作品タイトル不明
scene:231 ティターノフロッグ
リカルドたちは急いで王都に戻った。
まずはバイゼル城へ行き、ガイウス王太子に報告する。
「リカルド、見事である。伝説の魔獣を倒したという功績は、我が国の歴史に刻まれることだろう」
「サムエレ将軍たちの協力があればこその功績でございます」
王太子が笑って頷く。
「確かに将軍たちの協力もあったであろう。だが、その功績は 類稀(たぐいまれ) なるものだ。セラート予言の騒動が終わった暁には、功績に相応しい褒美を出そう」
「ありがとうございます」
「ところで、魔境の様子について、聞いておるな」
「はい。多くの魔獣が暴れていると聞きました」
「そうなのだ。どうやら、巨蟻ムロフカに匹敵する魔獣が迫っているのではないか、と心配している門衛も居る」
「ティターノフロッグでしょうか?」
王太子はゆっくりと首を振った。
「分からぬ。だが、魔獣たちの暴れ様が尋常ではない。ティターノフロッグ、あるいは巨蟻ムロフカに匹敵する魔獣が原因だと考えている」
リカルドは確信があるわけではないが、ティターノフロッグだと覚悟した。
その後、グレタに会いに行った。貴族街が大変なことになったと聞いたからだ。リカルドがボニペルティ侯爵の屋敷に到着する。その屋敷は半分が焼け落ちていた。
「無残な……」
「リカルド様、お帰りになられたのですね」
リカルドに声をかけたのは、執事のセルモンティだった。
「ああ、セルモンティか。グレタや侯爵家の方々は、無事なのですか?」
「はい、皆様は副都街のホテルに滞在されています」
副都街のホテルというのは、リカルドの昔からの知り合いであるベルナルドが経営しているホテルだ。副都街に特別な宿泊施設が欲しいと思ったリカルドが、ベルナルドと相談して建てたものだ。
「建設中だった屋敷を御覧になられましたか?」
「いや、壊れたと聞いたが」
「グレタ様が、頑張って消火されたのでございますが、建て直すしかないようです」
「そうか、屋敷は仕方ない。ありがとう、副都街に帰るよ」
リカルドは副都街に向かった。帰宅すると、家族から温かく迎えられた。
「リカルド兄さん、僕ね、爆雷鳥を倒したんだよ。でも、アントニオ兄さんに怒られた」
「そうか、兄さんから怒られたのか」
アントニオが叱ったのなら、リカルドが叱るのも可哀想だ。
「頑張って、爆雷鳥を倒したのに……」
「そうだな。でも、お前が危ないことをすると、アントニオ兄さんは心配なんだよ」
セルジュは口を尖らせていた。
「爆雷鳥を倒した褒美に何か欲しい物があるか?」
セルジュが嬉しそうな顔になる。
「だったら、魔狼砲が欲しい」
「残念だけど、魔狼砲は魔狼骨がないと作れないから、ダメだ」
「ええーっ、じゃあ、武器だと何があるの?」
セルジュは武器が欲しいらしい。
「そうだな。魔功銃でどうだ」
「魔功銃だと、小鬼くらいしか倒せないよ。デスオプロッドがいい」
「セルジュは、中級魔術が使えるようになったんだったな。いいだろう」
子供に武器を与える。日本だったら考えられないが、ここは魔獣が至る所にいる異世界なのだ。セルジュに魔法を教え始めた時に、魔術の威力と危険性を十分に教えた。
魔術は魔獣を殺せるが、人間も殺せるのだ。魔術士としての心構えを厳しく教え込むことが必要だとリカルドは思っていた。
その教えの中に、魔術は人々を救うためにあるというものがある。
セルジュが爆雷鳥を倒そうと考えた理由の一つに、自分が魔術士だから、というのもあっただろう。そういう風に教育したのは、リカルドだった。
「あっ、リカだ」
モンタがリカルドに飛び付いてきた。
家族に元気な姿を見せたリカルドは、ホテルに向かいグレタに会った。グレタはリカルドの元気な姿を見ると涙を流して喜んだ。
