作品タイトル不明
scene:164 戦争の予感
マッテオたちは首都ギセルを出発し、目的地であるメルセス城塞都市に向かった。七日後、メルセス城塞都市に到着したマッテオたちは、護衛任務を終えた。彼らは宿屋の部屋で今後の予定についての話が弾んだ。
「バルビオさん、これからどうします?」
マッテオがバルビオに尋ねた。
「ギセルで依頼を探そうかと思ったが、きな臭くなっているから当分は近づかん方がいいかもしれん」
昨年もトリドール共和国では戦争が起きている。バスタール王家の反乱軍を鎮圧した内戦であったが、その時魔獣ハンターの多くが反乱軍と戦わせるために徴兵されていた。
「あの時は、ギセルで活動していた魔獣ハンターが大勢徴兵されたんだ。だから今、魔獣ハンターはギセルから逃げ出しているようだぞ」
「マジですか。だったらギセルに近づかない方がいいですね」
「ああ、絶対に行くなよ」
メルセス城塞都市は反乱軍を鎮圧した共和国軍の軍事拠点となった都市である。なので、大勢の兵士が駐屯していた。
「この 都市(まち) も危ないんじゃないの?」
エルナが不安そうな声を上げる。首都が徴兵を開始すれば、ここでも徴兵を始めそうな気がしたからだ。
「そうだな。ビグリガに行こうか?」
エルナはバルビオの提案に賛成した。ビグリガは西の辺境にある町である。森に囲まれた町なので、魔獣ハンターの出番も多い。それにバルビオの故郷でもあり、彼の友人も住んでいるようだ。
マッテオもビグリガ行きに賛成した。
「バルビオさんはいますか?」
宿屋の部屋の外でグラウルの声が聞こえた。
マッテオがドアを開ける。やはりグラウルが立っていた。
「どうしたんですか?」
「仕事の依頼に来ました」
グラウルは部屋に入ると、説明を始めた。
「我々を護衛して、ミシュラ大公国のテリュスまで行って欲しいのです」
テリュスは馬車で八日ほどの距離にある鉱山都市である。ミシュラ大公国では数少ない鉄鉱石が産出する鉱山が近くにあり、テリュスは鉄の精錬を行っていた。
バルビオはわざわざ自分たちに声をかけてくれたグラウルの依頼を引き受けたいと思った。だが、護衛という仕事なら、またメルセス城塞都市に戻ってこなければならない。
その時、戦争が始まっていれば、徴兵される恐れがある。首都の雰囲気から戦争は近いと感じられたので、考える必要がある。
「あなたは商人だ。国が何を考えているか知らないか?」
グラウルがバルビオの目を見て話し始めた。
「そうですね。話しておいた方がいいかもしれません。共和国はミシュラ大公国に戦争を仕掛けようとしています。それも、小競り合いではなく占領するつもりのようです」
ミシュラ大公国はそれほど大きな国ではないが、一国を占領するとなると数万規模の兵力が必要となる。その数を揃えるために、議会は国民に犠牲を強いる可能性が高かった。
魔獣ハンターばかりでなく農民なども徴兵されるかもしれないということだ。
「こんな時に、何故ミシュラ大公国のテリュスへ?」
エルナが呆れたような声を上げた。
グラウルが苦笑してから話し始める。
「商人にとって、こういう時こそ儲けるチャンスなのだよ。テリュスへは鉄を買い付けに行く」
「しかし、テリュスといえば、ミシュラ大公国だぞ。危険じゃないのか?」
バルビオが心配な点を指摘した。
グラウルも真剣な顔になり頷く。
「鉄を買い付けに行くというのは、ミシュラ大公国へ行く 口実(こうじつ) です。本当は家族を逃がすために行きます」
「ミシュラ大公国だと、かえって危険じゃないんですか? ロマナス王国へ向かった方が……」
マッテオが戦争の件を考え、目的地をロマナス王国へ変えることを提案した。
「……ロマナス王国への街道は閉鎖されました」
商人の一部がロマナス王国へ逃げ始めたのに気づいた共和国議員は、ロマナス王国との国境を封鎖したらしい。そこで、ミシュラ大公国へ逃げてからロマナス王国へ向かう予定だそうだ。
