軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11:祈り姫、王太子に会う。

「依頼していた帝国の辺境の調査はどうなっている?」

王都の冒険者ギルド<仔猫の牙>の副所長にジルが尋ねる。今日は定期連絡の日だ。ジルに定例報告書類を渡しながらまだ年若い副所長は、「きみの予想通りでした」と興味深そうに少年の顔を見つめた。偉そうなジルの物言いなど意にも介さない。子供のジルが依頼人の立場なのを抜きにしても、誰にでも丁寧に接するタイプである。

「ウドルール山の帝国側の麓には魔物騒ぎなど一件もありませんでした」

ウドルール山の南の裾野が帝国との国境だ。今回、“祈り姫”ではなく個人的にジルが調査を依頼したものもあり、それは帝国も山からの魔物被害を受けていたかどうか、だ。

『多分こっちみたいな襲撃はないと思う』

ジルはそう言って調査を頼んだ。

王国のギルドはそこまで帝国に注視しているわけではない。国家的な事案があるとすれば王立軍の諜報部がとうに把握している。ギルドはそんな国のルートとも繋がりがあるので、逆にそちらからそれなりの情報を得る。その代わり根深い闇社会についてはギルドが抜きん出ているから、要請があれば軍部や騎士団にも協力する。

正規の冒険者ギルドは犯罪に手を貸さないし、取引相手を裏切らない。大陸中で各国に存在が認められているのは、ひとえにその信頼性故だ。

冒険者もギルドに所属することで身分証が発行され、国を股にかけて活躍が出来る。有名な冒険者は国から高額で傭兵指名される事すらある。

事実確認だけのジルの依頼は簡単で、すぐに帝都ギルドから返事が来た。

「調べるまでもなく、帝国側にも魔物が降りているとばかり思っていましたよ。どうして君はあちらに被害がないと考えたのです?」

副所長の質問にわざとらしく首を傾げ「……勘?」と答える。

「どうして疑問形なんですか」

副所長は吹き出す。

「まあ、きみは昔から敏いところがありましたね」

馴染みの彼はそうして話を終わらせた。

ジルが魔獣退治の時に持った違和感。それは全ての魔物からわずかに感じ取れた魔力の残滓だった。魔物自身が放つ活力とか気力とかの生命力とは別に、全ての個体から同一の魔力の気配がした。

すなわち何者かが魔物を操った痕跡である可能性が高い。ならば犯人は帝国の魔法士ではないか。

ぼんやりとした疑惑なのでアイリスにも告げなかった。彼女が魔力を感知していたらジルに確認したはずだ。だからこれは“祈り姫”以上の高魔力保持者の仕業。アイリスより魔力が高いと既にわかっているジルと同等の実力者かもしれない。またアイリスに面倒事を報告しなくては、とジルは気が重かった。

「魔法で魔物をシャクラスタンだけに送り込むですって? そんな事出来るの?」

ジルの話を聞いてアイリスは驚愕した。

「……例えば、俺がやろうと思えば……」

ジルは述べる。

「単純に発動させる魔法じゃなくて、命令の術式を魔力増幅の魔道具に込めて山頂から火山口に発動させます。俺くらいの魔力じゃなくても可能です」

「じゃ、じゃあ、ハルマゴール帝国が、攻撃を仕掛けてきたって言うの!?」

「何者かが悪意の魔法を掛けたとして、最も疑うべきは帝国でしょう。実際魔法士の育成や魔道具作成に一番力を入れている国です。帝国側に被害がない、それが答えだと思いませんか?」

「そ、そんな……」

「国の陰謀じゃないかもしれません。イカれた魔法士が仕事とは別に研究している個人的な実験とか」

「魔法士って研究馬鹿が多いよね。はあ……、帝国の魔法士を詳しく調べてくれる? ジルレベルがごろごろいたら対策しなきゃ」

「姫様、魔法省に魔力増幅の魔道具の開発を優先してもらいましょう」

確かに今後起こるはずの魔獣暴走が帝国の陰謀だとしても、『あの地を襲え』なんて服従魔法を使える者はそんなにいないはず。精神操作系魔法は特に人を選ぶ。アイリスには無理だった。頭の中でいくら魔法陣を描いても魔力が乗らずに流れていく。帝国が改良を重ねて魔力増幅魔道具の実験をしているなら、徐々に魔物の襲撃数が増えていっているのは納得する。

因みにジルは簡単な拘束魔法や服従魔法はすぐに習得した。おそろしい子……!

アイリスは頭を抱える。

天災だと考えていたスタンピードが故意に引き起こされたものだとしたら……帝国はこの時期から王国を奪う算段をしているのか? 父王が戦争で外にばかり目を向けて国内を顧みず、更に天災や不運が重なったと思っていたが、徐々に国を侵されていたのかも……。

……他に大きな災害は何があった……。

アイリスは思い出す。冷害による凶作で貧村では餓死者を大勢出した。大陸広範囲に渡る被害で、他国からの輸入も限られた。

……今から手を打てるとすれば?

