作品タイトル不明
最終話「兄さん、今日も俺は元気です」
やっと辺境の街に帰ってきた。王都とは違った雑然とした街並みにホッとする。
王都にだって平民はいるけど、やっぱ辺境とは全然雰囲気も違うし俺はこっちのがいいや。
「ミレア姉さん、ただいまー」
「リシアン?」
目を真ん丸くしたミレア姉さんが出迎えてくれる。
「静かに入って来るから、誰かと思ったわ」
……そういや、王城とかトピリア侯爵邸にずっといたからな。前みたくバーンって扉を開けなくなったかも。ギンさんを見て反省したのも大きい。
「これで連絡さえしてくれれば完璧だったわ」
「え?王都を出る前に手紙書いたけど?」
うん、ちゃんと書いた。
「そうなの?おかしいわね。それにしてもリシアン、無事でよかった……」
めちゃくちゃ心配してましたって顔をされたから……
「師匠から何か聞いた?」
「全部、ね」
困ったように笑うミレア姉さん。師匠……俺、せっかく黙ってたのにさぁ。
「たぶん、もう王家から通達はあったと思うけどとりあえず色々何とかなったから!」
話せないことは多い……というか、どこまで話していいものか分かんない。とりあえず何とかなったで押し切ろうと思った。
「俺も兄上も怪我とかもしてないし、とりあえず全部いい感じに収まったっぽいから……これお土産!」
色々と突っ込まれたら危ないから、お土産を渡すことにした。
仕方ないわねって目をして受け入れてくれるのに甘えることにする。
「これがギンさんと作った調味料でしょ、こっちは珈琲豆。異国の紅茶的存在のやつでお菓子作りにも使えるかも。で、こっちがドライフラワーが入った飴でー」
「待って、リシアン。どれだけ持ってきたの?」
世話になってる姉弟子にお土産を買いたいって言ったら皆から「食べ物とか消え物なら間違いない」ってアドバイスをもらい、その通りにしたんだけど?
「ギンさんと殿下たちと兄上とアグニスとルミちゃんからアドバイスもらった分だけ……あ!エヴァンハルト様からこれも!」
机の上はすでにいっぱいだけど気にしない。
「これは?見たことのない植物の苗ね」
「カカオって言うんだって。加工したやつがめっちゃおいしかったから、こっちでも育てよ!」
エヴァンハルト様から預かったカカオの育成方法のメモも手渡す。
「……南方の植物じゃない。どれだけ手間がかかるか分かっているの?」
「それでもいいってくらいおいしかったんだって!あと薬にもなるみたいで……」
「おいしかっただけじゃ分からないわよ。どんな物なの?」
カカオから加工したショコラだっけ?あれ、めっちゃおいしかったからちゃんと買った。
買ったんだけど……道中で気付いたらなくなっていたよね。全部食べてた。
「……描こうか?」
「食べてしまったのね、リシアン?」
バレてるな。とりあえずまた王都に行ったときにちゃんと買ってきます。
「それよりリシアン。ギンさんってギンケイ王弟殿下なんて言わないわよね?あと殿下たちって……ローダウェル侯爵家の子息のお名前も……」
色々突っ込まれたら今はマズい。ちょっと兄上に相談してからにさせてください。
「ミレアさん、手紙が届いていますよー」
配達人と入れ替わるように「また来るから!」と声を掛けて外に飛び出した。いいタイミングで来てくれてよかった。
さて次はおっちゃんのところの鍛冶工房。
「おっちゃーん、帰ってきたよー」
作業中だった手を止めて、おっちゃんがやって来た。
「久しぶりだな、坊主!王都はどうだったか?」
「何か色々大変だった!あ、これ実家に帰ってきたから名産の林檎酒」
色んな種類があったから、とりあえずいくつか人気っていうのを買ってきた。
「これ、王家の献上品になるやつじゃないか……?」
何かそんなことも言ってたな。最近すごい調子いいみたい、この林檎酒産業。
「これは親父がいくつか分けてくれた分。おっちゃんにはお世話になってるからお土産」
「親父って……あと実家って言ったか?坊主の実家は林檎を作っているのか?」
何か、また忘れてるよね?
