作品タイトル不明
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客間に通されて俺は驚いた。とても明るかったからだ。なんと明かり取りにガラスを使っているのだ。
しかしいわゆる板ガラスではない。瓶底のような丸いガラスを幾つも壁に嵌め込んであるのだ。
なるほどこういう使い方もあるのか。
「素晴らしいお部屋ですね!」
「あら、お気に召して? 夫が寒がりなわたくしを気遣ってこうしてくださったの」
「ポリオリは温暖ですからこうした工夫が見られませんでした。明るくて暖かで、これこそ人類の叡智ですね」
「わたくしとしては全ての部屋をこうしたかったのだけど不用心だと諌められてしまって、、、」
そっか、普通の明かり取りの窓は高い位置にあって家の中を覗くことはできないが、こう低い位置までガラスがあると外から見られてしまうからな。女性には不用心かもね。カーテンの普及が望まれる。しかし布も高いからなあ。
「暖かな部屋の中からこうして庭の緑が見えるのはとても優雅で羨ましい限りです」
「息子が言うにはオミクロン様はとても貧しい出自だそうですけど、立ち振る舞いも、紡ぐ言葉もとても洗練されてらっしゃいますのね」
「お恥ずかしい限りです。主人から仕込まれているのですが、まだまだ未熟で、、、」
「ご立派ですわよ。ところでお茶に好みはありまして?」
「何でも大好きです」
お母さんはクスリと笑い、メイドさんがお茶を淹れ始めた。メイドさんも微かに口角が上がっている。「何でも大好き」はちょっと微妙な返事だったようだ。本当を言うと俺は紅茶だったらアッサムみたいな分かりやすい濃い味が好きなのだがダージリンとかアールグレイとか言っても通じないだろ?
「そういえば、きちんとしたご挨拶がまだでしたわ! わたくしとした事が、、、ピノの母、アリーチェ・パラディーノですわ」
お母さんが立ち上がったので俺も立ち上がって手を取って膝を落とす。
「お会いできて光栄ですアリーチェ様、オミクロンです。平民ですので家名はごさいません。気楽にオミとお呼びください」
「そうですのね、オミ様はご陞爵なさったのですから家名を持とうとは思いませんの?」
「ポリオリ領主が許可をくださったら、、、ですかね? 実はその辺の仕組みをよく知らないのです」
別に要らないしなあ。でもあれか? 誰かと結婚とかするなら必要になったりするのかしら? 相手が貴族だとそういう事もありそう。でも俺が貴族と結婚とかはあり得ないのだからそんな心配は必要なさそうだな。
「それより知らなかったのですがパラディーノ医師は名前をピノというのですか?」
「あら、ご存知なくて? あの子の名前はフィリッポですのよ」
出た! 名前の短縮形に元の残滓もないやつ。ロバートの短縮形がボブとか意味が分からないんだよね。海外小説読んでて誰そいつ? となった時は大体これが原因だ。しかも不親切な本になると登場人物紹介のページに短縮形が載っていなくて困るのだ。
「お茶はどうです、お気に召して?」
「とても美味しいです。軽くて渋みもなく、とても爽やかな香りがしますね」
つまり俺の好みの紅茶ではない。だからといって別に嫌でもないのだが。
「こちらのお茶請けもお好きにお取りになって。若い方はいつでもお腹を減らしているでしょう?」
「ありがとうございます。実はお腹がペコペコで、、、」
俺はありがたくハムのサンドイッチとチーズのサンドイッチに手を伸ばした。他にもクッキーなんかもある。ありがたい。
なるほどこうして食うと薄くて軽い紅茶というのはしょっぱいものと合うのだな。アッサムなら甘いものしか合わない気がする。いや、カレーならアリか。難しい。
こうしてアリーチェさんと優雅な午後を過ごしているとやっとこさパラディーノ医師が姿を現した。
「済まない、待たせたな」
パラディーノ医師は俺と同じような服装になっていた。しかし長身のパラディーノが短パンでシルクソックスだとなんだか面白い。しかも奴の靴は爪先がとんがり、上を向いている。こんな靴はウルト◯マンか、プロレスラーのザ・シ◯クくらいしか知らない。もちろん俺はリアルタイム世代ではないのだが、オタクの教養として知っている。昭和の歴史的文化財に触れておかないとネットで舐められるからな。
「ステキな靴ですね」
「あら、オミ様は王都の流行も把握してらっしゃるのね! この靴はステファノ・メーベルに発注して作らせたものですのよ。わたくしから息子への陞爵の記念のプレゼントですの!」
「それは素晴らしい! フィリッポさんならそのうち王の御前に見舞うこともあるでしょうから相応しいものを身に付けておかないと」
「オミ様はこんなにお若いのにしっかりとした見識をお持ちですのね。息子も少しは見習ってもらいたいのですけど、、、」
「パラディーノ医師は医の道で多大なる貢献をしたのですから充分誇れるお方です」
当のパラディーノは「はいはい、さいでござんすね」って感じで卓についてお茶を飲んだ。
するとアリーチェ母さんはすっと席を立った。
「男性同士、仕事の話もあるのでしょうから、わたくしはもう外しますわね。オミ様、お会いできて光栄でした。とても楽しい時間が過ごせましたわ」
俺も立ち上がって軽く手を取る。アリーチェさんは俺に対して軽く目礼をして部屋を去った。
なるほど、これが貴族のおもてなしか。優雅なものだ。そして本当に邪魔するつもりはなかったんだな。圧の高い中年女性にも色んなタイプが、あるのだな。
なんか稀有ないい経験をしたな、うん。