軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

scene:145 空の旅

アンドロイドのフィンが、何もないところから鍵のようなものを取り出した。

「ペルーダを倒しに行くのなら、研究所の乗り物を使いなさい」

乗り物というのは、航空機らしい。フィンに案内され格納庫へ向かう。格納庫にあったのは、ドローンを大きくしたようなマルチコプターと呼ばれる種類の航空機だった。

大きさは二十人が乗れる程度で、四つのローターで機体を浮上させ推進するようだ。星から星へ旅する種族なら、重力制御でも行い飛ぶのかと思ったが、実際は違うようだ。

フィンがリカルドの顔を見た。

「ガッカリされましたか?」

リカルドは首を振って否定する。

「そうじゃないのですが、もっと凄い動力機関を使っているのかと思っていました」

「枯れた技術にも、利点はあります。故障が少なく効率化が進んでいる点です」

それはリカルドにも理解できた。

王太子が不審そうにリカルドを見ていた。

「リカルド、この乗り物について知識を持っておるのか?」

「本で読んだだけですが、空を飛ぶ乗り物です」

「な、何だと!」

王太子が目が飛び出しそうなほど驚いている。グレタも目をパチクリしている。

格納庫の外に面するシャッターが開き、待機している王太子の部下やグレタの護衛を呼び寄せ乗せる。

グレタは狭い機内を珍しそうに見回している。それは全員が一緒のようだ。コクピットにはフィンだけが入った。リカルドたちは機内の通路をうろうろしていた。

前方のモニターに何かの文字が映し出された。だが、リカルドも読めない文字だ。

『離陸しますので、座席に座ってください』

リカルドは窓際にグレタを座らせ、その横に座った。王太子もリカルドの後ろの席に座る。だが、部下たちは座ろうとしなかった。

王太子の前で座席に座るなど、無礼だと思っているのかもしれない。

「王太子殿下、部下に座るように命じてください」

王太子の一言で、部下たちが座席に座った。ザワッと驚く気配が広がる。座り心地のいい座席に驚いているようだ。

「リカルド様、この座席はふかふかですね」

「馬車にも、これくらいの座席があれば、お尻が痛くならないのですが」

グレタが笑った。

機体が震え始めた。ローターが回転する振動を感じたのだ。それは微かなもので、集中しなければ気付かないほどである。

「ひゃああーー」

兵士の一人が大声を上げた。高所恐怖症なのかもしれない。

浮遊感を感じてガラス窓を見ると魔境の森が下の方に見える。グレタは窓に張り付いて下を見ている。王太子も同じだった。

空を飛ぶという経験は初めてなのだから、こうなるのも無理はない。じっくりと空の旅を味わうことになる。

リカルドは下を流れる景色から、このマルチコプターの飛行速度を推測した。時速三〇〇キロを超えていると思われた。

「我々が空を飛ぶ乗り物を手に入れられるのは、いつのことになるだろうな?」

王太子の言葉が耳に届いた。

リカルドは首を傾げた。ただ空を飛ぶだけなら、様々な方法がある。リカルドなら短時間で作り上げられるだろう。だが、この航空機に匹敵する乗り物を求めているのなら、子孫の時代になるだろう。

「簡単なものなら、我々でも作れるかもしれません」

王太子の目が輝いた。

「それが本当なら……是非にも作って欲しい」

王太子は航空機が創る未来を想像し興奮しているようだ。

「見てください。大きな亀です」

グレタが興奮して声を上げた。リカルドも目を向ける。

「炎滅タートルですね。これは大きい」

全長が一〇メートルを超えそうな大亀だった。そんな巨大亀が、ゆっくりと密林の中を歩いている。

時間にして一時間ほどで、目当ての場所に到着した。徒歩だと十日ほどかかりそうな距離でも、マルチコプターなら驚くほど短時間で着いてしまう。

そのことに気付いた王太子は、唸り声を上げるほど感銘を受けた。

着陸した場所は、神珍樹の林から徒歩で一時間ほどの草原である。

マルチコプターから降りたリカルドたちは、神珍樹の林を目指して歩き始めた。

「ここは魔境のどの辺りなのですか?」

グレタがリカルドに尋ねた。

「そうだな……魔境には浅層・中層・深層・秘層があると前に教えたよね。ここは中層です」

「中層なのに、ペルーダみたいな危険な魔獣がいるのですか?」

ペルーダは人間にとって危険な魔獣であるが、毒に耐性のある魔獣にすれば、それほど危険な敵ではない。鋭い爪を持つ冥界ウルフや飛ぶことのできる熊喰い鷲の方が恐れられていた。

