軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:218 地獄イタチ

王権派から提出された論文は四つ。二つは取るに足らないもので、残りの二つの論文の中で『【雷翔撃】の反発研究』は興味深いものだった。

だが、もう一つの『簡易魔獣召喚』は危険であり間違っていた。

これらの論文を審査したジョコンドは、さすがに取るに足りない論文二つは理解できたようで失格にした。

だが、もう二つの論文『【雷翔撃】の反発研究』と『簡易魔獣召喚』については、理解できなかったようだ。名前から判断して『【雷翔撃】の反発研究』は最低の評価で合格させ、『簡易魔獣召喚』は最高評価で合格させた。

合格した新しい魔術は、実際に試すことになっている。『【雷翔撃】の反発研究』は新しい魔術ではなかったので、試すことはなかったが、『簡易魔獣召喚』は試されることになった。

この論文を書いたジョルジョが、魔術を発動することになる。

リカルドとグレタも『簡易魔獣召喚』だと聞いて興味を持ち、見物することにした。

「『簡易魔獣召喚』というと、何を召喚するのです?」

「小型の魔獣だと聞いたよ。小鬼族や頭突きウサギなんかじゃないかな」

グレタが頷いた。

「ところで、『魔獣召喚』の魔術には特別な触媒が必要だと聞きましたけど、『簡易魔獣召喚』も同じなんですか?」

「竜族の鱗は必須だから、仕方ないとして、量は少なくてもいいようだ」

「そう言えば、召喚系の魔術は、初めて見ます。リカルドは使いませんよね」

「召喚系は触媒が高すぎるから」

周りを見ると大勢の見物人が集まっている。その中にパトリックがいた。

「リカルドたちも見物に来とったんか」

「召喚魔術というのは珍しいからな」

「そう言えば、ジョコンド副局長が得意なのが『魔獣召喚』だと聞いたがね」

「どっちの召喚系なんだ?」

召喚系の魔術は、大きく分けて二つの系統がある。一つは遭遇した魔獣に召喚マークを付けて、その魔獣を召喚するものと、特定の条件に合う魔獣を無差別に召喚するものだ。

今回の召喚は無差別に召喚するものらしいが、ジョコンド副局長が得意だというのはどっちだと質問したのだ。

「ジョコンド副局長が得意なのは、岩石ゴーレムの召喚だがね」

「ふーん、岩石ゴーレムか。結構強い魔獣だけど、召喚した後の制御が、割と簡単なんだって?」

「そうだがね。でも、鋼鉄サソリを退治に行った時には、複数の鋼鉄サソリに襲われて、制御を手放して逃げ帰ってきたそうだがね」

「岩石ゴーレムは、動きが遅いから、複数の敵を対処するには向かなかったんだろ」

パトリックが納得したように頷いた。ちなみに制御を手放して暴れている岩石ゴーレムを倒したのは、特殊槍兵部隊だった。

「おっ、始まったがね。どんな魔獣が出てくるんや?」

リカルドたちが見守っていると、呪文の詠唱が聞こえてきた。それを聞いたリカルドが顔をしかめる。グレタが気づいて尋ねた。

「どうかしたんですか?」

「あの呪文、条件の絞り込みが甘いんだ。あれじゃあ、小さな魔獣だったら、何でも召喚してしまうぞ」

グレタが不安そうな顔をする。

「危険なんですか?」

パトリックが笑う。

「リカルドは心配性だがね。小型の魔獣という条件がある以上、そんな危険な魔獣が召喚されることはないがや」

「そうかな? 小型の魔獣でも危険な化け物はいるんだけど」

「それより、何であんなのが高評価なんや?」

「触媒の量が召喚系にしては少ないからだって聞いた。けど、条件設定を甘くしたから、触媒の量が少なくなっただけだな」

魔術が完成した。術者の前に何かが現れようとしている。そして、そのちょっと先に案山子のようなものが立っている。召喚した魔獣に攻撃させようというのだろう。

魔獣が完全に姿を現した。中型犬ほどの大きさで毛がふさふさしていて、顔は可愛い。

