軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:65 マッシモとの決別

タニアがイサルコに報告した時刻より少し後、リカルドが魔術士協会の窓口会館から中に入ると、受付のリリアーナに呼び止められた。

「おはよう、リカルド君、イサルコ理事の部屋に行って頂戴」

「おはようございます。何かあったんですか?」

「よく分からないけど、用があるそうよ」

リカルドはイサルコの部屋に向かった。部屋に入るとタニアの姿が見え、二人に挨拶する。

「何か用があると伺って来たのですが」

イサルコが困ったような顔で切り出した。

「昨晩、タニアの研究室に泥棒が入ったようなのだ」

リカルドが驚き。

「何か盗まれたのですか。もしかして、自分の論文とか」

タニアが首を振り。

「論文はイサルコ理事の金庫に入れていたから大丈夫。だけど、昨日私の研究について話したでしょ、あれを纏めたものが盗まれたの」

イサルコが溜息を吐き。

「リカルドを呼んだのは、タニアの部屋にこれが落ちていたからなのだ」

イサルコがリカルドへの伝言が書かれたメモ書きを見せた。

「何で、そんなものが……机の引き出しに放り込んでいたものです」

イサルコが躊躇いながら。

「念のために聞くのだが、昨日タニアの部屋には行っていないのだろ?」

そのメモ書きが犯罪の証拠品と思われているのに気付いたリカルドは、強く否定した。

「行っていません。……疑っているんですか。盗まれたものの内容は、自分が知っているものです。盗む理由がありません」

イサルコとタニアは頷き。

「そうなのだ。そうなるとタニアの研究室に入る前に、リカルドの研究室に泥棒が入ったことになる」

リカルドは大きく目を見開き、研究室に何か盗まれて困るような物があったか思い出そうとした。

「自分の研究室には、盗まれるような物はありません。大事なものは収納紫晶に入っていますから」

それを聞いたタニアが羨ましそうな顔をした。

三人はリカルドの研究室へ行き、中を調べた。

「机の上に置いてある物や引き出しの中を弄られた形跡がある。注意していないと気付かないほどの変化だ」

リカルドは机に残っている埃の跡などを調べ、イサルコとタニアに告げた。

「研究室の金庫を壊さずに開けるとは、相当な技術を持つ泥棒だな。……いや、サウロス副局長が管理している合鍵を使った可能性があるのか。……ここで待っていてくれ」

イサルコが二人に声を掛け部屋を出ようとした時、タニアが。

「イサルコ理事、どこへ行かれるのです?」

「サウロス副局長の所へ行って、合鍵が紛失していないか。調べてもらってくる」

イサルコが出ていった後。

「タニアさんはどう思いますか?」

「研究内容が欲しかったのは判るけど、何で資料を盗んだのかしら」

「どういう意味です?」

「資料を盗まずに、別の紙に書き写せば良かったはず。そうしたら盗まれたことに気付かなかったかもしれないわ」

リカルドはタニアの言いたいことが判った。研究者なら完全な論文を仕上げようと時間を掛けて作成するはずである。その間に盗んだ者が完成度を気にせず論文を書き上げ提出すれば、発見者の栄誉は盗んだ者の手に入る。

