軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

136 常闇平原

新開発の 医者の結晶(イアトロス・グラス) を武仙集団本社宛に郵送してから、俺達は 瀋陽(しんよう) 市を出た。再びしばらく蒸気機関車の旅だ。

中国の国土は瀋陽・北京・武漢が線路で繋がっている。武漢より西はまだ線路の敷設工事中。中国経済の発展は農産と畜産に適した平野部が多い東側に集中していて、開発も東側が優先して行われている。山がちな西側は後回しなのだとか。未だに魔物の楽園になっている事実上の無法地帯も西側には多い。

東側の治安は良いはずなのだが、北京へ向かう途上で不穏な車内アナウンスが入った。

一等客室備え付けの伝声管から事務的な声が聞こえる。

「間もなく常闇平原に入ります。ただいまより約一時間、窓は閉めたままでお願い致します。窓から手の届く距離まで幽霊が接近した場合は係員をお呼び下さい」

アナウンスはそれだけで、特に詳しい説明もなく伝声管は静かになった。

窓がどうとか言われたので窓ガラスに顔をくっつけ外を見てみると、進行方向に超巨大な真っ黒いドームがあった。東京サイズの都市なら丸ごと呑み込んでしまえそうなぐらいの漆黒の半球体は、真昼間だというのに一切の光を拒絶している。

なにあれ? こっわ。

ルート的にあの中に突っ込んで行きそうなんですが? 大丈夫なのか?

「ヒヨリヒヨリ。あの黒いのなんだ? ヤバそうなんだけど」

俺がヒヨリの肩を揺すって窓の外を指さすと、オコジョ教授宛に手紙を書いていたヒヨリは一瞬指の先を見てまた手紙に視線を戻した。

「常闇平原だ。今アナウンスあっただろ」

「なんでそんな平気そうなんだ……? もしかしてアレが普通? 何がどうなってるんだアレは」

「ん? ああそうか、知らないのか。常闇平原は、あー、簡単に言えば魔法暴走でできた地形だ」

なんでも教えてくれるヒヨリ大先生の解説によると、常闇平原は「真夜中の魔法」の暴走でできた特殊地形なのだそうだ。

真夜中の魔法は元々東京魔女集会所属の夜の魔女の魔法だった。

夜の魔女は昼夜で強さが大きく変わる体質を持っていたのだが、真夜中の魔法を使い黒い巨大ドームを展開する事で、昼間でも夜であるかのように活動できた。ドームの中は常に真夜中で、星も見える。

中国の超越者、白霊仙はこの真夜中の魔法を使おうとした。幽霊の体を持つ白霊仙は、夜の魔女ほどではないが夜間の方が調子が良かったのだ。

ところが、真夜中の魔法は暴走。杖でブーストし、範囲を拡大していた事もあり、真夜中の魔法は都市を丸ごと吹き飛ばし呑み込んで固着してしまった。白霊仙もこの時に弾け飛んで死亡している。

日の光が差さなくなった都市からは人が去り、代わりに幽霊系の魔物が集まってきた。

かくして1年365日24時間年中無休で真夜中を提供するクソデカ漆黒ドーム領域「常闇平原」が出来上がったというわけだ。

「つまり地獄の魔女の地獄魔法みたいな……?」

俺がかつて足立区を滅ぼした地獄の魔女の魔法を思い出しながら聞くと、ヒヨリは頷いた。

「ああ、原理は同じだ。ただアレと違って時間が経っても広がったりはしない。集まった幽霊魔物も大人しいやつばかりだ。列車に灯りをつけておけば寄って来ない。魔法そのものに害はない」

「じゃあ安全なのか」

「観光名所になるぐらいには。有害な地域を列車が突っ切るわけないだろ」

「確かに……!」

見た目がヤバそうだからビビってしまったが、公共交通機関が危険地帯を通るわけないよな。それはそうだ。

話しているうちに列車は常闇平原に入り、ドームの中に入った瞬間にいきなり夜になった。気温も少し下がり、窓からは穏やかな月明かりに照らされ彷徨う幽霊の姿が遠くにチラホラ見える。

煌々とした列車の灯りに照らされると、半透明の幽霊たちはスーっと夜闇に溶けて姿を消した。

なんだかホラー空間というより肝試しっぽいな。怖いっちゃ怖いが身の危険は感じない。

「光を無視するぐらい強い魔物出たらどうするんだ?」

「除霊魔法の出番だ。幽霊魔物には除霊魔法の特効が入る。仮に倒せなくても逃げていくさ」

「なるほどなぁ。こういうマジカル地形って他にもあんの?」

無害と分かれば緊張感も解ける。観光気分で暗い窓の外を遠くふよふよ漂っている色々な幽霊たちの姿を眺めながら聞くと、ヒヨリはなにがしかを思い出しながら指折り数えた。

「そうだな……んー、けっこうある。日本から韓国に渡るフェリーも『 海神(わだつみ) の大渦』を避けた航路を取ってたし、去年のアイルランド-ブリテン紛争でもイギリスに魔法地形が増えたはずだ。大魔法の暴走は魔法地形を生みやすい。それこそ地獄魔法とか。

