軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第57話 派生スキルについて

食後の満足感に包まれながら小屋へと戻った俺たちは、どちらともなく無言のまま寝室へと向かい、そのまま布の上へと倒れ込んだ。

食べすぎた、というわけでもなかった。ただ、身体が求めるように自然と意識が深く沈んでいったのだ。気づけば夢の中にいて、静かに眠りの底へと落ちていた。

──コン、コン。

ノックの音が静寂を破り、眠りの海から俺を引き戻してくる。

薄ぼんやりと目を開けると、部屋の中は静かだ。どうやら交代の時間らしい。

寝ぼけ眼をこすりながら上体を起こす。昔だったら、こんな床に近い硬さで眠れば、背中や腰が痛くて仕方なかっただろうが……今はもうだいぶ慣れてきた。迷宮の生活が、俺の身体を変えてきている。

軽く背を伸ばすと、ポキポキと少しだけ音が鳴った。以前ほど酷くはない。こういうところにも、順応の気配を感じる。

ふと隣を見ると、メイリンはまだ寝ていた。俺に背を向けるようにして、薄い寝具に包まれた肩が規則正しく上下している。どうやら、さっきのノックには気づかなかったらしい。

──コンコン。

再びノック。今度は少し強め。まるで「早くしろ」と言われているようで、慌てて声を出した。

「……あ、はーい!」

俺の返事に反応したのか、それともノックの音が今度は届いたのか。メイリンがもぞもぞと寝返りを打ち、こちらへと顔を向けた。

「……うーん、おはようぅ……」

かすれ気味な声。普段のハキハキとした口調とはまるで別人だ。片目だけを開けながら、どこかふにゃりとした表情でこちらを見てくる。

そして何より──寝癖がひどい。

彼女の髪は、いつもの整ったポニーテールからは想像できないくらい、あっちこっちに跳ねていた。頭頂から二本、後頭部から三本、とにかく元気に跳ねている。まるでいたずら好きな妖精でも頭に住み着いているかのようだ。

その姿を見て、思わず笑いそうになるのをこらえる。

「先に出てるから。ゆっくり準備してから来てくれれば大丈夫だよ」

そう声をかけて寝室を出る。ドアを閉める直前、メイリンが大きく伸びをしているのが見えた。

外に出ると、相変わらず太陽は燦燦と照り付けている。時間感覚が狂ってしまうが、こればかりは仕方がない。

どこかの迷宮では、延々と暗闇に閉ざされている迷宮もあるのだろうか、と詮無きことを考えてしまう。

気配を感じて視線を上げると、鳥顔が扉から少し離れた位置に立ち、いつものように無言でこちらを一瞥する。変わらぬ姿に、少し安心する。

そのまま、ふと自分の髪を手でなでつける。寝癖が目立つ髪質ではないのだが、メイリンの頭を見た後だと、無性に気になってしまう。

「来たか。まだすぐに休むわけではないから、顔でも洗ってくるといい」

先ほどの位置から少しずれ、木の幹に背を預けながら、鳥顔がそう告げてくる。口調は相変わらず淡々としていたが、そこにはどこか気遣いのようなものが感じられた。

素直に甘えることにして、携行していた水筒から少し水を手に注ぎ、顔を洗う。頬を撫でる冷たい水の感触が、まだ残っていた眠気を一気に吹き飛ばしてくれる。ついでに口の中もゆすぐと、ようやく頭が冴えてきた気がした。

タオルで顔を拭っていると、小屋の扉が音もなく開き、メイリンが顔を出してくる。

「おはよう! いい朝ね!」

ぱあっと光が差し込むように、彼女は眩しいほどの笑顔を浮かべて挨拶してきた。さっきまでの、寝ぼけ眼でふにゃふにゃだった姿が嘘のようだ。ポニーテールも綺麗にまとまっており、さすがは女性というか……いや、器用なのか。

