軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12:祈り姫、予言を騙る。

「よく分かんないわ!」

図書室でここ十年の気象記録を閲覧していたアイリスは、記録書を閉じて匙を投げた。

「そりゃそうでしょうね。姫様は素人なんですし」

ジルはしれっと言い放つ。

「各地の領主が詳しいでしょう。経験則による知識があると思います」

「私の無駄な行動だと思うなら止めてよ!」

「姫様は思うように行動してからじゃないと、納得されないじゃないですか」

「さすが私の近侍。よく分かってるわね」

「恐れ入ります」

「ねえ、冷害の対策をするならどんな方法があるかしら」

アイリスは具体的にジルに聞く。

「冷害を心配されているのですか?」

ジルは不思議そうな顔をするものの、アイリスに危惧の理由を問うたりはしない。“祈り姫”に全幅の信頼を寄せているのだ。

「まずは食糧の備蓄じゃないですかね。あとは寒さに強い作物を栽培する。と言うか俺に聞かないでくださいよ。それこそ専門分野の人に尋ねてください」

「そうなんだけどね」

アイリスは彼と話す事によって自分の考えが纏まる事が多いのだ。ジルに正解を求めているわけではない。

方針を決めたアイリスは王太子の執務室を訪れる。

「兄様」

敢えて兄と呼ぶ。何気にケーン・イドはジェイドにそう呼ばれるのを喜んでいたからだ。弟に倣う。カミル直伝、あざと可愛い[キュルンと見つめて小首を傾げる]仕草も添えてみた。カミルの合格点を貰ったから合っているはず。

「祈っている時に不穏な光景が浮かびました」

「“祈り姫”の力かい?」

机から身を乗り出す王太子に「恐らく」と答える。

「夏に霜が降りる異常気象で国の作物が大打撃を受けて凶作になり、国民が飢える姿です」

王太子は片眉を上げた。

「どうも大陸の広範囲で冷害らしく、他国からの輸入に頼るのも大変なようです」

前回__。

食物を巡って各地で暴動が起こり、貧しい者は餓死し悲惨だったと聞いた。大神殿で神官からそんな世間事情を聞いて心を痛めたものの、自分は『早く状況が良くなりますように』とただ祈っていただけだ。城で食糧が不足するわけではないから実感に乏しく、本当の意味で国民に寄り添っていなかった。

悲劇は出来るだけ防ぎたい。今のアイリスは予言を騙る詐欺師だ。

<東の森>で王太子にリューディアを接触させて彼女の加護を受けさせたのは、王太子を利用するためでもある。

彼と同じくリューディアの加護持ちであり、“祈り姫”であるアイリスの今後の発言に信憑性を持たせるためだ。

無力なアイリスが政治的に頼る身内は王太子しかいない。父は駄目だ。父が得意なのは戦争だけだ。その父王の内政不足面を補っているのが王太子であると、政治家たちが話しているのをアイリスは知っていた。

「芋、豆、麦類の備蓄は今からでも増やした方がいいと思います」

「……今年はフュエル湖でライギルが増えすぎて価格が下がり、高級魚が食べられて困っていると言っていたな。乾燥させて買い取るか。チーズや燻製肉も必要になるか」

驚いた。王太子はすんなりとアイリスの意見を政策として見据えた。それに地方の漁獲量の把握までしているとは。視察でよく出向くからこそ知っているのだ。

「あくまで備蓄ですからあまり加工品にこだわる事はないかと」

「種類が多い方がいいだろう? 保存に失敗するものが出てくるかもしれないし」

備えあれば憂いなしだ、と笑う。

「兄様は随分慎重派なのですね」

「父親があの陛下なんだぞ。破天荒なあの方の補佐は慎重すぎるくらいでちょうどいい」

茶目っ気を出しているけれど目は笑っていない。

「正直ですのね。まあ同意ですけど」

対するアイリスも冗談のように応じて微笑んだ。

それからしばらくして、中央から各領主に、[天災に備えて食料を保管するように]との通達があった。補足事項として、寒さに強く栽培時間が短い作物を植えた方が良いと推奨していた。

「すごいですね、王太子殿下は。“祈り姫”の名を前面に出して議会に承認させるとは。宰相様も姫様に心酔していますから積極的に進めたみたいですね」

アイリスの進言が認められてジルは嬉しそうだがアイリスは浮かない顔だ。

「……偉そうに“祈り姫”ごときがって非難されそう」

「どうしてです? 冷害予言など発表されていませんよ。あくまで不測に備えるようにとの中央議会の決定です。いいじゃないですか。これは今後不慮の事態に備えるようにとの警鐘ですよ」

執事長のシャールもジルに劣らず喜んでいる。

「何もなければそれでいいのです。悪い政策じゃないでしょう?」

更にシャールが言い募ればアイリスも渋々「そう思うけど」と納得はした。

「これは“祈り姫”の権力の正しい使い方だと思いますよ」

イーグスも楽しげだ。

自分が政治に介入出来ないなら、代弁者を作ればいい。そう思ってアイリスが選んだのが異母兄の王太子だ。彼以上の適任者はいない。王の代理としての実績があり発言力も強い。

まさか王太子が“祈り姫”から提言された案件として取り上げるとは思わなかった。

「どうして? 本当に冷害になればきみの能力は認められる。起こらなければそれは幸いだ。“祈り姫”の名を借りるとやりやすかったんだよね」

『私が言い出したなんて言わなくても』と文句を言いにきたアイリスを、王太子はそう軽くいなした。

「公式に発表はしないけれど噂で広がるのは悪くはないよ。“祈り姫”が国を思っているとの証になる。“戦闘狂王”が有名すぎる今の王族にとって、“祈り姫”は国民の心証を良くする代名詞に成り得る」

