軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31番目の妃⑤

マクロンはすでに疲弊していた。一言二言言葉を交わし、退こうと画策していたが、この蛇のような女はマクロンにしなだれかかり、執拗に甘えている。

「マクロンさまぁん、私ミミリー、つろうございましたの。だって、15日にしか会えませんでしょお? ミミリー、寂しかったんだからぁ」

しなだれかかられた左側に鳥肌がたつ。マクロンは、『ヒッ』と声をもらしそうになったのをなんとかこらえた。

「すまぬな。だが、これがしきたりである。さて、我はそろそろ仕事に向かう。ゆっくり過ごせ」

「むぅ」

女は頬をふくらませ、マクロンの腕を離さない。

「また、お越しになって。来ると言ってくれなきゃ、離さないんだから」

マクロンの鳥肌が全身に及んだ。『辛抱だ、マクロン』……マクロンは自身を奮い立たせる。女は夜のお渡りをせがんでいるのだ。

「ああ、わかった。来るよ」

若干ひきつった笑みを女に向ける。

「きゃ、ミミリー、嬉しい!」

マクロンの首に抱きついた女。マクロンの全身の毛が逆立った。限界だと訴えている。心も体も……。マクロンは女をいく分強引に剥がして足早に下る。

「ああ、また来るよ。次の15日にな」

邸を離れると同時に女に向かって叫んだ。女の足が走らんばかりに動き出す寸前で、マクロンは颯爽と仕事に向かった。いや、逃げた。走った。逃げ切った。

その背後の邸で、15番目のお妃様の警護を担当している騎士らは顔を青くさせている。この後、どんなとばっちりを受けるのかと思って。

***

ビンズはフェリア邸を担当騎士に託し、王の元へと向かう。途中、15番目のお妃様邸の横を通り過ぎるとき、女の金切り声が響いた。ビンズはこめかみを押さえる。

『すまんな』

担当騎士の苦労を理解しながらも、そこは心の中で謝り足を動かした。あのお妃様以上に機嫌が悪い主の元に向かうため。

「ビンズ、全力を尽くし今日を三ヶ月後にしろ」

顔を合わせて早々の無理難題にビンズはひきつった笑いを向けるしかない。マクロンはそれでも心底真剣にビンズにもう一度言い放つ。

「もしくは、残りを一ヶ月にしろ。すでに二ヶ月は相手をしてるだろ!」

マクロンはキレている。初日がまさかの15番目の妃では心身ともに瀕死である。辺り構わずキレているようだ。

「私にそんな権限がありません。ですが、三ヶ月の期限がないと……31番目のお妃様には会えません。ご辛抱を」

ビンズは単なる騎士隊長であって、マクロンの要望に答えるのは、そのしきたりを任されている長老たちである。その長老たちもマクロンの機嫌の悪さのとばっちりを受けないように、ここからすでに別室に避難しているようだ。

「辛抱ももう限界だ」

「……ええ、騎士らもそのようですね。15番目のお妃様邸から金切り声が響いておりました。私もさっさとこの任務から解放されて、本来の騎士の仕事がしたいものです」

ビンズはマクロンに同調しながら、マクロンの苛立ちを落ち着かせようとする。マクロンの無理難題には応えられないが、一案なら持っているビンズは、やっとお妃様選びが開始されたのならと、マクロンにそれを進言した。

「すべてのお妃様と平等に接するため、交流は朝の一時とする。これは候補が決まらず、二ヶ月ほど長く王の身が拘束されていたことで生じた仕事の停滞を補うためでもある。……いうことをお妃様選びの長老会議に進言したいと思います。騎士の本来の仕事も不都合がこれから出てきましょう。なんせ、百人もの騎士が城下町の治安から引いたのですから」

マクロンの目が怒りから正気に戻る。マクロンの口角が上がった。

「流石だ、ビンズ。やはり持つべきは、友であるな」

マクロンは立上がり、ビンズの肩に腕を乗せた。ビンズはポイとその腕を振り払う。

「さあ、行こうビンズ。さっさと長老たちを頷かせるぞ」

マクロンはビンズを引き摺るように、逃げた長老たちの部屋へと連れていく。その後、ビンズの進言が通り、マクロンの機嫌は久しぶりに良くなったのだった。

***

夕方、ビンズはフェリアの邸に向かう。今朝頼まれた物を渡すためである。邸に行くと、三人の騎士がいい汗をかいていた。邸の生い茂った雑草が刈られている。鎌を持った騎士らとお玉を持ったフェリア。ビンズは一瞬固まる。ここはお妃様の邸のはずだよな……とこめかみを押さえた。

「頭、痛いの? ちょっと待ってて、薬草を煎じるわ」

「いや、いい、いいです。単にあり得ぬ光景に現実逃避しただけですので」

フェリアにイタイ目で見つめられたビンズは、ガクンと肩を落とした。担当騎士らはブックックと笑っている。

「まあ、いいわ。とりあえず、食べるでしょ?」

今朝と全く同じように、フェリアは騎士らに食事を振る舞った。根菜たっぷりに干し肉を加えたスープである。リカッロの野営箱の材料で作ったものだ。固いパンもついている。パンをスープに浸して食べる典型的な野営御飯だ。

ビンズはここで気づかねばならなかった。だが、フェリアの規格外にのまれていたのだろう。フェリアの一言で、その失念がさらされたときには、その場の騎士らの顔は青褪めた。

「食事も出してくれないなんて、ダナン国の国庫って大丈夫なの?」

そう、この一言で。ビンズはゴックンと固いパンをのみ込む。そして、フェリアに勢いよく頭を下げた。もちろん、他の騎士らもである。フェリアは頬をひきつらせ、いいわけを聞いた。

「なるほど、つまり本来は侍女が運ぶのね。それをいらないと言った私に対しての、あの女の仕返しってことね。私に頭を下げさせて、食事をお願いさせたかったわけか」

フェリアはニヤーリと笑った。

「上等よ! 侍女も食事もいらないわ。売られた喧嘩は買わなきゃ、カロディアの女の名が廃るってものよ!」

「ですが、それではダナン国の、いや王様の顔がたちません。召したお妃様に食事を与えぬなどとは」

ビンズはそう言って、騎士に食事を持ってくるように指示したが、フェリアはそれを止めた。

「食事はいらないわ。代わりに材料を持ってきて。王様はちゃんと私に食べ物を与えたことになるわ」

フェリアの王城生活二日めは、こうして幕を下ろした。ビンズのこめかみを押さえた苦悶の表情とともに。