軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話 情報交換と謎

広場に足を踏み入れた瞬間、一段空気が張り詰めた感覚があった。

獣人たちの目が、一斉にこちらを射抜く。

毛並みの隙間から覗く筋肉がわずかに緊張し、手にした武器をぎゅっと握り込む音さえ聞こえそうだ。

その鋭さは、見知らぬ侵入者を拒むようにこちらを見つめていた。

対して、ただ一人──人間の女性だけは違った。

最初こそ、ぽかんと口を開けてこちらを見つめていたが、次の瞬間、何かに弾かれたように目を見開き、指先をまっすぐ俺に向ける。

「あ、あなた! 外から来たの?!」

声が広場に響き、俺はわずかに眉を上げた。

“外”──その意味を探る。

迷宮の外か、と理解して、小さく頷く。

その仕草に、げっ歯類の顔をした獣人がひとり、警戒を緩めるでもなく、ただ俺と彼女を交互に眺めていた。

残る二人は微動だにせず、武器を構えたまま。

広場の中心に立つ俺と、彼らとの間に、見えない境界線が張られているようだった。

女性はというと──その線を軽やかに踏み越えるように、言葉を畳みかけてきた。

「よ、良かったぁ……やっと向こうの人に会えた……。あなた、アジア系よね? ここまではソロ? ……なわけないか、そんなアジア系がいたら情報くらい回ってくるはずだし。え、じゃあ流された人? でもなんで?」

その口調は、安堵と好奇心とがごちゃ混ぜになっていて、まるで止めどなくあふれる川のようだ。

自分の中で答えを出しては、すぐに疑問を浮かべ、また別の結論に飛びつく──その表情は目まぐるしく変わり、見ているこちらが追いつけない。

年齢の割に、どこか無邪気な幼さを残しているようにも感じた。

その様子を眺めながら、俺はわずかに息を吐き、さて、どう返したものかと口を開くタイミングを探していた。

「ともかく──」

俺は息を整え、両の手をあげたまま告げる。

「簡単でかまわないので、現状の説明をさせてもらえませんか。あなたたちのことも……教えてもらえると助かります」

その声に、緊張の糸がわずかに緩んだのを感じた。

いまだ鋭い視線を外さなかったげっ歯類の顔をした獣人と、鋭い嘴の影を落とす鳥類顔の獣人が、ちらと目配せを交わす。

ほんの一呼吸の間を置き、二人──いや、二体と言うべきか──が同時に小さく頷き、握っていた武器を少し下げた。

その動きに、俺の肩の奥のこわばりも少しほぐれる。

(ひとまずは、いきなり斬りかかられる心配はなさそうだな……)

そう思いつつ、その格好のまま一歩、また一歩と足を運ぶ。

乾いた砂利が足裏で小さく鳴き、距離を縮めるごとに相手の瞳の色や毛並みの揺れがはっきりと見えてくる。

だが、向こうも不用意には近づかない。

俺が踏み出せば、その分だけ彼らもじり、と後ろへ下がる。

互いの間にある見えない境界線を、慎重に測りながら動くようだった。

その距離は、いざという時に武器が届く範囲をわずかに外れている──それが彼らの計算だろう。

一方で、女性は違った。

先ほどまで矢継ぎ早に自身で疑問を上げていた口も、今はひとまず落ち着いたらしい。

それでも完全に警戒を捨てたわけではないのだろう、目元にわずかな緊張を残しながらも、興味のほうが勝ってしまったようで、俺との距離をじりじりと詰めてくる。

その足取りは、怖いもの見たさで焚き火に近づく子供のようで、俺の視界に入るたびに、微かな熱を帯びた視線を感じた。

「さて──」

俺はわずかに息を吸い、場の空気を変えるように口を開いた。

「じゃあまずは、こっちから。俺の名前はイトウ、日本人です。探索者……のようなことをしています。迷宮に潜っていたら……そうですね、事故で飛ばされて、気がついたらココにいたんです」

