作品タイトル不明
scene:128 大地母神ヴァルルの神殿
祭礼の儀の日、リカルドはモンタを連れて大地母神ヴァルルの神殿に向かった。王太子の件が心配になったのだ。神殿の周囲は参拝客を当てにした多数の屋台が集まり、祭りのような様子となっている。
神殿に面した大通りは、大勢の人が詰め掛けていた。この日は祝日なので、子供連れの親子が多いようだ。きゃあきゃあと騒いでいる子供の甲高い声が聞こえてくる。
王都が魔獣に襲撃された時、神殿の辺りも火事となった。幸いにも神殿自体には燃え移らなかったが、周辺は焼け野原。
現在、焼け落ちた屋敷は再建され、昔の姿を取り戻している。神殿近くに住まいのある人々は、信心深く比較的裕福な者が多かったので復興が早かったようだ。
さらには用心のために魔砲杖や魔功銃を購入して万一に備える者も多く、リカルドが作った魔功銃の購入者も何人かいるらしい。
「美味しい、ホムラ焼きはいかが」
「冷たいポルモジュースだよ」
「安いよ、安いよ。鳥肉の串焼き」
売り子の声が晴れ渡った空に響く。その声にモンタの耳がピクピクと反応する。
「ポルモジュース、飲みたい」
リカルドの肩の上に乗ったモンタがおねだりする。リンゴに似た果物を搾ってジュースにしたものに、モンタが興味を持ったようだ。
その時、リカルドが歩いている前を五、六歳の子供が横切った。その子の手には、水飴を巻きつけた棒が握られている。
「あっ」
子供が何かにつまずいてよろけ、前方を歩く男の足元に飛び込んだ。子供に気付いた男は、険しい顔で子供の身体を蹴った。
子供は転がり火がついたように泣き出した。慌てた父親が子供を助け起こす。
「おい、うちの子に何するんだ!」
父親が文句を言うと、蹴った男は父親を冷徹な目で睨んだ。その殺気を含んだ目付きに父親が怯む。
「兄貴、ここで騒ぎを起こすのはまずい」
連れが、殺気を放つ男を止めた。
男がチッと舌打ちすると、懐から金貨一枚を取り出し父親に投げつけた。
「これでいいだろ」
父親は怒りの表情を浮かべて男を睨み、立ち上がろうとした。だが、泣いている子供がしがみついた。父親は子供が怪我をしていないか気になり調べ始める。
リカルドは一部始終を見ていた。子供が大した怪我をしていないのを確認すると、去っていく二人の男の背中を睨む。
(子供を蹴るなんて、とんでもない奴だ……だけど、何か気になる。あの殺気……)
リカルドの記憶に、兄弟らしい男たちの姿が刻まれた。
モンタも同じだったらしく、
「リカ、あいつの頭にオシッコかけていい」
リカルドは優しくモンタの頭を撫でる。
「いや、ダメだよ。我慢するんだ」
遠くでざわめきが起こった。王太子を乗せた馬車が、多数の護衛に囲まれて姿を現したのだ。国民から『王太子殿下、万歳』という声が上がる。
一般市民の王太子に対する評判は上々である。これは大陸間交易を成功させた実績が影響していた。王都全体の景気が良くなり、各家庭も収入が増えたからだ。
王家の馬車が神殿の門に近付いた時、群衆に紛れ込んでいた二人の魔術士が魔力を放ち始める。先程の兄弟らしい男たちである。この二人は、炎滅師を雇ったジルドが、他の刺客も追加しろと言われて依頼した者たちだった。
二人は『爆殺兄弟』と呼ばれる刺客。通り名は物騒だが、魔術士としては二流の者たちだった。得意な魔術も【爆炎弾】で平凡である。
爆殺兄弟の手口は【爆炎弾】の奇襲で標的を殺害し、その混乱に乗じて逃げるというものだ。
