軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:87 子供達の新しい生活

リカルドが魔光灯の前に座って考えていると、ドアの外でグレタの声がした。リカルドはグレタに魔術を教える日だったのを思い出す。

「入っていいですよ」

グレタがドアを開けリカルドの研究室に入ると、部屋の主がよれよれの服で魔術回路を見つめていた。

「もしかして、ここに泊まったんですか?」

「ええ」

「その研究は、そんなに急いでいるものなんですか?」

リカルドは首を振って否定する。

「いや、期限は半年後ですから、まだ余裕です」

グレタがコテッと首を傾げ。

「だったら、何故泊まって研究しているのです?」

「自分の研究を再開するために、一日でも早く引き受けた依頼を片付けようと思って、頑張っているんです」

グレタに呆れたような顔をされる。

リカルドは自分が研究という仕事が好きらしいと気付いていた。そういえば、小さな頃の夢が何かの研究者になることだったと思い出す。

今日はグレタに魔術を教える日である。グレタとの勉強会は、リカルドにとっても精神的な息抜きの時間となるようだ。

グレタと喋っているだけで心が和む。

「今日は、【命】の中級下位魔術【治癒】を教えます」

リカルドは【治癒】に使う触媒や呪文、イメージについて詳細に教えた。一通り教えた後、実際に発動するか確かめさせる。

リカルドは手本を示すため、小型ナイフで手の甲に少しだけ傷を付け【治癒】の魔術を発動する。血が止まり傷口が塞がるのを、グレタは真剣な顔で見ている。

「次はグレタの番です」

グレタは恐る恐る小型ナイフを持って、自分の手の甲に近付ける。危なっかしい手付きだが、リカルドは辛抱強く待つ。小型ナイフが動きグレタの手から血が出る。

「さあ、魔術を発動するんです」

グレタは涙目になりながらも【治癒】の魔術を発動する。何とか魔術を発動させ傷が癒えた。

「やりました。成功です」

嬉しそうに声を上げるグレタ。

リカルドは満足そうに頷きながら。

「もう少し早く魔術を発動させられるように、練習しよう」

「遅かったですか」

喜んでいたグレタが一気にテンションを下げた。

グレタの勉強時間が終わる頃、ドアをノックする音が響いた。リカルドが返事をするとイサルコが入ってきた。

「グレタも居たのか。おはよう」

「「おはようございます」」

リカルドとグレタが挨拶を返す。リカルドが勉強は終わりだと宣言すると、グレタはリカルドに礼を言って、部屋を出ていった。

「何か御用ですか?」

「ナスペッティ財閥の依頼を押し付けてしまったことを謝ろうと思って来たのだ」

イサルコは理事会で厄介な依頼をリカルドに押し付けることになった議論を思い返した。イサルコが責任を持つならリカルドに任せるとリューベンが言った時、上手く対応できずリカルドに無理を押し付けることになった。

あの時、リカルドには荷が重いので別の研究員に任せるべきだと言えば良かったのだ。だが、リカルドの能力を高く買っているイサルコには言えず、リカルドに迷惑を掛けることになってしまった。

「謝る必要はありませんよ。究錬局に来た依頼なのですから、研究員の誰かが引き受けるのは当たり前です」

商会や財閥からの研究依頼は、正式に引き受けた段階で魔術士協会の大切な収入源である。誰かが引き受けることになるのだ。それに依頼を引き受け達成すれば、リカルドの大きな実績になる。

「だが、厄介な依頼だと思ったんじゃないのか?」

「それはそうですが、遣り甲斐のある仕事です」

「一人で解決するには無理があるんじゃないか。誰か助手に付けよう」

リカルドは申し出を断った。リカルドの思考を理解するような研究員は居ないので、一人で研究する方が捗ると考えた。

「そう言うのなら、任せるが……何か進展があったか?」

イサルコの質問に、リカルドは改良した魔光灯を点灯した。

「おっ、真っ白な光」

イサルコが驚いて声を出す。それから食い入るように観察し。

「ふむ、明るさは変わらないようだが」

「ええ、明るさは変わりませんが、魔力の消費量はほんの少しですが減りました」

「なんと! すでにそんな成果が上がっているのか」

イサルコが驚きの声を上げた。

「運が良ければ、早めに結果を出せると思います」

それを聞いたイサルコは難しい顔になり。

「いや、それは待て。早めに結果を提出しても、リューベンの奴が別の依頼をリカルドに押し付けるかもしれん」

「そんなに依頼が溜まっているんですか?」

「究錬局の事務課に保留になっている依頼がある」

保留になっている依頼は、相当あるらしい。保留になった理由は、依頼内容が難し過ぎて成果が出せないだろうと判断されたとか、労力に見合うだけの報酬が貰えないというものだそうだ。

