軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第41話 "迷宮からの贈り物"

警戒を解かぬまま、俺たちは無言で道を進んだ。

といっても、実際には歩幅と方角を合わせるだけのことだ。

先導する三人の獣人──そのうちの一人は後方に位置し、俺とメイリンを囲むように移動していた。

囲まれている、という事実に緊張が抜けることはなかったが、逆に言えば、それだけこちらを“守って”いるようにも見えなくはない。

会話は少なかった。

けれど、その静けさの隙間に、ときおりぽつりぽつりと投げかけた問いに、彼らは意外なほど淡々と答えてくれた。

「……我らは、生まれたわけではない」

げっ歯類の獣人が、視線を前に向けたまま低く言った。

「この迷宮が生み落とした存在……いわゆる“魔物”と、同じ枠の中にある」

言葉を飲み込みながら、俺は歩を進める。

迷宮が“生む”という概念。

しかし、それは理性も知性も持たない、ただの敵としてのモンスターを指していると思っていた。

「じゃあ、君たちは……その、例外?」

そう尋ねると、今度は鳥顔の獣人が応じた。

「ああ。理を持った個体は、稀にいる。知を宿し、意志を繋げた者たちが集まり……我らの群れとなった」

要するに、“モンスター”としての出生ではあるが、その後何らかの過程で知性を得て、自我を保ったまま同じような個体と結びついた存在。

彼らは自分たちを“住人”と呼ぶが、それはこの迷宮という世界の中での、生存者の証だった。

「でも、それって……生き延びるのも、難しくなかったですか?」

「だから、上に来た」

短い返答に、メイリンがこくりと頷いた。

「力の差、か。下の階層は、やっぱり危険度が高いみたいね」

弱者であった彼らは、身を守るために、より安全な階層へと“上がる”道を選んだという。

この階層──つまり今、俺たちが歩いているこの場所こそが、彼らの選んだ“避難先”だったわけだ。

「でも、こんなところで生きていけるんですか? 食料とか……」

そう尋ねた俺に、返ってきた答えは予想を超えていた。

「不要だ。我らは、喰わぬ」

「えっ、まったく?」

「一部では、娯楽としての、食事や睡眠は行うこともある」

「だが、排泄も、睡眠も、飢えも渇きも……すべて、不要だ」

ぞくりと、背筋が粟立つ感覚が走った。

彼らは生命体ですらないのか──そんな疑問が浮かびかける。

だが、その理屈では説明できない感情の機微が、彼らには確かに宿っていた。

「じゃあ、さっきの狩りは……?」

「縄張り維持のためだ」

「周囲に我らの力を見せる。そうすれば、愚かな侵入者も減る」

──つまり、力を誇示して、周囲の脅威を抑え込んでいるということか。

狩りは生きるための糧ではなく、生存空間を保つための“儀式”のようなものだった。

そんな話を聞いているうちに、ふと前方が開けた。

岩肌の間にぽっかりと現れた空間。

天井の高いホールのような構造の奥に、粗削りながらも規則的に並べられた石積みの建物群が見える。

入り口には布を垂らしただけの簡素な“扉”らしきものがついている。

焚き火の煙も、乾いた草を編んだ寝台らしき影も見える。

「……ここが、“集落”か」

* * *

岩のアーチをくぐるようにして“集落”へと足を踏み入れる。

背後で微かに足音が消え、前を行く獣人たちの背中が、どこか落ち着いたものに見えた。

ぐるりと視線を巡らせる。

高くそびえる岩壁にぐるりと囲まれた天然の窪地のような空間。

その中に、粗削りな石材や土壁で作られた家々が、円を描くように並んでいた。

規模としては、それほど大きくはない。ざっと見渡して十数人──いや、十数“体”の住人が確認できる。

顔立ちは様々だった。

小柄な体にふさふさの頬を持つ者、耳の長い者、鼻先の尖った者、全体に毛皮をまとった姿が目についた。

その中でも、どこかげっ歯類系──リスやネズミを思わせる顔の者が多い印象だ。

皆、薄く色あせた布をまとっているが、それぞれゆったりとした作りで動きやすそうだ。

……服については、いろいろと気になることもある。

作っているのか、拾っているのか、それとも迷宮が供給しているのか──だが、今は置いておこう。

少し離れてしまった先導の獣人たちに気づき、慌てて足を速める。

メイリンはすでに俺の少し前を歩いていた。

「見張りの人、いましたよね? でも俺のこと、何も言わなかったような……」

集落の入口に立っていた警戒の目。てっきり一悶着あるものと身構えていたのに、まるで何事もなかったように通してくれたことが、妙に引っかかった。

その問いに、げっ歯類顔の獣人がちらりと振り返り、淡々と答えた。

「こちらに向かう途中で伝えていた。長の許可も得ている」

「……伝えていた、って」

声には出さなかったが、俺は眉をひそめる。

