作品タイトル不明
scene:156 ガイウス副王
リカルドが心配したホーン白虎の母親は現れなかった。
その代わりにミル領の魔境門近くに巣食っていた肉食甲虫の群れが魔境門を越えて、ミル領に溢れ出たという報告があがった。
王太子は、全員に黒魔術盾と黒震槍、雷鋼魔砲杖を装備させ、偵察隊をミル領に派遣する。これくらいの重装備でなければ、肉食甲虫に対応できないと判断したからだ。
そして、偵察隊が戻る前に、王太子は魔獣討伐軍として編成中だった精鋭部隊二〇〇名を招集。糧秣の用意も始めた。
用意が整った頃、偵察隊が帰還。
「報告します。肉食甲虫の群れが領都リゼの方角に移動しております」
「まずい。リゼには少数だが住人がいる」
王太子が厳しい顔をして考え込む。
リゼの人口は、四百人ほどである。町の周囲に防壁を築き必死で町を守っている人々だ。リゼの周りにはリゼム樹と呼ばれる樹の森が広がっている。
そのリゼム樹は最高級の家具材になると評判であり、王都に運べば高額で売れる。その家具材関連の事業に関わっている者たちがリゼを守っていた。
「肉食甲虫がリゼに到達する日を予想できるか?」
「野生動物を襲いながら移動しておりますので、早くて九日後に到達すると思われます」
「ならば、急がねばならんな」
王太子は精鋭部隊を急いでミル領へ送り出した。
精鋭部隊が肉食甲虫を必ず倒すと、王太子は信じていた。その期待に応えるように精鋭部隊は活躍し、肉食甲虫を全滅させた。
そのことで精鋭部隊の士気は上がり、訓練にも熱心になり魔獣討伐軍として仕上がっていく。
春になり、王太子が魔獣討伐軍を率いてミル領へ出兵することになった。その直前、王太子がリカルドを呼び出す。
「王太子殿下、いよいよミル領の魔獣討伐でございますね。ご武運をお祈り致しております」
「ふん、そんな言葉を聞くと、ミル領へ一緒に連れて行きたくなる」
「ご冗談を……戦いは本職にお任せします」
王太子がニヤリと笑い、
「一緒に行ってくれれば心強いのだが、春は魔術士協会は忙しいのだろう」
春は魔術士認定試験の行われる季節である。一年の中で魔術士協会が一番忙しくなる時期だった。リカルドもイサルコの手伝いで、タニアの代わりに論文のチェックを行うことになっている。
リカルドは王太子の顔に微かに浮かぶ不安に気付いた。
「何かあるのでしょうか?」
「ミル領を監視している者から報告があった。空を横切る大きな影と奇妙な鳴き声に気付いたそうだ。熊喰い鷲のような大物でないといいのだが」
不安の原因は空の魔獣だったようだ。
リカルドは迷った末に、収納碧晶から黒震魔砲杖を取り出して王太子に渡した。
「これは?」
「新しく作った特別な魔砲杖です」
リカルドはホーン白虎の角を使って魔砲杖を作ったことを話した。
「これを余に……」
「貸すだけでございます。たった一つしかありませんので」
王太子が口をへの字に曲げる。
「そちは存外ケチであるな」
「いえいえ、王太子殿下ですから貸すのです。これは強力すぎる武器ですから」
「ほう、そこまで言うのなら、凄いものなのだろう。使い方を教えよ」
王太子はリカルドを連れて訓練場へ向かった。その訓練場には魔術士用の特別な標的がある。高さ四メートルほどの大きな岩を運び込んだもので、上級魔術用の標的として使っている。
リカルドたちは、その大岩に向かった。
「あの大岩は上級魔術用だ。この魔砲杖は上級魔術に匹敵するというのか?」
「この魔砲杖から撃ち出される歪曲空間弾の貫通力だけは、上級魔術に匹敵します。ただ歪曲空間弾の大きさが、それほど大きくないので威力自体は中級魔術の範囲です」
「なるほど、貫通力か」
王太子は黒一色で統一されている黒震魔砲杖を食い入るように見てから、視線を大岩に移した。
「セレクターを三つの中の真ん中に合わせてください」
「これには、どんな意味があるのだ?」
「三つの魔術の中から一つを選んで放ちます」
「な、何だと……この魔砲杖が放てるのは一つの魔術だけではないのか」
