね。好みが分かれそう。

しかしツバキはお気に召したようで、ひと瓶の油だけでは満足できず、チータギーの産地に殴り込みをかける事に決めた。

いつにもましてテンションが高く、旅の一行の先陣を切り、 深淵金(アビスゴールド) ハンマーとサラマンドラを両手に持ちぶんぶん振り回しながらゴキゲンで街道を闊歩する。

「ミッ! ミッ! ミミミ! ツバキはスゴイゾ、スゴイゾツバキ! 私が一番、一番スゴイゾ!」

可愛らしいオリジナルソングを声を張り上げ歌うツバキを、すれ違う虎に乗った人が物珍しそうにジロジロ見ていく。

ヒヨリは何故か恥ずかしそうに顔を手で覆った。

なぜだ。お前の娘の、84歳児の可愛いお歌だぞ! 全世界に見せつけていけ。ちょっと下手だけど。

「インパールがお前好みの街だったとして、どうするんだ? 縄張りにする算段ついてんのか」

「ミミ、分かんない。色々テイスティングして、もしここ縄張りにするー決めたら、オーリと青の魔女に算段手伝ってもらう。計画したら、目的向かって全速全焼。絶対絶対、縄張りぶんどる」

鼻息荒く文字通りの気炎を吐くツバキの話を聞いていると、武漢でもこんな感じだったんだろうなと容易に想像がつく。

どこかで食べた武漢産の菜種油が気に入って、武漢に入り浸って、縄張りぶんどり計画を立て、一生懸命夢の実現に向かって頑張って……そして突然襲来した青の魔女にボコられ夢破れた。

うーん、交通事故かな?

お互いに事情はあったとはいえ改めて考えると酷い気がする。

ティンスキアを朝に出発した俺達は、平地では虎を走らせ、道が荒れた山道では慎重に進み、夕方の日没前に滑り込む形でインパールに到着した。

インパールの街並みも基本はティンスキアと変わらない。風通しが良さそうな開放的で四角っぽい家々と、もう秋だというのに暑い風。

ただ、ティンスキアよりも規模が大きく、虎と自転車の数が多く、人だらけで、地面が土剥き出しではなく石畳で舗装されている。流石に地方都市というだけある。

早速フクロスズメの腹袋からお財布を取り出して握りしめ、俺にサラマンドラを預け、目を輝かせ食料品店に走って行ったツバキを見送り、ヒヨリと一緒に魔法杖店を訪ねる。

インパールが抱える人口を思えば当然なのだが、魔法杖店はティンスキアよりも立派で大きかった。

アジア人二人組が入店した途端に「おっ」という顔をしたヒゲ面の店員が勢いよく寄ってきて洪水のようなセールストークを始めたため、落ち着いてヒヨリの背中に隠れて床の汚れに集中し、会話を全て任せる。

セールストーク文化滅びねぇかな。買い物中に店員から話しかけられると普通に購買意欲失せて一刻も早く店から出たくなる。

何か探してる物とか聞きたい事とかあるならさぁ! そっちから来なくてもこっちから話しかけるんだからさあ! 品出しとか発注とか万引き監視とかそういうのに集中して話しかけないでくれねぇかなあ!?

心の中ではライオンのように吠え猛り、態度ではハリネズミのように小さくなっていると、頼れる彼女が頼りない彼氏に代わって話をまとめてくれた。数枚の金貨を握らされたヒゲ面店員はホクホク顔で馴れ馴れしくヒヨリの肩を叩いて去っていく。

言葉の土砂降りに降られて気疲れしたヒヨリは親指で店の奥を指した。

「奥の工房を好きに使っていいそうだ。炉もある。インドで一番の工房だとかなんとか」

「嘘臭ぇ~」

俺の素直な感想にヒヨリは頷かなかったが、否定もしなかった。その反応で答え出てるぜ。沈黙の意味ない。

ヒヨリ限定とはいえ、俺もこういう会話の機微が分かるようになってきて我が事ながら感じ入るものがある。学べば学習できるものだ。好きな女性の事ならなおさらに。当たり前だが。