こちらが何かに気づく暇もなく、どうやら彼らは“何か”の手段で連絡を取り合っていたようだ。

声も合図もなかった……少なくとも俺には、そう見えていた。

そのまま小道を抜け、周囲よりやや開けた場所に出る。

その中心に、他の家々よりひと回り大きく、石材を丁寧に積んで作られた建物が構えていた。

入口には、簡素ながら布ではなく、きちんと組まれた木製の扉が取りつけられている。

「長の家だ」

鳥顔の獣人が立ち止まり、扉に手をかけながら言った。

「許可は得ているが、一応、面通しはしておく」

言い終えると、軽やかな音を立てて扉を押し開く。

俺は少し息を整えながら、その後に続いた。

* * *

扉をくぐると、そこはまるで応接間のような空間だった。

床は剥き出しの岩のままだが、その中心には円形のゴザのような敷物が、丁寧にぴたりと置かれている。

周囲には手作り風のクッションがいくつも並べられ、どこか人の温もりを感じさせた。

その一番奥に、ずんぐりとした体形の獣人がゆったりと腰掛けていた。

ふさふさと豊かな毛並みに、丸みを帯びた耳がちょこんと乗っており、その姿はどこかぬいぐるみのような愛嬌を感じさせる。

だが、その目は油断なく、こちらを観察している気もした。

「やぁやぁ、君が新しい“外からの友人”だね。メイリンも、よく帰ってきたね」

そう言いながら、前に置かれた湯呑をふわりと持ち上げ、ずずっと心地よい音を立てて一口すする。

あまりにも自然な振る舞いに、俺は思わず拍子抜けし、立ったままその様子を見つめてしまった。

すると、長はきょとんとした表情を浮かべ、手のひらをこちらに向けて軽く上下に振った。

「まぁ、座ってよ」

「あ、はい」

少し戸惑いながらも、言われるままにゴザの縁に腰を下ろす。

横にはメイリンが何の躊躇もなく座り、反対側には鳥顔の獣人が羽を整えながら静かに腰を下ろした。

いつの間にか、あのげっ歯類顔の獣人の姿は消えていた。

「何か飲むかい? あいにく、お茶のようなものしかないんだけれど」

ふいに尋ねられ、少しの警戒心と、それ以上に湧き上がる興味とで心が揺れる。

“お茶のようなもの”という表現が、かえって妙に惹かれる。

出されたものを断るのも気が引けて、気づけば自然に口が動いていた。

「……いただきます」

にっこりと目を細めた長は、「よしよし」と呟くように笑い、ふぅと息を吐いて立ち上がった。

ふさふさの腰回りを手で支えながら奥へ引っ込み、しばらくするとカチャカチャという音と共に、銀色のポットのようなものと、素焼きのコップを数個手に持って戻ってきた。

その場でしゃがみ込み、慎重に注いだ温かい液体を、俺の前へそっと置いてくれる。

そして、自分の席に戻りながら再び湯呑を手に取り、一口。

「まぁ、飲んでみてよ」

差し出された茶碗を前に、俺はしばし躊躇する。

勢いで言ったしまったが、得体の知れない液体──不安が後になって浮かび上がってきた。

だが、横でメイリンが何の迷いもなく口をつけ、「ふーっ、美味しい」と小さく笑う姿を見て、俺もそっと手を伸ばす。

ふわりと、青臭さとも青草ともつかない香りが鼻をくすぐった。

強くはない。むしろ、野の風のように素朴で清々しい。

口をつけると、ほんのりとした苦味と、すっと舌の奥を通り抜ける涼やかな後味。

温かいのに、どこか喉の奥に爽快さを残していく。

気づけば、緊張がほぐれていた。

「あ……美味しいですね。喉が渇いてたので、助かります」

少し照れくさくなって、思わず笑ってしまう。

その言葉に、長は目を細め、ふわりと穏やかな笑みを浮かべた。

「うちのみんなは、これもあんまり飲まんからね。ボクの道楽みたいなもんだよ」

湯呑を手にしたまま、長は目を細めて笑うと、再びずずっと音を立ててお茶をすすった。

そして、自分の前に置かれた銀色のポットに手を伸ばし、自然な手つきで湯呑に注ぎ足す。

ささやかな動作のはずなのに、その銀の光沢が、この素朴な空間の中では妙に目を引いた。

岩を削って組まれた壁、素焼きの器、編まれたクッションやゴザ──

どこを見ても手作業の温もりが残る造りの中で、そのポットだけが異質だった。

俺がじっと見つめていたのに気づいたのか、長がくすっと笑ってこちらを振り返る。

「それが気になるかい? 不釣り合いだろう?」

少しからかう様な顔をして、銀のポットを軽く持ち上げた。

「ほかの道具は、僕らが作ったものも多いんだけどね。これは──“迷宮からの贈り物”さ」

そう言いながら、すっと手を伸ばし、俺のほうへとポットを差し出してくる。

「見てみるかい?」

突き出されたその銀の器に、思わず息を呑む。

一瞬、躊躇いが胸をかすめたが、好奇心には抗えなかった。

膝立ちになって手を伸ばし、そっとそれを受け取ると、見た目よりずっしりとした重みが掌に伝わる。

(……これは)