今回の依頼も通常なら成果が出せないと判断され保留になるケースらしい。

「何故、保留にならずに自分が引き受けることになったんです?」

イサルコは口をへの字に曲げ。

「リューベンの奴が、ナスペッティ財閥から賄賂を貰ったのではないかと疑っている」

財閥からすれば、少しの賄賂を渡せば研究してくれるのだからメリットはある。研究が完成すれば儲けものだし、研究が完成しなくても研究過程で集められた情報は次の研究に活かせる資産となる。

但し研究の成果を出せないと、魔術士協会に支払われる料金は極端に少なくなる。こういう研究依頼では着手金と成功報酬の二つが支払われるのだが、成功報酬が大きくなるように価格設定されているからだ。

ナスペッティ財閥は新型魔光灯が完成すれば大儲けができると判っているので、どうしても研究を進めたかった。だが、子飼いの研究者だけでは突破口を見付けられなかったので、何としても魔術士協会の研究員の協力が欲しかったのだ。

本来、研究を引き受ける研究員にとっても、大きな商会や財閥からの依頼はメリットとなる。研究で成果を出せば、研究員の大きな実積となり成功報酬も大きいからだ。

なので、成果が出やすい研究依頼は、奪い合いが起こるほど引き受けようとする研究員が多い。

リカルドとイサルコは一〇分ほど話し合った。

「そういうことだから、たとえ早めに結果が出たとしても、その結果を提出するのはギリギリまで待ってくれ。その間にリューベンが行っている不正の証拠を探してみる」

結果の提出をギリギリまで延ばすのは、ナスペッティ財閥とリューベンが交わした秘密契約書のようなものがあるらしく、それを手に入れるためである。リカルドが結果を提出すれば、その秘密契約書は処分されてしまうだろう。

「分かりました」

依頼の期限は半年だが、長期の依頼の場合月一回くらいで報告書を提出しなければならない。イサルコは、その報告書に研究成果を小出しで出すように頼んだ。

「何か面倒ですね」

「よろしく頼むよ」

話の終わったイサルコは去り、リカルドだけが残った。

「研究の続きをやろう」

提出はギリギリまで延ばせと言われたが、リカルドは自分の研究に集中するために早めに解決したかった。

光の波長を限定することで魔力の消費が減ると判明している。そこで可視光線の範囲で適当な波長を選び光を出す魔光灯に改造してみた。試すと青い光を放つ光の玉が現れた。

魔術回路の中で光の強さを指定しているので明るさは変わらないはずだが、青色のせいか少し暗く思える。

計測してみると魔力の消費量が三割ほどに減っている。

「波長を限定することで、魔力から光への変換効率が劇的に上がるのかもしれないな。しかし、光の色が青色じゃ使えない」

青色から青色発光ダイオードが発明された時のことを思い出した。青色発光ダイオードが完成したことで、白色光が作り出せると騒いでいた。

光の三原色を使って白色光を作り出せるはずだ。三つの色の光の玉を一箇所に作り出し白色光の光の玉を得る。問題はそれぞれの色の波長など知らないことだ。

それはコツコツと調べるしかない。半年も時間があるのだ。ゆっくりやろうとリカルドは思った。

魔光灯の研究に目処が付いたので、家に戻ることにした。

帰宅しダイニングルームに入ると、変な声が聞こえた。

「チイッ、チーッ」

変な鳴き声を出す生き物を抱えたパメラが、ニコニコしてリカルドの方へ歩み寄る。

「見て見て、メルだよ」

「その雛はどうしたんだい?」

「アントニオ兄ちゃんが、買ってきたんだって。可愛いでしょ」

モンタが駆け寄り、リカルドの身体をよじ登る。

「メル、モンタの子分」

「そうなのか。でも、鳥だと言葉が通じないんじゃないか」

「大丈夫、メル、賢獣」

「賢獣だって……鳥の賢獣か。モンタ並みに賢いなら貴重な戦力になるな」

メルは人懐っこい性格のようで、誰に抱かれても嫌がらない。モンタと同じように家族の一員として定着しそうだ。

夕方になって帰ってきたアントニオから、従業員の件とメルについて説明を受けた。従業員の問題は人を雇っただけでは解決しない。仕事を教え戦力化しなければならない。

しばらくの間、リカルドは魔光灯の研究に集中し地道に光の波長について調べ上げ、白色光を完成させた。三色の光球を重ね合わせるように出現しなくてはならないので、その分魔力消費量も多くなるが、一色の光の強さを抑えることで元々の消費量より幾分少ない魔力量で、より明るい照明を実現することに成功した。

やっと新型魔光灯の研究開発が一段落したので、ガロファロ工房から届いた試作のストーブ型燃焼室に魔術回路を組み込み魔力炉を完成させようと思った時、アントニオから飼育場の状況を聞いた。

「新人従業員に仕事を教えるだけで、手一杯という状態なんだ。前に話していた小僕に、スラム街から引き取った子供たちの世話を頼めないか。それにダリオたちに勉強も教えてほしいんだ」

