軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:222 天黒狼

リョゼン伯爵となったイサルコは、忙しい日々を送っていた。

「はあっ、これでは魔術士協会で、書類と格闘していた頃と変わらない。いや、興味のある魔術関係の論文を見ている分だけ、究錬局での仕事がマシだった」

領地の各部署から上がってくる書類に目を通してから判断を下す。

書類の山が片付いたのは、完全に日が落ちた後だった。

そこに執事のダヴィドが来た。

「伯爵様、第五魔境門から伝令が来ております」

「何かあったのかな、通してくれ」

「承知いたしました」

若い兵士が部屋に入ってきた。部屋にある魔光灯の眩しい光を見て目を細める。

「第五魔境門の門衛スカンツィです」

「魔境で何か起きたのか?」

「魔境門から、東に二時間ほど歩いた場所で、大量の魔獣が殺されていました」

イサルコが厳しい顔になった。

「どんな魔獣が殺されていたのだ?」

「あれは一角竜です。二十二匹の死骸がありました。中の数匹に食われた痕が……あれは魔獣に殺られたのだと思います」

イサルコは一角竜と聞いて、リカルドからの手紙を思い出した。一角竜の角が武器になるという情報が書かれていたのだ。

一角竜が集団で殺されたということは、強敵と戦い返り討ちにあったという状況が考えられる。

「王太子殿下から、第三魔境門の近くで甲冑ワームが暴れ、血だらけの麒麟竜が発見されたという報せが来ている。魔境で圧倒的に強い魔獣が暴れているようだ」

「どういたしますか?」

「魔境門の守りを厚くするしかない。そのために必要なものとなると……」

イサルコは一角竜の死骸から角を回収するように命じた。二十二本の角を手に入れたイサルコは、コグアツ領のブルグから船に乗って王都へ向かう。

魔術士協会のリカルドに会うためである。王都に到着したイサルコは、魔術士協会の究錬局を訪ねた。

「リカルド、元気にしていたか?」

「ええ、伯爵も元気なようですね。王都に用があって来られたのですか?」

「リカルドに用があって来たんだ」

リカルドが心当たりがなく、首を傾げた。

「魔境で大量の魔獣が殺されていたことが分かった。どうやら強力な魔獣が暴れているらしいのだ」

「そう言えば、アウレリオ殿下とサルヴァートも魔境で強力な魔獣が暴れているかもしれないと報告したようです」

「麒麟竜の件は、王太子殿下からの警告をもらった。そこで魔境門の警備を強化したい」

「まさか、自分に第五魔境門へ来てくれというのでは、ないでしょうね」

「そうできれば、一番いいのだが、それは無理なのだろう」

「はい。王太子殿下から、王都で待機するように言われています」

イサルコが頷いた。ヨグル領にある第一魔境門~第三魔境門で異変が起こり、魔獣が溢れ出すようなことがあれば、王都が危なくなる。

それに備えて腕利きの魔術士たちは、王都で待機するように言われているのだ。

「その辺は分かっている。そこで……」

イサルコが収納紫晶から一角竜の角を取り出した。大量の一角竜の角を見て、リカルドは目を輝かせる。

「これは、一角竜の角ですね。殺されていた大量の魔獣というのは、一角竜だったのですか?」

「そうだ。これだけの魔獣を倒した化け物は、一匹の巨大な魔獣だったようだ」

「目撃した者が居るのですか?」

「いや、戦いのあった現場を調査した者が、足跡などを調べて分かったことだ」

「その魔獣の特徴は、何か分かりましたか?」

「四足の魔獣で、全長が一角竜の倍以上あったようだ」

一角竜は三メートルほどの魔獣である。倍以上となるとかなり大きい。

リカルドは厳しい顔になり、どんな魔獣なのか推理する。麒麟竜を圧倒し、一角竜の群れを蹂躙する魔獣である。伝説の魔獣並みの強さがあるかもしれない。

伝説の魔獣の中で、巨蟻ムロフカとティターノフロッグは、大きさが違う。そして、風魔鳥の足は二本だ。残るは天黒狼だけになる。

「もし、それが伝説の魔獣ということになると、天黒狼かもしれません」

「おいおい、怖いことを言うな。天黒狼だった場合、リョゼン領が壊滅するかもしれんのだぞ」

「伯爵は、天黒狼について、何か知っていますか?」

「三百年ほど前に、第七魔境門から、現在のオクタビアス公爵の領地に侵入し、近隣の町や村を壊滅させたという伝説が残っている」

「その時は、どうやって天黒狼を撃退したのです?」

「撃退などしておらん。魔術士や魔獣ハンターが殺され、その肉を食った天黒狼が満足して魔境に戻ったと、言われている」

リカルドは溜息しか出なかった。伝説では撃退方法がなかったということだ。

「天黒狼の素早さは、尋常ではなかったようだ。横を天黒狼が走り抜けただけで、衝撃で弾き飛ばされたというぞ」

イサルコの追加情報により、天黒狼のスピードが尋常でなかったことが分かった。接近戦は避けて、遠距離攻撃で叩くしかない。

しかも戦うとしたら、防御魔術である【炎風陣】で守りを固めた上で、戦うことになるだろう。

「一度、王太子殿下に相談しましょう」

「そうだな」

リカルドたちはバイゼル城へ行き、王太子と面談した。

王太子に会ったイサルコは、リョゼン領の第五魔境門近くでの出来事を説明した。

「なるほど、大量の一角竜か」

「リカルドは、天黒狼ではないかと心配しております」

王太子は唸るような声を上げて考え込む。

「正体を突き止めねばならん。王家から斥候部隊を出そう。リカルドは一角竜の角を使って、武器を作ってくれ。もちろん、所有権は伯爵にあるが、どうだろう、王家で半分の十一本を買い取らせてくれぬか?」