あぁそうだ。大氷河魔法の暴走でできた雪山もあるぞ」

「え。ヒヨリも魔法暴走とかするんだ」

青の魔女様は魔力コントロール抜群なイメージがあったが、そうでもないのか。

意外に思っていると、ヒヨリは首を横に振った。

「私じゃない。前に大氷河魔法を暴走させて死んだ魔法使いがいてな、爆心地は一年中雪と氷の世界になっている。魔法解除魔法で少しずつ元に戻して除染しているという話だ。今はどれぐらい戻ってるかな……」

「ははぁ。適性の無い大魔法使うと暴走しがちって話?」

「そう、そういう話。私も焔魔法を無茶な使い方すれば暴走するだろうな」

未来視魔法は未来視の魔法使い以外が使うと脳へのダメージが深刻だし、大氷河魔法はヒヨリ本人ですらコントロールが難しい。

詠唱できて魔力が足りれば全ての詠唱魔法を使えるというのは便利だが、「使える」と「使いこなせる」は全然別の話。

難儀なものだ。常闇平原は列車の中から眺めて通り過ぎる分には肝試しみたいでオモロいが、超越者が一人爆死してできた特殊地形だと考えると薄ら寒さがある。恐ろしや。

「あと、詠唱魔法は無詠唱魔法よりコントロールを失いやすいというのもある」

「ほほう?」

話している内に頭が魔法学モードになったようで、ヒヨリは教授への手紙を脇によけてより専門的な話を披露してくれた。

助かる。そういう話もっとくれ。魔法学の話なんてナンボ聞いてもいいですからね。

「例えば、そうだな。私は『 凍る投げ槍(ドゥ・ヴァアラー) 』を無詠唱で再現できるようになっている。同じ効果を疑似的に作り出したわけじゃないぞ。詠唱魔法の魔力の動きを無詠唱で完全再現したんだ」

「……詠唱そのものに力があるわけじゃなくて、詠唱によって魔力の動きを作り出して、魔力の動きの結果として魔法が発動してるって事か」

「呑み込みが早いな。慧ちゃんの意見はまだこれから聞くところだから、詠唱の専門家の見解はまた違うかも知れないが。私はそう思っている」

じゃあヒヨリの解釈で正しいだろ。

なにしろ魔力操作で青の魔女の右に出る者はいない。

俺はオクタメテオライトが使った魔法を入間が劣化再現した無詠唱魔法を、ヒヨリが更にその場で劣化再現してのけたの見てたぞ。魔力操作のセンスは抜群だ。

「詠唱魔法は無詠唱魔法のインスタント発動手段なんじゃないかと思う。原理が分からなくても、魔力コントロールができなくても、無詠唱機構を使わなくても。ただ、発音を遵守して唱えれば魔法が発動する。効率的だろう?

一方で、原理が分からず魔力コントロールも詠唱任せだから、暴走しやすい。パッケージ化されたブラックボックスを感覚で弄れば、当然バグを起こしておかしくなる。本来自分のものではない魔法を弄るならなおさらだ」

「なるほど……?」

要はアプリとプログラムの違いか。

詠唱魔法はアプリ。

タップするだけで簡単に発動する。

でもアプリのプログラムを迂闊に弄ると停止したり誤作動を起こしたりする。

そもそもアプリプログラムの中身なんてよく分からないから。

無詠唱魔法はプログラム。

いちいち毎回自分でプログラムを組んで動かす必要がある。

面倒だが、改造が簡単だし、誤作動を起こしても修正できる。

自分で作ったプログラムの中身はよく分かっているから。

「理屈は分かった。でもまだちょっとシックリは来ないんだよな。

じゃあなんでそんな詠唱アプリがあるんだよって話で。いや便利だよ? 便利だけどさあ。

便利詠唱アプリがなんで静電気体質の人間の脳みそに強制的に叩き込まれるんだ?」

「さあ、そこまでは。結局、全ての問題はグレムリン災害に収束するんだろうな。グレムリン災害が何故起きたのか。魔石は、魔石を地球に降らせたシャンタク座流星群はどこから来たのか。あるいは何故来たのか。全ての原因はきっとそこにある」

根源的な謎が横たわり、俺達は窓の外を飛ぶように過ぎていく黒々とした常闇平原を眺めながら考え込んだ。

いつもこうだ。何かが分かったと思えば、分からない事が増えていく。

「……なあ、俺が死んでる80年の間に本当に魔法学って進歩してるのか? 新しく知った事の十倍ぐらい分かんない事が増えてる気がするんだが」

「学問はそういうものだろう。そういうのが楽しいんじゃないのか? 知らんが」

「!? そうか、分からない事でも好きなら知るほど楽しい! だから俺はヒヨリの事知るたびに楽しいって感じるようになったのか? なるほどなあ」

「お、おお。こんな理屈っぽい話からそこに繋がるのか。どうなってるんだお前の思考回路は」

ヒヨリはちょっと照れて頬を掻き、誤魔化すようにオコジョへの手紙を書く作業に戻った。

旅はまだまだ先が長く、人生も長い。

ゆっくり知っていこう。

魔法の事も、ヒヨリの事も。