軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

920.湯殿の魔術師

「次の仕事はここだよ」

女将に連れられたどり着いたのは、嵐山郷温泉の地下一階。

大浴場の奥にある空間だ。

そこは華やかな外観や豪華な宴会場から一転して、配管とバルブが詰め込まれ、各所に魔法珠とレバーが据え付けられている薄暗い空間。

「うちはこの管理室で、隣の大浴場にあるいくつもの湯船を管理してるんだ。でもこの時間の担当が風邪で休んじまってね、何とかしておくれ」

「なんだか、地味な仕事ねぇ」

まもりの宴会場とは方向性の違う仕事に、レンがつぶやく。

「わあーっ! かわいいーっ!」

しかしこの浴場、変わっているのは客がことごとく動物なことだ。

様々な湯船につかっているのは、猿やカピバラ、クマに鳥にリスなど。

マジックミラーになっている壁から見えるその姿に、思わずメイは尻尾をブンブンさせる。

「浴場担当が、お客様の趣向に合わせた湯札を掲示板に点灯させる。それに合わせて早急に湯を調整するんだ。バルブで湯量、宝珠で温度、レバーで湯種を選ぶ形だよ。温度や湯種、その濃度は配管についた計器で確認するんだ」

「なるほど、ここは私になるのかしら」

魔法珠の調整は確実に【知力】の勝負。

そうなれば、やはりレンだろう。

「レンさんなら安定ですね」

「湯種を間違えたり、期待に沿わない温度だとお客様が怒って帰ってしまうから、くれぐれも気をつけるんだよ。成功したら、帰りに好きな湯でひとっ風呂浴びさせてやるから頑張りな」