完成度に関係なく、早い者勝ちで勝敗が決まるのだ。

「今回は自分を陥れるために、こんなことを仕掛けたと言いたいんですね」

「それでなければ、こんなメモ書きが私の研究室に落ちているはずがないわ」

リカルドは心の中で。

……誰がこんなことを。自分に恨みを持つ奴が近くに居るのか。もしかして、自分を魔術士協会から追い出したい奴が……マッシモ……あいつは自分を追い出したいはずだ。

「もしかしたら、マッシモかもしれない」

タニアは少し驚いたような顔をした。

「マッシモは、あなたの従兄弟よね?」

「そうだけど、仲がいいわけじゃない」

「そうか。マッシモは碌な奴じゃないと言っていたわね」

イサルコが帰ってきた。

「どうも怪しい。この件にサウロス副局長も関わっているようだ」

サウロス副局長と会ったイサルコは、合鍵が紛失していないか確かめた時、彼が僅かに 狼狽(うろた) えた表情を浮かべたのを確認していた。

マッシモの件を、リカルドはイサルコに話した。

「サウロス副局長とマッシモは長老派だ」

「長老派が何か企んでいるのでしょうか?」

リカルドとタニアが首を傾げ考え込む。

イサルコも判らなかったようで。

「少し様子を見よう。奴らが尻尾を出すかもしれん」

その頃、サウロス副局長の部屋にステルヴィオとマッシモが呼ばれた。

「お前らだな。合鍵を持ち出し、タニアの研究資料を盗んだのは」

目を怒らせて詰問するサウロス副局長の前で、ステルヴィオとマッシモが小さくなった。

「マッシモが、リカルドの奴を少し困らせてやろうと言うんで」

ステルヴィオが責任をマッシモになすり付けた。サウロス副局長がマッシモを睨む。

「馬鹿かお前は。御陰で合鍵を持つ儂が、イサルコに疑われたのだぞ」

「しかし、タニアとリカルドの様子を探れと、命じられたので」

「様子を探って、奴らが何をしているか突き止めろと言ったが、盗みに入れとは言っていない」

マッシモがリカルドの従兄弟だと聞いたので、マッシモに命じたのだが、サウロス副局長は失敗だったと後悔する。

最近になって、イサルコの活躍が目立ち始めたのを知り、何かあると感じたサウロス副局長は、イサルコの周辺人物を探るように命じたのだ。

特にリカルドが魔術士協会に入ってから、イサルコの活躍が多くなったのに気付き、リカルドを中心に調べるように命じていた。

「それで、何か判ったのか?」

マッシモはタニアの研究資料を取り出し、サウロス副局長へ渡した。

「ふん、【重風槌】の魔術を因子文字を使って再現する研究か。また魔砲杖にでも組み込もうというのだな」

【重風槌】は圧縮された空気の塊が上空から敵に向って落ちてくる魔術である。タニアの研究では、圧縮された空気の塊を水平に撃ち出し、敵を吹き飛ばすようになっていた。

「なるほど。これが完成すれば、魔術士の戦いが有利になる」

魔術士は接近戦に持ち込まれれば、負けだと言われている。そこで接近してくる敵に向って【重風槌】を模倣した魔砲杖を撃ち、敵との距離が開いてから、魔術で攻撃すれば勝利する確率が上がると、サウロス副局長は考えた。

