作品タイトル不明
scene:201 サムエレ将軍の旅
王太子はメルビス公爵との面談を終えてから、溜息を吐き出した。
「次々と問題が起きる。気の休まる暇がないな」
愚痴をこぼした王太子は、サムエレ将軍を呼んだ。
「将軍、メルビス公爵領にモルドス神国からの難民が流れ込んでいるようだ。その支援として穀物を、これに入れて運んでくれ」
王太子はリカルドが製作した収納碧晶を将軍に渡した。
「これは新しい収納碧晶ですな。容量が倍に増えたと聞いております」
「ふむ、リカルドから聞いたか。魔力制御の技量が進んだからだと言っておった。配下の魔導職人も魔力制御の訓練をさせた方が良いかもしれん」
王太子から穀物の輸送を命じられたサムエレ将軍は、城の穀物倉庫に向かった。王太子が王政を執るようになってから、城の敷地に穀物倉庫を増設している。
元々がセラート予言が実現した時に備えて建てたものである。ここには大量の穀物が保管されていた。小麦などの長期間保存できるものがほとんどだが、中には副都街で栽培されているトウモロコシを乾燥させたものも保管されている。
トウモロコシを粉にして作るコーンブレッドが王都で流行っている。トウモロコシの香りと噛み締めた時の独特の食感、トウモロコシならではの穏やかな甘みが王都民の舌に合ったようだ。
将軍は王太子の命令を倉庫を管理している役人に伝えた。
「それでしたら、大麦とトウモロコシを持っていってください。今年は豊作で大量に買い入れたのです」
部下の兵士たちに命じて、収納碧晶に穀物を収納する。収納碧晶は使える者を指定する機構を組み込んだものもあるが、将軍が渡されたのはそういう機構が組み込まれていないものだ。
普段は王太子が管理しているが、任務によって貸し与えられるので組み込んでいないのである。
将軍は誰を使いに出そうか迷ったが、自分自身で行こうと考えた。
そのことを王太子に報告すると、理由を尋ねられた。
「特級魔術の威力が、どれほどなのか。この目で確かめたいのです」
「……そうか。余も行きたいが、無理だな。そうだ、絵師を連れて行け。その情景を絵にして持って帰るのだ」
「畏まりました」
王太子は念のためにと言って、黒震魔砲杖を渡した。
「穀物を届けるだけですので、必要ないと思いますが」
「モルドス神国との国境線は、不安定になっておる。念のために持っていくがいい」
「ご配慮、ありがとうございます」
サムエレ将軍は有名な絵師を探して雇った。ヒュメルという名の風景画家である。
「将軍様、絵を描くだけでよろしいのですよね?」
「そうだ、但し正確に描くのだぞ。誇張したり控えめに描いたりしてはならん」
「分かりました」
将軍たちは護衛たちと一緒にケイトラに乗って出発した。このケイトラはリカルドと一緒に開発したヴィゴールが製作したものだ。
メルビス公爵領へ続く道は整備が進んでおらず荒れていた。途中でメルビス公爵の馬車に追いつく。
「サムエレ将軍、もう追いついたのですか」
「ええ、このケイトラは速いですから」
「このままでは、将軍たちが先にフェムレス城へ着いてしまいますね。私も一緒にケイトラへ乗せてもらえませんか?」
ケイトラは将軍が運転し助手席にはヒュメルを乗せていた。そこでヒュメルを荷台へ移し、公爵を助手席に乗せて出発する。
走り出したケイトラの中では、公爵が興味深そうに将軍が運転している姿を見ていた。以前、リカルドが運転するルシープに乗ったことがあるはずだが、ケイトラにも興味を持ったようだ。
「これを動かすことは難しいのですか?」
「いえ、簡単です。少し練習すれば運転できるようになります」
「そう、ますます欲しくなったわ。今度王太子殿下に頼んでみようかしら」
公爵がケイトラを欲しいと言う。この乗り物の利便性を理解したのだろう。
「セラート予言の年が終わってからにして欲しいですな。王太子もケイトラが一台でも多く必要だと仰られています」