人払いがされた工房は片付けが全然されてなくて地獄のような汚れぶりだったが、驚くべき事に設備そのものはちゃんとしていた。ちゃんとした設備をいい加減なメンテナンスで使い倒しているようだ。

こいつぁひでぇや。前向きに考えれば物持ちが良いとも言えるが、もうちょっと何とかならんのか。

俺は工房設備を借りて小型地殻杖サラマンドラのアップグレードをする前に、まずは工房の清掃とメンテナンスをするハメになった。

ぐっっっちゃぐちゃに散らかして放り投げられた工具を種類ごとにまとめて箱に入れ、分かりやすくデフォルメしたイラストを目立つように描いて箱の中身が一目で分かるようにした。

踏ん付けただけで怪我をしそうな、床の隅にゴミと埃と一緒に掃き寄せられたグレムリンを集めて洗って綺麗にして、粒径や品質で分類してこれまた箱分けして。

いったいいつから放置されているのか、柄材用と思しきカビの生えた木材を怒りに任せて処分したり、芯までカビが侵食していなければカビた分だけ削って整えたり。

保護カバーのガラスが割れたランタンは炉に火を入れてガラスを再成型して修理し、脚がグラグラの作業机も直し、プレス機の錆を落として分解清掃して油を差して、壁の棚を増設して床に平積みしなくてもキチンと片付けられるようにして、逆流防止機構の鋳型がカスみたいな精度だったので作り直し……

メンテナンスをするほどに露呈するあまりにも酷い有様にブチ切れながら工房を片端からリフォームしていると、ゴミを魔法で燃やして処分していたヒヨリが呆れて言った。

「もうゼロから工房を建て直した方が早いんじゃないか」

「いや許せねぇ。この工房をこのままにするのは許せねぇ。

見れば見るほど分かる、コイツら使いやすいからとか、やりやすいからとか、そういう理由で散らかしたままにしてるわけじゃない。細かい事めんどくせーから散らかしてるだけだ。効率も精度も落ちるのに気にしちゃいない。職人としてのプライドはないのか、プライドはさぁ!」

憤懣やるかたない。

おかしいな? 金を払って工房を借りたはずなのに、やってる事は工房整備。これ逆に金もらってもいいんじゃないか?

後だしジャンケンで賃借契約にケチつけたりはしないけどさぁ、なんか納得いかない。

工房リフォームに熱中し過ぎて、仮眠を挟んで使いやすい綺麗な状態にできた時にはもう夜が明けていた。

バカ野郎がよ。余計な時間を使わせやがって……! 俺が勝手に怒って勝手に片づけ始めただけですけどね。

不幸中の幸いなのは、設備の元は本当に良かった、という事だ。

流石にインドで一番は過言だが、あながち嘘八百でもない。

大型の炉は良質の耐火煉瓦が使われていたし、プレス機は魔法金属を含有する合金製(アメリカの一流メーカーのロゴが入っていた)。各種工具だって良い金属を使っていて、ボロボロの持ち手部分を新しい物に取り換え、研ぎ直してやれば見違えた。

初期の設備投資はマジでちゃんとしてたんだな、この工房。それをここまで雑に使い倒せるとは、なんというか、宝の持ち腐れだ。

一流の道具も使い手が二流三流ならスペックを十全に発揮できない。この工房使ってた職人どもは反省しろ!

想定外に時間をとられた俺はしかしとりあえず満足できる環境を整え、腰を据えて小型地殻杖サラマンドラの改良作業に取り掛かった。

今回行う改良では、バージョン1の運用で得られた知見を元にバージョン2にアップグレードする。

まず内包成分の変更。再現した小型地殻球体の中身を、より高効率の成分比率に変える。

次に耐圧性能の向上。排熱機構にも改良を加え、より高い圧力にも耐えられるようにする。

重力機構も組み込む。シェルピンスキー二十面体とクヴァント式の鎖構造を組み合わせ、弾力性グレムリンも併用して疑似的な低重力小規模フィールドを形成し、コアの内部環境をより地核に近づける。無重力空間とまではいかないが、それに近い環境は再現できたはず。