馬車に向かって【爆炎弾】が放たれようとした時、警備をしていた護衛兵が不審な男たちに気づく。
「何をしている?」
絶妙なタイミングで集中を乱された爆殺兄弟は、魔術の発動に失敗。護衛兵に取り囲まれた。
爆殺兄弟は囲みを破って逃げようとする。その武器は魔成ロッド。魔力を流し込んだロッドで、護衛兵を殴りつけた。
護衛兵の革鎧に当たった打撃は、衝撃波を生み兵士を吹き飛ばす。残る護衛兵たちは剣を抜き応戦した。兄弟の一人は、その剣の斬撃を受け倒れる。
もう一人が兵士の囲みを破り、先程蹴られた子供の方へ逃げる。
「逃げろ!」
叫び声にも反応せず、怯えて逃げることもできない子供を見て、リカルドは駆け寄った。モンタは街路樹の上に避難する。
血走った目で魔成ロッドを振り上げる男。リカルドは収納紫晶から、一本の魔成ロッドを取り出す。無意識に最も威力の高いエルビルロッドを選んでいた。
魔力を帯びた魔成ロッドが、リカルドに向けて振り下ろされた。反射的にエルビルロッドに魔力を流し込んだ。
ロッドの表面に浮き出た雪華紋が金色に輝く。その輝きは目撃していた人々の目に焼き付いた。
犯罪者が持つには不似合いなほど高価な魔成ロッドとエルビルロッドが交差した。その瞬間、両方から衝撃波が生まれる。だが、エルビルロッドから生じた衝撃波は圧倒的だ。
敵の衝撃波を撥ね退け魔成ロッドをへし折り、ロッドを持つ腕や肋骨を粉砕し身体ごと吹き飛ばした。その身体は、護衛兵とぶつかり、一緒になって地面を転がる。
「しまった。衝撃波も強化されている」
エルビルロッドが何の抵抗もなく魔力を受け入れるので、考えた以上の魔力を流し込んでしまったようだ。
周囲の人々の目が、リカルドの持つエルビルロッドに集まっていた。流し込んだ魔力の残滓が雪華紋を輝かせていたからだ。その光はゆっくりと薄れて消える。
そこで初めて人々は、吹き飛んだ不審者に注目した。その腰にあるポーチから、赤い木筒がこぼれ落ちた。【火】の触媒である。
「もしかして、こいつら。港で起きた……」
「間違いねえよ。こいつらだ」
「おいおい、危なかったんじゃねえか」
ここで捕らえられた爆殺兄弟は、後に『残念兄弟』と呼ばれるようになった。
一時的に緊張が高まったが、爆殺兄弟が捕まったことでホッとした雰囲気が護衛兵の間に広がった。
停車していた王家の馬車から王太子の侍従が降り、リカルドに近付く。
「リカルド様、王太子殿下がお呼びです」
馬車の中から、王太子が見ていたようだ。リカルドがモンタを呼び戻して馬車に入ると王太子が笑っていた。
「また活躍したようだな」
「 偶々(たまたま) 居合わせただけです。それより、彼らが炎滅師だとは思えないのですが」
「それには、余も同感だ」
サムエレ将軍は同行していないようだ。初めは同行する予定だったのだが、アプラ領で不穏な動きがあるという情報が入り、そちらの調査を優先するように王太子が命じたらしい。
護衛部隊の指揮を執っているのは、王家派遣軍の指揮官だったオルランドである。
馬車は再び走り始め神殿の門の前に停まる。門から大司教と司祭たちが迎えに出てきた。
「王太子殿下をお迎えできるとは、光栄の極みでございます」
「陛下の健康が優れぬゆえ、余が代参した。気を使わずとも構わぬ」
挨拶を交わした王太子は、リカルドを連れて神殿へと向かう。王太子の護衛として、宮廷魔術士も一緒にいる。
その宮廷魔術士たちが、同じ魔術士だと分かるリカルドを不審げに見ている。
リカルドにとっては居心地が悪い。しかし、王太子がついてこいと命じるのだから仕方ない。
