作品タイトル不明
scene:66 円形砦の戦い
翌朝起きると、護衛として雇った魔獣ハンターたちが、櫓や防壁の上で見張り番をしている姿が目に入った。
リカルドは硬い地面の上で寝たために凝り固まった身体をほぐし、水樽からコップに水を汲んで飲み干した。この水樽の水は、パレンテ高原の手前にある廃村の井戸から汲んできたものである。
パレンテ高原は雨が少なく、水の確保が難しい場所だ。
ベルナルドは大量の水樽を買い、モドバ村と呼ばれていた廃村の井戸から汲み上げた水を運んできた。もちろん、収納碧晶を利用してである。
リカルドは数多くの収納碧晶が用意されているのを見て、この石炭事業にかけるミラン財閥の意気込みを感じた。
「おはよう」
タニアが起きてきて、リカルドに挨拶をした。
「おはよう。眠れた?」
「疲れていたみたいで、寝付くのは早かったんだけど、身体の節々が痛いのよね」
タニアを含む数人の女性は、円形砦の中に入れられた馬車の中で寝た。鍛えられた魔獣ハンターの女性はよく寝ていたらしいが、慣れていないタニアは浅い眠りを繰り返しながら夜を過ごしたようだ。
「自分も同じです。収納碧晶があるんだから、寝台ごと持ってくれば良かったと後悔しているところです」
「でも、帰りはどうするの。妖樹デスオプを倒したら、その素材を目一杯詰め込んで持って帰ると言っていたじゃない」
「ええ、それで置いて帰るには惜しいものを、あまり持ってこないようにしたんですけど、碧玉樹実晶が二つも手に入りましたからね」
「出発する時は、ヤロで碧玉樹実晶が手に入るとは、予想もしてなかったんだから、仕方ないでしょ」
「ええ」
リカルドとタニアが話をしていると、他の皆が起き出し朝食の用意を始めた。
朝食は燕麦から作ったオートミールである。砕いたナッツが入っており、栄養価は高そうであるが、あまり美味しいものではなかった。
石炭掘り達が石炭を掘りに炭田へと向かい、円形砦にはバリスタの射手とリカルド、パトリック、タニアたちだけが残った。
リカルドたちの役目は、円形砦の中に入ろうとする魔獣を撃退することである。
この高原にはバッタなどの虫やミミズ類が多く生息している。故に、それらを捕食する地走り蜘蛛にとって絶好の住処となっていた。
「また、地走り蜘蛛だがね」
パトリックは走り寄る地走り蜘蛛目掛けて、【風】の魔彩功銃の引き金を引いた。地走り蜘蛛は衝撃波によりバラバラとなって死んだ。
その死骸を目当てに鎧山猫が駆け寄り、蜘蛛の胴体を咥えると逃げ出した。鎧山猫は砦に近付くと痛い目に遭うと学習したらしく、砦自体には近づいてこなくなっている。
但し、リカルドたちが倒した地走り蜘蛛の死骸が欲しいらしく、近くで地走り蜘蛛が死ぬのを待っているようだ。
「チッ、頭のいい奴らだがや」
パトリックが忌々しそうに呟いた。
反対側では、リカルドが魔功銃を持って警備していた。魔獣としては小さく素早い地走り蜘蛛には、【地】の魔彩功銃より普通の魔功銃の方が効果的なようだ。
【地】の魔彩功銃で撃つと時々命中しないことがあったからだ。
リカルドが視線を上げると、遠くに何か動くものが見えた。
「何だろ?」
リカルドは休憩しているタニアを呼んだ。
「どうかしたの?」
タニアが防壁の上に登ってくる。リカルドは東の方角を指差した。
「……とうとう来たようね。デスオプの群れよ」
櫓に登っているバリスタの射手たちも見付けたらしく、大声でリカルドたちに報告する。
リカルドは【火】の魔術の一つである【信号弾】を空に向けて放った。
赤い炎が空に昇り、空中で炸裂し大きな音を立てる。
