作品タイトル不明
scene:216 鋼鉄サソリと宮廷魔術士
キレス伯爵の屋敷で一泊したパトリックたちは、翌朝鋼鉄サソリを探しに出掛けた。鋼鉄サソリは乾いた土地を棲家にすることが多い。
そのような土地をキレス伯爵から聞いているので、まずニセルタ村へ向かう。ニセルタ村というのは、ラガベという植物を栽培している。
このラガベは蓄えたデンプンを糖分に変えて花茎に蓄える。その糖分を集めたものが、ラガベシロップと呼ばれている。
また糖分を発酵させて蒸留酒を造るということも行っており、この地方の特産品となっていた。
乾いた大地にラガベが植えられている畑がずーっと続いている。
「パトリック、あの宮廷魔術士たちをどう思う?」
「ジョコンド次席長ですきゃ? 次席長なんだから、凄腕じゃないかと」
「ふん、まだまだだな。ジョコンドはポンコツだぞ」
「えっ、まさか?」
「あいつは、王立バイゼル学院で一緒のクラスだったのだ。要領が良くてテストの成績はトップクラスだったが、実技は全然だった」
それが本当だと、なぜ宮廷魔術士になれたのかが、疑問に思える。それを副局長に尋ねた。
「ジョコンドの父親は、王の側近だったアルフレード男爵の従兄弟だ。無理やりジョコンドを宮廷魔術士にしたらしい。あいつが宮廷魔術士になったと聞いて、驚いたのを覚えておる」
「学院を卒業して、二十年以上経っているんですから、次席長の技量も上がっているかも」
「どうだろうな」
ナサエル副局長が楽しそうに笑った。次席長が鋼鉄サソリに苦戦して慌てる様子を想像しているようだ。
パトリックが鋼鉄サソリを発見した。
「副局長、あそこに」
「ほほう、最初の一匹だな」
副局長が収納紫晶から特注デスオプロッドを取り出した。
普通のロッドより倍ほども長く太いロッドである。そのロッドを両手で握った副局長は、雄叫びを上げて走り出した。
「何か、一段と野生化しているような感じだがね」
パトリックは慌てて追い駆けた。トゥイストホーンを握り締めて追い付いた時、戦いは始まっていた。
鋼鉄サソリは鋼鉄製の剣で斬り付けても撥ね返すほど頑丈な外殻で守られている。その外殻に特注デスオプロッドが叩き込まれると外殻がボコリとへこんだ。
人間の力ではありえないことである。デスオプロッドの特殊効果が影響しているのだろう。
耳を澄ますと、特注デスオプロッドからヴィーンという低い振動音が聞こえる。デスオプロッドに魔力を流し込んだ時に聞こえる音である。
鋼鉄サソリが尻尾の毒針で副局長を刺そうとした。それに気づいた副局長は、特注デスオプロッドで毒針を打ち返し毒針が破壊される。毒針を失った鋼鉄サソリが巨大なハサミで副局長の足を狙う。
その攻撃を躱した副局長は、その頭に特注デスオプロッドを振り下ろした。それがトドメとなって鋼鉄サソリは息絶える。
「お見事」
「この『デスロッド』があれば、これくらいは当然だ」
副局長は特注デスオプロッドに名前を付けているようだ。
その時、何かが聞こえた。
「何か聞こえなかったか?」
パトリックが頷いた。
「……ぎゃあーー」
「濁声の悲鳴のような……」
「助けに行きたくなくなる悲鳴だな。無視して先に進もうか?」
「いや、それはダメだがね」
「はあっ、昔聞いたことがある悲鳴なんだ」
二人は悲鳴が聞こえた方へ走った。
宮廷魔術士のジョコンドたちが鋼鉄サソリから逃げていた。追ってくる鋼鉄サソリの数は五匹である。
「あいつら、何をやっとるんだ?」
「見ての通り、鋼鉄サソリから逃げているのでは」
「逃げずに攻撃すればいいだろう。なぜ攻撃せんのだ?」
