軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第55話 スキルとその先

ざっ、ざっ──。

草を踏みしめる音が、耳に心地よく響く。三人分の足音が、森の静寂にゆっくりと混ざっていく。

俺、メイリン、そして鳥の頭を持つ獣人の彼。三人は一定の間隔を保って列を成し、迷宮の森を進んでいた。

先頭を進むのは鳥顔。

しなやかでいて無駄のない動きで、木々の間をすり抜けるように歩く。

その後ろ、メイリンが慎重に、時折小さく草をかき分けながら進む。

集落を出発してから、すでに一時間は経っていたが、今のところ魔物の姿はない。

ただし、気配はある。遠巻きに、こちらを見ているような視線の感覚が何度かあった。

ただ、奇妙なことに、誰一人としてこちらへ飛び出してくる様子はなかった。

「……この階層では、あまり魔物は襲ってこないんですか?」

俺は隊列を崩さぬまま、前方の鳥顔へ声をかけた。

彼は足を止めず、少しだけ顎を動かして答える。

「むやみに襲いかかるような獣は、ここには少ない。だが、それ以上に──お前のせいだろうな」

「……俺?」

思わず問い返す。心当たりなどなかった。

すると鳥顔は、視線を前に向けたまま、言葉を重ねた。

「長から聞いている。守主を御したらしいな。気配に、あの管理者のものが混じっている。魔物どももそれを感じ取っているのだろう。だから、容易には手出ししてこない。だがそれもこの階層だけの話だ」