どうやら彼女は寝起きに弱いだけで、スイッチが入ると完全復活するタイプらしい。

俺は一言、鳥顔に告げる。

「俺はもう大丈夫ですから、休んでください。予定の時刻になったら起こします」

鳥顔は無言で一つ頷くと、そのまま地面に腰を下ろし、目を閉じた。

その様子を見届けて、俺とメイリンは昨日と同じように、倒木のそばに並んで腰かける。空気は少しむわっとしているが、木陰に入ると幾分かましだ。

ふと、隣に座ったメイリンがぽんと手を打った。

「そうだ! インスタントのコーヒーが少しあるんだけど、飲まない? 一人だと味気なくて、最近はあまり飲んでなかったんだけど……イトウさんはどう?」

言いながら、彼女はポーチの中をごそごそと探り、細長いスティック状のインスタントコーヒーを二本取り出して見せた。パッケージは中国語で何が書いてあるのか読めないが、コーヒーのイラストが描かれているのは確認できた。

「そうだね、いただこうかな。久しぶりに飲みたくなった」

俺は自分のカップを取り出し、縁を軽く布で拭いてから、メイリンから受け取ったスティックを破る。中の粉末をトン、と落とし、水を少しだけ注ぐ。

スプーンはないので、カップを軽く回すと、溶けやすいタイプなのかすぐに液体が馴染んでいった。香りも立ち上がってくる。思ったより悪くない。

メイリンも隣で、手慣れた動作で自分の分を作っていた。そんな姿を横目に、そっとカップに口をつける。

……インスタント特有の、ちょっとえぐみのある苦みが舌に広がった。

でも、それがなぜか今の空気と妙に合っていた。

森の青臭さと、その中に漂う、コーヒーの安っぽいけど落ち着く香り。

「きちんと淹れたコーヒーも好きだけど……たまーに飲む、こういう安っぽいインスタントも好きなのよね」

メイリンがそう言って、カップを両手で包みながら、ゆっくりと一口飲む。その表情はどこか穏やかで、普段の印象とはまた違った一面を感じられた。

俺も頷きながら、再びカップに口をつける。喉を通る苦味と一緒に、どこかすっと清涼感が体の中に落ちていくのを感じた。

何があるわけでもないけど、悪くない時間だった。

見張りの時間は、静かなものだった。

周囲を漂う気配は相変わらず。けれど、あくまで遠巻きに、こちらの様子を窺っているだけで、一定の距離より近づいてくることはなかった。

時折、風が枝葉を揺らす音に混じって、低く唸るような獣の気配が流れてくるが、それもほんの一瞬。すぐに静けさが戻る。

やがて予定の時間が近づき、俺は軽く伸びをしてから鳥顔のもとへ向かい、声をかけた。

「時間です」

目を閉じていた鳥顔が、ゆっくりとまぶたを開け、こちらを見る。

「ああ、助かる。問題なかったか?」

「ええ、何も起きませんでした」

そう答えると、彼は無言で立ち上がり、軽く頷いた。小屋の回収も済ませ、荷物をまとめて、今日の行程に備える。

「出発前に、軽く腹ごしらえしようか」

俺の言葉に、メイリンが「おー」と短く答えて笑う。昨日は中級だったが、今日は下級の携帯食料を試してみることにした。何事も比較は大事だ。

交換パネルを操作して、携帯食(下級)を二つ。合計で30ポイントの消費だ。

目の前に現れたのは、塩漬けの薄い肉を黒パンで挟んだだけの、シンプルなサンドイッチだった。装飾も盛り付けも何もなく、まさに“簡易食”という言葉がぴったりだ。

「ま、こんなもんだよな」

少し苦笑しながら、俺は手に取ってかぶりつく。

黒パンに染み込んだ塩気と、薄いながらも肉の旨味が口の中に広がる。シンプルな味付けだけに、空腹にはちょうどいい。無骨だけど、悪くない。こういうのも、時にはありがたい。