パトリックも不思議に思い始めた。いくら実技が不得意だとしても、鋼鉄サソリを倒すくらいの魔術は習得しているはずだ。
「どこかに誘い込もうとしているのでは?」
逃げているジョコンドたちの顔を見ると、必死で逃げているのが分かる。
「いや、あの顔は誘い込もうなんて、余裕はなさそうだぞ」
ジョコンドがコケた。しかも顔から地面に突っ込んだ。
「あっ、ドジが」
ジョコンドの相棒は、彼を残して逃げた。倒れたジョコンドに鋼鉄サソリが迫っている。
「チッ、間に合わんぞ」
「自分に任せるがや」
パトリックはトゥイストホーンを構え、その切っ先を鋼鉄サソリの群れに向けた。先頭にいる魔獣に向けて、魔力圧縮玉が放たれた。
その魔力圧縮玉が鋼鉄サソリの背中に命中し爆発。その威力はかなりのもので巨大サソリをバラバラにして、後続の仲間を吹き飛ばす。
「何だ、今のは?」
ナサエル副局長は、パトリックが持つトゥイストホーンに注目した。
パトリックは無視して、触媒を取り出す。【九爪竜撃】の触媒である。
「副局長は、次席長を助けてください」
「分かった」
パトリックはトゥイストホーンに魔力を流し込み触媒を撒くと呪文を唱え始めた。
「 シェナ(風よ) ・ ヴェゼラシル(大気を固め) ・ オボス(九本の) キュセ(竜爪となり) ・ ジュセム(合図を待ち) ロベス(切り裂け) 」
パトリックの周囲に薄い紫色に輝く九つの竜爪が現れた。その九つの竜爪を見て、副局長が目を大きく見開いた。
「アン」
パトリックが合図した瞬間、空中に浮いている竜爪の一つが、飛翔して鋼鉄サソリの背中を切り裂いた。
「ドゥ」「トロワ」「キャトル」
四つの竜爪を飛翔させたところで、鋼鉄サソリの群れが全滅した。パトリックは魔術を解除する。残っている竜爪は砕け散って消えた。
「まあ、こんなもんだがね」
後ろでドサッとという音がした。振り返ると副局長の足元に次席長が横たわっている。担いでいた次席長を地面に落とす音だったようだ。
「凄えじゃねえか。それは革新派になると習えるという上級魔術か?」
「ええ、リカルドが中心になって開発した【九爪竜撃】だがね」
「俺も革新派になったら習えるのか?」
「でも、革新派の中心は、リカルドだがね」
革新派に入れば、副局長より若いリーダーの下になる、と忠告する。
「年齢など構わん。リーダーは年で選ぶもんじゃないだろ」
「それはそうですが……」
革新派は若い魔術士の派閥なのだ。そこに副局長が入ると、何かとやり難くなりそうな気がするパトリックだった。
「うううっ」
足元のジョコンド次席長が呻き声を上げた。
「仕方ない。一度屋敷に帰ろう」
パトリックが鋼鉄サソリの死骸を収納碧晶に仕舞ってから、ジョコンド次席長を背負って戻ることになった。
屋敷に戻ると先に逃げた宮廷魔術士が、キレス伯爵と話をしていた。その伯爵がパトリックたちの姿を見て、駆け寄った。
「鋼鉄サソリの群れに襲われたと聞いたが、大丈夫だったのかね?」
ナサエル副局長が『大丈夫です』と返事をする。
「それより、どうして鋼鉄サソリから逃げていたのだ?」
副局長が宮廷魔術士に尋ねた。
「鋼鉄サソリの群れに襲われたのだ。何匹かは倒したが、魔力が尽きたので逃げるしかなくなった」
パトリックはジョコンド次席長を床に下ろした。伯爵が手当するように手配する。
ジョコンド次席長やこの宮廷魔術士は、上級魔術を一発放っただけで魔力が尽きたらしい。それでよく宮廷魔術士を名乗れるな、とパトリックは思った。
上級魔術は膨大な魔力を消費する。それでもパトリックは三発、タニアは二発連続で放てる。リカルドだけは例外で基本的に魔力切れは起きない。リカルドは規格外であり、比較の対象にならない。
