軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

115 競売回帰

きらめく夏は過ぎ去って、スズムシやコオロギが庭で夜な夜な演奏会を開く季節になった。

縁側に腰かけ、庭石のようにじっとしている蜘蛛の魔女の背中の鋭い大棘を使ってモクタンがせっせとクルミの殼を割るのを眺める。

グルメなモクタンの好物は木炭だが、クルミの殻の炭も大好きらしい。割った殻を大切に籠に入れていき、肝心の中身を雑に別の籠に投げ込んでいく。うーん、食の価値観が違うぜ。

団扇を扇ぎつつポケーッと見ていると、ヒヨリが濃いめの麦茶を二つ持ってきて隣に腰掛けた。

「ほら」

「おー、サンキュー」

「麦茶パックが減っていたから買い足しておいた」

「それもサンキュー」

何気なく返してふと気付いたが、最近ヒヨリが買った物が家に増えてきている気がする。

麦茶パックがそうだし、牛乳とかカレー粉とかもヒヨリが買ってくる。

以前は俺のカップの予備で紅茶を飲んでいたのに、今では自分用のヤツを持ち込んでいるし。風呂場にはヒヨリ専用シャンプーがあるし。枕もヒヨリのヤツが寝室に置きっぱなしだし。ヒヨリの歯ブラシとか観葉植物もある。

週三〜五日ペースで遊びに来るから、ヒヨリの私物が増えていくのも当然なのだが、蜘蛛の魔女はウチにヒヨリの物が増えているのを見つけるたびになんだか物言いたげな気配を出すんだよなぁ。

よーわからん。工房の内装さえノータッチでいてくれるなら、ウチにヒヨリの物が増えようが蜘蛛さんの物が増えようが気にしないぞ。モクタンも玄関の靴箱の下の隙間を勝手に宝物入れにしてガラクタ詰め込んでるし。好きにしたら良いと思います。

「大利はさ……」

二人で寄り添って座り、一生懸命クルミ割りをしているモクタンを眺めていると、モクタンを背に乗せて暇をしている蜘蛛の魔女が話を振ってきた。

「スズムシ捕まえたりしないの……?」

「いや別に。なんで?」

「カブトムシ捕まえてたから。虫が好きなのかなって……」

「ああ、別に虫が好きとかではないっすね。カブトムシとかクワガタ捕まえるのは男の本能なので。デカいの見つけると捕まえたくなっちゃうんですよ。男ってやつは」

「ふーん……ちょっとよくわかんないかな。そういう感性は……」

「男はデカくて強いのが好きなんです。蜘蛛の魔女さんとかデカくて強いし、しかも蜘蛛だし、俺の男心をくすぐり殺しそうですよ。もうね、大好き」

「ふ、ふーん……」

蜘蛛の魔女はまんざらでも無さそうに顎をキチキチ鳴らし、ヒヨリの飲みさしの麦茶は急に凍った。

「アッ……え、えーと。そう、青の魔女も大きいよね……魔力が。強いし。大利の男心? に刺さってるんじゃない……?」

「青の魔女が嫌いな男なんていないんじゃないですかね。なんてったって世界一の魔力、世界一の強さ、世界一の美人、世界一の彼女、世界一の可愛さ」

指折り数え、改めて驚愕する。おいおい、世界一をいくつ持てば気が済むんだお前は。なんらかの独占禁止法に引っかかるぞ。

「ミミ。でも、私はモクタン・カワイーナ。可愛さワールドチャンピョン。負けない」

「ああ、可愛さは同率一位って学説もあるな」

クルミ割りの手を止め対抗してきたモクタンに頷いてやると、満足そうにむふーっと火の粉を吐いた。モクタンは可愛いなぁ!