神殿の門を入ると石畳の通路があり、それが礼拝堂へと続いている。この国の神殿は礼拝堂の周りを高い塔で囲んでいるのが特徴で、カンボジアなどのクメール遺跡に似ている。
王太子たちが門から礼拝堂までの半分を進んだ時、リカルドは凄まじい魔力を感じて神殿の塔を見上げた。
「殿下、お気をつけください。塔の上に強い魔力を感じます」
「何だとーー!」
宮廷魔術士が塔を見上げ、感覚を研ぎ澄ます。
リカルドはエルビルロッドをもう一度取り出し魔術の準備を始めた。モンタは邪魔にならないように、ショルダーバッグに入る。
塔の上に立つ男から発する魔力は、触媒を使ったらしく紅く染まる。魔術が起動し、上空に赤い点が現れた。
「冗談じゃないぞ。【流星爆】だ」
宮廷魔術士の一人が慌てたように叫んだ。
【流星爆】とは直径三メートルほどの炎の塊が流れ星のように上空から落ち爆発する上級魔術である。その威力は着弾地点に大きなクレーターが生じるほどであり、その近くにいた者は死ぬだろう。
「迎撃……ダメだ。間に合わん」
魔成ロッドを持った宮廷魔術士が、絶望の声を上げた。
リカルドは迎撃のタイミングを計り、【陽焔弾】を起動した。ロッドの先に超高温の陽焔弾が生まれ、【流星爆】の魔術で生まれた炎の塊目掛け、宙を 翔(か) けあがる。
リカルドの【陽焔弾】は進化していた。射程が延び飛翔速度が大幅に増加していた。ただ威力は若干上がった程度である。
大気を焦がしながら飛翔した陽焔弾は、大きな炎の塊と衝突。その中心をぶち抜き上空へと消えた。【流星爆】で生まれた炎の塊は、線香花火のように飛び散る。
本体は陽焔弾で相殺されたが、飛び散った炎の破片が地上に降り注ぐ。
「護衛兵、大司教たちを守れ!」
王太子が吠えるように命じた。魔術盾を持つ護衛兵は、王太子と一緒に歩いていた大司教たちを守るように駆け寄り、魔術盾を上方へ向ける。
「リカルド、こっちへ」
王太子の手には、リカルドが開発した魔術盾があった。リカルドは上空に広がった炎の破片を確認し、王太子の下へ走った。
神殿の近くに集まっていた民衆は、護衛兵の指示で避難を始めている。
王太子と魔術盾を持つ護衛兵が、引き金を引き魔力障壁を発生させた。その障壁に炎の破片が当たって弾かれ消える。
魔力障壁が炎の破片を防いだのを見て、宮廷魔術士たちが驚きの声を上げる。
「そんな馬鹿な」
「破片とはいえ、あれは魔術で生じた炎なんだぞ」
一方、【流星爆】を防がれた炎滅師は、舌打ちしてから次の魔術の準備を始めた。今度は威力よりもスピードを重視し【嵐牙陣】である。
十数もの空気の刃が王太子を目掛けて飛ぶ。
「任せろ」
王太子が、もう一度魔術盾の引き金を引いた。発生した魔力障壁は、空気の刃を受け止め霧散させる。
魔術盾の防御力を見た宮廷魔術士たちは、声も出ないほど驚いているようだ。
リカルドは収納紫晶から魔功ライフルを取り出す。【地】の魔功ライフルである。塔の上にいる炎滅師に狙いをつけ引き金を引いた。
ブンという発射音と同時に反動がリカルドの肩を叩く。発生した衝撃波は炎滅師に向かって飛び、その頭を掠めた。
重いうめき声が聞こえ、炎滅師が塔の飾りの陰に隠れた。
「すみません。外したようです」
リカルドが王太子に謝った。
「いや、これで奴も手出しが難しくなった。後はじっくりと狩ってやる」
王太子の顔が獲物を狙う猛獣の顔に変化していた。まず大司教たちを神殿の建物の中に避難させる。