二人は巨蟻ムロフカと風魔鳥について交互に話し、グレタは無事だったことを神に感謝した。
グレタがリカルドに黒震魔砲杖を返した。
「持っていてもいいんだよ」
「いえ、私は魔術の方がいいです」
「そうか」
リカルドは黒震魔砲杖を受け取り、収納紫晶に仕舞う。
家族の無事とグレタの無事を確かめたリカルドは、ティターノフロッグについて考え始めた。ティターノフロッグについての記録はほとんどなく、山のように大きく魔術がほとんど効かなかったという記述が残っているだけだった。
山のようにというのは、大袈裟に記述しているのだろう。ただ魔術がほとんど効かなかったというのが、問題だった。
「巨蟻ムロフカに匹敵する魔術耐性を持っている、ということだろうか?」
そういうことだと、ティターノフロッグも【白星焔弾】でしか倒せないかもしれない。【白星焔弾】だけというのが気になった。
そこで 予(かね) てから考えていた【空】の上級魔術を完成させようと決めた。
【空震槍破】は威力はあるが、射程が短い。そこを改良し空震槍の数を三本に増やせないかと、前々から考えていたのだ。
パトリックやタニアに手伝ってもらい、魔術士協会の図書館にある資料を調べ、速さや飛距離に関する魔術単語を探し出した。
雷を意味する魔術単語が速さにも関係していた。それを基に完成させたのが【空震雷砲】である。【白星焔弾】に匹敵するほどの魔力を必要としているので、上級魔術というより特級魔術と呼ぶべきかもしれない。
その威力は確かめられなかった。その標的にするには、山のような大きなものが必要であり、それを試すと地形が確実に変わるからだ。
但し、その簡易版といえる魔術を創った。これは黒震魔砲杖の三番目として組み込んだものだ。
大きな岩を標的として試してみたが、その大きな岩が消滅したので正確な威力は分からない。だが、パトリックとタニアは、巨蟻ムロフカにも大きなダメージを与えられると太鼓判を押した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
そんな魔術の開発をリカルドたちがしている時、第一魔境門の門衛が異変に気づいた。昨日まで暴れまわっていた魔獣たちが、一斉に姿を消したのだ。
「何か、おかしくないか?」
門衛の一人が同僚に確認した。
「そうだな。一匹も魔獣の姿がないなんて、今までなかったことだ」
「よし、隊長に知らせてくる」
その門衛が兵舎に向かって行った後、残った門衛たちの耳にズシン……ズシン……という音が聞こえてきた。その音が何を意味するのか気づいた門衛たちは、それぞれの武器を構える。
そして、その音に合わせて地面が揺れるようになると、こんな武器では役に立たないと思うようになった。門衛たちは本能に従って、魔境門から離れ兵舎の方へと後退する。
魔境から青白い炎の柱が伸びて、魔境門や防壁に当たった。鋼鉄製の門が融け、付近の樹木が燃え上がる。
その頃になって、隊長が現れた。
燃えている魔境門を見て、恐怖を覚えた隊長が尋ねる。
「何が起きたんだ?」
「分かりません。あっ!」
その時、魔境から巨大な魔獣が姿を現した。体長が三十メートルほどもある巨大な化け物である。姿はカエルに似ているが、その体表は金属光沢のある 鱗(うろこ) で覆われていた。
「……ティターノフロッグ」
隊長が呟くように声を漏らす。それと同時にティターノフロッグの鱗が茶色から赤に変わる。大きな口が開き、そこからドラゴンのブレスのような青白い炎が吐き出される。
門衛たちが炎に包まれて死んだ。
第一魔境門にティターノフロッグが現れたという報せは、すぐに王都へ届いた。
「……ティターノフロッグだと……クッ、本当に現れたのか」
王太子はまず宮廷魔術士全員をヨグル領へ送った。ティターノフロッグほどの大物になると、上級魔術以上が必要だろうと考えたからだ。