言葉を選びながら、できるだけ簡潔に伝える。

細かい事情まで話すつもりはなかった。

変に突っ込まれれば、余計な警戒を招くかもしれないし──最悪、襲われる口実を与えかねない。

それよりも、今は敵意を抑え、会話の糸をつなぐことのほうが先だ。

言葉を終え、相手の反応を探るように視線を送る。

獣人たちは……特に表情の変化はない。

表情というより、彼らの毛皮や羽根の奥にある感情は読み取りにくく、こちらが投げた情報が波紋を立てたのかどうかも判然としない。

ただ、刃先に宿っていた初期の鋭さは、わずかに鈍っているように見えた。

一方で、女性は違った。

俺の言葉を受けて、こくこくと何度も頷きながら、まるでパズルのピースがはまる瞬間を見届けているかのような表情を浮かべる。

「なるほど、日本人か……やっと向こうも探索者を入れるようになったのかなぁ? んで、事故? うぅん、転送系の罠はたまに聞くけど……」

ぶつぶつと独り言のように言葉を紡ぎ、視線は少し遠くを見ている。

この手のタイプは、自分の思考の世界に入り込むと周りが見えなくなる──そんな予感がした。

しばし、彼女は何かを思案している様子だったが、やがて俺がじっと見ていることに気づいたのか、はっとして手を振る。

「ああ! ごめんなさい!」

慌てて体をこちらに向け直し、声の調子を少し弾ませて名乗った。

「私はメイリンっていうの。よろしくね! 中国人よ。私もあなた、イトウさんと似たようなものかしらね。かれこれ二週間は足止めよ……」

苗字を告げないのがわざとなのか、あるいはただの無邪気さなのか、判断がつかない。

だが、ひとつだけ確かなことがあった──少なくとも彼女も、この不可思議な状況に閉じ込められた“同じ境遇”の人間らしい、ということだ。

そして、会話の端々に、どうにも引っかかるものがあった。

俺はタイミングを見計らって口を開く。

「中国の人、らしいですけど……言葉、通じるんですね。あと、そっちの方々とも」

ずっと不思議に思っていたことだ。

俺と彼女との会話が成り立つのはまだわかる。日本語を話せる外国人など珍しくはない。

だが、目の前の獣人たち──毛皮や羽根を揺らし、こちらをじっと観察している彼らまで、俺の言葉を理解しているように見えるのは、どう考えても都合がよすぎる。

「ああ、知らなかった?」

メイリンは、いたずらを打ち明ける子供のように肩をすくめる。

「迷宮の中だと言語が統一されるのよ。なんでかはわからないけど……でも、この人たちについては──私も理由はわかんない!」

軽く笑いながら、獣人たちを指差す。

その指先を追った俺の視線と、獣人の鋭い瞳がふと交差した。

彼らは何も言わない。ただ、微かに耳が動いただけだ。

メイリンは続ける。

「日本だと少ないかもだけど、うちの国じゃ、他の国出身の人と一緒に潜ることも結構あってね。最初は気づかなかったんだけど、咄嗟に出る言葉の時に違和感があって、調べてみたら──あら不思議! どこの国の言葉でも、迷宮内じゃちゃんと通じるの!」

冗談みたいに言うが、その顔は妙に楽しそうだった。

俺は何とはなしに彼女の口元に目をやる。

……確かに、耳に入ってくる音と、唇の動きが微妙にずれている。

異国の言葉が、脳の中で“日本語”として聞こえる──そんな不可解な感覚があった。

(なるほど……そういうこと、か)