バルビオはロマナス王国へ行けるのなら便乗しようと考えた。そのことをマッテオたちに相談する。
「俺は賛成だ。家族のいる故国に帰る方が安全だ。エルナもいいだろ?」
「そうね」
エルナは平和そうで活気のある王都バイゼルを思い出し賛成した。
グラウルの依頼を引き受けたマッテオたちは急いで準備をして、グラウルの屋敷に向かった。グラウルの屋敷では荷造りが済み、いつでも出発できるようになっていた。
「行きましょう」
複雑な表情を浮かべたグラウルが、名残惜しそうにメルセス城塞都市の街を見回した。彼の店や知り合いが大勢いる都市から逃げ出すのは残念なのだろう。
マッテオたちはトリドール共和国を南下して、ミシュラ大公国との国境線まで進んだ。グラウルの家族は使用人に化けて、荷馬車に乗っている。
「ずいぶん兵士が多いな。通れるのか?」
バルビオが声を上げた。国境に設けられた出入国ゲートを、通常より多い兵士が守っていた。グラウルがゲートの前に並んでいる大勢の商人たちに話を聞いた。
「まだ、国境は越えられるそうです。ただ荷物検査を早く済ませるには、賄賂が必要なようです」
グラウルは手際よく情報を入手し、少し多めの金を兵士に渡すことで国境線を無事に通過する。ミシュラ大公国側は、普通の様子だ。意外にもすんなりと入国が許可された。
マッテオたちはテリュスではなく首都クラベスを目指して進み始めた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
王立バイゼル学院で講師を続けていたリカルドは、トリドール共和国とミシュラ大公国の噂を聞いて、マッテオのことを心配していた。
その二国が戦争を起こせばマッテオも巻き込まれるかもしれなかったからだ。
学院の校庭をぶらぶらしながら歩いていると、タニアの姿が見えた。
「何をしているの?」
「ちょっと考え事をしながら歩いていただけです」
「リカルドも戦争の心配をしていたのね。エラルド教授も心配しているみたい」
「あの教授は、魔術のことにしか興味がないと思っていました」
「教授が心配しているのは、ミシュラ大公国でしか育たないキョウレンの樹よ」
キョウレンの樹は、シュラム樹と同じように触媒となる実をつける。【命】の魔術を研究する者にとって、興味深い樹なのだ。しかし、そのキョウレンはトリドール共和国とミシュラ大公国の国境線に近い場所に生えているらしいのだ。
「まあ、研究者としては気になるのだろうけど……」
リカルドにとってはあまり興味のある話ではなかった。
「ところで、副都街で栽培しているトウモロコシ樹は収穫したの?」
トウモロコシ樹が魔境で手に入れたものだという話を、モンタから聞いたタニアは興味を持ったようだ。
「収穫は始まりました。今度持ってきます」
「ありがとう。キョウレンも魔境に生えていたものが、ミシュラ大公国で根付いたという説があるのよ。もしかしたらトウモロコシも、と思ったの」
タニアはトウモロコシ樹も魔境から持ち込まれたものなら、触媒になるかもしれないと考えたようだ。ちなみにリカルドは触媒かどうか確かめていない。
トウモロコシ樹は食物だと思っていたので、触媒かもしれないという考えが浮かばなかったのだ。
タニアが実験した結果、トウモロコシの粉末は【命】の触媒であることが判明した。ただ質の悪いものであり、下級魔術にしか使えないと分かる。
それでも、この発見は妖樹飼育場で喜ばれた。妖樹の種子を発芽させるために貴重な【命】の触媒を大量に使っていたからだ。その触媒を安価なトウモロコシの粉で代替できるなら経費が削減できる。
タニアと一緒に研究したり生徒たちに講義をする日々が続いた後、グレゴリオ教授から高等魔術教育学舎の学生たちの指導をお願いされた。
「しかし、学生たちには専任の講師や教授が付いているはずでは?」
「そうなんだが、卒業研究が行き詰まっているようなのだ」