そして、魔術士協会にも命令を出した。残っている魔術士の中で、上級魔術が使える者全員を動員するというものだ。もはや、依頼などという悠長なものを出す時間はなかった。
それを受け取った魔術士協会の代表理事ジェズアルドは、上級魔術が使える魔術士に魔術士協会に集合するように命じた。
ジェズアルドは集まった魔術士に、ティターノフロッグが魔境から現れ王都に向かって進んでいるという情報を伝えた。それを聞いた魔術士たちがざわつく。
「伝説の魔獣と言われるティターノフロッグなのですか?」
長老派のジャンピエロ局長が質問した。
「そうだ。山のように大きな化け物だと聞いている」
リカルドとパトリック、タニアは一緒にジェズアルドの話を聞いていた。
「王太子殿下は、どうしてリカルドに任せず、宮廷魔術士や魔術士協会の魔術士を集めたんだと思う?」
タニアがパトリックに尋ねた。
パトリックは難しい顔をしてタニアに視線を向ける。
「ティターノフロッグが、本当に化け物だったからだがね。王太子殿下も、リカルド一人に任せるには不安だと思ったんだがや」
タニアがリカルドに視線を向けた。一人で巨蟻ムロフカを倒した偉大な魔術士だ。そのリカルドでも不安だというのが理解できなかった。
リカルドたちは革新派で纏まり、馬車で向かった。だが、魔術士協会が用意した馬車だったので、最後尾になった。長老派と王権派が優先されたのだ。
魔術士協会の魔術士たちがヨグル領へ到着した時、先に向かった宮廷魔術士たちがボロボロの姿で撤退してきた。
その中にはサルヴァートも居て、リカルドが声をかけた。
「サルヴァート、どうしたんです?」
「リカルドか、ティターノフロッグは、想像していた以上の化け物だった。上級魔術が全く効かないのだ」
サルヴァートは腕に怪我をしていた。宮廷魔術士の数が少ない。
「他の宮廷魔術士たちはどうなったのです?」
サルヴァートが力なく首を振った。
「死んだ。宮廷魔術士長である父も、ティターノフロッグが吐き出した炎で焼け死んだ」
パトリックが驚いた。
「本当なのきゃ?」
「本当だ。……クッ、僕の魔術では助けることができなかったんだ」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
宮廷魔術士たちがヨグル領へ到着した時、ティターノフロッグは魔境門を少し出たところに留まっていた。なぜかと言うと、焼け死んだ門衛たちや魔獣を食べていたのである。
そのおぞましい光景を見た宮廷魔術士たちは少なからずショックを受けたようだ。
宮廷魔術士長であるヴィットリオは、そんな宮廷魔術士たちを叱咤して戦いの準備をさせた。
サルヴァートも同行しており、山のように巨大な化け物カエルの姿に恐れを抱いた。
人間がこんな化け物に打ち勝てるのだろうかと疑問が湧く。
「サルヴァート、怖気づいたのか?」
ヴィットリオの声に、サルヴァートは首を振る。
「そんなことはありません。賢者の上級魔術で仕留めてやります」
虚勢の声だったが、恐れが消えた。
食事をしているティターノフロッグに気づかれないように、宮廷魔術士たちは近付いた。そして、それぞれが上級魔術を一斉に放ち仕留めることにした。
宮廷魔術士二十三人が上級魔術を一斉に放つのである。それに耐えられる魔獣が存在するとは思えなかった。
ヴィットリオは王城で称賛される光景を思い浮かべながら合図した。二十三の上級魔術が放たれ、その攻撃がティターノフロッグの背中や頭を襲った。
閃光が宮廷魔術士たちの視界を奪い、炎が立ち上る。サルヴァートも放った【水神斧】が敵に命中した手応えを感じていた。
だが、閃光が収まり炎の中に見えたティターノフロッグは健在だった。ほとんどダメージを受けたようにも見えず、ギョロリとした眼で、サルヴァートたちを見下ろしていた。