「ヴァルディリア子爵家だからまあ作ってるっちゃあ、作ってる。色々あって新年祭からまた実家に戻ることになったんだよ」
実家の領民が作っているから、まぁ間違いではないかな。
「……貴族だったな、そう言えば」
「うん。俺もたまに忘れるけど」
そんな大事なことを忘れるなと言われたけど、王族のギンさんもあんな感じだからセーフだと思う。
次は冒険者ギルドだな。ちょうど夕方も近くなって来たから混んでるかも……。
「リシアンだ!」
「リシアンさん、ついにお戻りになられたんですね?!」
「待ってた!マジで待ってた!!」
何事だよ。一旦、扉を閉める。
何だ?何か変なものでも食って集団でおかしくなってんの?それなら……行かなきゃ。
「何で閉めたんだよ!」
「俺たちが!どれだけお前の帰還を待っていたか分かっていないな?!」
正直、このリアクションは想定していなかった。
「何?お前ら茸とか食ったりした?」
時期的にそろそろ出始めだし、茸。幻覚とか興奮作用みたいな有毒なやつもあるし。
「この反応!冷たい対応の中に俺らを心配している感じ……懐かしい」
「食ってねぇ、ただお前を待っていたんだ!」
懐かしいってほど別に離れてないんだけど。何があったらこうなんだよ。
「ちょっとギルド長に帰還の報告しないといけないんだけど」
だからとりあえず絡むな、そして拝むな。
「騒がしいと思えばリシアンか!」
「ギルド長……戻ったんだけど、マジでこいつら何?」
冒険者たちがおかしくなってんだけど。
「バルドレム殿のことを知らない冒険者もいるからな……あの御仁は健在だな。お陰でリシアンがいない間に重傷者も死人もギルドからは出ていない」
まぁ、それはよかったけど。
「リシアン!お前の師匠は相変わらず何なんだ?!」
「辺境大森林の魔王を鎮めてくれ、二代目……」
「頼む……頼む、早く薬店に帰ってあの熊をどうにかしてくれ」
俺の薬店にラスボスがいる。
……ザファルドなんて今思えば小物だよな。ジジイより強い生き物なんていないだろ。
何か知らんが薬店に行ったら危ない予感しかしないんだけど。冒険者たちに押し出されるようにして……家でもあるし、結局は帰るしかない。
「戻りましたぁー」
そーっと扉を開けると、目の前に仁王立ちしている熊がいたから閉める。
……パワーアップしてる。腕の筋肉がさらに太くなっている。
「何で閉めるんだ、小僧!」
「身の危険を感じたからに決まってんだろ!」
そりゃあ冒険者たちも恐れるだろ、こんなん。
「リシアン、待っていたぞ。お前には聞かないといけないことがある……」
やっべ、超怒ってるじゃん。何したっけ……?
「あ、あれは精霊たちが不審者と勘違いしたから攻撃しただけだって!間違ったって言ってたし、俺は何も指示してねぇよ?」
「精霊様が自主的にそんなことをするわけないだろうが!それではない!」
するんだよ!あいつらけっこう勝手に行動するよ?!
それではない……だと?
あとは何かしたっけな……と思っていたら、薬店に引きずり込まれた。
「……これは?」
「でけぇ熊の毛皮の絨毯ですね。師匠もほしいって言ってたじゃん?」
そういえば置いてきた気がする。
「……あ」
「思い出したか?勝手に 玉鋼(エドシュタール) を使ったな?何に使った……」
「兄上が……縫合器具を作りたいと言ってたのでそれに」
玉鋼はそのうち返そうとは思ってた。断じて忘れてはいない。とりあえずで代わりに熊の絨毯を置いていったんだけど。
「ちなみにこんな感じの器具で傷口を縫ったりとかするそうです」
「ほほう……これは面白い。ん?こっちのはどうやって使うんだ?レオナリスに聞かなくては」
よし、夢中になった。
そろそろとその場を離れようとしたら捕まった。あとはもう何もしてねぇよ?!
「……坊主、これは何だ?」
鍵付きの棚に仕舞ったはずの、幻蚕の糸を解していた水桶にポチャンした包帯。
まだ、俺が出たときと見た目では状態に変化はない。触った質感も変化なし、と。すごくね?
「黙ってないで答えんか!」
「兄上が言うには湿潤療法皮膚保護貼付剤、です」
「何だって?」
綺麗に洗い流した擦り傷なんかに貼ると、この潤った環境の方が早く治ることを伝える。
傷跡も残りにくくなるらしく……まぁ、全部兄上がしてくれた説明なんだけど。
「画期的な……小僧もそろそろ金刺繍のローブを贈ってもいい頃かもしれないな」
「マジで?」
やった!偶然の産物とはいえ師匠に認められるなんて思わなかった。
「素材は何なんだ?今までにないものだが……」
「あー、それは幻蚕のまゆぅ?!」
殴られそうになったから避ける。
「あれほど……幻蚕の繭には手を付けるなと言ったよなぁ……?」
やっべ。とりあえずダッシュで逃げる。追ってくるジジイ、超怖いんだけど!
「待って!違うって!繭は使ってなくって」
水、ただの水だから!ちょっと幻蚕の繭が浸かっただけの。
「待てと言われて待つやつがいるか、馬鹿弟子がぁぁぁ!」
「聞いて?!」
とりあえず、お蚕さんたちの群れの場所まで逃げよう。あそこなら師匠も知らないはずの場所だし。
辺境に帰ってきたけど、もう王都に行きたい。このジジイを誰か止めてくれないかな。
兄上……じゃなくて、レオ兄さんへの次の手紙は何を書こうか。ミレア姉さんにショコラを作ってもらいたいことや、街の人も相変わらずだったこと。
冒険者ギルドからの謎の歓迎と師匠とのあれこれ。あとはそうだな……色々話したいことはある。
でもまず一番に伝えたいのは……――
*──*──*──*──*
レオ兄さんへ
兄さんや親父、王都の皆は元気にしてますか?
俺は、今日もこの辺境の街で元気に過ごしているよ!