軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37.やらかしちゃったことはしょうがない

公爵さまの足音が遠ざかったところで、私は思わず息を吐きだした。なんかもう、ずっと息を詰めちゃってたらしい。

同時に、私の横からもお母さまの深い息が聞こえた。

「なんということでしょう……」

お母さまの声が震えている。「わたくしはなんということを……もし、もしルーディに罰がくだるようなことになってしまったら……」

「お母さま!」

私はまたお母さまの手をぎゅっと握った。「『クルゼライヒの真珠』を売ろうと言い出したのはわたくしです! お母さまはちゃんと訊いてくださったではありませんか、本当にこの品をわたくしが継がなくてもいいのかと!」

「いいえ、わたくしがちゃんと知っていれば、最初からこのようなことにはならなかったのです。そもそも、公爵さまの意図を図ることができなかったのも……」

首を振るお母さまに、私は言い募る。

「そんなこと当然ではないですか、だってお母さまはろくに社交にも出してもらえず、それどころかお友だちやお祖母さまとすら自由に連絡を取り合うことも許されなくて……! そんな状況で誰から何を教えてもらえると言うのです! お母さまにはなんの責任もありません!」

「すべては、私の責任でございます」

その声にハッと振り返ると、いつの間に戻ってきたのかヨーゼフが膝を突いていた。

「すべては、執事たる私が心得ていなければならないことでした。貴族さまがどのような表現を使い意図をお伝えになるのか、そして当家の宝飾品にどのような意味があるのか……もはや私には執事を続ける資格などございません」

「ヨーゼフ!」

がっくりとうなだれるヨーゼフに、私は、いや私以上に、お母さまが青ざめた。

「何を言うのです、ヨーゼフ! 貴方は十分すぎるほどわたくしたちのために尽くしてくれています! ベアトリスお義母さまが貴方をこのタウンハウスに残してくださったことに、わたくしがどれほど感謝しているかわからないのですか?」

ヨーゼフはもともと領地のカントリーハウス、領主館に仕えていた侍従だったと聞いている。それをベアトリスお祖母さまが抜擢して、この王都のタウンハウスの執事にしたのだと。

そりゃあもう、破格の出世だったと思うわ。領地の、地方出身の平民が、上位貴族のタウンハウスで執事を務めるだなんて。

でもそれだけに、あのゲス野郎はヨーゼフのことが気に入らなくて、だからずっとヨーゼフにきつく当たって、ずっとヨーゼフを執事から降ろすことを考えてたんだと思う。

そういう状況で、ヨーゼフが上位貴族家の執事として心得ておかなければならなかったことを、きちんと教育してもらえていたはずがない。もちろん、ベアトリスお祖母さまからの教育はあっただろうけど、お祖母さまがほんの数年の滞在のみで領地へ送られてしまったことで、十分な状態には至らなかったのだと思う。

その後のことは推して知るべし。むしろ、あのゲス野郎がわざと間違ったことを教えてヨーゼフを貶めてたって言われても私は驚かないね。

その上、あのゲス野郎がお母さまを籠の鳥にするために、我が家にはほとんどほかの貴族の来訪がなかったんだもの。貴族同士の付き合いがどんなものかなんて、ヨーゼフだって経験する機会がほとんど与えられていなかったはずだ。

でもその分、ヨーゼフはずっとお母さまの味方でいてくれた。ゲス野郎によって下働きに落とされるまでヨーゼフは、籠の鳥にされていたお母さまにとってたぶんほとんど唯一といっていい、身近に居てくれる味方だったんだと思う。

ベアトリスお祖母さまももちろんそのつもりで、自分が領地に移されたときもヨーゼフを連れて行かなかったんだと思うけど、いわば後ろ盾だった大奥さまから引き離されて、ヨーゼフは本当に大変だったはず。それでもヨーゼフはお母さまの味方でいてくれて、自分が下働きに落とされても辞めずにずっと残っていてくれて……。

お母さまの言葉にもうなだれたままのヨーゼフに、私は言った。

「ヨーゼフ、聞いてちょうだい。お母さまもわたくしも、貴方以外に我が家の執事はいないと思っているの。それはもう、誰がなんと言おうと、絶対にそうなの」

「ええ、その通りよ、ルーディ。ヨーゼフに言ってあげて」

お母さまもすぐに促してくれて、私は続ける。

「貴方が下働きに落とされていた間、我が家の執事を務めていた者は、もしかしたら貴族同士のやり取りや決まりごとなどには詳しかったかもしれない。でも、わたくしはあんな執事はお断りよ。だってあの人、ヨーゼフやナリッサ、カールにも、あんなに嫌がらせをしていたじゃないの」

憤慨する私の言葉に、ヨーゼフが思わず顔を上げる。

私はさらに言った。

「一緒に働く人たちにこれっぽっちも敬意を払わず、それどころか平然といじめたり貶めたりするような人なんて、わたくしは本当にお断りなの。ヨーゼフはわたくしたちだけでなく、ほかの人たちにもいつも丁寧な心配りをしてくれているわ。知らないことがあったなら、これから知っていけばいいだけの話じゃない。ちょっと知識があるとか決まりごとをわきまえているとか、そんなことよりもずっと大切なの、わたくしたちにとってヨーゼフのやさしい心根のほうが、ずっとね」

「……なんともったいないことを」

泣き崩れてしまったヨーゼフの肩を、私とお母さまでやさしくさすった。

なんだかもう今回、いっぱいいろんなことをやらかしちゃったけど、すでにやらかしちゃったことはもうしょうがない。

今世はまだ子どもでしかも前世の記憶に引きずられてる私だけじゃなく、お母さまも執事のヨーゼフも貴族の常識っていうか決まり事に疎かったのは、はっきり言ってあのゲス野郎のせいだもん。貴族街のど真ん中なのに、こーんなでっかいタウンハウスに閉じ込められて、貴族社会からずっと隔離されたような状態だったんだから。

だから今後もし、ヨーゼフが執事としてどうのこうのとか横やりを入れてくるような人がいたとしても、私は絶対ヨーゼフを守るからね。たとえあのいけ好かない執事や、私を全無視してた侍女頭みたいな連中が『貴族家に相応しい使用人』だって言われても、私は断固拒否する。

そこんとこはもう、絶対ブレずに行くわ。

誰になんと言われても。

ええ、何を何回やらかしても!

私にとって守る対象、養っていく対象は、お母さまとアデルリーナだけじゃないの。我が家で一緒に暮らしている全員なんだから!