作品タイトル不明
922.分の悪い勝負
「アンタたち、見たところ良い腕をしているようだ。そこで一つ頼みたいことがあってね」
「どういった用件でしょうか」
女将は、残ったツバメに仕事を告げる。
「実は腕利きの盗人に、親カギの一つを奪われちまってね……それ以来、ここに住み込まれて困ってんだ」
「は、はい……」
ツバメ、鍵という言葉が出てきた時点で嫌な予感がし始める。
「そこで盗人から、親カギを奪い返して欲しいんだ。どうやら【盗む】ためのアイテムは持っているようだね。それで一つ頼むよ」
「…………分かりました」
女将がそう言って白目のツバメを連れて行ったのは、四階。
豪華な廊下が続く、個室宿が並んだフロアだ。
「あいつだよ……」
肩までの髪を大雑把に後頭部に流して結び、着流しを適当に羽織った30歳くらいの男。
キセルを吹かす姿は、ギャンブラーのようにも見える。
付近にいるのは客か仲間か。
このフロアには客用の賭場があり、男は畳の上で花札を遊んでいる。
近くにはこの階担当の従業員などもおり、ツバメが近づいても違和感はないだろう。
「気を付けな。あまり気配を出すと怪しまれるからね」
「その点は問題ありません【忍び足】」
女将はこちらの狙いを気取られないよう、一つ下の階で待つようだ。
一方ツバメは念のため足音を消し、男の後ろを行ったり来たり。
往復しながらの奪取を狙う。
「【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】」
「おい、こっち酒が切れてるぞ」
「はい、今向かいます」
従業員NPCから酒を受け取り、あらためて接近。
「【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】【スティール】」
賭け事に夢中になっている男を、【スティール】の範囲ギリギリからひたすら連発。
そして男たちの賭けが、ちょうど100戦目を迎えたところで――。
「【スティール】【スティール】【スティール】 ……やりました!」
ついに【スティール】に成功。
盗んだ鍵を手に、静かにこの場を離れようとするが――。
「……んん? 鍵がねえ……!」
男はすぐ紛失に気づいた。
そして振り返り、ツバメの手に収まったマスターキーを見て立ち上がる。
「おい! お前それは俺のだぞ!」
ツバメは即座に逃走へと意識を切り替える。
場所は建物内。
逃げ足の速さなら、ツバメに勝てる者などそうはいない。
「【疾風迅雷】【加速】」
すぐさま走り出すツバメの凄まじい速さを前に、男も快足を飛ばして走り出す。
「【早駆け】!」
なかなか侮れない速度。
賭場を出た二人は、四階フロアの豪華な廊下を駆けていく。
しかし当然ツバメの方が速い。
いよいよ距離が開き、親鍵の奪還に成功したと確信した瞬間。
男が「待て!」と叫んで手を伸ばす。
「【スティール】!」
「…………なっ!?」
ツバメ驚愕。
なんとこの男、鍵を盗み返してきた。
「へっへっへ……こいつは俺のモンなんだよォ」
「これは……ボスが回復魔法を使った時のような徒労感です」
笑う男と、絶望の表情を浮かべるツバメ。
相手も【スティール】が使える上に、成功率の差は圧倒的。
最悪の状況に、白目をむく。
「……ですが」
ツバメは自然と、男と向かい合う。
「メイさんたちは必ずクエストを成功させて戻ってきます。私も続かなくてはなりません……っ!」
今度はツバメが追う番だ。
「【加速】【リブースト】!」
「させるかよ! 【バックストライド】」
一瞬で迫るツバメに、男は後方移動で距離を取る。
「【釘穿ち】!」
さらに接近を防ぐために手にした長釘を四本、同時に投擲。
「【スライディング】!」
剣の『振り払い』と似たモーションで投じられた釘を見て、ツバメはその下をくぐる形で接近。
「【スティール】!」
すぐさま二度目の【スティール】地獄を始めるが――。
「……え!? ええっ!? ほ、ほほ、本当ですかっ!?」
驚愕に目を慌てふためく。
なんと二度目の【スティール】は、奇跡の一発成功。
信じられない事態に、ツバメは盗んだ鍵を思わず二度見する。
だが、問題はここからだ。
盗む盗まれるは、ここで再び入れ替わる。
「チッ! 【早駆け】!」
その表情を変えた男は、すぐさまツバメを追う。
そしてその右手を、ツバメに向けて伸ばした。
「させませんっ! 【投擲】!」
ツバメは【スティール】の使用を、【ブレード】を投じることで慌てて阻止。