リカルドから魔獣の脅威度について聞いても、グレタは不安そうな顔をしている。

「心配しなくてもいいですよ。自分が全力で倒しますから」

王太子が生温かい笑いを浮かべて、リカルドたちを見ていた。

「ボニペルティ領で使ったと聞いている切り札を使うのか?」

王太子がいう切り札とは、【空】の魔術【空震槍破】のことである。威力がありすぎ、また触媒が貴重であったので最近は使わなかった。

しかし、影追いトカゲの飼育が成功し、触媒の量産化が軌道に乗ったので触媒を気にして使用を控える必要はなくなっていた。

それどころか、触媒を得るために成長した影追いトカゲを殺したために、その皮と肉があまり気味になっている。ユニウス飼育場の人間で食べているのだが、それだけでは消費しきれなくなっていた。

王太子の質問に、リカルドは頷いた。

「奴には毒霧攻撃があります。一撃で仕留めなければなりません。王太子殿下の部下たちには、魔術を放つ時間を作って頂きたい」

「分かった。必ず仕留めろよ」

「はい」

リカルドたちが神珍樹の林に近付くと、生き残っていた馬体鬼が襲ってきた。雷鋼魔砲杖を装備する砲杖兵が撃退する。

神珍樹の林まで五十メートルというところで、馬体鬼が消えた。

「気をつけろ。ペルーダが近付いているぞ」

王太子の声に、兵士たちが身構える。

巨大な蛇が姿を現した。キメラのようなライオンの頭から、凄まじい咆哮が放たれる。リカルドたちは耳を押さえて呻き声を上げた。

その隙にペルーダが突進してきた。

「まずい、砲杖兵は魔砲杖を構えろ!」

王太子の叫ぶような命令が響き渡る。砲杖兵が必死で魔砲杖の先をペルーダに向ける。

リカルドは触媒を取り出し、ダークロッドを構えた。

魔砲杖がペルーダを迎え撃った。電気を帯びた鋼鉄の渦が凄まじい勢いでペルーダに向かって飛翔する。着弾した雷鋼の渦は、ペルーダに雷撃を流し込み怯ませた後、その表皮を削り始める。

