軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第67話 異国での情報収集

店の前まで来ると、半分ほど開いたガラス戸越しに店内の様子が見えてきた。

思っていたよりもこぢんまりとした造りだ。

壁に沿って三段ほどの棚が並べられており、その上には見慣れないパッケージの菓子やスナックが、整然と並べられている。袋にはカラフルなロゴが踊っているが、どれもどこか異国情緒に満ちていて、子供の頃に観た海外ドラマの一場面を思い出させた。

さらに視線を奥へと向けると、洗剤や紙製品らしきものが並んでおり、棚には簡素な日用品も揃っている。──まさに“万事屋”と呼ぶにふさわしい。

天井には羽根のついた扇風機が回っており、ゆるやかに店内の空気をかき混ぜている。その風に乗って、香ばしい菓子の匂いと、どこか懐かしい生活の匂いが混ざり合って鼻先をくすぐった。

カウンターの奥、開け放たれた木製の扉の向こうからは、子供のはしゃぐような声が微かに聞こえてくる。どうやら奥は住まいのようだ。商店と住居が一体になった造りなのだろう。

そのカウンターの中には、恰幅の良い女性がひとり。

南国の海を思わせる、貝殻のような大ぶりのイヤリングが耳元で揺れていた。ふっくらした頬と優しげな笑みが印象的な人だ。

彼女の向かい側、店の中に置かれた木製のシンプルな椅子には、年配の女性が腰を下ろしていた。細身の体つきで、どこか洗練された雰囲気をまとっている。

足を組んで座るその姿は年齢を感じさせない凛とした美しさがあり、くすんだグレーのパンツスタイルが驚くほどよく似合っていた。

二人は何か楽しそうに話していた。時折笑い声が混じるところを見るに、他愛もない世間話か、井戸端会議といったところか。

そんな中で、俺とメイリンが店の前に立つと、カウンターの女性──店主だろう──がふとこちらに気づいた。

一瞬、目を丸くして驚いたような表情を見せたものの、すぐに柔らかな笑みに戻る。そして、声をかけてきた。

「まぁ、珍しいわねぇ。こんなところにお客さんなんて……。どちらから?」

彼女の声は驚き半分、好奇心半分といった具合で、敵意も警戒心も感じられない。

俺は心の中で安堵の息を吐き、微笑み返しながら応じた。

「あーっと、すみません、ちょっと商品見てもいいですか?」

すぐに目的を話すのではなく、まずは“買い物客”としての接し方を選んだ。下手に説明するよりも、何か買ってからのほうが、きっと相手の心象は良いだろう。

それに、メイリンが少しばかり米ドルを持っているという話だった。相手が英語圏なら、それで支払いもできるはずだ。

俺の問いかけに、店主は一瞬ぽかんとしたような顔を見せた。

そして困ったように笑いながら、後ろの女性へと振り返る。

「あら、ごめんなさいね。私、英語しか分からないのよ。リサ、あなた分かるかしら?」

その視線の先、会話を中断された年配の女性──リサと呼ばれた彼女は、こちらをゆっくりと見て答える。

「日本語……かしら?」

そう呟いて、頬に手を当てながら申し訳なさそうに首をかしげる。

「ちょっと聞いたことはあるけれど、ごめんなさいねぇ。私も挨拶くらいしか分からないのよ」

柔らかな笑みとともに言う彼女の口調には、責めるような響きは一切なかった。むしろ、どうにかして理解しようとしてくれている優しさすら感じた。

やはり……懸念していた通りだった。

俺の言葉に、店のご婦人たちはぽかんとした表情を浮かべたまま。どうやら、こちらからの発言は翻訳されていないようだ。

とはいえ、これは想定内。だからこそ、俺は焦らなかった。

横目でちらりとメイリンを見る。

すぐに彼女は一歩、斜め後ろの位置から俺の前へと進み出てきた。

「あ、英語なら私が話せます! お買い物しても大丈夫ですか?」

メイリンが、明るく、それでいて丁寧な口調で英語を口にした。

すると、二人の顔がぱっと和らいだのが分かった。

通じたらしい。英語への切り替えは不思議と俺にも分かった。というか、メイリンの声は今まで通り日本語に聞こえていた。変な翻訳現象だ。

ともあれ、緊張が解けた店内には、和やかな空気が戻っていた。

メイリンは店主とリサさんに丁寧に頭を下げながら、何やら軽く世間話のようなやりとりをしている。発音は流暢だし、声のトーンも自然体で、聞いていて安心感すらある。

……やるじゃないか。

俺は会話の様子を聞きながら、店内を改めて見回してみた。

ふと、カウンター脇にあるガラスケースの中が目に入る。そこには電池、イヤホン、USBケーブルなど、生活小物系の家電が並んでいた。その中に──見覚えのある黒い樹脂ケース。

モバイルバッテリー、だ。

「……おお」

思わず小さく声が漏れた。地味だが、今この状況では宝に等しい品だ。

スマホが命綱ともいえる状況で、電源の確保は死活問題だ。充電器が手に入るというだけで、体感幸福度が数段階アップする。

横目でメイリンを見ると、ちょうどご婦人方との会話を終えたようで、こちらへ小さく手を振ってきた。

俺は軽く手を挙げて応じ、そっと彼女の肩を軽く叩いた。

「お疲れ。大丈夫だったか?」

「うん! お店の中、見ていいって! あと……」

メイリンはいたずらっぽく笑いながら、すっと顔を近づける。

「……ここがどこか、だいたい分かったわ」

ニヤリと、得意げに笑うメイリン。その瞳はどこか誇らしげだ。

俺は思わず息を呑んだが──同時に心の中で冷静な自分がささやく。

(ここで話し込むのは、さすがにまずいか)

