作品タイトル不明
scene:212 島のモモンガ
翌朝、マッテオたちは朝食を食べてから、正体不明の魔獣を探しに島の内部へ入る。木々に覆われた島の内部には様々な動植物が存在した。
リスや野ネズミ、ウサギなどが多いようだ。そして、魔獣も棲み着いている。最初に遭遇した魔獣は、剣山イタチである。中型犬ほどの大きさで背中に剣山のような針が生えているイタチだ。
マッテオは魔彩功銃を腰のガンホルダーに入れており、それを抜いて剣山イタチを撃った。一撃で剣山イタチが血を吐いて倒れた。
「便利な世の中になったな」
バルビオが呟くように言った。
「でも、ロマナス王国だけよ。魔彩功銃なんて、ほんの限られた人たちしか使っていないみたいよ」
「新しい武器だからな。作っているところは、ロマナス王国の王都だけのようだ」
「俺たちは、リカルドがいたから手に入れられたけど、貴族でも手に入れるのは難しいらしい」
「弟さんは、これ以上の武器を作っているんでしょ?」
「リカルドがというより、王家が魔砲杖なんかの新しい武器の導入を進めているようだぞ。セラート予言の年になったからな」
「セラート予言か。本当に大雪が降ったり、魔境から魔獣が溢れたりするんだろうか?」
バルビオはセラート予言に関しては疑っているみたいである。
「リカルドから聞いた話では、九十年単位で起きる事実らしい。今年の冬は厳しいものになる、と言っていた」
「魔境が原因なら、魔境からどれくらい離れれば、影響がないんだ?」
「ロマナス王国は、影響範囲内で隣の国にも少し影響があるらしい。王家が昔の記録を調べて分かったそうだ」
「ふーん、トリドール共和国には、それほど影響がないのなら、良かった」
マッテオはフッと笑う。
「バルビオは、トリドール共和国が嫌いだったんじゃないのか?」
「嫌いだが、生まれた国だからな」
幼い頃に一緒に遊んだ友人や親戚がいるのだろう。家族は死んだと言っていたので、嫌な思い出があるのかもしれない。
「私も本格的に魔術を習おうかな」
エルナが突然言い出した。マッテオは頷いた。
「それがいいかもしれない。俺もリカルドに習おうかと思っているんだ」
「いやいや、それは恐れ多いんじゃない。弟さんは巨蟻ムロフカを倒したほどの凄い魔術士なんでしょ」
「凄いとは思うけど、リカルドが覚えたいなら教えると言っていたんだ。もう一人の弟セルジュにも教えると言っていたから、もっと気軽に教えてもらえるんじゃないか」
「それなら、私も教わりたいけど」
「だったら、頼んでみるよ。基本から教えると言っていた。だから、一人前の魔術士になるには、一年ほどかかるそうだ」
「静かに」
バルビオが押し殺した声で二人に注意した。魔獣の気配を感じたようだ。マッテオは気配を探ろうと感覚を研ぎ澄ませる。東の方角から獣が吠える微かな声が聞こえた。
「熊の声に似ている。どう思う?」
「そうだな。問題は野生の熊か魔獣かだ」
マッテオたちは足音を立てないように近付いた。その時、熊の悲鳴のような叫びが聞こえる。島の奥から全身血だらけになった熊が、走り出してきた。
「気を付けろ」
バルビオの声が響く。マッテオは槍を握り締めて身構える。熊が魔獣だった場合、魔彩功銃ではほとんどダメージを与えられない、と思い槍を武器に選んだ。槍なら熊の首や眼などを突き刺すことで倒せることもあるからだ。
エルナが魔彩功銃で熊を撃った。その熊は断末魔の叫びを上げて倒れた。
「あれっ、魔彩功銃が効いた。魔獣じゃないのか?」
マッテオは予想が外れたことに驚いて声を上げる。
「そうみたい。ただの熊だったようね」
バルビオが倒れている熊の傷を調べた。一つ一つの傷は浅いが、全身に多数の傷がある。