「この階層だけ?」

思わずオウム返しに問い返す。

「そうだ。守主が存在していた階層だからこそ、その“匂い”が深く染み込んでいる。他の階層に行けば、意味を成さないだろう」

「……なるほど、守主の腕輪の影響ってわけか」

左手首を一瞥する。腕輪は、今も何事もなかったように静かに光を潜めていた。

せっかくだ、もう少し聞いてみる。

「ってことは……他の階層にも、ああいう“管理者”ってのがいるんですか?」

鳥顔は、わずかに間を置いて答えた。

「そうそういるものではない。だが、少ないとも言いきれん」

その声音には、どこか冷えた緊張があった。

「実際、俺自身も何度か相まみえたことがある」

ふむ、と小さく息をつく。

あの守主のような存在が、また現れるかもしれない。が、いたずらにこちらから首を突っ込むつもりもない。

そうそう現れないユニークボスみたいなものか、と納得した。

その後の道中も、概ね順調だった──少なくとも、表面的には。

道を進む中で、大型の熊ほどもあるネズミのような魔物と二度、すれ違った。

どちらもこちらの存在に気づいてはいたが、あえて仕掛けてくることはなかった。

数メートル先でにらみ合い、互いに静かに距離を取り、やがて森の闇に消えていく。

おそらく、向こうも無駄な戦闘を避けたかったのだろう。

「無駄に消耗する必要はない。まだ先は長いからな」

鳥顔の獣人が、周囲を見渡しながら低くそう呟く。

俺も頷いた。この階層の魔物の強さを考えれば、避けられる戦闘は避けるべきだ。

余裕があるのは今のうちかもしれない。

ちら、と少し前を歩くメイリンの横顔を見る。

普段なら冗談の一つや二つ飛ばしてくるところだが、今は妙に静かだった。

唇は真一文字に結ばれ、神経が張り詰めているのが見て取れる。

「大丈夫か、メイリン」

俺の声に、彼女は小さく笑って応える。

「……ええ、まだまだいけるわ。って、言いたいところなんだけど、ごめん。少ししたら小休止、取ってもらえると助かるかも」

言葉の前半はいつもの調子だったが、後半はほんのわずかにトーンが落ちた。無理をしているのがわかる。

「そうだな。開けた場所が見つかれば、少し休もう」

そう言って、先を行く鳥顔に声をかける。

「すみません、開けた場所があれば小休止をお願いできますか?」

彼は言葉を返さなかったが、静かに頷いた。

よし、これで少し休める──そう思った矢先だった。

突如、空気の密度が変わる。

森を満たしていた静寂が、まるで水面に石を投げ入れたかのように波立った。

一瞬にして、全方位から殺気が押し寄せてくる。

「……! これは?!」

俺が声を上げると、同時に鳥顔が腰を落とし、無駄のない動きで槍を構えた。

「ふむ。疲弊していたのを狙っていたか……犬だな。数が多い。討ち漏らしを頼んだ」

そう言うなり、鳥顔の眼前、茂みの陰から灰色の獣が三体、飛びかかってきた。

犬……いや、犬というには余りに巨大すぎる。

毛並みは荒れ、目は濁っておらず、冷徹な光が宿っている。

野生だが、確かな“意思”を感じる動き。

「来るぞ、メイリン、下がれ!」

俺は声を張り上げると、短剣の柄に手をかけた。

俺の声に反応したメイリンは、即座に疲れた表情を引っ込め、軽やかに駆けて巨木の陰に身を寄せた。

その背を幹に預け、弓を構えながら素早く矢を番える動きは、さすが前線で鍛えられてきただけのことはある。

息一つ乱さず、森の影を探ろうと目を巡らすのが横目に映る。

俺は彼女の動きを確認しつつ、すぐさま鳥顔──彼とメイリンの中間に位置を取るように身を躍らせた。

この位置なら、万が一メイリンに魔物が迫っても、俺が先に対応できる。

ふと前を見ると、鳥顔の獣人が放った横薙ぎの一撃を、三頭の灰色の犬型魔物が喰らって仰け反っていた。

それでも、着地した彼らはまだ目の光を失っていない。

ぬらりと光る牙が唸りを上げ、舌を垂らしながら間合いを見計らっている──明らかに、まだ狙っている。

気配を探ると、森の中にはさらに数頭の気配。

姿を現している三頭の他にも、森の奥で息を潜めている連中がいる。

囲まれたか──そう思った瞬間、背筋を冷たいものが這った。

数にして、少なくとも八か九。

そのすべてが、ただの野生の動物ではない。連携の取れた、獣の"群れ"だ。

俺は一瞬考える。

このままでは彼が包囲される。だが、俺がメイリンの側を離れるわけにもいかない──

彼女にこの数は無理だ。俺が守らなければ。

その葛藤を抱えたまま、思考がぐるりと回ったその瞬間だった。

右手側の茂みが揺れ、風切り音が耳を打つ。

さらに二頭──合わせて五頭の獣が、弾丸のように鳥顔へ飛びかかった。

「まずい──!」

俺の足が動くよりも早く、鳥顔の嘴がわずかに歪むのが視界に入った。

……笑った?

いや、そう見えた気がしただけだ。

次の瞬間、彼は躊躇なく、自らの槍を大地に突き立てた。

バリバリバリ!