そのときだった。

空間に浮かぶようにして、“表示”が現れた。

文字は俺の目に見える形で整えられ、静かにそこに浮かんでいた。

─────────────────────────────────────

【零れぬ 壺(ポット) 】

種別

:アーティファクト

効果

:一度注がれた液体が、決して尽きることなく湧き続ける魔法の壺。

中身の液体は壺に最初に注がれたものに限られ、以降の変更はできない。

壺の内側は常に静かに満たされ、液体は腐敗も蒸発もしないという。

ただし、液体の性質によっては制限や副作用が生じる場合もある。

────────────────────────────────────

「……アーティファクト……!?」

反射的に声が漏れた。

視界に浮かぶその言葉に、背筋がぞわりとする。

まさか、こんな場所で“それ”を見るとは思わなかった。

驚いて隣を見やると、メイリンは相変わらず落ち着いた様子で、湯呑を両手で包みながら静かにお茶を啜っていた。

……どうやら彼女はすでに知っていたようだ。

「たまに見つかるんだよね、こういうの」

にこにこと、実に楽しげに笑いながら、長が言った。

「僕らは“迷宮からの贈り物”って呼んでるんだ。──道の途中とかで見つけることがあるんだよ」

その語り口は、どこか迷宮に対して拠り所にしているような、敬意のようなものを感じた。

「もちろん、僕らが使っている道具の類も、ちゃんと自分たちで作ったものもあるよ。でもね、こういう“贈り物”があるから、ここでの暮らしが成り立っているって部分もある」

そう言って、長は再び湯呑を手に取り、ほっと一息つくように口元へ運んだ。

俺も改めてポットを見下ろし、その静かに湛えられた液面を見つめる。

「さて──」

長は俺から返されたポットを脇にそっと置きながら、再び湯呑に口をつけた。

くつろいだ様子ではあるが、その目はじっとこちらを見据えている。

「それについては、まあいいでしょ」

言葉を切り替え、ふと声の調子を変える。

「この先のことなんだけど、どうするの? メイリンは出口に行きたいみたいだけど……前にも言った通り、ボクらは協力できない。する必要もないしね」

その言葉は、まるで「それが当たり前」というように軽く放たれた。

けれど、それこそがこの場における“現実”なのだろう。

俺は姿勢を正し、改めて尋ねる。

メイリンが断られていたとはいえ、自分の口から確認しなければ納得できない。

「どうしても……難しいでしょうか。正直、この場所についてはほとんど何もわかっていません。だからこそ、皆さんの助けがあれば、本当に助かるんですが……」

声にできるだけ誠意を込めてお願いすると、長は湯呑を持った手を口元に寄せたまま、ふむ、と軽く考え込む素振りを見せた。

「うーん……ボクらの利もないし、そもそも君たちを助けたのも、偶然みたいなもんだからねぇ」

そう言いながら肩をすくめる。

その言い回しに落胆しかけた瞬間、彼の声がもう一度上ずる。

「──ただ」

その言葉に、メイリンと俺が同時に顔を上げる。

長は、何か面白いことを思いついた子供のような顔でにっこりと笑い、指を一本、ぴんと立ててこちらに向けてきた。

「そうだね、君たちもボクらに“贈り物”をくれたら、友人として助けてあげてもいいよ」

その言葉に真っ先に反応したのは、やはりメイリンだった。

「ホント!?」

乗り出さんばかりの勢いで問い返すと、その目がぱっと俺の方へ向けられる。

「アーティファクトを見つけるだけなら、もしかしたらなんとかなるかも! さすがに階層入口まで二人だけで延々と探索するのは難しいけど、集落周辺ならまだ探せるかも!」

彼女の顔には希望が満ちていた。

もはや断る選択肢など存在しないかのように。

けれど、俺は現実的な疑問がどうしても頭をもたげてしまう。

「いや、でも……アーティファクトを見つけるって、そう簡単な話じゃないんじゃ。それに、集落周辺で見つけられるなら、もうすでにここの人たちが探してるだろうし」

自分の言葉が空気を冷やすのを感じながらも、無視はできなかった。

だが、そのとき、長が横から軽やかな声で口を挟んできた。

「出てくる場所は、マチマチだからね」

まるで世間話でもしているかのような調子で続ける。

「似たような場所から、そんなに間を置かずに連続で見つかったこともあるんだよ。ない話じゃない──なくはない、ってとこかな?」

にこにこと、どこまでも調子が崩れない。

その笑顔が本音か演技かはわからなかったが、どちらにしても楽しんでいるのは確かだった。

……なるほど。要するに、俺たちはアーティファクト探しをするしかないらしい。

隣で目を輝かせているメイリンと、正面で飄々と笑う長の顔を見比べながら、俺はそっと小さくため息をついた。

音は立てなかったつもりだが──メイリンに気づかれていないことを、俺は密かに祈った。