軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

116 オークション

オークション用に作った杖「 金科玉杖(きんかぎょくじょう) 」は、オークション開催一ヵ月前に納品した。ヒヨリが青の魔女名義でつけた保証書付きだ。

0933の杖はけっこう頻繁に偽物が出回る。ピカソやゴッホの絵画のようなもので、俺のクセを真似て作られた杖が本物と間違われ、数億円で落札されてしまった事例もある。鑑定書や保証書は欠かせない。

俺の杖は高性能だし、高性能じゃない最初期に作った杖であっても、古美術的な価値がある。飾って良し、使って良しの高級品なのだ。

しかも俺の杖の代表格であるキュアノスは、80年間現役だった。80年前の高級車をずーっと現代まで乗り回しているようなもので、それもまた0933製品の名声を高めるのに一役買っている。

80年間故障の一つも起こさない杖が他にあるか? 陳腐化せず現役でいる杖があるか?

いや、無い。

80年間故障しないクオリティに仕上げた俺がまずすごいし、ずっと壊さず大切に使ってきてくれたヒヨリも同じぐらいすごい。

高性能、頑丈、歴史的価値アリ。

0933ブランドの杖はただ高いだけではないのだ。

特に 金科玉杖(きんかぎょくじょう) は公式初お披露目の無詠唱機構までついている。オークション主催者は俺が提示した最低落札価格1億円を、50億円にまで引き上げると通達してきた。前時代の旧円に直すと100億円に相当する。

いや、俺より遥かに金勘定に長けたオークショニアの判断なんだから信頼した方がいいんだけど。高すぎやしません? 落札者いなかったら泣くぞ。

俺は売れ残りを案じて渋ったが、オークション側は時間調整のためだと押し切ってきた。

俺の 金科玉杖(きんかぎょくじょう) は、本来のオークションスケジュールに横入りして捻じ込む形で飛び入りした。

1億からチマチマ競りをしていたのでは、時間が無駄にかかる。オークション主催者や参加者にも時間の都合というものがあるのだ。イベント終了時刻が後ろにズレ込み過ぎるのは良くない。

万が一にも売れ残ったら主催者が買い上げると約束してくれたので、あちらさんの事情も鑑みて、最終的には最低落札価格50億円で納得させられた。

思い返せば、最低落札価格1円でやっていたネットオークション時代の感覚を引きずっていた俺が間違っているのかも知れない。

今回のオークションに参加するのは世界中から集まってきた大富豪たちだ。庶民とは金銭感覚が違う。50億でも落札者ゼロという事はないのだろう。ないと信じたい。

さて。

オークション当日の早朝、俺はオークション会場である港区の 高峯(たかみね) 文化会館の裏口から会場入りした。同行者はヒヨリと、興味本位でついてきたモクタンだ。モクタンはヒヨリと顔が同じなので、混乱を招かないよう仮面を被っている。

高峯文化会館の高峯は吸血の魔法使いの本名から取られていて、港区の有志や生前を知る魔女たちが彼を偲んで建てたものだ。

社会的位置づけは前時代の日本武道館に近い。コンサートや魔法演舞、大作映画の封切上映など、毎月色々な大イベントが開催されている。

高峯文化会館の最上階には前面マジックミラーで会場を見下ろせる貴賓室があり、今回のオークションで俺はそこから高みの見物をする手筈になっている。石油王やら牧場王を差し置いて俺たちが貴賓室を独占する事になったのは、それだけ 金科玉杖(きんかぎょくじょう) のオークションの目玉商品としての価値が認められているからだ。

貴賓室に到着し、木箱の梱包を解いて俺を外に出したヒヨリは、オークションのカタログブックを投げ渡してきた。

「ほら。これは大利が持っておけ」

「おー。ヒヨリはもう読んだ?」

「大体な」

言いながら、ヒヨリは壁にかけられた絵画の裏を調べたり、ソファを持ち上げ下を見たり、カーペットを足裏で叩いて音を確かめたり、安全確認に余念がない。

モクタンは部屋に備え付けの冷蔵庫に顔を突っ込み、楽しそうにワインボトルや高級そうなケーキ、新鮮な果物をポイポイ外に出している。旅館の部屋の備品をチェックする小学生みたいだ。かわいい。

