軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25.身元の保証

ヴァイオレットは冒険者ギルドの扉を押し開けると、慣れた足取りで受付へと向かった。

室内はいつも通りの喧騒に包まれている。

獲物を仕留めたばかりの者、次のクエストを相談する者、酒場のように騒ぐ者――それぞれの営みが渦巻いていた。

受付の女性が彼女の姿を認めると、にこやかに声をかけた。

「おめでとうございます、ヴィーさん。あなたの昇格が決まりました」

「本当ですか?」

女性は微笑みながら頷いた。

「はい。正式にEランク冒険者として認められました。スピード昇格ですが、『血戦の誓約者』の皆さんの推薦もありましたし、実力を鑑みても妥当な判断です」

「ありがたいです……」

それは確かに嬉しい知らせだった。彼らの口添えがあったとはいえ、実力が評価されたのは喜ばしい。

だが、受付の女性は言葉を続けた。

「それと……ギルド長があなたをお呼びです。二階へ行っていただけますか?」

ヴァイオレットの背筋がわずかに強張る。

ギルド長――彼女はこれまで会ったことがないが、名前は何度か耳にしていた。

かつては冒険者であり、実力者であることは間違いない。

だが、どこか掴みどころのない人物だとも言われていた。

「わかりました」

ヴァイオレットは心を落ち着かせると、静かに階段を上り、ギルド長の執務室の扉を叩いた。

「入れ」

短く、無機質な声が返ってくる。

扉を開けると、そこには大きなカマキリのような男が座っていた。

彼の身のこなしは機械仕掛けのように無駄がなく、一挙一動に感情の揺らぎがない。

机の上に置かれた書類は寸分の狂いもなく揃えられ、手元のペンはまるで定位置が決められているかのように整然と配置されていた。

「よく来たな、座るといい」

「今回の昇格は早いほうだが、過去の例を参照すると珍しいことではない。問題なのは、お前がEランクに収まる器ではないと考えられることだ」

「……どういう意味でしょうか」

「駆け出しの冒険者がBランクのパーティーに同行し、生存率を維持するのは困難である。しかし、お前はそれを成し遂げている。つまり、通常のFランク冒険者と同じ基準では評価できない」

ギルド長は話しながら、一枚の書類を手に取る。

まるで一定の動作プログラムに従っているかのように、規則正しい指の動きで書類をめくる。

「それと、お前を探している者がいる」

ヴァイオレットの心臓が跳ねる。

「グレンダリング公爵の手の者がエルムストンに来ていて、『金髪で青紫の瞳を持つ美しい若い女、ヴァイオレット』について尋ねている」

「……それは、本当ですか?」

「情報の信憑性は高い。加えて、使用人をしていたという証言とも一致する。お前の身元は、隠し続けるのが困難だ」

言葉が出なかった。どこまで知られているのか――ヴァイオレットは己の無力さを痛感した。

(魔法創造が使えたなら、エルムストンに入る前に容姿を変えたのに……)

後悔が胸を満たすが、今となってはどうしようもない。

ギルド長は、彼女の様子を観察するかのように目を細めた。

そして、まるで結論を出すように淡々と言った。

「そこでだ。お前の出生を偽造する」

この世界には戸籍は存在しないようだった。

人の出生や死亡の記録は教会が管理しており、その届け出が唯一の証明となる。

ギルド長はその仕組みを利用するつもりなのだろう。

「……いきなりのことで、何が何だか」

「教会には出生と死亡の記録がある。それを書き換えれば、お前の存在を新たに定義できる。不思議なことではない」

「そんなことが、本当に可能なのですか?」

「可能だ。手続きの問題ではなく、実行するか否かの選択に過ぎない」

ギルド長は淡々と書類の束を机に置き、彼女の目を見据えた。

「ただし、お前はリンドウィッチ公爵家の遠縁として登録される。公的に保護されるが、同時に政治的な駒にもなり得る」

ヴァイオレットは息を呑んだ。それは――

「つまり、私はリンドウィッチ公爵家に取り込まれるのですね」

「そうだ。教会の名簿に関しては、リンドウィッチ公爵家からの申請という形で修正を加える。一般的な手続きとは異なるが、一定の影響力がある貴族ならばこうした申請が通るのは稀ではない。過去の事例から考えて、問題なく処理される」

「……それで、私はどのような立場になるのでしょう?」

「公爵家の名簿に新たな名が加わることになる」

「その後は?」

「ゆくゆくは、婚姻を求められる可能性が高いだろう」

ヴァイオレットは無意識に眉をひそめた。

自由を得るために冒険者となったのに、今度は貴族の立場に組み込まれる。まるで、無形の牢獄だ。

「ただし、『発見』されたばかりの血縁者に対し、すぐに婚姻を強要はしない。しばらくの間は、遠縁の親族として公的な庇護を受ける立場になるだけだ。貴族社会の慣例からして見苦しいとされるので、しばらくは静観される可能性が高い」

ギルド長は機械的に説明しながら、彼女の目をまっすぐ見つめた。

「この道を選んだからといって、すぐに公爵家の一員として振る舞う必要はない。お前はあくまで冒険者だ」

「私は……」

ヴァイオレットは言葉を飲み込んだ。本当にこの選択でよいのか。

迷いが心に渦巻く。

ギルド長は彼女が発言を躊躇するのを見ても、何も言わなかった。

彼の動作には、やはり無駄がない。

ペンを取る角度、書類を重ねる順番、指のわずかな動きの一つまでが完璧に計算されているかのようだ。感情を排した、まるでアンドロイドのような振る舞い。

しかし、そこに敵意や悪意は一切ない。

ただ、必要なことを、最も効率的な手段で進めようとしているだけだった。

ヴァイオレットの感情的な逡巡には興味がないのだろうか。

ヴァイオレットはしばし逡巡した。

「……これは、冒険者としての活動上の制約を意図したものではない。」

ギルド長が手を止め、唐突にそう言った。

「私の立場からすると、お前が冒険者としてギルドに在籍し続けてもらうほうが合理的であり、何より有益だ。公爵家の庇護を得つつも、ギルドの一員であり続けることで、お前は両方の利益を享受できる」

これは、後押ししてくれているのだろうか。

彼はヴァイオレットを利用しようとしているかもしれない。

しかし、その目的が明確で、妙な安定感があった。

彼の意図は隠されていないし、彼の言葉の中に駆け引きの要素はほとんどない。

彼が言う「自由」には、完全な自由はないかもしれない。

だが、少なくとも嘘ではないと、ヴァイオレットは直感した。

「……わかりました、お受けします」

「では、手続きを進める」

ギルド長は彼女の返事を聞くや否や、すぐに次の行動へと移った。

まるでヴァイオレットが承諾することがすでに確定事項だったかのように、デスクの引き出しから書類を取り出し、手際よく並べていく。

なんとなく面白くなくて、ヴァイオレットはつま先を見つめる。

「……そうだ、言い忘れていたが、これから君は、私の娘だ」

「え!?」

ギルド長は機械的に口角を引き上げた。

そして、不自然なウィンクを一つ。

「よろしく頼む」

やられた……。