教授たちと学生たちの各グループは、揚水ポンプの魔術道具や新しい魔砲杖などを開発している。その開発を支援してくれということだ。
高等魔術教育学舎での研究は新しい魔術の開発だと、リカルドは思っていた。だが、新しい魔術の開発は難しく、学生グループの卒業研究は魔術道具の開発が多くなっているらしい。
「時間的に余裕が……」
「講義には慣れてきたのだろう。それに予定のカリキュラムは終了し、魔術単語の詳しい意味を教えているらしいじゃないか」
グレゴリオ教授はリカルドの現状を調べてから来たようだ。
「分かりました。助言程度ならしましょう」
リカルドは承知した。グレゴリオ教授の狙いは、リカルドを刺激剤として教授や講師、学生たちの研究を活性化させることだという。
リカルドに対してはそう言ったが、本音はどれでも良いので、一つくらい成果を出して欲しいのだ。
翌日から各学生グループを回ることになった。
「ここで研究しているのは、どんなことなんです?」
五人の学生たちが、【水】の魔術単語について調べていた。ここでは揚水ポンプの魔術道具を研究しているようだ。
「リカルド講師、あなたが優秀なのは聞いています。でも、この研究は難しいですよ」
学生の一人が、どういう研究が行われてきたのかを教えてくれた。
揚水ポンプを開発している学生たちは、直接水を操作しようと水系統の魔術を選んで研究しているらしい。その発想は間違いではない。
ただ魔術とホースだけで動く揚水ポンプを作ろうというのは難しいことだ。機械的な仕組みを加えた揚水ポンプを開発する方が早いのに、と思うリカルドだった。
とはいえ、リカルドはあまりアドバイスはしなかった。【水】の魔術だけで何とかしようとしている学生たちにエールを送っただけだった。
次のグループは新しい魔砲杖の開発だった。【嵐牙陣】の魔術を魔砲杖に組み込もうとしているようだ。十数もの風の刃が敵に殺到し切り刻む【風】の魔術を魔砲杖で放とうとしているらしい。
学生たちは散弾銃のような魔砲杖を作ろうと頑張っているようだ。
「新しい魔砲杖は、どんな具合なんです?」
学生の一人が説明してくれた。
「起動するようにはなったんですが、魔力が安定せず標的に当たらないのです」
リカルドは実物を見せてもらった。
魔術回路にいくつかのミスがあるが、合格点である。ただ使っている魔成ロッドの質が悪かった。
「これじゃあダメです。中級下位の魔術を放つのなら、三級の魔成ロッドを使わないと」
「でも、今質の良い魔成ロッドは買えません」
軍が魔砲杖の量産をしているので、魔成ロッドが品切れになっているらしい。
「なるほど、三級魔成ロッドが使えないなら、威力を落とすしかないだろう」
学生たちが不満そうな顔をする。
「それだと、タッデオ教授が納得してくれません」
彼らのグループはタッデオ教授から指導を受けているらしい。
「教授に、性能の良い魔成ロッドを頼んだら?」
「ダメでした。教授でも手に入れられませんでした」
「仕方ない。知り合いに在庫がないか確かめてみよう」
「本当ですか。お願いします」
リカルドはベルナルドの店に行った。
「お邪魔します」
「リカルド君じゃないか。この店に来るのは久しぶりだね」
「いろいろ忙しかったんです。ところで魔成ロッドの在庫はありますか?」
「四級しかないんですよ」
「そうなんですか。困ったな」
「リカルド君なら、師匠のマトウ殿に頼めばいいのでは?」
「……師匠も忙しいのです」
最近はベルナルドの依頼も忙しいという理由で断っていた。
「だったら、リカルド君が作ればいい。材料の妖樹の枝ならありますよ」
ベルナルドは奥から、タミエルの枝を一〇本ほど持ってきた。
「そんなにはいりませんよ。二本だけでいいです」
「そう言わずに、残りの八本はうちで引き取りますから」
ベルナルドはちゃっかりと商売をするつもりのようだ。
リカルドは苦笑いして引き受けた。ベルナルドには様々な面で世話になっているからだ。