サウロス副局長は、自分が考察したことをブツブツと独り言のように口にしていることに気付いていなかった。それを聞いた息子のステルヴィオが感嘆の声を上げる。

「凄いな」

サウロス副局長は苦虫を噛み潰したような顔となり。

「馬鹿者。魔砲杖などというものに頼るより、己の魔術の腕を磨け」

長老派では、魔砲杖など不要だというのが、派閥内の統一意見なのだ。

サウロス副局長は、長老派の誰かに、この研究資料を基に論文を書かせようかと一瞬考えた。だが、それだと研究資料を盗んだのは長老派だと宣言するようなものだ。

それに研究資料が盗まれたと知ったタニアが、急いで論文を完成させ提出するだろうと予測した。

サウロス副局長は溜息を吐いてから、マッシモに。

「続けて、リカルドが何をしているか探れ」

そう言うと部屋からマッシモだけを追い出した。

「ステルヴィオ。マッシモがもう一度ヘマをやらかすようなことがあれば、切り捨てる。いいな」

ステルヴィオは父親の冷酷な声を聞いて、顔を青褪めさせながら頷いた。

その日から、リカルドの跡をマッシモが尾行していることが時々あった。ころころと太ったマッシモは割と目立ち、尾行は直ぐにバレる。

尾行に気付いたリカルドは、イサルコに相談した。

「マッシモの意志でやっているとは思えんな。捕まえて白状させるのが早いか」

リカルドはイサルコと打ち合わせをしてから、エミリア工房へ向かった。

思った通り、マッシモが尾行してきた。

「リカルドの奴、どこへ行くつもりだ」

マッシモは何でこんなことをしなきゃならんのだと思いながら、尾行を続けようとした時、肩を掴まれた。

驚いて振り向くとイサルコが、獲物を捕まえた猛禽のような目付きで見ていた。

エミリア工房の地下試射場へ連れ込まれたマッシモは、イサルコに脅され洗い浚い白状させられた。

マッシモは、すがるような目付きでリカルドを見て。

「従兄弟だろ。助けてくれよ。僕はサウロス副局長に言われてやっただけなんだ」

リカルドはマッシモを睨み。

「サウロス副局長が、メモ書きを残して泥棒の罪を着せろと言ったのか?」

マッシモは口籠り、そうだとは言わなかった。

「有罪だな。罰を受けろ」

そう言われたマッシモは真っ青な顔で頭を抱えた。

イサルコはマッシモを連行して魔術士協会へ戻り、ジェズアルド代表理事に報告した。

その報告を聞いた代表理事は、ステルヴィオとマッシモを魔術士協会から追い出し、サウロス副局長は副局長の地位から閑職に飛ばす決定を下した。

サウロスは一度目の失敗で、マッシモを切るべきだったと後悔する。

数年後、故郷に帰ったマッシモが、領主に命じられた妖樹狩りで命を落としたとリカルドは知った。マッシモのことは忘れかけていたので、そうなんだと思った程度の感想しか頭に浮かばなかった。

◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

イサルコたちと炭田採掘について相談したベルナルドは、職人を集め支柱や櫓などを作らせた。そして、武器職人の所へ行き、バリスタの注文を出した。

「旦那、バリスタには攻城兵器用と魔獣用があるんやが、どちらです」

ベルナルドは説明を聞いて、攻城兵器用のバリスタがかなり大型なのを知った。

「魔獣用で、お願いします」

その後、石炭掘りたちを集めた。

石炭掘りに頼んで、土嚢を作らせるとイゴールから預かった複数の収納碧晶に入れる。

ベルナルドは着実に準備を進め、イゴールに頼まれた日から半月後に準備を終わらせた。

バリスタの射手は、ヨグル領で扱った経験があるという元兵士二人に依頼した。

今回の採掘には、ベルナルド本人とリカルド、タニア、パトリックも同伴する。

リカルドは魔境から溢れた魔獣が住み着いていると言われるミル領のパレンテ高原を見たいと思ったからだが、タニアとパトリックは小遣い稼ぎらしい。

少しでも魔術士の数を増やしたいベルナルドが、声を掛けたようだ。

「私も収納紫晶が欲しいのよ」

「ワイだって欲しいんだがね」

タニアが何か思い出して笑いながら。

「そういえば、グレタお嬢さんが自分も行きたいと言い出して困ったのよね」

リカルドが行くのなら付いていきたいと言い出したらしいが、それは父親であるボニペルティ侯爵が止めたようだ。

リカルドにも、行きたいと言ってきたが、さすがに断った。その代わりにお土産を持って帰ってくると約束させられた。

行くのは炭田なので、途中で通過するヨグル領で買い物をすることにした。

ミラン財閥の馬車に乗ってミル領のパレンテ高原へ向かう。

途中、ヨグル領の領都ヤロで一泊することになり、商店街の店が閉まる前に紫玉樹実晶を探しに出掛けた。

ヤロに来た時は、必ず紫玉樹実晶を探すことにしているのだ。

紫玉樹実晶は五個しか手に入らなかったが、運が良かったらしく、碧玉樹実晶二個が売りに出されているのを見付ける。

「碧玉樹実晶二個を下さい」

カエル顔の店の主人が驚いた。付いてきたタニアとパトリックも驚いたようだ。

「若い魔術士さん、碧玉樹実晶の値段を知らんらしいな」

「おおよその値段なら知っています」

「それは失礼しました」

店の主人は相場より三割ほど高い値段を吹っ掛けてきた。

リカルドは内心やれやれと思いながら値段交渉を始めた。

相場に近い値段で決着した。とは言え、屋敷が買えるほどの値段なので、タニアとパトリックは若干引いていた。

「リカルドは、碧玉樹実晶の加工ができるの?」

タニアは二個の碧玉樹実晶を見ながら尋ねた。

「もちろん。碧玉樹実晶の魔操刻は、紫玉樹実晶より簡単なんです」

「へえ、そうなんだ」

その後、グレタへのお土産を探し、魔境産の宝石が付いているブレスレットにした。

宿に戻ったリカルドは、ゆっくりと休んだ。

翌日、ヤロを出発したリカルドたちは、草原を西へと進みミル領とヨグル領を繋ぐ唯一のトンネルに到着した。

「ここを抜けるとミル領になります」

ベルナルドがリカルドに声を掛けた。

ミル領とヨグル領の間には、シェゼル山と呼ばれる岩山が聳え立っており、二つの領を隔てていた

馬車に乗ったままトンネルへと入る。トンネルは二台の馬車が同時に通れるほどの大きさがあった。

トンネルは魔境門衛隊の兵士が守っており、何か有れば分厚い鋼鉄の扉を閉めることになっている。

トンネルを抜けると、そこにはウルファルの群れが待っていた。

馬車を曳いている馬が騒ぎ出す。

「ウルファルだがね」

ウルファルは大猿の体の上に狼の頭が乗っている魔獣だ。

ベルナルドが雇った魔獣ハンターが、馬車を守るように展開する。リカルドは【火】の魔彩功銃をタニア、【風】の魔彩功銃をパトリックへ渡す。

「新型の魔功銃なんです。後で使い勝手と気付いたことを教えてください」

二人は大事そうに魔彩功銃を握り、馬車の外へ出た。

ウルファルの数は二〇匹ほど、魔獣ハンターたちが盾となって戦っている。

だが、魔獣ハンターよりウルファルの数が多く、魔獣ハンターの盾をすり抜けたウルファルが、近付いてきた。

リカルドが【地】の魔彩功銃をウルファルへ向け発射した。

ブンという発射音とほとんど同時に、ウルファルの眼が潰れ血を撒き散らしながら倒れた。

次にタニアが【火】の魔彩功銃の引き金を引いた。ウルファルの腹に当たった衝撃波が毛皮を焦がし、内臓にダメージを与える。

地面に転がり藻掻き始めたウルファルに、パトリックの持つ【風】の魔彩功銃から発射された衝撃波が止めを刺した。

パトリックとタニアが手に持つ魔彩功銃を見て。

「皆が欲しがる訳だがや」

「素早い動きをする魔獣には、魔術よりこういう武器の方が有効ね」

リカルドたちが二匹ずつウルファルを仕留めた頃、戦いが終わった。ウルファルの群れは全滅し、魔獣ハンターたちが手慣れた様子で牙や毛皮を剥ぎ取る。

パレンテ炭田に到着するまで、ウルファルの群れに二度、牙猪に三度も襲われた。そのほとんどは魔獣ハンターたちにより退治されたが、ウルファル数匹と牙猪一匹はリカルドたちが倒した。

パレンテ炭田に到着した一行は、前回採掘した場所に砦を築き始めた。

ベルナルドが収納碧晶から支柱や櫓の材料などを出し地面に並べる。

リカルドは、特別に用意した【泥縛】の魔術を使い直径五〇センチ、深さ一五〇センチほどの泥沼を作った。

そこに石炭掘りたちが支柱を沈める。

砦を作る時に一番時間が掛かりそうなのが支柱を地面に打ち込む作業なので、時間短縮の方法として【泥縛】を使って支柱を沈めるやり方を考え出したのだ。

支柱を立てる作業が終わった所には、支柱と支柱の間に板が置かれ釘で固定された。そして、板壁が出来上がった場所には、土嚢が積み上げられ防壁が完成する。

翌日に櫓が完成し、バリスタが取り付けられた。これで砦としての体裁が整ったことになる。

リカルドは、この旅で野営を経験し、前から考えていたトレーラーハウスのようなものを作ろうと決心する。以前から、野外で安全に休める建物が欲しいと思っていたのだが、久しぶりに野営し改めて考えた。

地面は硬く、寝ようとすると虫が飛んでくる。野営に慣れていない者にはかなり辛いのだ。

もちろん、そのサイズは収納碧晶に仕舞えるサイズなので小さなものになるが、テントよりは随分とマシだろう。

ベルナルドに相談すると。

「それはいい。この歳になると野営はきついですからな」

王都に戻ったら設計図を描いて注文しようとリカルドは思った。