「ミッ! これ知ってる、ローストビーフ。これ蜘蛛さん好き。お土産する」

「マジで? そんなのまで入ってんの? 食べるかどうかも分からんのに」

俺がモクタンと一緒に金がかかりまくっている貴賓室の備品を堪能しているうちに、ちらほらと会場に人が入ってくる。ほとんど全員、スーツかドレス姿だ。

ふむ。人間ばっかりだな? 超越者はオークションに興味無いのか。いや人間と見分けがつかないタイプの超越者が来てるかも知れないけど。

「竜の魔女とか来そうだと思ったんだけどなぁ」

「ん? いや、来てるだろう」

「え。どこに」

「最前列。ジェミー……カラフルな髪の子の隣だ」

マジックミラーの前に立ち、会場を見下ろすヒヨリの指先を目で追うと、確かに最前列に極彩色の髪の人がいた。結構なご年配の女性で、その隣に赤毛の女がふんぞり返って座っている。

だらしねぇスタイルの30代ぐらいの女性で、服は上下スウェットなのに、ギンギラギンの首飾りや指輪をゴッテゴテにつけ煌びやかに全身を輝かせている。従業員を横柄に呼びつけ、何か言い、隣のカラフルな髪の老婆に口を塞がれていた。

醸しだす雰囲気がすっげー竜の魔女っぽい。でも人間だ。はて?

「アレか。なんで人間なんだアイツ」

「ドラゴンの図体では入口を通れないからだろう。知らなかったのか? 竜の魔女はアレが素だ。種族的には 変身者(シェイプシフター) だったかな。いつもドラゴンに変身しているだけで、本来はあの姿なんだよ」

「あー……なんか記憶の片隅にあるような無いような」

確かに昔あの女に誘拐された時、人間に変身したりドラゴンに変身したりしていた気がする。竜の魔女って名前のクセに竜じゃなかったのか。いや青の魔女も別に肌の色が青かったりとかしないけど。

当時の副官の財前さんはお亡くなりになってるだろうし、あのカラフル婆ちゃんが今の副官なんすかね。手綱がとれているのかちょっと心配になる。

「なあヒヨリ」

「大利の不安は分かる。ジェミーがついているし、白昼堂々強奪はしないと思うが。圧をかけておくか?」

「頼むわ」

ヒヨリがマジックミラー越しにキュアノスを竜の魔女に向けると、途端に竜の魔女は椅子からひっくり返った。

泡を食って床を這い、老婆の足元に隠れ、こっちを見上げて何やらギャンギャン文句を言っている。ヒヨリは鼻で笑い、肩をすくめた。

「ビビらせんじゃねーの! 賠償なの! だとさ」

「この距離で声聞こえんの? 読唇術?」

「いや。竜の魔女の言う事なんて大体分かる。最近は当たり屋でセコく財宝を巻き上げているからな。『賠償なの!』は奴の最近お気に入りの口癖だ」

「最悪過ぎる。なんも進歩してねーなアイツ」

昔から知ってる人がこの世を去り、色々俺が知っている世界が変わっている中で、竜の魔女の無進歩ぶりは一周回って安心感すらある。

カストカゲがよぉ。お前強いはずなのに、なんでそんな小物なんだ。

会場を見下ろしているうちに、だんだん席が埋まってくる。

広い文化会館の大ホールには椅子が整然と並べられ、そこに名だたる大富豪たちが腰を下ろしていく。

恐ろしい事に、奴らは近くの参加者たちと飲み物を片手に談笑しまくっていた。

誰とも話さず、一人で黙っている奴なんて一人もいない。まさか全員が友達同士なんて事もあるまいに、どいつもこいつも笑顔を張りつけしゃべくり合っている。いわゆる「社交」というヤツだ。

こえ~。なんだあの地獄? 貴賓室にいてよかった。客席に下りたら命がいくつあっても足りないぞ。

怖い物見たさで人間観察をしていると、やがて会場は埋まり切り、ほどなくしてオークションが始まった。壇上に立った主催者の軽い挨拶の後、すぐに最初の品物がカートに乗せられ運ばれてきて、落札競争が始まる。