リカルドは頷き、組み込んである魔術について説明した。
「ふむ、【空震槍破】と【黒震連弾】か、三つ目は?」
「まだ組み込んでおりません」
「さすがに、リカルドでも一度に二つの魔術を開発するのは難しかったか」
「王太子殿下が考えられている以上に、難しいものです」
【黒震連弾】について説明したリカルドは、実際に試してもらうことにした。
「この魔術は、連続で三〇発の歪曲空間弾が放たれます」
「途中で引き金から指を離したらどうなる?」
「歪曲空間弾の発射が中断されます」
「なら、一発ずつ放つということも可能なのか?」
リカルドも中断と再開を試していた。黒震魔砲杖に組み込んだ魔術回路は、引き金が引かれ魔術が起動すると熱を持つ。その熱が冷めるまで魔術回路が起動しなくなるようだ。
そのクールタイムは、三分ほど。戦場においては致命的になる時間だった。
「中断した後、少しの間魔術を再起動することができません」
「一度引き金を引いたら、三〇発を放ち尽くせということか」
「そういう武器なのです」
王太子は納得して黒震魔砲杖を構えた。狙いは大岩である。
王太子は静かに引き金を引いた。黒震魔砲杖から放たれた歪曲空間弾は、大岩に穴を穿つ。結果として、大岩に三十個の穴が生まれた。
「気に入った。これがあれば、大概の魔獣を倒すことができそうだ」
歪曲空間弾の貫通力に王太子は満足したようだ。
その翌々日、王太子は魔獣討伐軍を率いてミル領へ出兵した。王太子自身がミル領へ行くのは、ミル領を魔獣から取り戻したのが王太子なのだと国民に知らしめるためである。
なので、最初の数日だけ魔獣討伐軍と一緒にミル領で戦った後は、王都に戻って魔獣討伐軍が魔獣を一掃するのを待つことになっている。
ミル領に入って最初の野営準備が始まった。
「久しぶりの野営か。懐かしい」
王太子に同行していたサムエレ将軍が声を上げた。それを聞いた王太子は、
「将軍は、王都でバイゼル城を守っていた期間が長かったからな」
そう言って、コンテナハウスに誘った。
リカルドが最初に作ったコンテナハウスは、軍や貴族の間でも流行っており様々なバージョンが作られていた。王太子のコンテナハウスは、贅沢な作りになっている。
特注で作らせたテーブルとソファーがあり、二人はそこに座って話を始めた。
「偶にこうして外に出るのも良いものだ」
「ですが、バイゼル城では仕事が溜まっているのではないですか?」
「ふん、余の判断が必要なもの以外は、陛下に回すように指示してある」
どちらが国王なのか分からないような口振りである。サムエレ将軍は、国王が執務室で書類と格闘している姿を想像し可哀想になった。
「ところで、進軍路を変更されたようですが、理由をお聞かせ願えませんか?」
「例の怪鳥を目撃したという者が増えている。その正体を確かめるためだ」
王太子は怪鳥を目撃したという地点に向かうつもりのようだ。
「殿下は、怪鳥の正体を何だと思われているのです?」
王太子が目を閉じ考えてから口を開けた。
「魔境から肉食甲虫を追って出てきた魔獣であろう」
「ということは……肉食甲虫が魔境から出てきたのは、怪鳥のせいだったということ……」
「あの肉食甲虫を餌にしている怪鳥だ。魔境でも強い部類に入るだろう」
将軍は王太子の危険を考え、引き返すことを進言した。
「ダメだ。魔獣討伐軍には宮廷魔術士も参加しているし、リカルドから借りた武器もある」
「訓練場の大岩を穴だらけにした魔砲杖ですな。そんなに凄い武器なら、もっと数を揃えられないのですか?」
「無理だろうな。特別な魔獣から剥ぎ取った素材が必要らしいからな」
魔獣討伐軍は途中で遭遇した魔獣を倒しながら進み、怪鳥が目撃された地点まで到達した。
「将軍、四方に偵察員を放って怪鳥を探せ」
「承知致しました」
偵察員の一人が、少し離れた丘の上に大きな鳥の姿を見たと報告した。
王太子が怪鳥を仕留めよと命令を下した。砲杖兵部隊と宮廷魔術士たちが先頭に立って怪鳥が目撃された丘へと向かう。