「やはり、【風】の魔術【嵐牙陣】に似ているな。どう思う?」
「魔術士が居るのかな」
「探しましょう」
マッテオたちは熊が逃げてきた方角に向かう。
そこにはモモンガの群れがいた。モモンガは一匹のオスと数匹のメスで群れを作り子育てを行う。そのメスの一匹が言葉を喋っていた。
「誰? アッチいけ」
マッテオは、一匹のモモンガに注目した。そのモモンガの眼には知性があった。間違いなく賢獣である。
「俺たちは敵じゃない」
「アッチいけ」
賢獣が何かをしようとしているのを感じて、マッテオたちは木の後ろに隠れた。次の瞬間、空気が刃に変わって雨のように降り注いだ。
「魔法よ。船乗りがやられたのは、賢獣の魔法だったのよ」
モンタは魔術を使うが、それはリカルドが育てたせいだ。普通の賢獣は魔法を使うものなのだ。
「ああ、モンタと同じモモンガの賢獣だ。あいつが魔法を使ったのに違いない」
マッテオたちは撤退することにした。依頼では魔獣の討伐ということになっていたが、相手が魔獣ではなく賢獣と分かったのだ。
「これで依頼料は、ちゃんともらえるのかな?」
「それは話し合うしかないな。ただ賢獣が島に居ると分かると、 大事(おおごと) になりそうだな」
バルビオは賢獣探しで大騒ぎした貴族たちを知っている。この島に賢獣が居ると知られれば、賢獣捕獲に大勢の人々が殺到するだろう。
「もう仕事は終わりなの?」
エルナの質問にバルビオは首を振った。
「いや、他に魔獣が居るかもしれない。島の調査は続ける」
「そうだよな。調査もしないで終わったことにするわけにはいかないか」
マッテオたちは二日かけて島中を調査した。結果、山にある洞穴を除いて、大した魔獣がいないことを確認する。剣山イタチや頭突きウサギはいたのだが、船乗りたちの脅威になるような魔獣ではなかった。
「この 洞穴(ほらあな) も調べるんだよな」
マッテオは面倒臭そうに言った。
「当然だ。この中に魔獣がいたら、俺たちの見落としになる」
マッテオたちは松明を作り、火を点けて洞穴に入った。中は人が三人ほど並んで通れるほどの広さがあった。バルビオが先頭で進む。
「嫌な臭いがする。腐臭じゃないか?」
マッテオが声を上げた。
「嫌な感じだな。肉食獣がいるかもしれんぞ」
マッテオは魔彩功銃を出して、洞穴の先に目を凝らした。
唸り声のようなものが聞こえた。
「まずい、引き返すぞ」
バルビオの指示でマッテオたちは引き返し始めた。だが、闇の中で凄まじい咆哮が響いた。マッテオたちは何とか外に出た。それに続いて、三つの眼を持つ巨大な熊が飛び出してきた。
「ヤバイ、三眼熊だ」
マッテオは魔彩功銃で三眼熊の頭を狙って撃つ。魔彩功銃では、三眼熊が含まれる脅威度3の魔獣を倒せないと、説明を聞いていた。
説明は正しかったようだ。目眩くらいは起こしたようだが、三眼熊を怒らせたくらいで大したダメージを与えられなかった。
兄のアントニオも三眼熊と戦ったことがあるらしく、その時は雷鋼魔砲杖で仕留めたと聞いていた。
「エルナ、魔砲杖の用意を……」
マッテオたちは王都で一丁の魔砲杖を購入している。【鋼矢散弾】の魔術を再現した魔砲杖で、今王都で大量生産されているものだ。
エルナは収納紫晶から魔砲杖を取り出し、三眼熊に狙いをつける。
「エルナ、早くしてくれ」
バルビオがエルナを急かす。
「いいわよ。 退(ど) いて」
エルナの声で、三眼熊の攻撃を防いでいたマッテオとバルビオが、急いで引き下がった。それを確認したエルナは、魔砲杖の引き金を引いた。
空中に生まれた七本の鋼鉄の矢が三眼熊に向かって飛翔し、その分厚い毛皮を貫通して筋肉と内臓を傷つける。この攻撃は魔獣に大きなダメージを与えたようだ。