石炭の採掘をしていた者たちが道具を放り投げ、円形砦に戻ってきた。
全員が円形砦に戻ると鋼鉄製の扉が閉められた。この扉もベルナルドが王都で作らせ、持ってきたものだ。
「バリスタの準備はいいですか?」
ベルナルドがバリスタの射手に声を掛けた。バリスタには、鋼鉄サソリの毒を仕込んだ矢が番えられている。
妖樹デスオプの姿がはっきりと見えてきた。
バリスタが妖樹に向けられる。櫓に備え付けられているバリスタは二台で、どちらも最大射程が四〇〇メートルほどだとリカルドは聞いていた。
最大射程四〇〇メートルとは言っても、妖樹を正確に狙えるのは八〇メートルほどまで接近してからになるだろう。
先頭の妖樹デスオプが八〇メートルほどに近付いた時、最初の毒矢が放たれた。
毒矢は妖樹デスオプの幹に突き刺さった。デスオプは何のダメージもなかったかのように進んでくる。
だが、そのデスオプは途中で動かなくなった。
「毒が効いたぞ。続けて放て!」
ベルナルドが珍しく大声を上げた。
バリスタの射手は懸命にハンドルを回して弦を引き、できるだけ早く毒矢を放ち始めた。それでも近付いてくるデスオプ全てを仕留めることは不可能だ。
防壁の傍まで来たデスオプが、積み上げられた土嚢に鱗牙鞭を打ち付けた。土嚢の袋が破れ中に入っていた土が舞い上がる。
円形砦の中に繋がれていた馬が、音に驚きいななく。馬車の御者をしていた男が馬を落ち着かせようとするが、土嚢を叩く鱗牙鞭の音が止まなければ無理なようだ。
リカルドは防壁の上で【地】の魔功ライフルを取り出し、デスオプの樹肝の瘤に狙いを付け引き金を引いた。
放たれた【地】の衝撃波は樹肝の瘤に命中し亀裂が生じる。
「もう一発」
二発目の衝撃波が命中し、樹肝の瘤から樹肝油が零れ始める。【地】の魔功ライフルでも、デスオプを仕留められると判ったが、二発から三発の衝撃波を樹肝の瘤に命中させねばならず、【地】の魔功ライフルだけでは群れに対応できないと感じた。
一体のデスオプがリカルドのいる防壁に体当りするように突撃し、鱗牙鞭を振り下ろした。
「危ない!」
魔獣ハンターの一人が叫んだ。リカルドは間一髪で防壁から飛び降りる。
危ないところだった。リカルドは顔を青褪めさせ、恐怖で顔を強張らせる。魔獣の相手をしていると、こういうことは必ずある。その度に恐怖を覚えるのだが、慣れることはなかった。
バリスタはデスオプを確実に仕留め続けていた。それでも多数のデスオプが円形砦を取り囲み、土嚢を攻撃し土を撒き散らかす。
「土嚢をもう少し増やした方が良かったようだ」
ベルナルドが額に汗を浮かべて口走った。
バリスタの射手は腕が上がらなくなるほど頑張り、数人の魔獣ハンターが手伝いに櫓に登った。最後に二体のデスオプが残り、一体をリカルドが、もう一体をバリスタが仕留める。
ちなみにタニアとパトリックは、協力し魔術でデスオプを一体倒していた。
「終わった。石炭掘りの皆さんは土嚢を作って崩れた場所を修復してください。魔獣ハンターの方は、デスオプに止めを刺してください」
全部で十五体のデスオプが倒れている。バリスタが十一体、リカルドが三体、タニアとパトリックが一体を倒した。
「防壁をもっと厚くして、バリスタをもう一台増やした方がいいようですね」
ベルナルドが、今の戦いを振り返り分析している。
リカルドはデスオプから鱗牙鞭の枝を切り取り、収納碧晶に仕舞う。残った幹と根っこの部分も収納碧晶に入れた。何とか全部が入る。リカルドの収納碧晶でなかったら無理だっただろう。
