作品タイトル不明
scene:123 大陸間交易の影響
夏の終わり頃、ラリーニ号が王都バイゼルの港に入港した。
船を降りたリカルドは、数人の商人と一緒にバイゼル城に向かう。王太子から交易の成果を報告せよと連絡が来たのだ。一緒の商人達は、王太子の命令で交易に参加した者たちで、大量の砂糖と磁器、毛織物を仕入れて帰ってきていた。
城の中に入ったリカルドたちは、王太子の待つ会議室に通された。
「ご苦労だった。席に座って報告を」
商人たちは扱った商品と数量を誇らしげに報告する。合計すると、金貨五十万枚ほどの利益が出そうな規模である。
王太子は満足そうに頷き、商人たちに一割の利益分配を約束すると、商人だけを下がらせた。
「さて、リカルド。船旅はどうであった?」
リカルドは海の魔獣退治やメルケル島の石碑、山賊退治、財宝探しと香都での出来事を伝えた。
「余が書類仕事をしている間に、随分楽しい経験をしたようだな」
王太子が羨ましそうに言った。
「財宝探しはワクワクしましたが、他は楽しくはありませんでした」
「いやいや、そういう経験が、後に楽しく思い返されるものだ」
リカルドは魔功銃の存在がヘルベルト王に知られたことを告げる。
「知られるのは、時間の問題だったのだ。お前の落ち度ではない。魔功銃は他国や有力貴族が真似するだろう。問題は魔彩功銃や魔功ライフルの秘密を守り、数を揃えることだ。それにより、我が国の優位を保持する」
「しかし、魔彩功銃や魔功ライフルを製作するには、妖樹タミエルの魔功蔦が必要です。他の者も魔功蔦を探し求めるなら、入手が困難になるのでは?」
魔功銃の需要が高まり、妖樹タミエルを狙う者が増えれば、生息数が減り絶滅するかもしれない。
ガイウス王太子がニヤリと笑った。
「それは余も考えている。そこで飼育場が重要になる」
リカルドの顔に陰が差す。
「まさか、飼育場で妖樹タミエルを育てよと言われるのですか?」
「不可能ではあるまい」
リカルドは考えた。不可能ではないが、その飼育には大きな危険を伴う。妖樹タミエルの魔功蔦による攻撃は、簡単に人命を奪えるからだ。
それに万が一にも妖樹タミエルが逃げ出した場合のことを考えると、すぐに引き受けるとは言えなかった。
何を考えているか、リカルドの顔を見て王太子も理解した。
「余も妖樹タミエルの危険は承知しておる。リカルドが開発している地域で飼育しろとは言わん。場所は余が用意する。飼育方法を考えておいてくれ」
リカルドは頭を下げた。
「分かりました」
城を辞去したリカルドは、自宅へ向かう。見慣れた景色を見ると、ショルダーバッグの中で大人しくしていたモンタが騒ぎ出した。
バッグから抜け出し、手近な家の屋根へと駆け上る。
「モンタ、先に帰る」
モンタは屋根伝いに自宅へ向かって行ってしまう。セルジュやパメラ、メルに一刻でも早く会いたくなったようだ。
久しぶりに見る王都の町並みは、完全に元に戻っていた。魔獣によって壊された場所にも、新しい家が建っている。
ゆっくりと大通りを歩いて帰宅する。家では家族が待っていた。
セルジュとパメラが抱き着いてきて、嬉しそうな声を上げる。賢者ミミズクのメルは、モンタから木の実をもらい喜んでいる。
「お帰りなさい」
母親のジュリアが笑みを浮かべて歓迎した。
「無事に帰ってきたよ」
「それじゃあ、ご馳走を作らなきゃね」
ジュリアが告げると、セルジュとパメラが歓喜の声を上げた。アントニオは飼育場の方に泊まり込んでいるらしい。
リカルドは久しぶりの家族との団らんを楽しんだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
一回目の交易が成功したことで、王都が活気付いた。南の大陸へ行けなかった行商人や小売商が、後に南方交易商と呼ばれる商人たちから、ユジュラ王国の産物を仕入れ、国中で売り始めたのだ。
それら商品の存在を知った各地の商人は、王都へ向かう。自分たちも一儲けしようと行動を起こしたのである。その勢いは段々と増し、富が王都に集中し始める。
王都は王国全盛期のような賑わいを取り戻し始めた。
ナスペッティ財閥総帥の屋敷は王都の中央、バイゼル城の左側に存在する。パルミロは執務室で配下の商会から上がった報告を確認していた。
