作品タイトル不明
61.決戦への招集⭐︎
エルムストンは深夜に差しかかり、通りの賑わいも次第に静まりつつあったが、まだ遠くの酒場からは酔客の笑い声がかすかに聞こえてくる。
冒険者ギルドの本部も、さすがにこの時間には来客も絶え、静けさが支配していた。
そんな時、ギルドの扉が軋む音とともに、ひとりの男が姿を現した。
ギルド長は、重厚な扉の前で密使を迎え入れた。
男の身なりは地味で目立たなかったが、仕草や目線の流し方には隠しきれない研ぎ澄まされた気配があった。
「機密通信だ。リンドウィッチ公からの直接命令だ」
差し出された封書を受け取るギルド長の手は、知らず知らずのうちに力がこもる。
蝋を砕き、巻物を広げる。
文面を読み進めるたびに眉がわずかに寄り、そして深い溜息が一つ、夜気に溶けた。
「……やはり、そういうことか」
その翌朝、ギルド長は主要な冒険者たち――ヴァイオレット、ローワン、チャールズ、ダレン、テレンス、そして「踊る斧」の一団に声をかけた。
やがて、夜。
静かな足音が一つ、また一つとギルド長室へ集まる。
椅子のきしむ音すら遠慮がちで、空気は刃のように張り詰めていた。
「……夜分集まってもらって悪いが、王都と公爵家からの命だ。事態は切迫している」
ギルド長は書状を卓上に置く。
リンドウィッチ公爵の私印が、そこにいる誰にも静かな緊張を突きつけた。
「グレンダリング家が転移陣と港の兵站を使って、王都で内乱を企てている。証拠も掴んだ。」
沈黙。その重さを破ったのはチャールズだった。
「……クーデター、ってことか」
「ああ。ヴェルトリッシュ伯領にも不穏な動きがある。リンドウィッチ公爵家は騎士団を派遣しているが、それだけじゃ足りん」
「エルムストンの防衛は?」とダレン。
「街は衛兵が守る。お前たちには、グレンダリング領へ直接向かってもらいたい」
張りつめた空気の中、誰もが無言で決意を固め、それぞれの瞳に、剣を手にする覚悟が灯っていった。
その空気を裂いたのは、勢いよく開かれた扉だった。
「……話は聞かせてもらった」
その低い声は鋼のようだった。
ヴァイオレットが振り返るとザンザスが立っていた。
そしてその背後にはアルバス、ヴィリオ、ルーファス。
いずれも鎧を纏い、目に宿る光は戦場を見据える者のそれだった。
「俺たちも行く。こんなときに傍観していられるほど、俺は腐っちゃいない」
ギルド長は降ってきた厄介事にこめかみを押さえたまま、目を細める。
「許可は?」
「許可なら取った。王族の肩書きじゃなく、俺の意思でな」
「命の保証はないぞ」
「覚悟の上だ」
その一言が場に火をつける。
誰かの喉が音を立て、誰かが拳を固く握る。
ヴァイオレットは、しばらく黙ったまま皆の顔を見つめていた。
ローワン、チャールズ、テレンス、ダレン。
そしてザンザスたち――。
一人ひとりの瞳に、剣と命を賭ける覚悟が宿っている。
再び扉が開く。
「…………やあ」
現れたのは、ヘンリーだった。チャールズが思わず腰を浮かす。
「やっと来たな。遅刻だ」
ギルド長の声は低く、しかしどこか柔らかかった。
「すまなかった!」
ヘンリーが深々と頭を下げる。
「ドロシーとは別れた。……あんな形でばらばらになって、本当に、すまなかった」
沈黙。誰もすぐには言葉を返さなかった。
「とっても、嫌だったんだから」
その声はヴァイオレットだった。
真っ直ぐにヘンリーを見つめるその瞳には、涙も怒りもない。
「……でも、戻ってきてくれて、ありがとう。お互い、前を向こう」
ヘンリーは一瞬だけ、顔をゆがめた。
だがすぐに、まっすぐヴァイオレットを見返し、小さく頷いた。
チャールズが深く息を吐いた。
「……まったく。最後に来やがって、かっこつけるんだからな」
テレンスが笑って、前の椅子を軽く叩いた。
「座って。……もう、君も含めて『全員』なんだから」
ギルド長がゆっくりと立ち上がる。
「――各自、準備を整えてくれ。出発は明朝だ」
椅子が軋み、武具が揺れ、誰もが立ち上がる。誰一人、ためらいはなかった。
ギルド長が全員を見渡す。視線が交差し、意志が一つに束ねられていく。
「……エルムストンのために!」
「エルムストンのために!」
拳が高く掲げられる。
その叫びは、小さな会議室の天井を突き抜け、戦の夜明けへと響いていった。
その声に背を押されるように、決戦の時は、静かに、だが確かに動き始めていた。