そう言い残して女将は歩き出す。

「がんばってね! レンちゃん!」

手を振りながら、女将の後について行くメイとツバメ。

「それじゃあ、始めていきしょうか」

そう言ってレンはたすきをかけ直し、気合を入れたところでさっそく掲示板が点灯。

客は子グマ。

小型の湯船につながった配管の前に行くと、宝珠に触れて湯の温度を調整。

指定は『やや温め』

温度調整は簡単な作業ではないが、レンの高い【知力】なら問題なし。

ゴルフゲームの『パワー』ゲージのように上がっていく温度計のメモリをしっかり確認、1℃の差もなく温度を調整。

「種類はにごり湯。ふふ、渋いわね」

専用のレバーを引き、湯種を確定する。

「あとはバルブを回すだけ……って、これ重たくない?」

意外にも【腕力】が求められる、バルブの開閉。

「ん、んんんんーっ」

レン、闇の魔導士の雰囲気を吹き飛ばすほどの内股で、がんばってバルブを回す。

外では見せない、非力さを感じる動きだ。

「よい……しょっと!」

すると子グマの湯船に濁り湯が溜まり、よろこぶ姿が見えた。

その可愛さに、思わず頬がほころぶ。

これで最初のオーダーは達成。

すると今度は『温め』『薄い薬湯』『湯量少な目』という指定が入った。

「はいはい了解っ」

客はフクロウ。

湯船に『敷く』くらいの量の温い湯を入れ、濃度低めの薬湯を混ぜて送る。

するとフクロウは、さっそく毛づくろいを始めた。

羽をバサバサさせる水浴びのような入浴は、付近に飛沫が飛びまくっている。

薬湯の意味がなさそうなところに、また笑ってしまうレン。

これも成功だ。

「システムも把握できたわね。さあドンドンいらっしゃい」

意気込むレンに、浴場担当が出したのは『乱暴者・追い返し』の表示。

見れば顔に傷のある狼藉クマが、客のカピバラを蹴ってどかしている。

早くも変わり種の登場だ。

「なるほどね、それならこれでどうっ!」

レンはまず、宝珠を強烈に発動。

続けてバルブに体重をかけて、一気に放湯。

すると狼藉クマの入った湯船に、大量の熱湯が流入。

その熱さと勢いに、狼藉クマは両手を上げて逃げ出していく。

すると空いた湯船に、そのままカピバラたちが並んで浸かり始めた。

「ふふ、なかなかマイペースじゃない。このクエスト、結構楽しいかも……!」

三連続で完璧な対応。

そして思ったより楽しい光景に、レンは子供のような笑みを見せる。

しかし、ここでアクシデント。

古いバルブから、突然大量の黒煙が上がった。

「石炭使ってるわけでもないのに、なんで!?」

腕や頬を黒くしながら、レンは煙を噴き出すバルブを止める。

するといまだ黒煙が残る中、間髪置かずに新たな湯札が光った。

通常の湯質を選択し、煙で見えない温度の部分を『文字数』から『熱湯』と判断して魔力を解放。

「んんんんん……っ」

レンはそのまま両手で、がんばってバルブを開き――。

「んっ!?」

まさかの事態に気づく。

見れば指定の湯船につかっているのは、なんとペンギンだ。

「これって、もしかして……っ!?」

黒煙の消えた状態であらためて確認すると案の定、見えていなかった温度の部分は『冷水』

「水風呂ってこと!?」

ペンギンは出てきたお湯に驚いて、身体をビクリと跳ねさせる。

すぐに確認したことが功を奏す。

レンは慌てて魔法珠で温度を下げるよう調整し、湯だとすぐにのぼせてしまうペンギンをギリギリでクリア。

最初は困惑していたペンギンも、すぐにくつろぎ始めた。

「お風呂って普通は急に冷たい水が出てビックリするものだけど、逆は初めて見たわ」

そんな自宅のシャワーあるあるを思い出して、また笑みがこぼれる。

するとここで、湯札が真っ赤に点灯。

『熟練の入湯者・要注意!』『高温』『湯量・中』『薬湯・濃』

「なるほど、ここで高難易度の客が来るわけね……! 勝負っ!」

湯船に入ったのは、湯量、温度、そして薬湯の濃度にまでこだわりを持つ大猿という難客。

レンはまず、『湯の温度』から調整に入る。

宝珠に触れ、配管についた温度計をしっかりと見る。

そして湯の温度が『高温』の枠に入ったところで、ピタリと停止する。

続けて薬湯の濃度。

こちらはレバーの下げ方が問われる形だ。

「ここは少しでも力をかけると一気にレバーが下がっちゃうから、ゆっくり少しずつが大事」

一度沢山出してしまったら、戻すためにはまた湯を足さなくてはならないのが濃度調整の難しさ。

そこに気づいていたレンは、濃度計をしっかり見て調整、慌てず適量で止める。

「よいしょっ。最後は湯量…………ここっ!」

レンにとっては一番難しいバルブ操作。

だがここまでの流れで、バルブにぶらさがることで一度大きく回し、その後に手で微調整するという方法を考案。

適量を、素早く注湯する。

全てがゲージ1メモリのミスもない、完璧な手際だ。

「我こそが嵐山郷、湯殿の魔術師っ!」

見事に完全な微調整を決めてみせたレン、うっかり調子に乗って『湯殿の魔術士』を名乗る。

「ふふっ、なんてね」

客の老猿は「ほう……」と一息つくと、「見事」と小さな拍手を見せた。

それを見て、そのままペタンと座り込んで一息つくレン。

見事、一番の難客を片付けてみせた。

するとこの部屋に続く階段から浴場担当のハッピを着た猿が降りてきて、グッと親指を上げてクエスト終了を宣言。

ここからはこのハッピ猿が、この場所を担当するようだ。

「……なかなか楽しいクエストだったわね」

そう言って、女の子らしい座り方のまま息をつくレン。

たすき掛けの和服に、煤で黒くなった頬、そしてやり切った感のある笑顔。

気持ちよさそうに風呂を楽しむ、動物たちの姿を眺める。

「これだったらクエスト終了後に、皆で一緒に入れるかしら」

この表情を運営はもちろん逃さなかったが、『闇の魔導士』としてのイメージもあるレン。

広報誌にこの瞬間を掲載するかどうか、ひどく頭を悩ませることになるのだった。