隣を見ると、メイリンも黙々と食べていた。特に文句を言う様子もなく、むしろ満足げに頷いている。

「うん、さっと食べる分には、こういうのでもいいかもね!」

そう言って、もう一口頬張る姿は、なんというか……。

いや、少し呆れているだけだ。

「そうだな。味はアレだけど、効率はいいな」

俺ももう一口、と食べ進めて、あっという間に平らげてしまった。

そして……念のため、一応、鳥顔に声をかけてみる。

「本当に、食べなくて平気なんですか?」

彼は、やはりと言わんばかりに首を振る。

「必要ない。食事は不要だ」

「……そうですか」

割り切ってはいるけど、やっぱり、俺たちだけが食べているというのは、どこか後ろめたい。けれど、強いて勧めても迷惑だろう。

「じゃあ、行こうか。今日も進めるだけ進んでおきたいしな」

「うん、準備はできてるよ!」

メイリンも立ち上がり、装備を軽く確認する。

鳥顔もすっと槍を肩に担ぎ、無言で歩き出す。

昨日と同じように、俺たちは再び、迷宮の森の奥へと足を踏み出した。

* * *

「昨日の、スキルの派生なんだけどさ」

メイリンの声が静かな森に響く。二日目の道中。昨日よりも幾分か足取りは軽く、俺自身も体が馴染んできたのを感じていた。きっと彼女も同じだろう。緊張の面持ちだった昨日とは違って、今はほんの少し余裕を持った声色だった。

先頭を行く鳥顔の獣人が、正面を向いたままこちらに意識を向けるのが分かる。気配の揺らぎが、視線の代わりに俺たちを捉えた。

「派生自体も、いくつもするのかしら? たとえば一つの雷のスキルから、いろんな技が派生していく感じで」

そう聞かれて、俺もはっとする。そういえば、昨日は“派生がある”というところまでで、どれくらいの幅があるかまでは触れなかった。

「派生自体は複数、発生する。ただし、それも確実ではない。一つのスキルから一つの派生しか得られなかった者もいれば、その逆もいる」

鳥顔は、いつものように抑揚なく淡々と答える。情報を整理するように、淡々とした口調。

「なるほどね……。じゃあさ、派生スキルを使ってて、そこからさらに新しいのが生まれることもある? それとも最初の元スキルからだけ?」

メイリンがさらに食い下がるように尋ねる。彼女の目には知的な光が宿っていた。好奇心というより、もっと実戦的な探究心。俺も耳をそばだてながら、聞き漏らすまいと歩を進める。

「……どちらとも言える、という感じだな。特にどちらを使っているから派生する、とは言い切れん。そもそも、そこまでの数の例を私は知らない」

「ふーむ、分岐は気まぐれってことか。やり込んだからって確実に派生するわけでもないのね」

「恐らくは、な」

それ以上は何も言わない。自身の経験以上のことは語らない。

沈黙が少し流れたところで、メイリンが何気なさそうに、けれど少しだけ探るような口調で口を開いた。

「……ちなみに、教えてもらえるならでいいんだけど。鳥顔さんは、今どれくらいスキルと派生スキルを持ってるの?」

その問いかけに、鳥顔は一瞬だけ考えるそぶりを見せてから、意外にもすぐに答えた。

「数だけなら問題ない。スキルは七つ。派生は五つだ」

「七つに五つっ!? 十二個!?」

メイリンが思わず大きな声を上げる。周囲の気配が一瞬、波紋のように揺れたのが分かった。魔物たちも驚いたかのように、その存在感を一瞬膨らませてから、再び距離を取るように静まっていく。

「メイリン、少し声が大きい」

「ご、ごめん……つい」

彼女が頬を赤らめて謝るのを見て、俺も苦笑する。けれど、その気持ちはよく分かる。

七つのスキルと、五つの派生。

「……凄いわね。それだけでも、私たちと戦闘力の差があるって感じ」

メイリンがぽつりと呟く。肩を落とすような悔しげな口調だった。

確かに、スキルの数は戦術の幅をそのまま意味する。現状、俺たちはスキルの枠制限もあって三つか、せいぜい四つ。それに比べれば、まるで違う次元にいるような話だ。

「……スキルをどう増やすか。どう使うか。考えないとな」

誰にでもない独り言のように呟いた俺の言葉に、メイリンが黙って頷いた。

スキル枠に限りがある以上、今あるものをどう育て、どう使いこなすか。もしくは、制限そのものを超える道がどこかにあるのか。

いずれにせよ、深い階層へ進むためには、その答えが必要になる。

歩みは止まらない。けれど、考えながら歩くことはできる。

俺たちはそうして、脱出二日目の道を、少しずつ、けれど確実に進んでいった。