「…………。今になって思えば大利のコミュニケーションが終わっていて良かったな。普通ぐらいのコミュ力があったら、あと二、三十人は魔女を誑かしていそうだ」

「それはそうかも……」

ヒヨリと蜘蛛の魔女は何やらしみじみと頷きあっていた。理解不能な会話やめろ。俺が誑かした魔女は今も昔もこれからもヒヨリだけだぞ。

それからしばらく俺たちは世界一デカい昆虫の話をしたのだが、話の流れで「世界一大きな蜘蛛の抜け殻」をギネス登録した蜘蛛の魔女が、自分の抜け殻をチャリティオークションにかけ、売上の800万円を発展途上国の医療団体に寄付していたと知った。あまりにも心が清らか過ぎて絶句する。

こんな善良な魔女を怖がる奴がいるってマジ? 下手な聖人より聖人、いや聖蜘蛛だろ。

「俺もなんかオークションにかけようかなぁ」

「あ、寄付するなら寄付先は相談して。慈善団体を謳いながらただの天下り先になってる組織、けっこうあるから……」

「ああいや、そういう社会の闇と紙一重の話じゃなくて。前々から俺の杖をオークションにかけたら幾らぐらいになるのか気になってたんですよね」

インターネットが生きていた頃、俺はただのファンメイドアニメグッズ職人だった。

魔法杖職人になってからは、世界は崩壊から立ち直るのに精一杯で、オークションで大枚をはたける金持ちが希少だった。

だが、今は違う。

魔法黎明期と比べ格段に平和になり、貧富の格差が生まれ、金持ちが唸るほど金を持つ時代になった。

伝説の魔法杖職人、0933の新作魔法杖を作ってオークションに出品したとして。

金持ち連中はいかほどのお値段をつけるのか?

大変気になりますね。

「ふむ。オークションか。言っておくがインターネットオークションは復活していないぞ」

「それはそう。でも? 現地集合タイプのオークションなら?」

「ああ。復活している。そうだな、大利は昔からオークションに杖を出したいって言っていたからな。次の大型オークションに出品申請するか?」

「するする!」

そういう事になった。

出品するぞ。不死鳥の如く現代に甦った伝説の魔法杖職人、0933謹製の魔法杖を出品するぞ。

うおお、テンション上がってきた!

さて。

杖を作りオークションに出すにあたり、まずスペックを決める必要があった。

凡百の杖より遥かに高性能だが、キュアノスには到底届かない。それぐらいの性能に収めなければならない。

さもなきゃ世界のパワーバランスが傾いてしまう。バランスが傾くだけで壊れはしないあたり、本当に世界は進歩した。

まず、多層構造の限界は一般的に三層とされている。

ただし、現行の最新工法……転移魔法でグレムリンの中身をテレポートさせてくり抜いたり入れ込んだりする工法には発展性がある。遠く無い未来、四層加工法が開発される可能性はある。

従って、俺が製造する杖のコアは五層にする。強すぎず、弱すぎず、だ。

逆流防止機構については防止機構と還元機構の二系統に技術が枝分かれしている。

防止機構は高い逆流カット性能を常に発揮する。

還元機構は逆流カット性能が低い代わりに、逆流を起こした魔力の一部を戻してくれる。消費魔力の一部キャッシュバックって感じの性能だ。

還元機構の方が断然発展性が高い。しかし、現状ではまだまだ防止機構のほうが利点が大きい。ここは防止機構でいく。

魔力計測器は未だ人類が欠片も再現できていないオーバーテクノロジー。思う存分ドヤりつつ、実装する。

クヴァント式魔法圧縮円環については、不細工ながらも再現され、高級ながらも一般技術の域に落ちている。

加工技術の進歩により甲2類以上の魔物から採れるビッグサイズグレムリンから太い鎖の輪を削り出せるようになっているのだ。

ここは細く美麗な鎖の円環で格の違いってヤツを見せつけていきたい。ナメんなよ。俺が一番鎖を上手く彫れるのだ。

緊急防御アタッチメントは素材である魔石在庫の問題で付けない。魔石は昔も貴重だったが、現代では更に値上がりしている。おいそれと作れるシロモノではない。

盗難防止呪い機構は是非付けたいところだが、オークションでは誰が落札するか分からない。事実上の専用装備カスタマイズである呪い機構とは相性が悪いから、これも付けない。