ドアをノックする音が響く。
「ロランドです。帳簿をお持ちしました」
「入れ」
経理主任であるロランドが、重い帳簿を抱えて入ってきた。ロランドはパルミロの甥である。ナスペッティ一族の一員で、ナスペッティ財閥の幹部候補生でもある。
パルミロは素早く帳簿に目を通す。
「半年の時点で、昨年の売上利益に追い付いている。ユジュラ王国で仕入れた商品が原因か」
パルミロの予想以上に大陸間交易の利益は大きかった。
「総帥、次の交易に、私も参加させてもらえませんか」
パルミロがロランドの顔を見る。
「何だ。帳簿整理が嫌になったのか?」
「そういうわけじゃありませんが、私も商売の経験を積みたいのです」
幹部になるために、実績を作りたいのだろう。
「いいだろう。次の交易は、一ヶ月後だ。用意をしておけ」
「ありがとうございます」
「ところで……他の財閥がどんな取引をしたか、交易に参加した者が情報を持ち帰った。これをどう思う?」
パルミロが書類をロランドに渡した。それを読んだロランドは、難しい顔をする。
「たぶん、ミラン財閥の利益が、突出することになるでしょう」
「やはりな。我々が交易の知らせを聞く二ヶ月前から、準備を始めたようだ。ミラン財閥は、ガイウス殿下と結びつきが強い。交易の情報も早めに知ったのだろう」
ロランドが少し考えて意見を口にする。
「総帥は、ガイウス殿下をどう思います?」
パルミロは目をつむり、大きく息を吐いてから口を開いた。
「ナスペッティ財閥は、ガイウス殿下との関係を強化すべきではないかと考えている」
ロランドは驚きの表情を浮かべた。
「ガイウス殿下と陛下との問題はご存知のはず。この瞬間、陛下の健康が回復し政務に復帰されたら、どうするのです。ガイウス殿下は間違いなく、ヨグル領に戻されますよ」
「だがな、陛下の機嫌をとっても、利益には結びつかん」
「ですが、機嫌を損ねれば、王家の仕事から閉め出されます」
パルミロは難しい顔をする。
「分かっている。しかし、ガイウス殿下の政務が続くようなら、ミラン財閥だけが得をすることになる。それに現状はどうだ。殿下が政務を執るようになって、陛下の下では衰退するだけだった王領が勢いを盛り返した」
「サムエレ将軍に何か言われたのですか?」
ナスペッティ一族であり、王太子の良き理解者でもあるサムエレ将軍が口を出したのかと疑ったロランドの問いに、パルミロが首を振る。
「将軍とは関係ない。陛下とガイウス殿下の政治能力の差を問題にしているのだ」
パルミロは、国王が回復し政務に戻るようなことになった場合、王領が衰退するのは確実だと考えている。そうなると、東のメルビス公爵や北のオクタビアス公爵に王座を奪われる恐れもある。
そうなった場合、商売がやり難くなるだろう。それぞれの公爵には、すでに協力している商人が居るからだ。
その日を境に、ナスペッティ財閥の基本方針が変わった。ガイウス王太子に積極的に協力するようになったのだ。
王太子の協力者が増えると同時に、敵対者も現れた。
コグアツ子爵と繋がりのある商人で、西の隣国ミシュラ大公国から仕入れた香辛料を商売としているメニオン・クーラスである。メニオンはクーラス商会の三代目。初代である祖父が築いたクーラス商会を受け継いだだけの凡庸な商人である。
ミシュラ大公国へ行き、大きな取引をしてコグアツ領に戻ったメニオンは、南の大陸から大量の香辛料が輸入されたのを知った。
「クソッ、なんてことだ。このタイミングで、サラウド大陸から大量の香辛料が入ってくるとは……」
ミシュラ大公国はサラウド大陸の諸国と交易をしており、香辛料も輸入している。クーラス商会は、その香辛料を仕入れ、ロマナス王国内で販売することで、毎年大きな利益を上げていた。
メニオンができる商人なら、ガイウス王太子がサラウド大陸との交易を実行中で、高値の香辛料を仕入れるのは危険だと気付いただろう。
しかし、彼は毎年同じ時期にミシュラ大公国へ行き、仕入れた香辛料を販売して利益を上げるだけの商人だった。急激な変化にはついていけず、当然大損した。
商人としての自信を失ったメニオンは、店を使用人に任せ、夜な夜な繁華街でウサを晴らすのが日課となる。馴染みとなった酒楼は、コグアツ領の領都ブルグで一番高級な店だ。