これらのデスオプの素材は王都に持って帰り、リカルドが手元に残しておきたい素材を除き、ベルナルドが換金し戦いに参加した者で分けることになる。
魔獣ハンターたちは、この臨時収入でご機嫌となった。
石炭掘りの者たちが羨ましそうにしているので、ベルナルドが。
「頑張って、砦の修復をお願いしますよ。今日中に終われば、あなた方にも金一封を出します」
全員が張り切って作業を始め、日が暮れ始める頃に砦の修復が終わった。
その後、順調に石炭の採掘は進み目標量を二割ほど超過した時、ベルナルドは作業終了を決めた。
本当は、このまま石炭掘りや魔獣ハンターを残し、石炭の採掘を続けたかったのだが、水と食料が残り少なくなっていた。
リカルドは、夜間の休憩時間に碧玉樹実晶の魔操刻を行った。一つ目は通常の収納碧晶として『 ポグ(亜空間) 』を目一杯まで拡大し一〇畳の部屋ほどの容量を持たせる。
二つ目は六畳までで止め、温度調節機能の因子文字を刻んだ。設定温度はマイナス五五℃からマイナス六〇℃にした。
この温度に決めたのは、マグロなどの魚肉をこの温度で保存すると一年くらいは大丈夫だと聞いた覚えがあったからだ。ちなみに一般的な冷蔵庫の冷凍室はマイナス二〇℃くらいである。
円形砦はバリスタと鋼鉄の扉だけ持ち帰ることになった。
中途半端な形となったのは、土嚢や木材は持ち帰るほどの価値がないと判断したからだ。
「今度来るまで、この円形砦が無事だといいのですが?」
リカルドの疑問に、ベルナルドが首を傾げた。
「どうでしょう。中に人がいなければ妖樹も襲ってこないのでは?」
「でも、無許可でパレンテ炭田を掘っている者がここを見付けて拠点とするかもしれませんよ」
ベルナルドから、石炭を盗掘する者がいると聞いていたリカルドが指摘した。
「……そうですね。そういう場合はデスオプの襲撃に遭って壊れることがあるかもしれませんが、バリスタと扉がない状態で長居するとは思えません。妖樹によって壊されている可能性は五分五分ではないでしょうか」
そういう奴らとここでかち合った場合は、正規の許可を持つミラン財閥側が出ていけと要求すればいいとベルナルドは言った。
大量の石炭はミラン財閥が集めた収納碧晶に入れられた。パレンテ炭田で採掘される石炭は瀝青炭である。煤煙が少ないので良質な燃料として高値で取引されている。
帰りは数匹の魔獣に遭遇した以外何事もなく順調だった。
王都に到着すると約束の賃金と金一封が石炭掘りたちに支払われ解散となった。魔獣ハンターたちにも依頼料が支払われ、デスオプの報酬は換金後に支払うとベルナルドが告げる。
リカルドはベルナルドの店の倉庫にデスオブの素材を取り出して置いた。
リカルドたちも報酬を貰い、タニアとパトリックは格安で魔功銃を購入する約束を取り付けた。
二人は魔彩功銃を欲しがったが、諦めてもらう。
家に戻りホッとしたのもつかの間、リカルドは、アントニオから飼育場の報告を受けた。
「新しく育て始めた妖樹クミリが大きく成長した。近々、シュラム樹の枝を接ぎ木してくれないか」
「いいですよ。明日にでも飼育場に行きます」
「いや、旅から戻ったばかりだ。一日休んで明後日でいい」
翌日の午前中、リカルドは静かに過ごし、午後から魔術士協会へ向かった。
イサルコに王都に戻った事を報告し、セラート予言について尋ねてみた。
「セラート予言か、私もよくは知らんのだ。図書館にも、そんな本はなかったはずだよ」
予想はしていたが、魔術士協会にもセラート予言に関する本はないようだ。それでも図書館へ行き歴史書を調べてみた。
