軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:215 魔境の胎動

リカルドは図書館で収納碧晶と条件指定に関連する魔術を調査した。

「なるほど、収納碧晶に条件指定を組み込むことは可能なようだ」

図書館で一日調べて、圧縮する魔術も組み込み可能だと分かった。リカルドは図書館を出て研究室に向かった。研究室に入ると、碧玉樹実晶を取り出し加工を始める。

碧玉樹実晶の内部に亜空間を作り出し拡張する。その作業が終わると亜空間に収納したものを圧縮するモードを組み込む。そして、最後に使用者が指定した範囲から指定したものを収納する機能を刻み込んだ。

条件指定可能収納碧晶が完成した。名前は『除雪収納碧晶』である。除雪にだけ使えるというわけではないが、目的は除雪である。

「しまった。完全に夜になっている」

窓から外を見ると真っ暗になっていた。

「これから帰るのも、面倒だな。今日は魔術士協会に泊まるか」

泊まると言っても、研究室は寒い。リカルドが持ち込んだ魔術暖房具は、魔力を熱に変換し水を蒸気に変えて放熱器に送り込んで部屋を暖めるものだ。

但し、大きなものではないので、室内の温度を十度ほど上げるのが精一杯である。昼間なら十分なのだが、冷え込む夜は足りない。

リカルドは収納碧晶から大量の毛布を取り出した。この毛布は、家が潰れた人々のために購入したものだ。これがなかったら、魔術士協会に泊まろうとは思わなかっただろう。

「ん、コンテナハウスを出して、中で寝た方が暖かかったかな。いや、コンテナハウスは鋼鉄製だ。暖房機能も大したものじゃないし、ここの方がマシか」

床に毛布を敷き横たわると、三枚の毛布を身体にかけた。少し待っていると身体が暖まってくる。

いつの間にか寝ていたらしい。目が覚めると朝になっていた。夜の間に雪が降ったようで、降り積もった雪が厚くなっている。

リカルドは除雪収納碧晶を持って外に出た。図書館の出入り口は雪が少なかったが、少し離れると雪の壁となっている。高さ二メートルほどになるだろう。

「さて、除雪収納碧晶を試してみよう」

収納条件を雪にして収納する。目の前にあった縦十メートル、横三メートルほどの雪が突然消えた。

除雪収納碧晶に収納されたのである。収納された雪は、もう一つの機能である圧縮によって固められ、四角い塊となった。リカルドはその塊を取り出して道の脇に置く。

塊は後で回収して海にでも捨てれば良いと考えていた。

リカルドは除雪収納碧晶で道を作りながらバイゼル城へ向かう。一つや二つの除雪収納碧晶ではどうにもならないと思い、王太子と相談しようと考えたのだ。

魔術士協会を出ようとした時、タニアと会った。

「リカルド、研究室に泊まったの? 寒かったんじゃない」

タニアが声をかけた。

「毛布をたくさん持っていたから、大丈夫だったよ。それより朝から図書館か?」

「ええ、調べることが多いのよ。ところで、綺麗に雪がなくなっているのは、どうしたの?」

リカルドは除雪収納碧晶を見せた。

「昨日、これを作ったんだ」

もう一度除雪収納碧晶を使った。

「うわっ、一瞬で雪が消えた」

「消えたわけじゃないよ。ほら、ここにある」

リカルドが圧縮された雪の塊を出して脇に置くと、タニアが近寄ってコンコンと叩く。