だが、その姿を見たリカルドは、グレタの手を握る。

「グレタ、パトリック、逃げるんだ」

そう告げるとグレタの手を握ったまま逃げ出した。

「どうしたんですか?」

「あの魔獣は危険だ」

グレタは可愛い顔をした魔獣の姿を思い出して首を傾げたが、リカルドと一緒に逃げた。パトリックもリカルドを追い駆けるように逃げてくる。

「おい、説明しろ。何が危険なんや?」

「あれは地獄イタチだ」

それを聞いたパトリックの顔が引き攣った。

地獄イタチというのは、地球の動物に例えるなら、スカンクに近い魔獣だったのだ。しかも、その魔獣が放つ臭気は地獄だと思えるほど強烈だった。

その魔獣の正体を知らずに攻撃を命じれば、恐ろしいことが起きると予想したのだ。

リカルドたちが訓練場を抜け出した瞬間、背後で悲鳴と苦しむ声が響いた。

「立ち止まるな。地獄に落とされるぞ」

三人は風上に向かって、十分だと思えるほどの距離を走ってから止まった。

遠くで絶叫が聞こえる。

「はあはあ……そんなに臭いものなんですか?」

グレタも地獄イタチの名前だけは知っていたらしい。

「のた打ち回って苦しむほど、凄い悪臭らしい」

パトリックが訓練場へ視線を向ける。

「助けにいかんでもいいのきゃ?」

「今、助けに行ったら、同じ目に合う。地獄イタチの臭いは、一日ほどで消えるはずだから待つしかない」

パトリックは魔術士協会の理事たちに知らせてくると言って去った。

「あっ、訓練場から誰か出てきます」

リカルドが訓練場へ目を向けると、訓練場の門から魔術士の誰かが、匍匐前進するように這い出して来た。だが、門を出たところで力尽きたようだ。

「あそこじゃ、助けに行けないな」

「そ、そうなんですか?」

「地獄イタチの放つ臭気は、段々と周りに広がって、広範囲の敵を倒すんだ」

「あっ、究錬局のジャンピエロ局長です」

ジャンピエロと二人の若い魔術士が訓練場に近付こうとして、鼻を押さえて逃げ出した。だが、五、六歩逃げたところで倒れる。

「嘘っ、そんなに強烈なんですか?」

「ああ、興味本位で臭いを嗅いでみようと思わない方がいい」

「そうみたいですね」

グレタの顔が青褪めている。

パトリックが代表理事のジェズアルドと数人の理事たちを連れてきた。

「訓練場はどんな様子だぎゃ?」

「先ほど、ジャンピエロ局長が助けに行こうとして、巻き添えになって倒れた」

「何だと!」

ジェズアルドが倒れているジャンピエロを見て、助けに行こうとした。

「ダメです。今行ったら、ジャンピエロ局長と同じ目に遭います」

「うーん、そうか。何もできんのか?」

「臭気が消えるまでは、何も」

リカルドは何が起きたか、詳しく説明した。

「ジョコンドめ、論文の検証で手を抜きおったのか」

「それとも、検証に必要な能力がなかったか、ですね」

ジェズアルドが溜息を吐いた。

「後のことは、儂に任せてくれ」

ジェズアルドの言葉で、リカルドたちは魔術士協会を出て、食事に行くことにした。

「何が食べたい?」

リカルドが尋ねると、グレタはさっぱりしたものが食べたいと言う。

「それじゃあ、ユニウス料理館へ行って、トカゲ肉トマトシチューを食べるがね」

パトリックの提案に賛成した。トカゲ肉トマトシチューは最近始めた新メニューである。たっぷりの野菜とトカゲ肉の相性がよく、さっぱりした味に仕上がって評判が良い。

「代表理事は、ジョコンドの不始末を、どう処理するんだろう?」

「死人も出ていないから、一度の失敗で辞めさせることはないがね。ただ謹慎にはなるんじゃないきゃ」

リカルドたちはユニウス料理館へ行った。料理を頼んでから話し始める。

「王太子殿下は、何でジョコンドなんかを、魔術士協会に送り込んだんや?」

「ジョコンド副局長が来たのは、王太子殿下の命令なんですか?」