魔法螺旋は今いちばんアツい最新機構だ。

これを実装しない手はない。ただし持ってるだけで勝手に魔力が自己強化に変換されてしまうと困るので、柄を捻れば内部機構が変形し、オン・オフが利くようにしておく。

最後に無詠唱機構。

これはアドバイザー・ヒヨリとかなりモメた。

ヒヨリ曰く、無詠唱魔法は非常に強い。俺だって入間が無詠唱魔法でメチャクチャやりやがったのを見ているから強さは分かっているつもりだが、俺の想定よりずっと強いらしい。

無詠唱魔法が広まれば、世界は激変する。するかも知れない、ではなく、する。

無詠唱魔法は無詠唱で魔法が使えるという利点も大きいが、何よりもオリジナル魔法を作れるのが大きい。極論、睨んだだけで相手を意のままに操る傀儡魔法の上位互換すら生まれるかも知れない!

俺の試作魔王杖レフィクルに組み込んである最も単純な無詠唱機構ですら、リバースエンジニアリングすれば真似できるし、もっと複雑な物にもできる。無論、俺が作るより遥かに大型化はするだろうが。

俺が魔王グレムリンをリバースエンジニアリングして作った無詠唱機構を、世界中の技術者がよってたかって更にリバースエンジニアリングする、という事態が起きるのは想像に難くない。魔王グレムリンをダウングレードした機構をもう一度ダウングレードした機構が世に溢れる事になるのだ。

性能的に大元から二段階落ちる事になるとはいえ、危険極まる……というのがヒヨリの主張。

ヒヨリの危機感は分かるが、俺としてはそこまで危険視しなくていいと思う。

俺が秘密にしていても、人類はいずれ無詠唱機構に到達するだろうから。

山上氏の魔力計算機はマジで大したモンだった。アレを生み出せるぐらい人類のグレムリン幾何学が進歩しているのなら、俺が公表しなくても、いずれ人類は無詠唱機構を自力で生み出すだろう。

そのいつか無詠唱機構を発明する誰かが善人だと断言できるか? 否である。

いつか誰か、それこそ入間のような性根の腐った脳みそだけめっちゃ優れたゴミカスが無詠唱機構を自力発明してしまうのが一番マズい。世界が滅びかねない。あるいは現在世界で唯一無詠唱機構を製作できる俺が誘拐されるとか。入間がやろうとしたように。

悪い奴が技術を独占するのが一番ヤバい。

だから俺が己の臆病な自尊心と尊大な羞恥心を満足させるために無詠唱機構杖をオークションにかけ売り払ったところで、最悪の事態にはならない。むしろ次善、ベターな状況を作り出せるとすら言える。

技術の拡散と発展はいつまでも抑えつけてはおけないのだ。

最終的に、ヒヨリは「大利賢師が常に技術の最先端を行けば問題無い」という理屈で引き下がった。

実際、無詠唱機構の大元である魔王グレムリンをおさえている俺が一番強い。俺の後追い研究をしている限り、俺の研究にはいつまで経っても追いつけない。

俺が最先端の高性能高級杖を作り、市井の職人が俺より劣る杖を量産する。

俺は量産できないし、市井の職人は高性能杖を作れない。

きっとそこでバランスが取れていく。いままでがそうだったし、これからもそうだろう。

かくしてオークションに出品する魔法杖のスペックは決まった。

五層構造コア。

最新式逆流防止機構。

魔力計測器。

クヴァント式魔法圧縮円環。

魔法螺旋。

最も単純な無詠唱機構。

以上だ。

仕様書が決定したらあとは作るだけ。

再来月に東京で開催される世界的オークションに出品すべく、俺は魔法杖の製作を開始した。

オークションで何億円の値がついてしまうのか。

今から楽しみだ!