この狭い店内で、情報共有を始めたら迷惑になる。まずは買い物を済ませよう。

そう判断し、さっき目をつけたモバイルバッテリーを手に取り、加えて予備の乾電池、変換アダプター。

さらに目に留まった炭酸ジュースと、色とりどりのパッケージが並ぶお菓子をいくつかかごに入れる。

会計時に財布を出したのはメイリンだった。

それが原因か、ご婦人方の視線がほんの少し──いや、だいぶ──痛かったような気がする。いやいや、お金があれば俺も出すんですけど。ほんとに。

そんな弁明を心の中で唱えつつ、商品を手にして店を後にした。

外に出ると、暑すぎない程度の柔らかな陽光が降り注いでいる。

少し歩くと、ちょうどいい具合に日陰になった場所に大きめの岩があった。地面に自然と溶け込むように生えた木の根元、ひんやりとした空気が心地よい。

「ここで、ちょっと休もうか」

「そうね。充電と、情報を纏めましょ!」

二人で岩の上に腰を下ろし、俺は買ったばかりの炭酸ジュースのキャップをひねる。

プシュッという音とともに、ペットボトルの口から細かい気泡が弾ける音がした。口に含むと、なじみのある甘さと、炭酸の刺激が舌を駆け抜けていく。

「……はぁ……」

思わずため息が漏れる。うまい。変わらない味というのは、これほどまでに安心感をくれるのか。

横を見ると、メイリンも一口炭酸を含みながら、買ったばかりのモバイルバッテリーを取り出していた。

スマホとケーブルをつなぎ、無事に通電していることを確認すると、にこっと小さく笑って俺に見せる。

「よっし、充電し始めた!」

その笑みにつられて、俺も口元を緩めた。

「さて、充電を待つ間に、この場所についてね!」

メイリンが、炭酸のボトルを片手に意気揚々と声を上げた。

目を輝かせながら、俺の顔をのぞき込んでくる。まるで何かのプレゼンでも始めそうな勢いだ。

「ここはね、オーストラリアのオールバニーってところの端っこ! 地図でいうと、オーストラリア大陸の左下のほうにあたるの!」

その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中でぼんやりとした世界地図が浮かぶ。

オーストラリア──それ自体はもちろん知っている。だが、オールバニーという地名には聞き覚えがなかった。

シドニーやメルボルン、あとはブリスベンとか……それらの都市は東側だったはず。ってことは──完全に反対側か。

「メイリンは、前に来たことあるのか?」

少し不安混じりに尋ねると、彼女は首をすっと横に振った。

「ううん、初めて聞いた場所。オーストラリアには一度来たことがあるけど、こっち側は全然。けど、さっきの店の人が教えてくれたの。ここから西に数十キロ行けば、町の中心部に出られるって」

そう言って、メイリンは再びペットボトルに口をつけ、ひとくち。

炭酸のしゅわしゅわという音とともに、彼女の喉が小さく上下する。

「空港とか港とか、交通の要所はたぶんそっちよ。少なくとも、この辺りじゃ空路も海路もどうしようもなさそうだし」

俺は頷きながら、座っていた岩から腰を上げた。

言われてみれば、周囲はかなり静かだった。人通りも少ないし、背後には海の気配が遠く微かに漂ってくる程度で、いわゆる“観光地”のような賑やかさはない。

あるのは自然と、舗装の甘い道路と、ぽつんと佇む店。それだけだ。

「バスがあるらしいな」

先ほど片隅で聞いていた会話にそれらしき話が出ていたのを思い出す。

「うん、市内行き。バス停の場所も教えてもらったの。でも日に何本もあるわけじゃないみたい。次の便を逃すと、夕方まで待たなきゃいけないって」

空を見上げれば、雲一つない青が広がっていた。日差しは強いが、どこか乾いた風が吹いていて、身体を優しく撫でていく。

「今のうちに場所だけでも確認しに行こう。迷って乗り遅れたらシャレにならんし」

そう言うと、メイリンは嬉しそうに頷いた。

「行きながら、充電が終わったら私の家に連絡してみる。向こうで何かしら手を打ってくれるはずよ。正規の手順での出国は無理だから、空になるか海になるか分からないけど……」

ふと、彼女がこちらを見る。その目に、探るような光が宿っていた。

「……イトウさんのほうは? どこか、頼れそうな伝手とか、ある?」

うーん……と、俺は空を仰いだ後、無言で手を上げ、ゆっくり首を横に振った。

「……まあ、そうだよね」

メイリンが苦笑する。

そりゃそうだ。普通の一般人に、異国の地で出国を手配してくれるような伝手があるわけがない。俺が国家機関の職員とか、国際ジャーナリストだったらまだしも……まあ、違う。

とはいえ、メイリンの家周りの事情も少し気にはなる。

可能性とはいえ、さらっと違法手段で空路や海路を用意できるはずもない。

だが──下手につつけば、蛇が出るかもしれない。今はまだ静観しておくに限る。

いや、要は先送りってやつだ。でも、必要なら聞けばいい。

今はそれよりも、無事にこの土地から出られるかどうかの方が大事だ。

「とりあえず、大人しくしとこうな。変なトラブルに巻き込まれる前に」

「了解、イトウさん。目立たず、粛々と行動しましょう」

肩を並べて歩き出す。乾いた土の上を、足元で砂利がシャリ、と鳴る。

さて──この異国の片隅から、俺たちは無事に帰れるのか。

そんなことを、ぼんやりと考えながら、俺は一歩、また一歩と足を運んだ。