仕組みはさっぱりだが、ここではそれが“当たり前”として働いているらしい。

「──あとは、彼らは一体誰なんです?」

視線を再び獣人たちへ向ける。

彼らは警戒こそ解いていないが、こちらの会話に割り込んでくる気配はない。

直接聞くこともできるだろう。

だが、この場ではメイリンを通したほうが、余計な摩擦を生まずに済みそうだった。

メイリンは肩をすくめ、しかしどこか楽しげに口を開いた。

「ああ、曰く、“この世界の住人”らしいわよ。信じがたいことにね」

そう言って、にこりと唇を弧に描く。

「私もこれまでに、けっこうな数の迷宮に潜ったけど……意思疎通のとれる存在に会ったのは、これが初めて!」

軽い調子のまま、彼女はくるりと身をひねり、背後の獣人たちを顎で示した。

「あなたみたいに“事故”でここに飛ばされちゃったときね、運悪くモンスターに襲われかけたの。でも──運良く彼らに助けてもらえたの」

その言葉を受けて、沈黙を保っていた獣人のひとりが、低く落ち着いた声で口を開く。

「……たまたま我らの狩りと重なっただけだ」

不意に会話へ割り込まれ、わずかに眉を上げる。だが、せっかくの機会だ。俺は彼らにも訊くことにした。

「あなた方は、その“この世界の住人”だと言いますが……いつから、どうやって生きているんです?」

迷宮が世界で認識され始めたのは、わずか三か月前程度。

誤差があったとしても、顕現してから一年にも満たないはずだ。

それなのに──彼らはまるで古くからこの地に根を張っていたかのような、落ち着きと存在感を放っている。

短い沈黙ののち、げっ歯類の顔をした獣人が答えた。

「……いつの間にか、そう答えるしかない。我らはずいぶんと昔に、“下から上がってきて”今ここにいる」

「下から?」

思わず問い返す。

「ああ。我らは意思を持つもの……だが、弱きもの。だから“上に上がってきた”のだ」

鋭い嘴の鳥類顔の獣人が、低く、だがはっきりとした声で引き継ぐ。

「我らが移動できたのは、ここまで。これより上には上がれず……ここで命を繋いでいる」

その言葉を受け、メイリンが顎に指を当て、考え込むように呟いた。

「生存戦争に敗れて、逃げてきたって感じですかね……。元々は下層の生まれだけど、上層に上がってきて、もっとモンスターが弱い階層に行きたい。でも、何かしらの制限でここまでしか上がれなかった──そんなところ?」

俺はふと疑問が湧き、メイリンへ視線を向ける。

「……あなた、二週間も彼らといて、事情を知らなかったんですか?」

「……いやぁ」

彼女は目を泳がせ、頭をかきながら答えた。

「帰る方法を探したり、交渉したりで……それどころじゃなくって」

その視線は、どこか遠くの壁を眺めるように、はははと乾いた笑いが響いていた。

「まだ話を続けるようなら、我らは集落に戻る」

不意に、低く乾いた声が場の空気を揺らした。

視線を向けると、獣人のひとりが肩越しにこちらを見やりながら、わずかに顎を上げている。

その目は、早く結論を出せと言わんばかりだ。

「ああ! すみません!」

すぐさまメイリンが声を張り上げ、慌てて一歩前に出た。

「まだ、お邪魔しててもいいですか!?」

はい! と勢いよく手を挙げる仕草は、妙に場違いなほど明るい。

「……もとより、我らの狩りに勝手についてきて、出口まで連れて行けと言っていたのはそちらだろう」

鳥顔の獣人が、羽毛の間から覗く鋭い目を細め、呆れたように言葉を吐き出す。

その声音は淡々としているのに、なぜか表情まではっきりと“呆れ顔”だとわかってしまうから不思議だ。

メイリンはというと、まるで許可証を手に入れた子供のように「やった!」と小さく飛び跳ねた。

「じゃあ、詳しい話とこれからの相談は、向こうについてからにしましょう!」

その声は軽やかで、こちらの返事を待つ前に方向を決めてしまっている。

俺としても、腰を落ち着けて話ができるならそれに越したことはない。

だが、どうにも流れを完全に向こうに握られているようで、胸の奥がむずむずと落ち着かない。

それでも──今は従うしかないだろう。

「……すみませんが、お邪魔します」

やや低い声でそう告げる。言葉はメイリンへ向けたものではなく、むしろ獣人たちに聞かせるためだった。

彼らは特に反応を見せない。

それを黙示の肯定と受け取り、メイリンと並んで歩き出す。

俺たちは日差しの中、地面に濃く落ちた影を踏みながら、彼らの後を追った。