「圧縮されて、氷のようになっているのね」

「除雪には最適だと思ったんだけど、これ一つじゃどうにもならないので、王太子殿下に相談に行ってくる」

「そうね。それがあれば、屋根の雪下ろしがかなり楽になりそう」

リカルドはタニアと別れて、城へと進む。除雪しながらなのでゆっくりである。

城に到着すると兵士たちが除雪作業をしている姿が見えた。名前を言ってサムエレ将軍に伝言を頼み待つ。しばらくすると将軍が姿を現した。

「リカルド殿、こんな朝早くにどうしたのです?」

「除雪のことで、王太子殿下と相談に来ました」

「はあっ、リカルド殿もですか」

「自分の他にも、除雪の件で相談に来る人がいるのですか?」

「ええ、屋根の雪下ろしに兵士を貸して欲しい、という要請が多数きているのです」

「なるほど、自分の用件は違います。除雪に便利な道具を作ったので、王太子殿下に相談に来たんです」

「ほう、それは興味深い。王太子殿下のところへ案内します」

リカルドは案内されて、王太子殿下が食事をしている部屋に案内された。

「リカルド、朝食を食べたか?」

「昨日は、魔術士協会へ泊まったので、まだでございます」

「ならば、一緒に食べよう。用意させる」

王太子がリカルドの分の朝食を用意するように命じる。

すぐに朝食を持ってきた。どうやら、そういうこともあるかしれないと厨房の者が準備していたようだ。

「食べながら、話そう。除雪の件だと聞いたが、副都街の除雪も大変なのか?」

「はい、副都街でも苦労しています。そこで除雪用の道具を作りました」

「まさか、魔術で雪を吹き飛ばすというのでは、ないだろうな」

リカルドが笑った。

「まさか、そんな馬鹿なことを考えるものですか」

そう言った時、王太子が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「言った者が居るのですか?」

「陛下が、雪に足を取られて転ばれた時に、そんなことを叫ばれただけだ。本気ではない……と思う」

「……まあ、驚いて叫ばれただけなのでしょう」

王太子が苦笑いした。

「ところで、除雪の道具というのは、どんなものなのだ?」

「収納碧晶を改造しました。雪だけを集めて圧縮して取り出す。そういうことができる道具を作ったのでございます」

「実際に使うところを見ないと、本当に使える道具か判断できぬ。食事の後、見せてくれ」

リカルドは承知した。

王太子と一緒に外へ出たリカルドは、まだ除雪が終わっていない庭園まで行った。雪のせいで庭園にも被害が出ている。雪の重みで枝が折れている木が多数あった。

「では、始めます」

リカルドは除雪収納碧晶を使った。

一瞬で雪が消えた。

「おおっ!」

サムエレ将軍が驚きの声を上げた。王太子は感心したように頷いている。

「見事なものだ。木や草花はそのままで、雪だけが消えている」

「王太子殿下、このままでは家が潰れる人々が増えるでしょう」

「分かっておる。碧玉樹実晶があれば、その道具が作れるというのだな。いいだろう。王家が所有している碧玉樹実晶を渡そう」

リカルドは王太子から碧玉樹実晶を受け取り、除雪収納碧晶を多数製作した。それらの除雪収納碧晶は、各地に配られ屋根の雪下ろしに役立てられた。おかげで潰れる家が減少した。

◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

ロマナス王国の人々は、セラート予言の初めての冬を乗り切った。大雪による犠牲者は出たのだが、それは少数だ。

セラート予言の二年目になった。その頃になると、魔境における魔獣の活溌化が目立つようになる。王太子は多くの兵士を魔境へ移動させ、魔境門に近付く魔獣を狩らせた。

魔境から溢れる前に魔獣を間引きしようと考えたのである。その作戦は第一魔境門から第九魔境門の各地で実施された。

ほとんどの魔境門では成功したのだが、キレス領にある第六魔境門だけは失敗した。魔獣の群れに襲われ、魔境門から一部の魔獣が溢れたのだ。

これはキレス領の兵士たちが張り切りすぎて、ある魔獣の群れに手を出したのが原因だった。その群れというのが、鋼鉄サソリの群れだ。

鋼鉄サソリは駆除するのが難しい魔獣である。その外殻は剣や槍を通さず、魔術でしか倒せなかったからだ。

これは緊急事態だった。キレス領のキレス伯爵は王都に救援を求めた。王太子は黒震槍を持つ槍兵と宮廷魔術士を送ることにした。

ただ宮廷魔術士の数を聞いたキレス伯爵は不安に思った。少なすぎると感じたのだ。そこで別に魔術士協会の討伐局にも依頼した。

そして、討伐局はナサエル副局長を派遣することに決めた。

ナサエル副局長の指名で、パトリックも行くことになり盛大な溜息を吐いた。

「何で、ナサエル副局長に指名されたんやろ」

パトリックがリカルドの研究室で愚痴ると、タニアが笑う。

「キレス領へ行く準備は済んだの?」

「そんなものは、とっくに終わっとるがね。後はリカルドからデスオプロッドを借りるだけだがや」

タニアが首を傾げた。

「何で、デスオプロッドなの?」

「ナサエル副局長が、殴り合いの近接戦闘を命じるかもしれんからだがね」

「あの副局長、そんなことをまだやっていたの」

タニアが呆れて声を上げる。タニアもナサエル副局長が筋肉で戦う魔術士だということは知っていた。だが、今回の相手は鋼鉄サソリである。

リカルドもその点に疑問を持った。

「相手は鋼鉄サソリですよね。さすがに殴り合いで戦えとは言わないのでは?」

パトリックがゆっくりと首を振った。

「副局長は、特注のデスオプロッドを手に入れたがね。その特注ロッドで、双角鎧熊を殴り殺したがや」

これにはタニアも驚いた。

「嘘でしょ。デスオプロッドに魔力を流し込んで叩くと威力が凄いというのは知っているけど、双角鎧熊を殴り殺すなんて、常識はずれにもほどがある」

パトリックがまた溜息を吐いた。

「特注ロッドが凄かったんだがね」

タニアがリカルドに視線を向けた。

「まさか……」

リカルドが視線を逸す。

「リカルド、どうして特注のデスオプロッドなんてものを作ったんだがね?」

「三日連続で、研究室に押しかけられて、筋肉がどうのこうのと言われ続け、筋肉で魔獣を倒すには特別なロッドが必要なのだと、懇願されたんだ。その時は、一刻も早く副局長に帰って欲しい、そう思ったのが悪いことなのか?」

タニアが笑い出した。

「全然、可笑しくない。副局長の暑苦しい顔で三日も迫られたんだ」

「そうね。リカルドとしては、仕方なかったのかもね。でも、魔獣を殴って仕留めているのは、触媒を節約するためなんでしょ。だったら、トゥイストホーンを持っているパトリックは、デスオプロッドなんて必要ないはず」

「タニアは、まだ副局長を理解していないがや。触媒の節約という目的は、頭から消えて、どうやって魔獣を撲殺するかというのが、目的になっているんだがね」

今度はタニアが溜息を吐いた。

「何で、そんな人物が、討伐局の副局長なの?」

「実績を上げているからだがね。討伐局の人間は、大量の雑魚魔獣が討伐対象だと、やりたがらないけど、副局長は積極的に討伐するので、数だけなら討伐局で一番なんだがや」

「なるほどね」

パトリックはリカルドからデスオプロッドを借りてキレス領へ向かった。

討伐局から派遣されたのは、ナサエル副局長とパトリックだけらしい。副局長は相手が鋼鉄サソリなら、二人で十分だと言ったからだ。

討伐局の局長も、王家の兵士や宮廷魔術士も行くというのを知っているので、二人で十分だと判断したらしい。パトリックとしては、ナサエル副局長と二人というのには抵抗があったが、任務なので仕方なく付いて行った。

キレス領に到着すると、キレス伯爵の屋敷に滞在することになった。そこで王家の武官や宮廷魔術士に紹介された。

特殊槍兵部隊の隊長はガンドルフォという軍人で、王太子が信頼する人物らしい。そして、宮廷魔術士として派遣されたのは、宮廷魔術士の次席長という二番目に偉い魔術士ジョコンドと部下一人だけだった。

ジョコンド次席長は、魔術士協会が嫌いなことで有名な人物だ。不機嫌な顔でナサエル副局長を睨んでいる。

「ん、私の顔に何か付いているかな」

「ふん、宮廷魔術士である儂らが来ると分かっているのに、なぜ魔術士協会の魔術士などを呼んだのです?」

キレス伯爵が困ったという顔をする。

「王家から、宮廷魔術士二人だけしか派遣できないと聞いたので、それでは戦力が足りないと思ったのだ。我が領地に入り込んだ鋼鉄サソリは、二十匹を軽く越えている」

「それくらいの数なら、我らだけで対処できる」

それを聞いたナサエル副局長が鼻で笑う。

「それが本当なら良いがな」

副局長とジョコンド次席長に睨み合いが始まった。それを見てパトリックは、この任務を引き受けたことを後悔した。