セラート予言に関する記述はなかったが、九〇年単位で異常気象が起きているというのは、真実らしい。記録に残っている九〇年前は、凍死者や餓死者が大勢出たと記述されていた。
更に遡って調べると、一八〇年前も凍死者や餓死者が出たと記述されていた。偶然では済まされない。
「王家では何か対策を考えているのだろうか?」
リカルドは呟きながら、街の様子を脳裏に浮かべる。王家が何かしているとは思えなかった。王家について考えていると王太子に頼み事があったことを思い出す。
「王太子に相談しよう」
王太子は王の誕生祭に出席した後、バイゼル城の施政事務館で働いていると聞いていた。
サムエレ将軍の屋敷に手紙を送れば、いつでも時間を作ると言われているので、手紙を書く。魔術士協会からの帰りに将軍の屋敷に寄って、手紙を届けよう。
「リカルド様」
名前を呼ばれたリカルドが振り返った。グレタが嬉しそうな笑顔をして立っている。
タタタと駆けてきたグレタは、リカルドの手を取りブンブンと振り回し。
「良かった。無事に帰ってこられたのですね」
リカルドはグレタと一緒に研究室に戻ると、お土産であるブレスレットを渡した。グレタの顔が光り輝くように明るくなる。
「嬉しい。ありがとうございます」
リカルドは旅行中の出来事をグレタに話した。表情豊かな顔で相槌を打つグレタは、何となくホッとする存在だ。
「明日から、魔術のお勉強に来てもいいですか?」
「明日は、妖樹の飼育場に行かないと」
「そうなんですか。……そうだ。飼育場を見学に行ってもいいですか?」
「ええ、いいですけど。午前中は仕事があるので、昼少し前くらいに飼育場へ来てもらえますか」
リカルドは簡単な地図を描いて渡した。
「必ず行きます」
翌日、リカルドはモンタを連れて飼育場に行った。
アントニオはダリオたちと一緒に接ぎ木の準備をしていた。準備と言っても、妖樹クミリを捕まえることである。
モンタは妖樹クミリの区画で妖樹を追い掛け回しているダリオたちを見て遊んでいると思ったようだ。塀を駆け上がり、ぴょんと中に入ると一緒になって妖樹クミリを追い掛け始める。
リカルドはアントニオと一緒に妖樹クミリにシュラム樹の枝を接ぎ木する作業を行った。接ぎ木作業は見られないように作業小屋で行う。
三〇体ほど処理した頃、飼育場の前に豪華な馬車が到着。リカルドが迎えに行くと、グレタの侍女が降りてきた。次にグレタが周りを見回しながら、馬車を降りる。
「いらっしゃい」
リカルドが声を掛けた時、グレタに続いてボニペルティ侯爵が降りてきた。
慌てて挨拶をすると、侯爵がジロリとリカルドを見て。
「娘が飼育場を見学に行くと聞いて、一緒に見学させてもらおうと付いてきた。よろしいか?」
「はい、もちろんです」
リカルドは面倒臭いと一瞬思ったが、それを顔に出さないように気を付けながら返事をした。
ボニペルティ侯爵は、娘のグレタが傾倒しているリカルドという人物を見定めようと思い、ここへ来ていた。屋敷に居てもリカルドの話しかしない娘が心配になっているのだ。
「兄さん、昼食の準備を頼むよ」
「わ、分かった」
アントニオが炊事場に行こうとした時、もう一台の馬車と近衛兵らしい一団がやってきた。
ボニペルティ侯爵が馬車の紋章を見て、少し顔色を変える。
リカルドは、まさかと思いながら馬車に駆け寄る。
馬車から王太子が降りてきた。
「王太子殿下」
侯爵が王太子に声を掛けた。
「ボニペルティ侯爵ではないか。こんな所で奇遇であるな」
リカルドは昨日サムエレ将軍の屋敷の者に託した手紙の件で、もう来たのかと慌てる。そして、タイミングが悪過ぎると心の中で溜息を吐いた。