最後に基礎的な無詠唱機構も組み込む。ツバキは戦闘中にほぼ魔法を使わない近接ファイターだ。

しかし、詠唱魔法を使えないわけでもないし、日常生活の中では普通に詠唱魔法を使う。

強くなりたいなら無詠唱魔法に習熟しておいて損はない。

ヒヨリの血を引いているのなら、ツバキの人生はこの先長いものになる。

武仙集団を筆頭にした無詠唱魔法の発展や普及が予測される以上、ツバキが「一番スゴイゾ」を望むのならば時代に取り残されないよう無詠唱魔法の練習を今から始めておくべきだ。

……というのがヒヨリの御意見である。

三日三晩工房に籠って完成させた 小型地殻杖(ミクロ・ガイア・ワンド) バージョン2をヒヨリにテストしてもらうと、難しい顔をして注文をつけられた。

「もう少し可愛いデザインにしてあげた方が喜ぶんじゃないか」

「ええ……? バージョン1のデザイン、ウケてただろ。変える必要ない」

「しかしだな、ツバキが喜んでいてもツバキの友達がどう思うか。ツバキは知り合いも友達も増やしていくタイプだ。ツバキが喜ぶのはもちろん、周りにもツバキに似合っている、可愛いと思われるようにしてあげた方がツバキのためになる」

「……………………」

ちょっと複雑な説明をされたので、俺は数分かけて話を咀嚼した。

つまり、本人が好きなデザインでも、周りに「だせぇ!」と思われたらダメって事か?

本人が満足してるならいいのでは……? ツバキの好みに口出しして否定してくる奴なんて友達でも知り合いでもなんでもねぇよ。

しかし本人が満足するデザインで、かつ大衆ウケするデザインにできるなら、それが一番良いという論も理屈としては分かる。

大好物のステーキにオマケのアイスがついてくるようなものだ。お得。

俺は長々と熟考した末、納得して頷いた。

「理屈は分かった。しっかし教育ママっぽい意見だな」

「黙れパパ」

「パパじゃねぇよ? まだ婚約してるだけだろ」

ともあれ、ヒヨリの意見を受け入れて若干のデザイン変更を加え、結局丸四日も借りてしまった工房を出る。

ツバキは都心の宿の一室に作った灰の小山の中に半分埋もれ、腹をパンパンに膨らませ仰向けに寝転がっていた。傍らには空になった油の大缶が幾つも転がっている。

俺達が部屋に入ると、幸せそうにぼんやりしていたツバキは青の魔女を見てバツが悪そうな顔をした。

「ま、待って青の魔女。運動ちゃんとしてる。歯磨きもした。食べすぎただけ。怒らないで」

「……食べすぎは怒らんが、片付けはしろ。見ろ、床が油でベトベトに汚れているだろう」

ああもう、とブツクサ言いながら、ヒヨリは一度部屋を出て宿の受付にモップを借りに行った。

躾に厳しい母が消えた隙に、ツバキはササッと俺に駆け寄り、俺の手を引いてベッドに座らせ、その俺の膝の上に乗った。

この旅の間に、ツバキは俺とくっついていた方がヒヨリの小言が減ると学んだのだ。賢いぞ!

「よしよし、たらふく食ったか? この街の油はどうだった?」

「美味しかったけど、飽きた!」

ツバキは俺が渡した改良版サラマンドラに気を取られながら元気に応える。

え、飽きるとかあんの?

「油はお前が一番好きな食べ物だろ。それでも飽きるのか」

「オーリもパン飽きたー言ってご飯食べてた。それと一緒。チータギー美味しいけど、ミミミ。お腹いっぱい食べて分かった。これ毎日は嫌。ジャンクオイル」

「そんなジャンクフードみたいな……」

「オーリ、サラマンドラのデザイン変えた? 可愛くなった! これ好き。ありがとー」

グルメな火蜥蜴は既にチータギーに興味を無くしたようで、もうサラマンドラの方に夢中だ。

まあモクタンも奥多摩を縄張りと定めて大切にしていたし、セキタンも品川で頑張っていくと言っていたし、火蜥蜴族にとって縄張りはコレと定めたら二度と動かさない一生モノという感がある。