「今度、ロブソンたちに頼んでみます」

翌日、魔術士協会から帰る前に従業員宿舎へ寄る。

「久しぶりです」

従業員宿舎では、ロブソンを始めとする小僕達が夕食の準備をしていた。

「リカルド様、どうしたんです。何か御用ですか?」

ロブソンが近付いて声を掛けた。

新しく入った小僕は別にして、ほとんどの小僕は読み書きと簡単な計算、それに歴史などを学習済みだった。リカルドから学んだ魔術も初級魔術までは習得しており、ロブソン達は幾つかの中級魔術を習得し、それに磨きをかけている段階だ。

リカルドは飼育場の状況を話し、誰か手伝ってくれないかと頼んだ。

ロブソンとニコラが手伝うと言ってくれた。

「でも、引き継ぎや理事の承認が降りるまで、一ヶ月ほど掛かると思います」

「そんなに掛かるのか。仕方ない。その間は自分が何とかする」

リカルドはロブソンとニコラに正式に飼育場で働いてくれるように頼んだ。

翌日から、リカルドはアントニオと一緒に飼育場へ向かう。

「リカルド、魔術士協会の仕事はいいのか?」

「子供たちの面倒を見ながら、研究は続けるから大丈夫」

「それならいいけど」

リカルドたちが向かっている飼育場では、スラム街から来た八人の孤児たちが生活を始めていた。男性用宿舎の一室でミコルたち五人が寝起きしている。アントニオは空き部屋があるから、二人と三人に分かれたらどうだと提案したのだが、一緒がいいと言う。

五人は日が昇ると同時に起き身支度をして、畑へ向かう。

パヴァンがふらふらしている。風邪は完全に治っているのだが、朝に弱いのだ。

「パヴァン、危ないぞ。ちゃんと目を覚ませ」

ミコルが声を上げた。

「でも、にぇむいよ」

口もよく回らないようだ。今日食べる分の野菜を収穫し炊事場の方へ持っていく。

炊事場では機織り娘達と一緒に、ミコルの仲間だった女の子たちが朝食の支度を手伝っていた。

「採ってきたよ」

「ご苦労さま、手を洗って待ってなさい」

ミケーラが返事をした。

手を洗ったミコルたちは椅子に座って朝食が出来上がるのを待つ。

「いい匂い、パンが焼ける匂いだ」

パヴァンが嬉しそうに呟く。飼育場では一日分のパンを朝焼くことにしている。炊事場には石窯が作られていて、パンも焼けるのだ。

ミコルはここに住めて幸運だったと心底思っている。あのままスラムでの生活を続けていたら、大人になる前に死んでいた。そう思うのだ。

「アントニオ様には感謝しなきゃな」

ミコルが呟く。それが聞こえた他の子供たちも頷いた。

朝食が終わって少しした頃、アントニオとリカルドが到着した。

アントニオたちが飼育場へ、ミケーラたちが作業小屋へ機織りの仕事に行くと、リカルドとミコルたちだけが残った。

ミコルはリカルドに視線を向け。

「リカルド様、俺たちは何をすればいいんですか?」

「まずは、お掃除です」

食堂から掃除を始め、従業員宿舎の共有部分を綺麗に掃除する。ミコルたちには掃除のやり方から教えなければならなかったが、リカルドは根気よく教えた。

掃除が終わった後、少し休憩する。突然、ミコルが。

「ねえ、リカルド様。俺たちも勉強するの?」

ダリオやジェシカたちには、昼前の一時間と昼食後の一時間を勉強時間として割り当てている。読み書きと簡単な計算ができるようになるのが目標だ。

「勉強したいんですか?」

ミコルが恥ずかしそうに頷いた。

「勉強したい。ちゃんとした人になりたいです」

その返事を聞いて、リカルドは微笑んだ。こういう子供が生徒なら、教師も頑張れるのだが、と思ったのだ。

「希望するなら、勉強に参加してもいいですよ」

昼食を挟んだ勉強時間に、ミコルも参加した。アントニオは新人従業員に仕事のやり方を教えているので、先生役はリカルドである。

他の子供たちは腹が膨らんで眠くなったようで、身体を揺らしながら居眠りを始めた。

勉強時間が終わり、居眠りしていた子供たちを起こす。

昼からは、一時間ほど畑の雑草取りをしてから、自由に遊ばせる。中には本を読んでと頼んでくる子も居るので、リカルドが魔術研究をする時間はなかった。

フレッドが早めに仕事を終え戻ってきた。

「リカルド様、交代します」

「ああ、よろしく頼む」

リカルドも一日中、子供たちの相手をしているわけにはいかないので、フレッドに子供たちを任せ魔術士協会へ行く。

新型魔光灯についての報告書を作成しなければならないのだ。

リカルドが研究資料を整理していると、パトリックがきな臭いニュースを運んできた。

「リカルド、キルモネの町が海賊に襲われたがね」

パトリックが研究室に飛び込んでくるなり、叫ぶように言った。