ペルーダが痛みの悲鳴を上げた。

その間に、リカルドは魔術の準備を行う。放出した魔力に触媒を振り撒き、黒く属性励起させる。そして、気迫の籠もった呪文を唱え始めた。

「 ヴァゼフィシュ(空理よ) ・ セリヴァトール(真律を震わせ) ・ モヒャデルテ(飛槍となり) ・ デジャス(貫き爆ぜよ) 」

ロッドの先に存在する空間が蜃気楼のように歪む。黒い魔力が空間を黒く染めた。歪んだ空間に大気が吸い込まれ一部がプラズマと化す。

そして、黒く歪んだ空間の槍が完成し弾かれたように飛翔。

凶悪な威力を秘めた空震槍は、ペルーダの頭に命中した。ペルーダは一瞬たりとも抵抗できなかった。次の瞬間には頭が消え、空震槍はそのまま空へと消えた。

ガイウス王太子の腕に鳥肌が立っていた。

「こ、これがリカルドの切り札か……とんでもない威力ではないか」

周囲の兵士たちも目を見開き、頭が消えたペルーダの死骸を見ている。ペルーダは頭を失くしたのを気付いていないように前に進もうとしていた。

次の瞬間、巨大な蛇の心臓がバクッと音を立て拍動し、押し出された血液が頭を失くした首から溢れ出した。ペルーダの細長い胴体が地面にドガッと倒れる。

「ボトルを投げろ!」

王太子の命令で、兵士の一人が牛乳缶のような金属製のボトルを投げた。

回転しながら飛翔したボトルは、底を下に綺麗に着地。そして、ボトルの蓋が開き地面に飛び散るペルーダの血を渦を巻きながら吸い込み始めた。

血がボトルに溜まると、吸い込むのをやめ蓋が自動的に閉まった。

「まさか……これは魔○波」

リカルドは懐かしいアニメのワンシーンを思い出し、声を出してしまった。

グレタが首を傾げて、リカルドを見ている。

「な、何でもないですよ」

リカルドは慌てて誤魔化した。ちなみにボトルは、フィンが提供してくれた血を集める魔術道具である。

王太子が収納碧晶から油が入った革袋を取り出して、兵士たちに配った。

「ペルーダの死骸に投げよ。あいつを焼き尽くすのだ」

油と火によりペルーダは焼かれた。しかし、火に対しても高い耐性を持つペルーダの死骸は、高温になっても焼けなかった。

それを見ていた王太子が舌打ちをする。

「チッ、厄介な奴だ」

リカルドは高温により病原菌は死滅したと推測した。放置しても大きな問題はないが、ここは神珍樹の林の近くである。放置したくなかった。

幸いにもペルーダの死骸は、一本の大木のように真っ直ぐに倒れている。もう一度【空震槍破】を使うことにした。

空震槍の軌道がペルーダの死骸と一致するように狙いを定めた。

リカルドの背後では、王太子たちが固唾を呑んで見守っている。

【空震槍破】が放たれ、黒い空震槍がペルーダを呑み込んでいく。瞬く間に死骸が消えた。残ったのは地面に掘られた大きな溝である。

グレタは槍のような黒い空間がペルーダを呑み込んいくのを見て恐怖した。今までの魔術という概念を超えたものだった。

最初の【空震槍破】は、一瞬で頭だけが消えたので実感できなかった。だが、今回は違う。リカルドが創り出した魔術の凄まじさが脳裏に焼き付き、身体が震えた。

兵士たちも同じだったらしい。見守っていた兵士たちの中にも、青い顔をした者が多かった。

「聞け……ここでの出来事を他言することを禁じる。特にリカルドの魔術については、一言もしゃべるな。分かったな」

王太子の命令に、兵士たちが短く返事をして頷いた。

リカルドたちは神珍樹の林へ向かう。

「す、凄いです」

グレタが神珍樹についているキラキラとした実を見て声を上げた。

そこには魔境全体で採取される神珍樹の実の数年分が存在していた。兵士たちは笑みを浮かべながら、採取を開始した。

リカルドとグレタも地面に落ちている実を拾う。

リカルドが採取した神珍樹の実だけで、九〇個ほどになる。全体では相当な量になるはずだ。すべてが王太子の下に集められ、その収納碧晶に入れられた。

「ヨグル領に戻ったら、今回の働きを考慮して褒美を与える。楽しみにしていろ」

王太子の言葉で、兵士たちが盛り上がった。

リカルドは王太子の許可をもらって、神珍樹の枝を二十本ほど手に入れた。飼育を始めた妖樹トリルに接ぎ木するためである。

王太子が神珍樹の林を見つめているのに、リカルドは気付いた。その顔が気になり話しかける。

「どうかされたのですか?」

「魔境の土地が王家のものなら、ここを王家管理地として独占できるのだが」

魔境は誰のものでもない。王家でも簡単に手出しできない場所だった。ここに駐屯兵を置き、管理させることも考えたのだが、強力な魔獣が襲うかもしれないので諦めた。

リカルドたちはマルチコプターに戻り、ペルーダの血が入ったボトルをフィンに預けた。

「これで二千人分の血清が作れるでしょう。足りますか?」

アプラ領のペルーダ病患者が四百人だと報告を聞いているので、十分な量だ。

王太子は十分だと答えた。

「足りなかったら、どうするつもりだったのです?」

リカルドが尋ねた。

「元があれば、合成することは可能です」

設備が整った研究所を思い出し、リカルドは羨ましく思った。

研究所に戻ったリカルドたちは、コンテナハウスで一泊しヨグル領へ戻る。

城砦では、密偵長のバルトロメアが待っていた。

「ガイウス殿下、陛下が腹痛を訴え宮廷医の診察を受けたそうでございます」

王都で何か問題が起きたのだろう。珍しいことではない。

「ほう、それは大変だ。今後の様子を報告してくれ」

「 畏(かしこ) まりました」

バルトロメアが頭を下げて去ると、王太子は悪い顔をして笑った。

「降りかかる重圧に耐え、王の職責を果たすのなら待ちますよ……陛下」

王太子が呟いた。

翌日、リカルドたちがヨグル城砦を出発する時間となった。

王太子が見送りに来たので、グレタは恐縮した。

「血清の一部は、ボニペルティ領に送る。向こうのペルーダ病は収束するだろう」

「王太子殿下、感謝いたします」

安心したグレタは、笑顔になってヨグル城砦を旅立った。