公爵が首を傾げた。
「セラート予言は迷信にすぎないという者が多くなっているわ。王太子殿下は、なぜ頑なに信じておられるのです?」
「ある者から、セラート予言が迷信ではない、という情報を得たからだと聞いています」
「ある者とは誰です?」
「聞いておりません」
メルビス公爵は将軍の顔をジッと見た。嘘を言っているようには思えない。サムエレ将軍にさえ打ち明けないというのは、誰なのだろうと公爵は頭を捻った。
メルビス公爵領へ到着した将軍たちはフェムレス城へ向かう。
「穀物は倉庫に運んでもらえるかしら」
「難民キャンプの近くに保管した方がいいのではないですか?」
「あそこには保管する建物がありません」
「なるほど」
将軍は収納碧晶から穀物を出して城の穀物倉庫に積み上げた。
公爵が将軍たちの様子を見に来た。
「約束通りね。王太子殿下に感謝します、と伝えてください」
「承知しました。ところで、難民キャンプを見てみたいのですが」
「いいでしょう。部下に案内させます」
将軍は穀物の一部をケイトラに乗せ、難民キャンプへ向かった。案内してくれたのは、カシキスという男だった。公爵が気に入って最近側近にした者だ。
「これがケイトラですか。凄いものですね」
「ああ、こんなものが誰でも所有できるようになれば、国が、いや世界が変わるだろう」
カシキスがなるほどというように頷いた。
「そうしたら、難民なんていない世界になるんですかね?」
サムエレ将軍は難しい顔になった。
「それはどうだろう。自然災害や戦争はなくならないのだろうからな」
ケイトラが難民キャンプに到着した。キャンプの規模は四〇〇人ほどだ。こんな短期間に大量の難民が出たことは驚きである。
モルドス神国が、それだけ酷い状況にあるということなのだろう。
「神国が難民を返せ、と言ってきているんです」
「仮に返したら、どうなると思う?」
「国境を越えようとして、捕まった難民が殺されたという噂を聞きました」
「返すべきではないということか」
「惨劇が起きるかもしれません」
サムエレ将軍はカシキスの考えすぎではないかと思った。だが、モルドス神国の教皇王を思い出す。一度だけ会ったことがあるのだ。
教皇王は強烈なカリスマ性を持つ人物であった。ただ、その中に狂気も垣間見えるような気がして、将軍は気に入らなかった。
「あの教皇王なら、ありえることなのか。神国の国民は、なぜ狂気を秘めた人物を教皇王としたのか、理解できんよ」
「しかし、神国の要請を断った場合、どういう態度に出るかが心配です」
将軍は鋭い視線でモルドス神国がある方角を睨んだ。
「巨蟻が暴れて、国力を落とした神国など恐れる必要はない」
カシキスは、モルドス神国と隣接するメルビス公爵領で育った者だ。嫌というほど神国の巨大さを感じながら生きてきた。
「しかし、神国の兵力は侮れないと思いますが?」
「兵の数だけならば、そうだろう。だがな、我が王国の兵は、魔砲杖を装備し、魔術士に等しい戦力となっている。そう考えれば、数は同じでも戦力は五倍ほどにはなる」
魔術士は戦いにおいて兵士一〇人分の戦力に等しいと言われている。魔砲杖を持つ兵士、砲杖兵が半分を占めるようになったロマナス王国軍は、近隣諸国とは全く違う軍になっていた。
「五倍でございますか……凄いものですね」
「ふん、メルビス公爵領でも魔砲杖を生産しているであろう」
カシキスが笑って誤魔化した。
「メルビス公爵領では、魔砲杖を人との戦いで使ったことはなかろう。あれは凶悪な武器なのだ。本来は魔獣を倒すために創られた武器だからな」
「人に対して、それほど威力があるのでございますか?」
「貴殿は、人が燃える光景を見たことがあるかな?」
カシキスが青褪めた顔で首を振った。
「魔術の炎は、人を簡単に燃え上がらせる。戦場で燃えながら藻掻き苦しんで死ぬのだ。それを見た兵は怯え逃げ出したらしい」