良い匂いを振り撒く美女たちが、裕福そうな格好をした男たちの相手をしている。メニオンの贔屓は、カルロッタという金髪美女だった。
「クソッ、ガイウスの奴が余計な真似を」
カルロッタが眉をひそめる。
「ダメよ。大きな声で王族の批判なんて」
「何がダメよだ。私がどれだけ損をしたと思う」
中年太りのメニオンは、赤ら顔で喚きながらカルロッタを抱き寄せた。
「今年はダメでも、来年頑張ればいいじゃない」
カルロッタが慰めた。
「あいつが余計な真似をしなかったら、今年も大儲けできたんだ。それなのに……」
メニオンが同じような愚痴を何度も何度も繰り返し始めた。かなり酔っているようだ。
そんな日々が続いたある日、メニオンに話し掛ける者が現れた。フードを 目深(まぶか) にかぶり顔がよく見えない。
「旦那、機嫌が悪いようだね。俺がその原因を消してやろうか?」
「はあっ!」
「毎日のように飲み歩いているんだ。金はあるんだろ」
「金はある。けど、原因……何のことだ?」
「王太子に恨みがあるんだろ」
「恨みはある……どうするつもりだ?」
「それを知りたきゃ金を出しな」
この時、メニオンはかなり酔っていた。怪しい男に前金という名目で少しだけ金を渡した。
その翌日、メニオンと取引した怪しい男は、コグアツ領にある高位貴族の屋敷にいた。その者と密談しているのは、その高位貴族家の家臣ガリオロ・モニチェリである。
「ジルド、 生贄(いけにえ) は用意できたか?」
「ええ、王太子の交易で損を出した商人を捕まえました」
ジルドは一枚の書類を渡した。そこにはメニオンの経歴が書かれていた。
「ふん、こんなものか。いいだろう」
「刺客は誰にいたしますか?」
「『炎滅師』を呼んでくれ」
その刺客は、ロマナス王国で最も残虐だと言われる殺し屋である。殺す相手を骨も残らぬほどの高熱で焼き殺すと噂されている。
「炎滅師だけでよろしいのですか? さすがに相手が王太子ともなると、一人では確実性に欠けます」
「では、お前の方で何人か集めてくれ。しかし、あくまでも依頼者は、メニオンだ。いいな」
「承知しました」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
その一〇日後、王太子は忙しい政務の時間を調整し、港の視察に向かった。護衛についているのは、王都防衛軍の精鋭兵士で構成された護衛部隊である。
王都の港は、大型船を停泊させるには港湾施設が貧弱だった。王太子は大型船が停泊できるような係船岸壁の建設を命じていた。
今日は建設状況を視察に来たのだ。
「順調に進んでいるようだな。後どれほどで完成する?」
ガイウス王太子が現場監督の役人に尋ねた。
「二ヶ月ほどでございます」
二隻目の交易船が完成する頃である。王太子は五隻まで交易船を増やそうと思っていた。三隻目からは、これまで以上の大型船にしようと決めている。
交易船は王家の公的資金ではなく、王太子自身の貯蓄で建造している。万が一、国王が復活した時、公的資金で作った交易船は国王のものとなるからだ。
王太子は念のために、ヨグル領の港にも港湾施設を建設している。王都が国王の手に戻った時、交易拠点としようと思っているのだ。
その建設には膨大な資金が必要になっていた。その為に今回の交易で王太子自身が、信用できる商人を雇って参加させたのだ。
港の視察が終わり、王太子一行が城に戻ろうとした時、騒ぎが起こった。
建設作業をしていた作業員同士が喧嘩を始めたのだ。喧嘩自体は珍しくない。先程の役人が王太子に謝罪し、騒ぎを止めるために向かう。
護衛部隊は、苦笑いの表情で騒ぎを見守った。
その時、倉庫の陰に隠れていた何者かが、魔術を放った。大きな炎の渦が王太子に向かって飛ぶ。
「危ない!」
護衛兵の半分が王太子の前に立ち塞がり盾となる。残りの半分が王太子をしゃがませ覆い被さった。次の瞬間、盾となった護衛兵に炎の渦が衝突し爆発。黒焦げとなった護衛兵が爆発で吹き飛び地面に転がる。
命を張って守った護衛兵の存在がなければ、王太子は命を失っていた確率が高かった。
「殿下を避難させるんだ!」
生き残った護衛兵が王太子を馬車の方へ誘導し、押し込むように乗せる。
馬車が立ち去った後、建設現場は騒然となり、犯人を捕まえようとする護衛兵も混乱した。