軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第80話 想定外の事態

一瞬、何が起こったのか分からなかった。

目の前にいた男の首が、宙を舞い、音もなく地面に落ちていった瞬間。思考が追いつかないまま、世界だけが先に進んでいた。

だけど──体は、勝手に動いていた。

「──っ!」

迫る気配を、耳ではなく肌で感じた。無意識に反応して、構えていた短刀を抜きざま、合わせて振るう。

鋭く、硬質な音が耳を裂いた。

ギィン──!

まるで金属同士が全力でぶつかり合ったような衝撃が、刃越しに骨まで響いてきた。あまりの力に、足元がグラついて後ろへ数歩、たたらを踏む。

くそ……重てぇ……!

その一撃だけで、今まで戦ってきたどんな敵よりも速く、重いと直感する。

体勢を立て直しながら、目を凝らす。視線を左右に走らせて、敵の姿を探した。だが、もういない。

消えた……?

その瞬間、背後から風を切る音。

──違う、俺じゃない!

「ジョン!!」

叫んだ声とほぼ同時に、奴がジョン目掛けて疾走しているのが見えた。鋭く、黒く、獣じみた動き。その脚は、地面を蹴った瞬間にはすでに十メートルは先にある。

考えるよりも早く、俺は地を蹴っていた。追いつくかどうかなんて関係なかった。間に合わなければ死ぬ。それだけだ。

刹那──!

何とか身を滑り込ませ、ジョンの前に割って入った。

ガキィィッ!!

今度は弾かれず、真正面からの鍔迫り合い。手の中の短刀が悲鳴を上げる。火花が散り、互いの得物が擦れ合うたび、耳をつんざくような音が空間を裂く。

「く……っ!」

振り払われれば終わる。だから、ただ歯を食いしばって受け止めるしかなかった。

背後から、かすれた声。

「ひっ……ひぃっ……!」

ジョンだ。気配でようやく察したのか、情けない悲鳴を上げて数歩、後ずさった。

……そうだよな。そりゃそうなる。

最初の一撃からここまで、たぶん数秒も経ってない。まるで夢の中の出来事みたいだ。だけど、夢にしては目の前の現実が、あまりにも非情だ。

「逃げろ、ジョン! こっちは任せ──」

言いかけた瞬間、奴は鋭く身を引いた。バネのような動きで、俺との間合いを一瞬で断ち切る。

──まずい!

直感が叫ぶ。次に狙われるのは、ジョンじゃない。

「……シド!!」

振り返ると、案の定だった。

彼は、青ざめた顔で駆け出していた。腰に手を伸ばしながら、慌てて転送キーを起動しようとしている。が、手元が狂っているのか、操作がもたついていた。

焦ってる……!

「避けろ!!」

思わず叫ぶ。届くとは思えなかったが、それでも叫ばずにはいられなかった。

しかし──

「……え?」

まぬけな声が、返ってきた。

目が合った。

困惑に満ちたその顔に、理解が追いついていない色が浮かんでいた。

そのまま、彼の身体が……縦に、真っ二つに裂けた。

刹那、鮮血が吹き上がり、肉と骨が、切断面からゆっくりと開いていく。

時間が止まったように、彼の右半身と左半身が、左右に傾き、ゆっくりと地面に崩れ落ちていった。

ドサッ。

乾いた音だけが、残響のように耳に残った。

「……くそっ……!」

俺は歯を食いしばる。

敵は、動かない。

その場にじっと立ち尽くしたまま、こちらを見ている。まるで、さっき二人を仕留めたのがただの準備運動だったと言わんばかりに。

呼吸が乱れる。鼓動が速くなる。

さっきまでの一連の動きは、ほんの数十秒足らずの出来事だったのに、体中が汗でじっとりと濡れている。

けれど、奴は──何もしてこない。

……いや、違う。

よく見ると、奴の身体に“変化”があった。

「……なんだ、あれ……」

目を凝らした瞬間、背筋がぞわりと粟立った。

腕が、増えている。

最初に見た時は、確かに人型に近かった。腕も二本だけだったはずだ。それが今は、左右に三本ずつ、合計六本の腕がうねるように伸びている。

それぞれの手に違う武器を握っていた。鋭く湾曲したナイフ、黒ずんだ杖、短剣、鉤爪のようなもの……明らかに、目的も違えば、用途も異なる凶器たち。

すべて、殺すための道具だった。

無表情のまま、奴はじっとこちらを見ている。

その口元から、ちろりと舌が覗いた。

「……っ」

体の奥から、冷たいものがじわりと這い上がってくる。

恐怖だと自覚するより前に、頬をつたう汗がその証拠だった。

けれど、ここで目を逸らしたら終わる。

意識して、視線を外さないようにしながら、背後にいるであろうジョンへ声をかけた。

「おい! なんなんだこいつは!」

返事はない。

いや、あったにはあったが……それは言葉ではなく、うめき声に近かった。

「くそっ……!」

思わず悪態が漏れる。

とにかくジョンのところまで退がらなければ。奴が動き出す前に──。

俺は視線を逸らさないようにしながら、バックステップで後方に下がった。

敵は……動かない。

俺の動きを目で追ってはいるが、一歩も動かず、ただ静かにそこに立っている。

──なら、今しかない。

ジョンのそばまで下がり、躊躇なく背を思いきり叩いた。

「おい、しっかりしろ! あいつの情報をよこせ!」

ビクリと震えたジョンが、ようやく反応を見せる。

混乱から抜けたのか、震える声で答え始めた。

「あ、ああ……あいつは、“試練”だ。そのはず、なんだ。いつもなら、あんな速くない。それに……腕だって……なんで六本も生えてるんだよ……!」

言いながら、頭を抱え、その場にしゃがみ込むジョン。

「おい、今それどころじゃねぇだろ!」

俺の言葉も届かず、ジョンは膝をついたまま、苦しげに呻き始めた。

「うぐっ……あああああっ……ぐうっ……! わかった……! 戦う……戦うからっ!!」

その悲鳴で気づいた。

──契約だ。

あいつらの言ってた、戦意を失うと“罰”を受けるってやつか。

悪いが、今は好都合だ。勝手に覚悟を決めてくれるなら、それに越したことはない。

「いつもはどうやって倒してた!?」

俺の問いに、ジョンは必死に体を起こしながら答える。

「っつ……! ああ、いつもは……俺が後方で魔法で援護しながら、前衛担当の誰かが“試練”と戦って……ただ、それだけだった……っ。俺でも、攻撃を避けるくらいはできたし、食らっても少しは耐えられた……でも、今のアイツは……あれは……!」

ジョンの声が、絶望と困惑で震える。

でも、そんなことは今どうでもいい。

「あの時、最初にかけてもらったバフ以外に何かあるか?」

「……い、いや……バフはそれだけだ。一応、デバフはある。けど、効くかどうかは……わからない……」

「効くかどうかはどうでもいい。やってみろ」

言いながら、俺は短剣を持ち直す。

柄を握る手に、嫌なほど汗が滲んでいる。

「俺が奴とやりあう。お前はその隙にデバフをかけて、援護を頼む」

ジョンが、小さく頷いた。

その顔に浮かぶのは、恐怖ではあるが、それでもさっきまでの無気力とは違っていた。

「いいか、死ぬなよ」

念を押すと、俺は敵へと向き直る。

やられた二人から流れ出す血の匂いが、ますます濃くなっていた。

剣を握り、深く息を吸う。

ここからが、本番だ。

仕切り直しの一手。