軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31番目の妃⑳

無表情こそ、怒りの最高潮ではないか。

フェリア邸から逃げ帰った侍女は、サブリナの表情に震え上がった。王やフェリアの前よりも、恐怖は上回る。無表情のサブリナが侍女を見下ろす。

「使えないわね」

その一言で、侍女の運命は変わる。サブリナから切り捨てられたようなものだ。

「サブリナ様、機会を! 再度機会をくださいませ! 必ずや田舎虫に排除いたします!」

サブリナは地に額をつけて懇願する侍女に見向きもしない。優雅にお茶を飲み、ポツリと呟く。

「私の侍女は、私のことをおもんぱかって、勝手に動くような忠義溢れる者はいないわね。そこまで、私を想ってくれる侍女なんて……」

地べたの侍女はすっくと立上がり、深く一礼し邸を出ていった。

サブリナは狡猾である。これで先の侍女がことを起こし成功したなら受け入れ、失敗したなら、こう言うだろう。

『フェリア様に失礼をした侍女は、その日の内に私の一存で解任しましたの。ですが、その侍女が暴走するなんて思ってもみませんでした。すでに、私の担当侍女ではありませんが……私にも責任がありますわ』

しおらしく、しかしサブリナを咎められないよう上手な言葉を使いながら。

サブリナには五人の侍女がいる。その内の一人が出ていった。きっと荒事を起こすだろう。サブリナは、流し目で他の四人の侍女を見る。

「予定通りでございますね」

侍女の一人が発した。

「全く、あの侍女は使えない者でしたから」

別の侍女も追随した。

「王城の侍女って、頭が足りないのよ」

口々に侍女らは、出ていった侍女を貶す。五人の侍女の内、唯一王城の侍女であった者が出ていった。そう、侍女は女官長がまとめる王城侍女であった。サブリナの担当に着けた侍女だったのだ。

サブリナが公爵家から連れてきた専属の侍女は四人である。サブリナはいつだって、自身の手を汚しはしない。四人の侍女がサブリナの意を汲み、動くのだ。先の侍女は踊らされた、この四人の侍女に。上手く田舎虫を追い出せば、王妃になられるサブリナ様の専属侍女に召し上げられるだろうと、耳打ちされたのだ。五番目の専属侍女の椅子に着けるだろうと。

「何を起こしてくれるのかしら」

サブリナは楽しげに発したのだった。

***

女官長と侍女はヒソヒソと話す。二人とも顔が猟奇的に鋭い。近づきたくない雰囲気だ。他の侍女らは、張りつめた空気を理解し二人には近づかない。

「……もう、それしかないわね」

女官長は侍女の一案を受け入れた。

「騎士を邸から遠ざけてください」

侍女は女官長にそう発した。

フェリア邸に、何かが仕掛けられる。荒事はサブリナの思い通りにはじまろうとしていた。

***

14日……

第一段階である三ヶ月の妃選び期間が終わる日。まだ一日が始まらない深夜の刻に、フェリア邸に人影が三つ。いつもは二人体制で夜を警護するフェリア邸に、今、騎士は一人しかいない。ゾッドのみである。各邸も同じく一人体制である。前日の夕刻から森林火災が起き、騎士らは二名ずつ駆り出された。

ゾッドは邸宅の入り口に立っている。いつもなら門扉にも警護騎士が立つのだが……

三つの人影は易々と門扉を潜った。ゾッドはそれに気づかない。農機具小屋の後ろに人影は進む。灯りのある邸に目を凝らした人影らは、警護騎士が一人であることを確認し、ゆっくりゆっくり近づいていく。

人影の一つが駆け出す。ゾッドを誘導するためだ。

「フェリア様! 侵入者です! 起きてください!」

ゾッドは動かない。誘導には引っ掛からなかった。警護騎士は、警護対象から離れない。至極当たり前のことであり、特に一人体制での警護時に警護対象から離れることは失態である。

ゾッドは侵入者が素人であると判断する。それなりの者であるなら、つまり警護騎士のなんたるかを知っている者であるなら、誘導などしないからだ。誘導をし、対象の防備を手薄にさせるやり方……人さらいを目的としたやり方は、犯罪に手を染めるような下賎な者の可能性が高い。