モルドス神国は、ロマナス王国軍が革新的に改造されたことを知らない。ただ、ロマナス王国には、巨蟻ムロフカを倒すほどの魔術士がいることを知っている。
神国が警戒しているのは、その魔術士なのだ。
将軍は国境線にも案内してもらった。半壊したイシス砦が目に入る。これを修理するのはかなり大変だろう。
「これを見れば、巨蟻ムロフカの化け物ぶりがよく分かる。砦をこのように破壊した化け物が子供に過ぎなかったというのは、心胆を寒からしめるほどだな」
「リカルド様がいらっしゃらなければ、大変なことになっていたと思います」
「ふむ、それで巨蟻を倒した魔術というのは、どこから放たれたのだ?」
カシキスはリカルドが【白星焔弾】を放った場所に案内した。
そこは地面が焼けただれ、融解した土が冷えてガラスとなった場所もある。
「これは……凄まじいな」
将軍は地面を調べて呟いた。
「ここから、向こうにある神国の砦に向かって、魔術を放ったと聞いています」
巨蟻ムロフカがイシス砦の城下町で暴れている時、リカルドは魔術を放ったらしい。その方向を見ると敵の砦に大きな穴が開いている。
そして、その延長上に視線を向けると山頂の一部が破壊された山がある。
「あの山もリカルド殿の魔術で破壊されたのか?」
「そうです。恐ろしい威力です。しかも、遠くから見ていた者でさえ、強烈な熱を感じたそうです」
「リカルド殿は、【火】の特級魔術だと言っておられたからな」
「上級魔術ではなく、特級魔術ですか」
カシキスが感心したように頷いた。
「絵師には、ここからの景色を絵にしてもらえばいいな……ん?」
サムエレ将軍が眺めていた方向に、兵士の隊列を発見した。
「あれは、モルドス神国の軍勢か?」
「いえ、軍勢というより、使者と護衛のようですね」
カシキスが言った通り、隊列の中に輿に乗った人物がいる。軍勢なら、あんな乗り物に乗ってはいないだろう。
将軍たちは、国境線へ向かった。
近付いてみて、やはり高貴な人物が使者として、ロマナス王国を訪れたのだと分かった。
その一行は国境線を警備している兵士たちに止められたようだ。
将軍が近付くと、偉そうに輿に乗っている人物が怒鳴っている。
「下っ端では、話にならん。責任者を呼んでこい」
「ここの責任者は、国境線防衛隊長の私です」
「ダメだ。公爵を呼んでこい」
将軍は眉をひそめ声を上げた。
「話なら、ロマナス王国軍大将である私が聞こう」
「大将だと……もしかして、サムエレ将軍か?」
「そうだ。貴殿はどなたかな?」
「儂は、モルドス神国の教皇王代理として来訪したペルティアス枢機卿である」
枢機卿といえば、モルドス神国で教皇王の次に偉い人物である。
「お会いできて光栄に存じます。枢機卿ほどの方がいらっしゃるとは、思ってもみませんでした」
「さすが将軍、礼儀をわきまえておられる」
将軍のこめかみがピクリと動いた。
「枢機卿は、どのような御用件で来訪されたのですか?」
「決まっておろう。抗議に来たのだ」
用件は難民たちを返せということだった。抗議の使者にしては、護衛の数が多い。これは軍事的示威行動なのだろう。
「確かに、どこから来たのか分からぬ者たちが、メルビス公爵領に流れ込んだようです。ですが、その者たちがモルドス神国から来たとは知りませんでした。神国で何か起こり、逃げ出したというわけですな」
枢機卿が不愉快そうな顔をする。
「我が神国では、何も起きてはおらん。ブラジコフ教皇王の下で、臣民は楽しく暮らしておる」
「それでしたら、あの者たちはモルドス神国から来たのではないかもしれません。祖国で凶事が起こり逃げてきたとか言っておりましたから」
枢機卿が顔を赤くして、怒り始めた。
将軍と枢機卿の間で言い合いが始まり、枢機卿は益々怒気を強めた。
「そういう不遜な態度は、感心しませんぞ。このことは教皇王陛下に報告します。懲罰を受け、後悔するがいい」
そう言って、枢機卿が引き返していった。