手元のカタログによれば、最初の品は21世紀を代表する詩人ウォルト・マイヤーズによる初の魔法語詩集「Shooting Star Stair」第一刷原本だ。

ウォルト・マイヤーズは魔法言語学者であり、歴史家であり、詩人でもあった。

彼はグレムリン災害以降の歴史的事件や偉人、文化風俗の変化などについて、魔法語を使い情緒豊かに謳い上げた。

演劇や映画への影響も大きく、万国共通語として魔法語が採用されたのにもウォルト・マイヤーズの功績が大きい。ヒヨリが持っている超越者証明書には日本語の他に魔法語でツラツラ書かれているが、それもこの詩人の影響があると言える。

俺が死んでいる間に生まれ消えていった、多くの偉人のうちの一人だ。

1000万円で始まった競り値は段々つり上がっていき、すぐに5000万円を超えた。

むむむ。最低落札価格の五倍ぐらいはすぐ行くのか。

もちろん、物にはよるんだろうけど、50億が最低落札価格の 金科玉杖(きんかぎょくじょう) は単純に考えて250億まではいく計算になるな。小国の国家予算並だ。

まさか、杖一本に国が買えるぐらいの価値がついたりしてしまうのか……!? それも夢じゃないな。

富豪たちは本一冊にえげつない金を提示していき、オークション一品目「ウォルト・マイヤーズによる初の魔法語詩集『Shooting Star Stair』第一刷原本」は8150万円での落札となった。

本一冊につく値段じゃねぇよ。飯屋でいうところのお通しでこの値がつくなら、大トリを飾る 金科玉杖(きんかぎょくじょう) の値付けにも期待が高まる。

続く出品も本で、「'35年刊行、無名叙事詩断篇集第一刷」。

三品目の「竜の魔女の足の骨」は竜の魔女本人が金に糸目をつけず落札していた。

出品されるのは大雑把に珍品の括りでまとめられていて、カタログには「未開封iPhone15保証書付」とか、「新旧日米貨幣完全コレクション」なんてモノもあって眺めているだけでけっこうおもしろい。

「'24年東京魔女集会全署名謄本」はヒヨリがちょっと腰を上げるぐらい熱が入った落札合戦になった。逆に南極基地から発掘された前時代アイスクリームは大した値がつかなかった。

俺には価値がイマイチよく分からない物も多い。

虎魔物(ドゥン) のアルビノメス個体は俺目線だと異常な高値で落札されたように思えたし、 魔造酒(ネクタル) はそもそも何なのか分からず、ヒヨリに教えてもらっている間に落札が終わった。魔力回復薬を依存性と回復力が消えるまで熟成させると、 魔造酒(ネクタル) という独特の味わいの高級酒になるらしい。初知りだ。

あれやこれやとオークションは続いていき、出品商品が折り返しに来たあたりで、ちょっとトイレに行きたくなった。

俺の杖が出るまでにまだまだかかりそうだったので、いったんトイレに行こうと席を立つ。

すると連動してヒヨリも立った。

「あ、座っててくれ。ちょっとトイレ行くだけだから」

「護衛しよう」

「トイレに……!?」

連れション文化は女子同士だけではなかったのか。

大利くん、トイレについて行ってあげるね! って話?

嫌です。何歳だと思ってるんだ。

「トイレぐらい一人で行くって。この会場に誘拐犯が襲撃かけてくるとでも思ってんのか?」

「そこまでは思っていない。しかし用心に越した事はないだろう」

「彼女にトイレについてきてもらうの嫌すぎるんだけど。ヒヨリだってトイレに俺がついてきたら嫌だろ」

「それは……まあ」

渋るヒヨリを説得しようと言葉を探していると、部屋の端のクラシックな暖炉に体をぎゅうぎゅうに詰め込み丸くなっていたモクタンが這い出し元気よく言った。

「トイレ行くならついてく!」

「ペット同伴でトイレに……!?」

「トイレットペーパーの芯、集めてる。あと1個で10個なる。フヨウに自慢したい」

目をキラキラさせるモクタンが小学生すぎてほっこりする。

絶対集めたいだけで、集めてどうこうしようって考えてないだろ。モクタンは可愛いなあ!