ゾッドめがけて二つの影が突然襲撃を開始する。ゾッドは防ぎ攻撃してはいるが、誘導で離れたもう一人が戻ってきてしまったら、劣勢に立たされるであろう。

ーーガッシャーンーー

その時、勢いよく窓ガラスが破壊された。邸宅の内側から窓ガラスが飛び散ったのだ。侵入者がそれに一瞬気をとられる。その瞬間に、邸宅の入り口が開けられた。

「ゾッド! 一人たりとも逃さないわ。門扉を守るわよ!!」

フェリアである。ゾッドは反応し駆け出した。二対三の争いの勝敗は、簡単に考えれば三が勝つであろう。時間が無限であれば。

ーーボボボボボォォーー

邸宅から火の手が上がる。フェリアが放った火が。

侵入者は慌てた。これでは、邸の異変は一目瞭然で、すぐに応援が来よう。だからこそ、フェリアは言ったのだ。門扉を守れと、一人たりとも逃すなと。どの邸も門扉しか出入口はない。邸内は高い塀に囲まれているからだ。後宮であるがゆえの作りである。

「チッ、しょうがねえ! 二人一気にかっさらうぞ! お二人さんで駆け落ちってこったあ」

ゾッドは横のフェリアを背後へと促そうと、フェリアの前に腕を伸ばした。しかし、その腕を掻い潜りフェリアは突然走り出す。

「門扉を守れ!」

フェリアはゾッドにそれだけを言って、追ってくる侵入者を引き付けるように走り出したのだ。その突然の行動にゾッドが反応する前に、侵入者のひとりがゾッドに立ちはだかった。フェリアを捕まえた方が、有利に事を進められると判断した侵入者らは、フェリアの方に二人、ゾッドに一人と分かれる。フェリアさえ捕まえてしまえば、ゾッドは言うことを聞くはずだから。

フェリアは邸内を駆け巡る。二人の侵入者が門扉から遠ざかる。時間を稼ぐためにフェリアは逃げ回った。ゾッドが一対一で戦えるように。応援が来る時間を待つように。

「待ちやがれ!」

「それで待つ奴なんているわけないじゃない!」

口戦でもフェリアは対抗する。貴族令嬢であったなら、すでに捕まっていただろう。侵入者もフェリアのすばしっこさと捕まらぬ体力に、相当焦り出す。引き際を考えているようだ。

「これ以上はヤバイって!」

「うるせえ! 挟み撃ちにすっぞ」

二人は連携し始めた。やみくもにフェリアを追っていた二人の動きには、フェリアも対応できたが、連携をされると弱い。

ーーガッキーン、サシューー

その時、門扉では勝敗が決まったようだ。侵入者はゾッドに切られていた。

「くそっ! ……やっちまうぞ」

「……ああ」

二人の侵入者はナイフを出した。そして、フェリアを壁に追い詰めていく。

「嬢ちゃん、悪く思うなよ。お前の存在が邪魔なんだとよ」

侵入者の一人が、フェリアを拘束しようと手を伸ばす。もう一人はナイフを振り上げた。

「私に触れられるのは、マクロン様だけよ!!」

その言葉と同時に、フェリアと侵入者の間に大きな影が入り込む。

「その通りだ、フェリア嬢」

突如現れた男は、侵入者に剣を向け対峙した。マクロンである。

「後宮のお妃様を狙うとは、随分な度胸だな」

侵入者の背後からも発せられた。ビンズである。

「侵入者一人、見張りの女一人確保!」

門扉にいるゾッドも声を張り上げる。

残りの侵入者二人は、抗うも呆気なくマクロンとビンズに確保された。ゾッドが相手をしていた侵入者が、唯一の腕利きであったようだ。

「全く、困った方です。王城に異変があれば、王様は真っ先に安全な場所に退避なさらねばならぬのに……自ら異変に突っ込んでいかれるとは」

ビンズがマクロンに苦言を呈するも、マクロンはしらーっとした顔で、『王は逃げない者だ』と返していた。

マクロンらと同時に駆けつけた近衛が、侵入者らを引っ捕らえ邸の火の手に対処した。

「もう、大丈夫だ。フェリア嬢」

マクロンの言葉に、フェリアは疲れた笑みで返した。返したがすぐに、その体は大きく揺らぐ。

「フェリア!」

フェリアの足はすでに立つのも限界で、心もまた限界であった。追いかけられ、逃げ切った足と、最後まで諦めず抗った心は、マクロンの逞しい腕の中へと落ちていく。フェリアは気を失った。