「承知いたしました」

リカルドとイサルコは同意して、バイゼル城を辞去した。

魔術士協会に戻ったリカルドは、トゥイストホーンと独角ライフルの製作を始めた。トゥイストホーンは、イサルコ用のものである。

まずトゥイストホーンを製作する。失敗することもあるのだが、今回は最初から成功した。

「ほう、これがトゥイストホーンか」

イサルコが手に入れた新しいロッドを確認。リカルドから使い方を習って試してみた。

標的は訓練所にある土嚢の山である。魔力圧縮玉が命中した土嚢を爆散させるのを見て、イサルコは驚いた。思っていた以上に威力があったからだ。

「そう言えば、伯爵は九連シリーズを学んでいますか?」

「タニアたちと一緒に開発したという上級魔術か。いや、私は習得しておらんぞ」

「だったら、習得しませんか。魔境から出てくる魔物に対して有効な魔術ですから、革新派の魔術士には取得して欲しいんです」

「それはありがたい」

ベテラン魔術士であるイサルコは、瞬く間に【九爪狼撃】【九牙狼爆】【九爪竜撃】【九牙竜爆】の四つを習得した。

それらを習得したイサルコは、これらの魔術が画期的であると感じた。一回の魔術で、複数の魔獣に対応でき、さらには一匹の魔獣に対しても息の根を止めるか、九回まで攻撃を連続で放てる点が凄いと思ったのだ。

「リカルドたちは、セラート予言の最終年に、魔境から溢れ出すという魔獣を、本気で撃退しようと考えているのだな」

イサルコもセラート予言については調査していた。彼が調査したのは、魔獣が溢れ出た時に当時の人々がどういう対応を取ったかである。

調査の結果、多くの魔術士や魔術ハンターが死亡した後は、魔境の周囲に住む人々は逃げ出したようだ。ほとんどの魔獣は魔境から遠くへ離れようとしなかったので、それで被害者は少なくなったらしい。

例外は巨蟻ムロフカである。この魔獣だけは魔境から遠くまで離れ、暴れた後に魔境に戻るという行動を繰り返している。

卵が発見されたことで、これは産卵のためではないかと推測できる。

「領地を守るためには武器を、と考えたが、リカルドに会いに来たのは正解だったな。これで少しは安心できる」

イサルコが習得している上級魔術は、素早い魔獣を仕留めるのに向いていなかった。その点、九連シリーズは素早い魔獣を仕留めるのに向いているのだ。

訓練所で九連シリーズの練習をしていたイサルコに、タニアが走り寄った。

「ここにいたんですね」

「どうした? 何かあったのか?」

イサルコが笑顔で尋ねた。

「ミル領の第四魔境門が天黒狼に襲われて、門衛の半数が死傷したと連絡が来ました。その魔獣は魔境門を通過して、近くの森に入ったそうです」

浮かべていた笑顔が凍りつき、戦う者の顔に変わった。

「その魔獣が、天黒狼で間違いないのか?」

「伝説に残っている天黒狼の姿と同じだったようです」

「リカルドは、どうすると言っていた?」

「もし、その魔獣が天黒狼なら、倒せる可能性がある者は限られている。そう言っていました。たぶんリカルド自身が、戦いに行く決心をしたのだと思います」

「ならば、私も行こう」

それを聞いたタニアが自分も行くと言い出した。だが、イサルコが止めた。

「後を託す者も必要だ」

「どういう意味ですか?」

「相手は天黒狼だ。リカルドや私でも戻ってこれるかどうか」

タニアが思いつめた顔になった。

「私も行きます」

「ダメだ。もし、私たちが帰らなかったら、魔術士協会の若い者たちを魔境から遠い場所に逃がすんだ。それがお前の役目だ」

タニアはイサルコの目を見て、絶対に変えることのない決意を感じた。

タニアの目が濡れていた。

「絶対に帰ってきてください。帰らなかったら、許しませんよ」

「分かっているさ。私だって伯爵になったばかりで、リョゼン領に仕事が溜まっているのだ。帰ってくる」

リカルドがタニアたちの背後から近付いた。

「二人とも、深刻な顔をして、どうしたんですか?」

「リカルド、私も第四魔境門へ連れて行ってくれるか」

「危険ですよ」

「分かっておる。だが、この機会に倒さねば、王国にどんな災難が降りかかるか」

リカルドも同意した。ミル領の森で倒し損ね、町や村へ逃げられたら、そこで暮らす人々が皆殺しになるだろう。倒せる時に倒さねばならない。

「王太子殿下の指示は?」

「宮廷魔術士の出動や魔術士協会への協力要請を出されたようです」

「王太子殿下も、リカルドに任せれば良いものを」

宮廷魔術士や魔術士協会から派遣される魔術士たちが、邪魔になるかもしれないと、イサルコが言い出した。

リカルドも連携して戦えるかどうか自信がない。そうなると、他の者は邪魔になりそうだ。

「一足先に行きましょう」

イサルコが頷いた。

「それがいい」

リカルドたちは、ミニバンに乗ってミル領に向かう。

「お前は怖くないのか?」

イサルコがリカルドに尋ねた。

「怖いですよ。相手は伝説の魔獣なんですから」

「私と同じか。リカルドなら、絶対的な自信を持っているのかと思っていた」

「自分は、そんな自信家じゃありません」

第四魔境門に到着したリカルドたちは、生き残った門衛たちから天黒狼が向かった先を確認した。

リカルドたちは、その森まで歩き装備を整えてから森に入った。