「まだまだいきます! 【連続投擲】!」
硬直させているうちに距離を取ろうと、四本の【雷ブレード】を使って一気に畳みかける。
「これを、避けますか……っ!」
しかし男も腕の立つ盗人。
飛来するブレードを見極め、しっかり回避した。
ツバメはその機動性に、思わず感嘆する。
「ですが……っ!」
同じ相手から、二度のスティール成功。
こんな奇跡を起こしてしまった以上、三度目を成功させるには来週か、下手すれば来月まで続く『耐久スティール』が必要になる。
「絶対に、絶対に……奪わせませんっ! 【加速】【リブースト】!」
振り返ったツバメは走り出し、全力で加速。
「行かせるかァァァァ! 【超早駆け】!」
もちろん男は追ってくる。
その速度は侮れず、一度の超加速では徐々に差を詰められてしまうほどだ。
「ならばここはアサシンらしくいきます! 【反転】【アクアエッジ】【四連剣舞】!」
ツバメは振り返り、放つ四連の水刃。
「くっ!」
これにはさすがに男も足を止める。
ダメージを与えれば、その時点で加速して、一気に差をつける。
そんな狙いの一撃に、男は意識を集中。
「これで、どうだーっ!」
なんと四つの水刃を全てかわしてみせた。
「今だ! 【スティール】!」
「ッ!?」
心臓が止まるような緊張感は、RPGで敵に即死魔法を使われた時の感覚に似ている。
思わず顔を蒼白にするツバメ。
「チッ」
しかし【スティール】は失敗。
ツバメは腰が抜けるほどの安堵を感じながらも、すぐさま意識を切り替える。
『戦いの範囲』に入られれば、あの回避能力と次は間違いなく成功させてくるだろう【スティール】がある。
やはり、逃げる以外に道はない。
「【疾風迅雷】【加速】【加速】【加速】!」
ツバメは一気に加速。
「逃がすかって言ってんだ! 【超早駆け】!」
すぐさま追いすがってくる男。
やはり本来は【スティール】合戦が想定されているのだろう、その足は本当に速い。
「【釘穿ち】!」
「っ! 【スライディング】!」
ツバメは再び床を滑り、飛んで来る長釘を回避。
「まだまだあっ! 【乱釘穿ち】!」
「【加速】【加速】っ!」
続く12本の長釘同時投げは、走行の角度を変えることでどうにか回避。
「走りながら投じてこられると、さすがに厳しいですね……」
【乱釘穿ち】は同時投げゆえに軌道のランダム性が強く、回避に失敗する可能性も高い。
迫る曲がり角。
ここは速度を落とす必要があるゆえに、危険度も上がってしまう。
「【乱釘穿ち】!」
予想通り、角を曲がる直前に投じられた12本の長釘。
ツバメは思わず息を飲む。
「【加速】【壁走り】!」
しかしツバメも、壁蹴りを使って角を曲がることで減速をなくす。
投じられた長釘は全て、壁に突き刺さった。
そして追ってきた男が角を曲がってくる直前に一転、攻撃態勢に入る。
「【反転】【不可視】【跳弾投擲】!」
「なッ!? ぐああああっ!?」
曲がり角を過ぎることによって、一時的に男の視界から消えたツバメ。
それによって投じた【雷ブレード】は、見えない跳弾と化す。
さすがに実体が見えないのでは、回避力の高さは関係ない。
男は感電して動きを止めた。
ツバメは身体が動き出したの確認した瞬間、スキルを始動。
「【疾風迅雷】【加速】【加速】【加速】【加速】【加速】ッ!!」
即座にこの場から、全力で距離を取る。
「逃がすかぁぁぁぁ! 【スティール】!!」
「ッ!!」
だが男は、駆けるツバメに向けて【スティール】を発動。
ツバメは祈るようにしながら駆け抜け、そのままフロアの階段を駆け降りた。
そして男を振り切った後、その手をそーっと開く。
そこにはまだ、鍵がある。
どうやらツバメの足はギリギリで、【スティール】の効果範囲外に抜け出していたようだ。
「や、やりました……やりました……っ」
盗人の男を置き去りにして、見事クエスト成功。
「……よかったです。個別クエストゆえに、皆さんを長くお待たせしなくていいのは僥倖ですね」
そう言って安堵の息をついたツバメは、女将が待つ場所に向けて戻って行く。
「……だって。そういうことにしておきましょうか」
「りょうかいですっ」
「そ、それがいいですね」
クエストを終え、ツバメを探しに来ていたメイたちは、遅れてツバメと女将のもとへ合流。
「皆さん、今どうにかクエストを完了したところです。お待たせしてしまいましたか?」
メイは首を振る。
「わたしたちも、ちょうど今集まったところだよ!」
こうしてメイたちは全員、お手伝いクエストを無事に達成したのだった。