縄張り選びは慎重になり過ぎるという事もないだろう。

膝に乗ったツバキの脇腹をこしょこしょしてやっていると、モップを借りに行ったはずのヒヨリが難しい顔で戻ってきた。キュアノスをなんとも言えない顔でひと睨みして、躊躇いがちに俺に言う。

「あー、大利?」

「またなんかめんどくせぇ話か」

「面倒……まあ、そうだ。国際秩序連盟主席独立捜査官から協力要請があった」

「なんて?」

「あー、つまり国際警察の捜査官だ。私と同じハイランクのカードを持っている奴だから信用していい」

そう言ってヒヨリは 真空銀(ホロウシルバー) 製の超越者証明書を取り出して振って見せた。

ほほう。それは相当な奴なんじゃないか?

超越者証明書にもランクというか階級というか、そういうものがある。クレジットカードが同じカードの中でも等級分けされ、億万長者が使う限度額無制限のブラックカードと一般会社員が使うノーマルカードでは格が違う。

ヒヨリの 超越者証明書(カード) は一番ハイランクの物。それと同じカードを持っている超越者だと言うのならば、超越者の中でも上澄みの中の上澄みだ。

話によれば、国際秩序連盟はグレムリン災害のゴタゴタで自然消滅した国連の代わりに発足した国際機関で、世界の平和と安全の維持、発展を目的としているらしい。

つまり前時代の国連と同じだ。略称も同じだし。

「 国際警察(インターポール) みたいなモンか。協力要請あるなら応えてやったらいいんじゃないか」

「あー……」

ヒヨリと同格の偉い人がヒヨリに助けを求めているなら、けっこうな大事件なのだろう。

なぜヒヨリがモジモジしているのか分からん。

そもそも、興味の無い相手からの協力要請なら、いちいち俺に話すまでもなくキッパリ断っているはずだ。

なんかスチュアート家のお家騒動絡みのゴタゴタを思い出すぞ。

「また厄介事か? 俺は構わん、ヒヨリの好きにしたらどうだ」

「すっ、好きじゃない好きじゃない! ただの友人だ! 誤解するな! ただ、昔からの友人ではあるし、良い奴でもあるんだよ」

挙動不審になって大声を出すヒヨリをツバキがびっくりして見上げる。

ツバキの怪訝な目に気付いたヒヨリは、モゴモゴと煮え切らない様子で説明した。

「つまり、そのー、男なんだよ。その友人は」

「は……? 友達なんて1/2の確率で男だろ」

人間やら魔人やら超越者を全部ひっくるめれば、世の中の男女比はだいたい半々だ。

男友達の何が問題なんだ? 俺にすらマモノくんという男友達がいる。全然不思議な事じゃない。

「それにアーサー・スチュアートと違って既婚者じゃない。未婚で、あー、若い男だ。実年齢は別として外見上は」

「それが……?」

「それが。えーと、そ、そうだな。率直に言わないと伝わらないよなお前は激ニブだもんな。つまり、私はそいつと二人で会って、そのー、浮気を疑われるのが嫌なんだ。昔からそれなりに親しい付き合いがある男ではあるし、世間で人気のある奴でもある、特に異性から。ただ私にそんなつもりは一切ないし、再三男として意識してないと言っているし、なんなら大利が好きだから気持ちに応えられないとも言っている、別にしつこくされてる訳でもないんだでも諦めの悪い奴で、大利を置いて会いにいけばあらぬ誤解を生みかねないから私はそれがとにかく嫌で嫌で耐えられなくて、」

「話が長い。短く。つまりどこのどいつがなんだって?」

指先を突き合わせながら歯切れ悪く言い訳じみた言葉を重ね、どうにも要領を得ない。

俺が話をぶった切って要約を要求すると、ヒヨリはおずおずと言った。

「コンラッド・ウィリアムズ。かつての魔王討伐隊のリーダー、アメリカの勇者から協力要請があった。友人として助けに行きたい。大利には悪いが、ついてきて欲しいんだ」