「王太子殿下は、なぜ宮廷魔術士を二人だけ派遣され、後は槍兵だけだったのだ?」
伯爵が納得できないという顔をする。パトリックが何か言いたそうにしているのに気づいた伯爵は自由に話すように言った。
「王太子殿下が主戦力として派遣されたのは、特殊槍兵部隊だがね。それで十分だと考えられたのだと思います。きっと宮廷魔術士はおまけだったんだがね」
「しかし、特殊槍兵部隊と言っても、たったの七人だ」
「彼らは、特殊な長い箱を五個持っていたがね。十分な数だがや」
「箱だと? 箱がどうしたのだ?」
「あれは、双角鎧熊も仕留めることができる黒震槍を、入れてある箱だがね」
「黒震槍? もしかして、噂の黒槍のことかね?」
世間では黒震槍のことを黒槍と呼んでいるらしい。
「正式な名前は『黒震槍』だがね。ん、帰ってきたようだがや」
ガンドルフォ隊長が伯爵の前に立って報告した。
「今日は、鋼鉄サソリ五匹を仕留めました。これが証拠の尻尾です」
ガンドルフォ隊長が尻尾の入った袋を渡した。
「……特殊槍兵部隊とは、黒槍の部隊だったのか」
伯爵は王太子に感謝した。
一方、パトリックは役立たずの宮廷魔術士を送ってきた王太子の意図を考えていた。もしかして、この二人に自分の実力を悟らせ、宮廷魔術士を辞職させようと考えているのかもしれない。
王太子ならやりそうなことだった。実力がないのに、口だけ達者なものを酷く嫌っているとリカルドから聞いたことがあったのだ。
「ところで、ナサエル殿たちは、何匹の鋼鉄サソリを仕留めたのだ?」
パトリックが鋼鉄サソリ四匹の死骸を取り出して並べた。
「実際は五匹だったのですが、一匹をバラバラにしてしまったので、持ち帰れなかったがね」
このことにより、伯爵は非常に喜んだ。思ったより早く鋼鉄サソリを一掃できそうだったからだ。
パトリックたちは伯爵と一緒に食事をしてから、部屋に戻った。
「そう言えば、変なロッドを使っていたな。あれは何だ?」
ナサエル副局長が真面目な顔をして質問した。
「あれは、ある魔獣の角を加工したものだがね」
「魔獣の角? そんなものがロッドになるのか?」
「魔成ロッドの代わりにもなるし、武器としても使えるがね」
「中々便利そうだな。だが、やはりデスロッドが一番だ」
副局長はぶれない人物らしい。
翌日も鋼鉄サソリの狩りに出掛けた。宮廷魔術士たちは伯爵の屋敷で大人しくしている。昨日の経験で鋼鉄サソリが怖くなったようだ。
この日は副局長が活躍した。鋼鉄サソリを発見すると、駆け出してデスロッドで滅多打ちして仕留めるのだ。
三匹目を倒した時、噴き出した汗をタオルで拭っていた。
「こういう便利な布も織れるようになった。世の中は進歩しているのだ。魔術士も進歩せねばならん」
そのタオルもリカルドが考案したものだと知ったら、副局長はどう思うだろう。
「そうだ。革新派の理念はなんだ?」
「『自由』と『進歩』だがね」
副局長が頷いた。
「新しいことがすべていいとは言わんが、何事も停滞すると腐る。特に長老派は腐っているから、気に食わなかったのだ」
「副局長は、王権派に近いのきゃ?」
「王権派も新しいものを取り入れようとしていたが、筋肉の力を否定しおったので、近付かなかった」
魔術士なら当然だろう。物事を筋肉で解決しようとするような人物は、普通魔術士にはならないものだ。パトリックは、ちょっとした疑問を副局長に問う。
「副局長は、恩恵選びで何を選択したのです?」
「もちろん、【筋力増強】だ」
当然だというように言い放った副局長の顔を見て、パトリックは溜息を吐いた。