グレタが納得できないという顔で尋ねた。

「殿下は、魔術士協会を試したのかもしれない」

「どういうことです?」

「ジョコンドをどう処遇するかで、魔術士協会の淀みを明らかにしようとしたのかもしれない」

パトリックが頷いた。

「魔術士協会の人事は、派閥の力関係で決まるようなところがあったがね。殿下はそこが気に入らなかったんやないか」

ジョコンドは宮廷魔術士になったライモンドと同じ王権派なのだ。バランスを取るために副局長にしたのではないかとパトリックは思っているらしい。

「セラート予言が終わったら、魔術士協会の改革が始まるかもしれないな」

「その時は、リカルドが代表理事に立候補するがね」

リカルドはとんでもないというように首を強く振った。

「嫌だよ。無事にセラート予言を乗り越えたら、ゆっくりと読書や研究をしながら暮らすつもりなんだから」

グレタは嬉しそうな顔をする。

「素敵ですね。そうなったら、私も一緒に研究を手伝います」

料理が来たので、食べ始める。トマトの酸味と野菜やトカゲ肉の旨味が調和して素晴らしい味に仕上がっている。料理長の腕が上がったと、リカルドは感じた。

「そう言えば、大雪で潰れた家の人たちはどうしてるんや?」

「副都街の大雪対策シェルターで暮らしている人が多いな。さすがに家を建て直すには時間がかかるから」

「あそこに住み着くんじゃないきゃ?」

「それはない。それほど住みやすい建物じゃないんだ。特に夏は暑くなるはずだぞ」

グレタが頷いた。

「そうでしょうね。風通しの良い建物じゃなかったはずですもの」

食事を終え、商店街をぶらぶらしてからグレタを侯爵の屋敷に送っていった。その帰りに見覚えのある集団を目にする。

「小僕たちじゃないか。何をしてるんだ?」

一番年長らしい少年が答えた。

「訓練場の臭いが、僕たちの宿舎まで広がってきたんです。それで今夜寝るところを探しているんです」

「魔術士協会の他の建物じゃダメなのか?」

「寝ている間に、臭いが広がるんじゃないかと思うと、眠れません」

リカルドは笑った。可哀想だと思うのだが、寝ている間に悪臭に襲われるという状況を考え、それがツボに嵌ったのだ。

「リカルド様、笑い事じゃないんですよ」

「そうだな。副都街の大雪対策シェルターに空きがあるから、そこに泊まるか?」

「いいんですか?」

「でも、ちょっと歩くことになるぞ」

小僕たちは歩きは慣れているので構わないと言う。

リカルドは一緒に歩き始めた。小僕たちと一緒にいると懐かしい気分になる。

「ニコラさんたちは、何をしているんです?」

小僕から勉強して魔術士になり、ユニウス飼育場で働いていたが、今は工房にいる。

「工房で、収納紫晶を作っているぞ。収納紫晶工房は、凄い利益が上がっているから、かなりの給金をもらっているはずだ」

ニコラたちの給金は、固定給プラス歩合なので、利益によって変わる。

「へえー、どれくらいの給金なんだろう。金貨一枚くらいもらっているのかな?」

リカルドが笑った。

「少ない時でも、それの五倍はもらっているよ」

「ほ、本当ですか。」

「凄え、俺も魔術士になって、工房で働きたいです」

小僕たちが羨ましいという声を上げた。

「頑張って、魔術士になったら、応募してくれ」

収納紫晶工房に入りたいという魔術士は増えている。競争率が高いのだ。

副都街に着くと大雪対策シェルターへ行った。

「しっかりした建物なんですね」

「そりゃあそうさ、大雪が積もっても潰れない建物なんだから」

「これを見ると、俺たちの宿舎は大丈夫かな。心配になってきた」

「リカルド様、何とかしてください」

小僕たちの宿舎を思い出したリカルドは、今年の冬は危ないかもしれないと思った。去年も補強して乗り切ったのだが、老朽化が激しくて、補強も限界だったからだ。