「オルランド、負傷者は?」
「護衛兵二人が火傷を。それより、殿下。建物の中に避難してください」
「いや、ここで決着をつけたい」
リカルドは、念のために王太子が持つ魔術盾の魔力バッテリーに魔力を充填した。二度使った魔術盾は残量が少なくなっているはずだからだ。
魔力を充填している間に、王太子が【地】の魔功ライフルを取り出す。魔功銃や魔彩功銃は射程外だが、辛うじて魔功ライフルなら殺傷力のある衝撃波が届く距離なのだ。
オルランドも【風】の魔功ライフルを取り出した。【風】の魔功ライフルだと射程ギリギリなので、炎滅師を仕留めるのは難しい。けれど、当てさえすれば地面に叩き落とせるかもと考えたらしい。
敵が潜んでいる辺りを狙って、魔功ライフルの射撃が繰り返された。
「クソッ!」
塔の上でうずくまっている炎滅師が、頭から流れ落ちる血を手で拭った。
「畜生、あの盾のような魔術道具は何だ。あの武器も聞いてねえぞ」
このままでは仕事をしくじることになると感じた炎滅師は、塔の内部へ入った。そこから礼拝堂へと向かう。
超一流だと自負している殺し屋に、降伏するという選択肢はなかった。
塔の上から炎滅師が消えたのを見た王太子は、オルランドに命じて神殿内部へ護衛兵の半分を向かわせた。護衛兵は襲撃犯を探して神殿の隅々を確認して廻る。
最初に確率の高い塔の内部を捜索。だが、炎滅師は塔に居なかった。
炎滅師は礼拝堂の屋根裏に潜んでいた。そこに護衛兵二人が 梯子(はしご) を上がる。
「気をつけろ。相手は凄腕の殺し屋だ」
「分かっている」
護衛兵の目には敵に対する憎悪があった。港における襲撃で仲間を殺されているのだ。それも仕方ないだろう。
薄暗い屋根裏は物置と化しており、空樽や衣装箱などが多数置かれていた。その有様は迷路のようで、ここに隠れている者を探すのは大変そうである。
空樽が積み上げられている場所に近付いた護衛兵が、何か気配を感じて緊張する。
「何かいるぞ」
その瞬間、スローイングナイフが護衛兵に向かって投擲された。護衛兵は躱そうと身体を捻ったが、脇腹に突き刺さる。
護衛兵の叫び声が屋根裏に響いた。
「貴様!」
もう一人の護衛兵が、空樽の陰から出てきた炎滅師に突撃する。遠い間合いでの戦いは、ナイフ投げや魔術を得意とする炎滅師に分があると考え、接近戦を選択したのだ。
炎滅師がスローイングナイフを投擲。投擲の動作に気付いた護衛兵が慌てて横に身を投げた。
「チッ、兵士風情が」
地面に転がってスローイングナイフを避けた護衛兵が、素早く立ち上がり剣を構えたまま体当りするように突貫する。突き出された剣を躱す炎滅師。
炎滅師のナイフと護衛兵の剣が狭い空間で舞う。王都防衛軍の精鋭を集めた護衛兵は、剣技も一流だ。それでも炎滅師の実力は一枚上だった。
炎滅師は戦いながら、護衛兵の首筋を見ていた。そして、素早く息を吸い込み口に隠していた吹き矢を放つ。
「うっ」
麻痺毒が塗られた針が護衛兵の首に突き刺さった。護衛兵がクタリと倒れる。
梯子を下りた炎滅師は、大司教たちが青い顔で避難している礼拝室へ飛び込んだ。その瞬間、用意していた魔術が解き放たれる。
使われたのは【拡散麻痺】の魔術である。この魔術は単体の相手に放つ【麻痺】とは違い、麻痺効果のあるガスを生成する魔術なので風のない室内でしか効果がないと言われている。
その麻痺ガスを吸い込んだ護衛兵と大司教たちがバタバタと倒れた。
炎滅師は雇い主から仕入れた情報を基に、ここから脱出することを考えた。