次期王が穏やかなだけの人物なわけがなかった。使えるものは使う。アイリスと同類だった。

◇◆◇◆

翌年は歴史に残る冷夏となった。

しかし昨年の中央政策が功を奏し、末端の人々にも国や領主より無償で食糧が配られる。

お陰で“祈り姫”の先見の明と王太子の実行力が国中に知れ渡り、強い王家は国民を守る慈悲深い王家でもあると評判が良くなった。父王に呼び出されたアイリスと王太子は、直々にお褒めの言葉をいただいた。

「そう言えばアイリスはもうすぐ十五歳か。今年の成人の儀に出席だな。私からドレスと首飾りを贈ろう」

意外すぎる申し出にアイリスだけでなく王太子も驚く。王女など所詮政略結婚の駒扱いの王が、私財で王女の成人を祝おうと言うのだ。王の言葉に第一妃が待ったを掛ける。

「陛下、今までの王女は国庫の支度金で準備しましたわ。第六王女だけ特別扱いは如何なものかと」

「ならば問うが、今まで第六王女のように国のために動き、ひいては王家の名をあげた王女はいるか?」

「それは……」

第一妃は反論出来なくて唇を噛んだ。

「護国結界に魔獣封じ、異常気象に於ける対策。褒美を与えるには十分すぎる理由だ」

王は機嫌良くそう締めた。

「はあああ……まさかお父様が準備してくださるなんて」

国王の発言の翌日には馴染みの仕立て屋がやってきて、早速衣装の打ち合わせに入る。

「しかも昨日の今日よ……。仕事早すぎない?」

「何をおっしゃいますやら! 陛下お気に入りの“祈り姫”様のお支度ですよ! 我々も腕が鳴ります!」

……嫌われたくはないけど、別に気に入られなくてもいいんだけどね。

アイリスは遠い目をした。

他の妃はともかく明らかに第一妃の反感を買ったでしょ! あの人、腹芸も出来ないのね。いいじゃない。王の寵妃じゃなくて娘なんだから!と声を大にして言いたい。

着せ替え人形状態にうんざりしているアイリスを他所に、侍女やお針子たちが興奮気味に意見を交わしていた。

「ううっ……。冷宮に追いやられていた[忘れられた王女]だった姫様が、陛下に愛される存在になるなんて。本当に嬉しいです」

寂れた離宮にいた頃から仕えてくれているミランダが泣いて喜んでくれているから、まあいいか、と思う。

愛されているんじゃなくて、気に入られているだけなんだけどね。あの父だ。『愛情って何だ?』な人種である。

◇◆◇◆

「アイリス様。成人の日、おめでとうございます」

今生でもウェビロ将軍は、白薔薇を十五歳の誕生日に贈ってくれた。やり直し前より親しいのでお礼にティータイムに誘う。

「将軍は以前ケーン兄様とロデリック兄様の上官だったのですか」

アイリスが初めて知った情報だ。てっきり兄たちは騎士団だけで扱かれたと思っていた。

「陛下が戦争に関して知るようにと、十五歳の一年間、一般兵として軍に放り込んだのです。無茶されますよね」

将軍は懐かしいのか和んでいるが当時は笑い事ではなかったろう。一般兵の王子を陰ながら守らなければならないのだから、心労はいかほどだったか。

「兄たちは騎士団で基礎を習っていても、国軍では戸惑いは大きかったのでは?」

「そうでしょうね。軍は荒っぽい」

実際に軍と騎士団両方の訓練を見ていたアイリスには分かる。軍隊には誇り高い騎士道など必要ない。剣技より組織の駒として泥臭く戦うのが求められる。

特に選民意識の高いロデリックには屈辱的な一年だっただろう。

「ケーン兄様は、なんだかんだ馴染んで有意義に過ごした気がします」

悪口になりそうな第二王子については敢えて言及しない。

「さすが王太子の気質をよくご存知で」

将軍はそれからも兄二人の思い出話をしてくれて、アイリスは楽しかった。

「姫様、おめでとうございます」

なんとジルから髪飾りを貰った。ルビーをあしらった花型の銀細工である。

「高価なもんじゃないので気軽な普段使い用にどうぞ」

ジルの給料を思えば大奮発だ。

「ありがとう。私からはこれを」

アイリスは準備していた絹の包みをジルに渡す。彼は「え?」と戸惑いつつ受け取った。

「ジルも成人でしょ」

「でも俺は平民だし誕生日も不明だし……」

彼には珍しく、もごもごと言葉が不明瞭だ。

「平民でも成人歳の時は家族から贈り物されると聞くわ。いいから開けてよ」

恭しくジルが包み布を開くと、一本の短剣が出てきた。

グリップにはアイリスの花をモチーフにした模様が彫られている。言わずもがなアイリス王女の紋章だ。アマタイト製の鞘にも同じ花が咲いている。そして

__我が懐刀ジルへ

裏側に彫られた文字に、ジルは涙を堪えるように唇を噛み締める。

「“祈り姫”、いえ、アイリス王女様、ジル・ベイチェックはあなたに永遠なる忠誠を誓います!」

見様見真似だった幼い日の誓いと違い、今度は正しい騎士の忠誠の所作を取った。

「ご、ごめん! そこまで重くとらなくていいのよ! 懐刀に懐剣をって洒落てみただけだから!」

思った以上にジルが感激したので、かえってアイリスが狼狽える羽目になった。

「あれは泣くわ。我々の主君は罪作りだな」

同情心を滲ませるイーグスに、「思春期にアレは心にキますよね」と、うんうんと大人びた顔でカリンカが頷いていたなんて、ジルもアイリスも全く気が付かなかった。