軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

63.やっぱりまたキタコレー?

「これは、布に蜜蝋を浸して乾かしたものでございます」

興味津々の近侍さんに、にこやかに答えてる私のその顔には、たぶんもう『ぐだぐだ言ってないでとっとと客間へ行きやがれ!』と書いてあると思う。

そんでもって、そばに立ってるナリッサの笑顔には『てめえ、地獄の業火に焼かれちまえ!』ぐらいは書いてある……と、私には読める。うん、めちゃめちゃ怖いよ。

なのに、このイケメン近侍はこれっぽっちも怯むことなく、いやもうむしろ嬉しそうに、サワヤカなほほ笑み返してきやがるんだわ。

「蜜蝋ですか? 布に蜜蝋を浸して、何に使うのですか?」

「食品を保存するために使います」

私はマルゴに言って、大きな四角い蜜蝋布だけでなく、小さくて丸い蜜蝋布と、その布に合うサイズのカップを持ってきてもらった。

「この布で食品を包んでしまうこともできますが、このようにふたとして」

私は言いながらテーブルの上のカップに丸い蜜蝋布をかぶせた。

なんか気がついたら公爵さままで近くに寄って来てて、お母さまも反対側から私の近くに回って来てた。そんでもって、お母さまのスカートの陰から真剣な顔をのぞかせてるアデルリーナが超かわいくてかわいすぎてかわいい(以下略)。

思わずデレてしまいそうな顔にがんばって澄ました笑みを貼り付けながら、私は手で蜜蝋布を押さえ、カップのふちに沿わせて貼り付けていった。

「手で温めながらこうして押さえていくと、蜜蝋が固まってぴったりとふたをすることができるのです」

私は言いながら、蜜蝋布でふたをしたカップを持ち上げ、さかさまにしてみせた。

さすがに中身が入っているとこぼれちゃうけど、空のカップなら蜜蝋布がぴったり貼りついたまま外れないからね。

「これはまた!」

イケメン近侍さんの透き通ったアクアマリンの目が、ちょっと本気で丸くなってる。

私はカップにかぶせた蜜蝋布のふちを手でなぞり、ぺりぺりっと剥がしてみせる。

「こうやってまた手で温めると、簡単に外れます。水洗いもできますし、何回も繰り返し使うことができます。蜜蝋のおかげで中のものが乾きにくくなり、パンを包んでおけばパサパサになりにくいという利点もございます」

私はテレビショッピングかってくらいの勢いでしゃべっちゃった。

うん、なんかもう面倒くさくてすぐにこのおっさんたち、げふんげふん、公爵さまと近侍さんをここから追っ払いたい感があふれちゃったわね。

なのになのに、近侍さんだけじゃなく公爵さまも興味津々で、その蜜蝋布を貸してくれないかと言って実際に手に取り、自分でカップにふたをしたり外したりし始めちゃった。

「これはすごいな、本当にぴったりと貼りつく」

「好きな形に整えればそのまま固まりますよ」

「折り目を付けてもすぐもとに戻せる」

「あ、ほら、テーブルの端にくっつけても大丈夫です」

「陶器以外にも使えるのか」

もはやカップのふたどころか、2人はなんだかんだ言いあいながら好き放題に蜜蝋布を丸めたり伸ばしたり貼り付けたりしてる。

なんなんだろうね、このお2人。めっちゃ楽しそうなんですけど。公爵さま、さっきはそっと目を逸らしてたのに、実は近侍さんとめっちゃ仲良しじゃないですか。

しかし、公爵さまの眉間にはやっぱりちょっとシワが寄ってるんだけど、すごい楽しそうだっていうのがわかっちゃうって、私もだいぶ慣れてきたんだろうか。

なんかもう、新しいおもちゃを手にした子どもみたいなお2人のようすに、私もなんだか仏心を出しちゃった。

「こちらの大きな蜜蝋布でしたら、食べものをそのまま包んでしまえますよ」

私はそう言いながら、広げた蜜蝋布の真ん中に布巾を外したフルーツサンドを重ね置き、布の四隅をぱたぱたとたたんで折り曲げる。そして布の対角を持ち上げてフルーツサンドを覆っていった。

「こうしておけばパンがパサパサにならずに済みますし、こういう具材をはさんだ崩れやすいパンも安心して運べます」

「すばらしいな。しっかり形を保てるほど生地にハリがあるのに、こんなに簡単に形を変えられるとは」

私から蜜蝋布の包みを受け取った公爵さまが、本気で感嘆したように言った。

近侍さんも公爵さまが持っている包みを手で触って確認している。

「これなら、桃や苺のようなつぶれやすい果物をかごに入れて運ぶのにも使えますね。しかも、木箱と違って使わないときはたたんでしまえるから、かさばらない」

私はうなずいて答える。

「はい。それに、蜜蝋のおかげで水分が保たれますから、果物や野菜もしばらくの間ならしなびさせずに保存できますよ。ただ、酸味の強いものは蜜蝋を溶かしてしまいますので、蜜柑や檸檬などを剥いた状態で包むことはできません。それに、熱には弱いですから、焼き立てアツアツのパンなどは冷ましてからでなければ包めませんね」

「ふうむ……」

公爵閣下は手にした蜜蝋布の包みを、手でめくったりもとに戻したりを繰り返してる。そして私に顔を向けて問いかけてきた。

「ゲルトルード嬢、これは布に蜜蝋を浸して乾かしたと言ったが……簡単に作れるものなのか?」

「はい。蜜蝋と布、あとセイカロ油を使って簡単に作れます」

「布は、こういうリネンのような布がいいのか?」

「そうですね、木綿の平織り布がいちばんいいと思います。あ、色や柄のある布を使うと見た目も華やかで楽しいですよ」

今日作ったのは、白いリネンの端切れを使ってるからね。

にこやかに答えてみせた私を、公爵さまはその銀が散った不思議な深い藍色の目でしげしげと見つめた。

「これは、きみが考えて作ったものなのか?」

「そうです」

大丈夫、誰かに訊かれたときの対応はちゃんと考えてある。「以前、溶けた蜜蝋を布巾にこぼしたまま、気がつかず置き放しにしてしまったことがございまして……その蜜蝋が乾いたところを、こんなふうに手で温めると形を整えられることに気がついたのです」

私はそれらしく話しちゃう。

「それで、試しに大きめの布に蜜蝋を浸して乾かしたものを作り、パンを包んで一晩置いてみたらとても具合がよかったものですから」

公爵さまは眉間にシワを寄せたまま考え込んでる。

うーん、ちょっとわざとらし過ぎたかな? でも、こういう言い方くらいしか思いつかないよね? まさか、私には前世の、違う世界の記憶があるんですーなんて言えないし。

笑顔を貼り付けた顔で思案していると、ようやく公爵さまが口を開いた。

「ゲルトルード嬢、きみはこの蜜蝋布を意匠登録する気はあるか?」

おお、来たよ、またもや意匠登録だよー!