丘の方向から甲高い怪鳥の鳴き声が聞こえてきた。バサリと風を切る音がして怪鳥が飛び立つ。近づく砲杖兵部隊と宮廷魔術士に気づいて飛び立ったようだ。
ゆうゆうと空を舞う姿を見たサムエレ将軍は、その魔獣が熊喰い鷲だと気づいた。
『ケギョオオオオーー!』
大怪鳥が凶悪な叫び声を上げた。
「殿下、あれは熊喰い鷲です」
「厄介な。砲杖兵たちが装備している魔砲杖では倒せんぞ。宮廷魔術士たちに期待するしかないか」
「リカルドが開発した魔砲杖で倒せないのですか?」
「分からん。相手は高い魔術耐性を持っている熊喰い鷲だからな」
王太子たちの頭上を旋回する熊喰い鷲は、時々鋭い叫びを上げた。獲物を定めた大怪鳥は、急降下を始める。それを砲杖兵の一斉射撃が迎え撃つ。
魔砲杖から放たれた雷渦鋼弾が熊喰い鷲に命中。だが、熊喰い鷲の魔力を帯びた羽毛が雷渦鋼弾を弾いた。熊喰い鷲が高い魔術耐性を発揮したのだ。
そればかりではなく、砲杖兵士に向かって数回羽ばたくと強風が起こり、兵士たちを吹き飛ばす。地面を転がる兵士や樹に叩き付けられる兵士の姿が、王太子の目に飛び込んできた。
「負傷者の手当を急げ! 宮廷魔術士!」
王太子は宮廷魔術士に攻撃命令を出した。宮廷魔術士はそれぞれのタイミングで魔術を放ったが、ほとんどの魔術は熊喰い鷲を捉えることができなかった。
「王太子殿下、私が仕留めます。その魔砲杖をお貸しください」
サムエレ将軍が王太子に声をかけた。
「いや、余に任せよ」
王太子は黒震魔砲杖を構え、熊喰い鷲が急降下するのを待った。数回旋回した後に、大怪鳥が急降下する。狙いは王太子である。
どうやらリーダーが誰なのか分かったようだ。恐ろしい速度で迫る熊喰い鷲に狙いを定めた王太子は、引き金を引いた。
歪曲空間弾が魔力を帯びた羽毛に命中した。普通なら弾かれるはずだ。だが、魔獣の肉体は空間ごと抉られ穴が開いた。そこから血が噴き出る。
熊喰い鷲が痛みで猛り狂い、王太子に襲いかかろうとする。だが、続けて歪曲空間弾が魔獣の肉体に命中し、穴を開けていく。その度に血肉が撒き散らされ、飛べなくなった熊喰い鷲が地面に墜落した。
地面でのた打ち回る魔獣を見て、黒震魔砲杖の引き金から指を離した。歪曲空間弾の発射が止まる。歪曲空間弾で止めを刺すことも考えたが、味方を誤射する危険があるのに気づいた。
「黒震槍を持つ兵士よ。止めを刺せ!」
槍兵が黒震槍を手に突貫する。
空震刃が熊喰い鷲に突き刺さる。その一本が首を貫き止めを刺した。
兵士たちが一斉に勝どきの声を上げる。サムエレ将軍は大鷲の死骸を見詰め、ニヤリと笑った。リカルドが以前に作った鷲肉ジャーキーの味を思い出したのだ。
王太子は熊喰い鷲の死骸を冷凍収納碧晶に入れた。
「殿下、リカルドの武器は凄まじい威力でしたな」
「リカルドが手放したくないと思ったほどの武器だ。余も欲しいが、特別な魔獣の素材が手に入れられないと作れないと言っておった」
「リカルドと交渉してみましょう」
魔獣討伐軍はミル領の領都リゼに到着した。ここを拠点にして、領内の魔獣を討伐することになる。王太子はリゼの代官屋敷で歓待された。
リゼで休息を取った魔獣討伐軍は、一〇人ほどの小隊に分かれてミル領全域に散らばった。基本は小隊単位で魔獣を駆除することになるが、敵が群れだったり手強い場合は何組かの小隊が協力して討伐することになる。
各小隊から魔獣の討伐報告が届くようになった頃、その報告を持って王太子は王都に戻った。一応凱旋なので、王都民は歓声を上げて迎えた。
護衛する兵士たちが、ミル領で仕留めた熊喰い鷲を担いで歩き始めると、一際大きな歓声が上がる。
「凄え、あんなデカイ化け物を倒したのか」
「これでミル領が人間の手に戻ってくるぞ」
「副王ガイウス様、バンザイ」
その熱気は王都中に広まり、副王ガイウスを讃えた。
王統暦百二十七年、翌年から始まるセラート予言が間近に迫った年の出来事である。