だが、仕留めたわけではない。強烈な痛みで苦しむ三眼熊は、エルナに襲いかかろうと、 覚束(おぼつか) ない足取りで迫ってくる。
エルナは迫る魔獣から距離を取ろうとして洞穴の前から森へ逃げる。マッテオとバルビオも一緒に森へと入った。そこにはモモンガの群れがいた。
賢獣のモモンガが侵入者に怒りの叫びを上げ、魔法を放とうとする。その気配に気づいた三眼熊はモモンガの群れに向かって威嚇の咆哮を上げた。
その咆哮に驚いたモモンガの子供が、木の枝から滑り落ち慌てて滑空しようとしたが、子供なので上手くいかず三眼熊の足元に落ちた。
傷だらけの魔獣は、モモンガの子供を踏み潰そうとする。その子供の母親らしい賢獣が悲痛な叫びを上げ空中に飛び出し、三眼熊の顔に張り付くと鋭い爪で眼を引っ掻いた。
三眼熊が賢獣モモンガを前足の爪で払い落とした。
「エルナ、もう一度魔砲杖だ」
マッテオの叫び声を聞いたエルナは、触媒カートリッジを交換し三眼熊に向けて鋼鉄の矢を放った。それがトドメになって魔獣は死んだ。
だが、その死骸の傍には賢獣の小さな遺体が横たわっており、その身体を揺すっている子供の姿があった。
マッテオは死んだ賢獣の傍に来て頭を垂れた。
「ごめんよ」
モモンガの群れは、木の上で大騒ぎをしてから、子供を残して去っていった。子供の母親が死んだので、子供は捨てられたようだ。
それを見たバルビオが声を上げる。
「おいおい、あいつら賢獣じゃないのか?」
賢獣なら子供を捨てるなんてことはしないはずだ。どうやら死んだモモンガだけが賢獣だったらしい。
モモンガ型の賢獣についての生態研究は、あまり進んでいない。この賢獣は普通のモモンガが突然変異して、賢獣になるタイプらしい。
「可哀想……私がいけないのよ。ごめんなさい」
エルナが肩を落とし、鳴いている子供モモンガを見下ろしていた。
「どうしたらいいと思う?」
エルナが尋ねると、マッテオは子供モモンガを抱き上げた。少し暴れたが、すぐに諦めたようにおとなしくなり眠ってしまう。
母親モモンガは埋葬した。
「このままだと、子供は死ぬだろうから、連れて帰ることにする。モンタに聞いてみるよ」
「モモンガたちが連れ戻しに来ないかな?」
「船が迎えに来るまで子供の世話をして、連れ戻しに来るようなら返すけど、違ったら王都に連れて行くしかない」
マッテオたちは死んだ三眼熊から、金になりそうなものを剥ぎ取った。肉も荷物にならない程度を切り取って野営地に戻った。
結局、子供モモンガを連れ戻しに来なかった。
船が迎えに来て、子供モモンガを連れて王都に戻る。依頼は達成したことになった。問題の魔獣は、三眼熊だったことにしたのだ。
変な声は人間の声を真似る鳥でも居たのだろうということにする。
マッテオが子供モモンガを副都街の屋敷に連れて行くと大騒動となった。その騒動の中心はモンタである。
「この子、どうしたの?」
モンタが尋ねたので、島で起きたことをマッテオが話した。
「可哀想……モンタが面倒をみる」
リカルドが、その子供モモンガを見てから、マッテオに頼んだ。
「この子を、譲ってくれないか?」
「いいけど、賢獣じゃないかもしれないぞ」
リカルドは頷いた。
「モンタに仲間が必要だと思っていたんだ。ちょうど女の子みたいだから、モンタの家族になるかもしれない」
「名前はどうする?」
「そうだな……ティアにするか」
モモンガのティアを見て、喜んだのはモンタだけではなかった。パメラも狂喜した。
「ティアはパメラが育てる」
「違う。モンタが育てるんだ」
ティアが賢獣になるのかどうかは分からないが、リカルドは大切に育てようと思った。