「よしよし。それなら一緒に行こうか。モクタン、お前は女子トイレに潜入だ。男子トイレに芯あったらやるからな」

「ミミミ!」

「いいだろ、ヒヨリ?」

「…………。モクタン、大利をちゃんと守ってくれよ。それと、すぐ戻って来い。10分で戻らなかったら迎えに行く」

心配性なヒヨリ母さんに見送られ、俺達は部屋を出て廊下に出撃した。

廊下からでも会場のオークションのどよめきや歓声は聞こえてきて、なかなか雰囲気がある。誰にも会わないよう足早にトイレに向かい、出てくると、モクタンは嬉しそうにトイレットペーパーの芯を2つ持って女子トイレから出てきた。

「オーリ、2つも見つけた。大収穫。2+9。11個になった!」

「モクタンは足し算できて偉いなぁ!」

「ミミミ。カワイーナだけど、エライゾ。私、ひっ算もできる」

「マジで? やるなあ」

思ったよりも賢いモクタンの頭を撫でてやっていると、不意に視界の端に動く影が見えた。

目をそちらに向けると、廊下の先のT字路を1匹の白いオコジョがチョロチョロと駆けていくのが見えた。

「あれ、教授? 教授~!」

声をかけて手を振るが、返事が返ってこない。引き返してくる事もない。

ふむ?

教授はオークションに参加しないという話だったのだが、気が変わったのだろうか。

まあ教授も本を出品していたし、俺と同じで落札価格が気になって顔を出しに来たのかも知れない。

ちょっと話して行こうとモクタンを連れて廊下の先にいき、曲がり角から顔を出しオコジョの行先を見ると、そこは行き止まりになっていた。

いや、厳密には行き止まりではない。「倉庫」のプレートがかけられた金属製の重厚な大扉がドンと廊下の突き当りにあり、「関係者以外立ち入り禁止」の立て看板が立っている。

しかしオコジョの姿は無い。

ちょっと妙だ。

こんなクソデカくて重そうな扉、オコジョの姿で開けて入るのは不可能だと思うのだが……

一体どこに消えたというのか?

「教授ー? おーい」

廊下に敷かれたカーペットを捲ってみるが、下に隠れているわけでもない。

モクタンと一緒に首を傾げていると、倉庫室の扉の向こうから声がした。

一人の声ではない。話し声だ。

ま、まさか。まさか河童とオコジョの密会とか……!?

いや普通にオークションの事務員と話してるとかかも知れんけど。

「モクタン。しーっ」

「ミミミ。しーっ」

モクタンに静かにするよう合図して、扉に耳をくっつけ、中の会話に耳を澄ませる。

すると、幼い少年の声に思える三つの声が聞こえてきた。

「おせーよオデっち。誰にも見つからなかっただろうな?」

「ご、ごめん。オデ、オデ、こんな長い廊下走るのはじめてで」

「まあまあ。アッちゃんも警備員に見つかりそうだったじゃんか」

「アッシの足を舐めてもらっちゃ困るね。アッシの足は速いんでね、見つかってもぶっちぎるぜ。そういうボッくんは何をチンタラやってんだよ。オークション終わっちまうぜ?」

「ボクたちでも盗めそうなサイズのお宝を選別してるの。この体じゃあんまりデカいお宝盗んで持っていけないでしょ?」

三つの少年の声はわいわい話しながら、倉庫の中でガサゴソ物音を立てている。

俺は耳を扉にくっつけたまま、驚愕に目を見開いた。

中にいるの、大日向教授じゃなさそうだぞ?

会話から察するに、恐らく三匹のオコジョが中にいる。

しかも、その三匹は命知らずにもお宝の窃盗を試みているようだ。

オコジョ変身は何も教授の専売特許ではない。確かに有り得る話ではある。

あるが、まさかこんな事が起きようとは。

なんてこった。

オークション会場の倉庫室に、三匹のオコジョ泥棒が入り込んでいる!!