轟音とともに、閃光が弾ける。

空気が震え、紫電が奔る。

地面を伝って駆け抜けたそれは、まるで生き物のように宙へと躍り、五頭の魔物を貫いた。

「ギャウゥン!!」

悲鳴を上げ、五頭の犬が硬直し、そのまま地面にバタバタと倒れ込む。

その身体は小刻みに痙攣し、皮毛の焦げる臭いが風に乗って流れてくる。

槍先からはなおもバチ、バチ、と雷の尾がしつこく漏れていた。

俺は、息を呑んだまま、言葉が出なかった。

あれは──雷、か。

対処できるとは言っていたが、あんな技を持っているとは。

静寂が戻る。

「……ふむ、残りは逃げたか」

鳥顔は構えを解きながら、まるで世間話でもするかのように、呟いた。

俺も、急いで周囲の気配を探る。

さっきまで押し寄せていた殺気は、霧が晴れたように消え去っていた。

息を呑んでいた胸が、ようやくゆっくりと上下を始める。

しのいだか。

鳥顔が、槍を一度くるりと回して槍を納めると、そのままの足取りでこちらへと歩いてくる。

風のように静かな足音。彼の様子は、ついさっきまで激戦の只中にいたとは思えないほど、涼しげだった。

一方、俺の後ろにいたメイリンはというと、張っていた弦からそっと矢を還元し、弓をアイテムボックスに戻して小走りでこちらへ来る。

彼女の顔には、緊張の糸がほどけた後の安堵が浮かんでいた。

対照的な二人の表情を見比べながら、俺はぽつりと口を開く。

「……すごいですね、今の技。雷の一撃、ですか? まるで──雷神みたいだった」

素直な驚きと感嘆を込めてそう言うと、鳥顔は特に感慨もなさそうに、ただ頷いた。

「うむ、雷だ。だが、特別なものではない」

その何気ない答えに、俺もメイリンも揃って目を見張る。

「いやいや、あんなの特別以外の何物でもないわよ!」

メイリンが思わず笑いながら言う。

「狩りの時はそんな技、見せてなかったじゃない。やっぱり奥の手、ってやつ?」

「ああ、そういう場面ではあまり使わん。仲間と動く時は、無駄な消耗を避ける。これは一対多、もしくは包囲された時のための手札だ」

そう淡々と返す鳥顔は、何のことはないといった具合だ。

「……じゃあ、あれはスキル? あんな派手な技なら、スキル球の中にあってもおかしくないくらいだけど」

俺が疑問を投げると、鳥顔はほんの少しだけ眉を上げた。

「スキルではない。ただし、スキルの“派生”と呼ばれるものだ」

……派生?

俺とメイリンが顔を見合わせる。メイリンの方は首を傾げて、俺の袖をつつきながら問い返す。

「それって、どういう意味? スキルなの? スキルじゃないの? どっち?」

俺たちの混乱が伝わったのか、鳥顔は少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから、口を開いた。

「お前たちもスキル球を使ってスキルを得たことがあるだろう。我々もそうだ。そして、スキルを使えば使うほど、その扱いに“熟練度”が生まれる。意識せずとも蓄積されていくその熟練が、ある閾値を越えた時──時に、新たな技が、まるで閃きのように生まれるのだ」

思わず息を呑んだ。

まるで、剣の修行を積んだ者が我流の技を編み出すような、そんな話じゃないか。

「……そんなの、初めて聞いた……」

俺の言葉に、メイリンも小さくうなずく。

「でも、それって“級”が上がることと同じじゃないの? 下級から中級、上級って、あれが成長なんじゃないの?」

まったくもってその通りの疑問だった。

だけど、鳥顔は静かに首を振った。

「“級”の上下は、スキルそのものの本質に変化があるわけではない。例外はあるが、基本的には“行使のしやすさ”や“再使用までの間隔”、あるいは“効果の安定性”が変わるに過ぎない。

だが、派生とは──スキルを素材にした、まったく新しい“技”だ。自らの身体を通じ、経験から生まれる、己だけの一手」

言葉のひとつひとつが重い。

それが、自らが体得してきた実感からの言葉だと分かる。

「……じゃあ、あの雷の技は、雷スキルの延長線上にあって、でも、自身にしか使えない技、ってことか」

そう言った俺の問いに、鳥顔は軽く顎を引いて頷いた。

「そうだ。それゆえに、価値がある。己にしか扱えぬものというのは、誰かに授けられる力より、遥かに深い意味を持つ」

その言葉に、胸が熱くなった。

俺のスキルも、成長するのだろうか──

そして、もしそうだとしたら、どんな可能性がその先に待っているのか。

このまま迷宮を潜り、俺はどれだけ“自分だけの力”を高められるだろう。

どれだけの未知をこの手で見つけることができるだろう。

ぞくり、と歓喜の震えが体を震わせた。