◇◆◇◆

数日後、アイリスはケーン・イド王太子に謁見した。

「私個人に話とは珍しいね。でも可愛い妹と弟が来てくれたのは純粋に嬉しいよ」

アイリスはジェイドも連れてきていた。

「お茶会の誘いだと思っていたんだけど違うのかい? 時間を空けていたんだけど」

王太子は評判通り穏やかな人物で、訝しげにしながらも腹違いの妹弟を歓迎する。逆行前は公の場で形だけの挨拶を交わしていただけの相手だ。不安だったがアイリスは彼の態度にホッとする。ちゃんと話を聞いてくれそうだ。

「貴重なお時間を有難うございます。お茶会ではなく、一緒に行ってもらいたいところがあるのです」

「私と? どこへ? どういうつもりかな?」

王太子は怪訝というよりは困惑していた。

アイリスは初めて<王家の東の森>の洞窟の話をした。ジェイドに治癒魔法が覚醒した地だが、父王には話していない。神殿に通ううちに八歳で目覚めたと報告している。なんとなく、本当になんとなく、傲慢で高圧的な父をリューディアに見せたくなかったのだ。正直にそこまで王太子に話した。

王太子は話を聞いてすぐにアイリスたちと森に向かった。ただの言い伝えだと思っていた初期王の祠がある廃れた洞窟に、興味が湧かないはずがない。初代王の血筋しか入ることは叶わないと言うのだから尚更である。

『はーい、久しぶりね! アイリスちゃんにジェイドちゃん!』

王太子が例の球体に触れるとやはり眩い光に包まれた。そして彼らの頭にリューディアの言葉が響く。親戚の大人みたいな事を言っている。

『初めましての子ね』

「王太子のケーン・イドと申します」

『イドがつくって事はお母様がアイプラ王国の方なのね』

「そうです。血統が分かるようにと、母が故郷の名付けを押し通したそうです」

小さい島が集まって形成されている小国アイプラの王子には名前の後ろにイドが付き、王女にはルドが付く。王太子の妹の名はミカ・ルドだ。小国ながら歴史はシャクラスタンより遥かに古い。アイプラ固有品や特産品の取引優遇を目論んだ現王の希望で、王太子の母は嫁いできた。本当に妃選びにブレがない人だとある意味アイリスは感心している。どの妃も平等に扱うからこそ、後宮に表立った諍いがないのは純粋にすごい。

愛人の元に入り浸るジェイドの母なんか、既に後宮ではいない者扱い同然だ。それでも妃の親睦会と銘打った茶会に参加するのだから、気丈なのか面の皮が厚いのか。強制参加だとしてもアイリスなら体調不良を理由に、しょっちゅう欠席すると思う。

『……ケーン・イド王子、あなた災難の相が強く出ているわね』

「王太子ですからね。狙われる事もあるでしょう」

困ったようにケーンは苦笑する。既に危険な目に遭った経験があるのだろうか。

『そうね……。国外の刺客にも気をつけてね。特にハルマゴール帝国』

「え!?」

王太子が思わず声を上げた。暗殺を企てるのは第二王子周辺だと考えていたからだ。

実は先立ってアイリスはジルだけを供にリューディアの元を訪ねていた。リューディアの口から告げてもらいたい事があったのだ。

これは王太子に自戒を求めるため、リューディアの口を借りた茶番である。リューディアに予知能力はない。しかし初代王の姉の魂の言葉は神聖である。人望のある王太子は帝国にとってもきっと邪魔だ。アイリスは隣国が王太子排除を企てる可能性を、王太子自身に注意喚起したかったのだ。

『穏健派のあなたが煙たいみたい。できるだけあなたが危険に巻き込まれないようにと、加護を与えましょう』

こうして王太子はアイリス、ジェイドに続いて守護を賜った。

「先触れはいいから何かあればすぐにおいで」

王太子はアイリスとジェイドにそう言ってくれた。

「兄様、……今度遊びに来ていい?」

おずおずと尋ねるジェイドの頭を撫でながら、「その時は連絡して。居なかったり遊ぶ時間がなかったりするからね」と言い聞かせる王太子は、すっかりお兄ちゃんの顔だった。

王太子と顔つなぎができて気合いが入ったアイリスは、執務室に帰るとギルドの報告書を真剣に読み始めた。

「今度は何が気になるのですか」

「気候。不作になったら大変じゃない」

ジルの問いに真面目に答えた。

「姫様、それは領主や施政者が対策する問題ですぞ」

ナルモンザが呆れる。

「“祈り姫”の視点から見れば違った対応があるかもしれませんよ」

ジョルジュはどうもアイリスに甘い。

「過去の天候の記録が図書室にありますよね。そちらを閲覧すれば傾向が予測できるかも」

「ほんとね、ありがとジョルジュ! ちょっと行ってくるわ」

即行動派のアイリスは皆の返事も待たずに部屋を出る。素早くジルが続くのを三人の守護騎士は見送る。[城内だから護衛はジルだけでいいか]の空気が漂う。

「ジルっていつ休んでるんですか」

カリンカが首を傾げるのも無理はない。彼はいつもアイリスの側にいる。休みのはずがアイリスに報告に来ていたりするから、姿を見ない日がほとんど無いと感じるのは気のせいではない。

「親しい友人もおらんから暇なんだろう。ひとりは寂しいのかもしれん」

「若いから休息なんて要らないんでしょうねえ」

ナルモンザがジルの事情を慮れば、ジョルジュは羨ましいとばかりに溜息をついた。

ミランダが「あの子は姫様のそばを離れたくないだけよね」と、こっそりカリンカに耳打ちすると彼女も頷く。

「絶対初恋ですよねー」

思春期の少女はくすくすと笑った。